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第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
11 幽閉の妃
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驚きのあまり心臓が止まるかと思った。しばらくその女性の顔を見つめていた蓮花は、ようやく声を発する。
「あなたが、翆蘭さまだったなんて……」
蓮花が驚いたわけ。
それは、彼女こそ時折蓮花の前に姿を現し危機を救ってくれた、例の霊であったからだ。
「やっと、私の元に来てくれたわね。待っていたわ、蓮花」
「どうしてあたしの名前を? それに、あたしがこの後宮に来たことを知っていたの? 誰から聞いたの? ううん、なぜ翆蘭さまは魂を飛ばし生霊となってまで、あたしの前に何度も姿を見せたの?」
いくつもの質問が口から飛び出した。
翆蘭は静かに笑う。
「笙鈴の娘であるあなたなら、必ず気づいてくれると思ったから。さあ、こちらに来て、よく顔を見せて」
手を伸ばしてきた翆蘭の元へ蓮花は歩み寄る。いや、実は目の前にいる女性は本当は死人なのではないか。
そう思ってしまうくらい、儚くて頼りなげな雰囲気だった。
「笙鈴に似ているわ。目元なんかとくに。会いたかった。笙鈴はどうしているの?」
蓮花の瞳が揺らいだ。
母が亡くなったことを知らないのだ。
「母は、亡くなりました」
翆蘭の目からつと、涙がこぼれ落ちる。
この人は、母のために泣いてくれているのだと思うと胸が苦しくなった。
「母は、翆蘭さまの侍女だったんですね」
「笙鈴はあなたに何も言わなかったのね。そう、笙鈴は私が幼い頃から仕えてくれた侍女だった。いいえ、侍女というよりはもはや妹のような存在。家族のように育ってきて、とても大切に思っていた。笙鈴には生まれつき特殊な力があって、その力のおかげで私は何度も助けられたわ」
「でも、今はこんな寂しいところに住んでいる。皇子殺しの濡れ衣を着せられて」
たとえ濡れ衣だったとしても、真実を証明できない限り、どうしようもないのだ。
「陛下の子を殺した罪は大罪。それでも、こうして生きているのだから私は笙鈴に守られてきたのだわ」
ふと、蓮花は翆蘭が縫っていた刺繍に視線を落とす。その刺繍は母と同じ技法であった。
「この刺繍の技法、母と似ている」
「ふふ、懐かしいわ。笙鈴は不器用な子で、よく刺繍を教えてあげたわ」
「母が不器用だったなんて信じられないです。母の刺繍は繊細で美しいってみなから褒められていました」
「上達したのね」
翆蘭は遠い過去を懐かしむかのように、遠くを見やる。
「笙鈴には幸せになって欲しかった。罪人の一族として、屋敷に仕えていた者たちはみな処刑された。けれど、私は笙鈴だけはなんとしてでも逃げて生きて欲しいと思った。笙鈴はね、嫁ぐ予定だったの。だから、私は彼女の夫となる人に笙鈴を託し、逃がした」
それが父だった。
「笙鈴は当時の事件のことを知る唯一の侍女。氷妃は笙鈴の口から己の企みをばらされることを恐れ、必死になって逃げた笙鈴を探し、口封じのために殺そうとした」
両親を殺した刺客は氷妃の手の者だったのか。だから、あの時の刺客たちは父も母も娘である私も、全員殺せと言ったのだ。
「その話が本当なら、どうして今になって母の居場所を知ったのでしょう?」
「氷妃が配下の者に命じ、笙鈴の行方を捜していたのでしょう」
だが、逃げた侍女一人を見つけ出すのはそう簡単なことではない。しかし、笙鈴には普通の者にはない特別な力がある。
霊能力だ。
もし、その力が他人に知られていたら、噂が広がるはず。その噂を頼りに探し出せば、彼女を見つけることは容易いと思った。
蓮花ははっとなった。
さっと血の気が引いていくのを感じた。
母がしつこいくらい、自分の能力を他人に知られてはいけないと言っていたのはこのことだった。
母が病気になり、白蓮の町で占いを始めた蓮花の腕前は瞬く間に広がっていった。
蓮花の力を頼りに、遠方からやって来る客もいた。
「あたし、町にやって来た二人組の女に母の名前を尋ねられたんです。母の能力を褒めてくれたから、嬉しくなって」
蓮花はその時の記憶をたどる。
『そう、お母さまは有名な霊能力者だったのかしら。お母様のお名前を伺っても?』
『笙鈴といいます』
『そう、笙鈴さん』
能力を褒められ、ついうっかり、母のことを口にした。
自分の力は母譲りだと。
そして、母の名前を告げてしまった。
あの二人組の女は、母のことを探っていたのだ。そして、その日の夜、黒装束の男たちが家にやって来て、両親を殺した。
両親が殺されたのは、あたしのせいだった。
能力を隠しなさい、みんなに知られてはいけないといつも母に言われていたのに、あたしは銀子を稼ぐために能力を使って占いをし、評判になったと調子に乗って浮かれていた。
蓮花はへなへなとその場に崩れた。
「あなたが、翆蘭さまだったなんて……」
蓮花が驚いたわけ。
それは、彼女こそ時折蓮花の前に姿を現し危機を救ってくれた、例の霊であったからだ。
「やっと、私の元に来てくれたわね。待っていたわ、蓮花」
「どうしてあたしの名前を? それに、あたしがこの後宮に来たことを知っていたの? 誰から聞いたの? ううん、なぜ翆蘭さまは魂を飛ばし生霊となってまで、あたしの前に何度も姿を見せたの?」
いくつもの質問が口から飛び出した。
翆蘭は静かに笑う。
「笙鈴の娘であるあなたなら、必ず気づいてくれると思ったから。さあ、こちらに来て、よく顔を見せて」
手を伸ばしてきた翆蘭の元へ蓮花は歩み寄る。いや、実は目の前にいる女性は本当は死人なのではないか。
そう思ってしまうくらい、儚くて頼りなげな雰囲気だった。
「笙鈴に似ているわ。目元なんかとくに。会いたかった。笙鈴はどうしているの?」
蓮花の瞳が揺らいだ。
母が亡くなったことを知らないのだ。
「母は、亡くなりました」
翆蘭の目からつと、涙がこぼれ落ちる。
この人は、母のために泣いてくれているのだと思うと胸が苦しくなった。
「母は、翆蘭さまの侍女だったんですね」
「笙鈴はあなたに何も言わなかったのね。そう、笙鈴は私が幼い頃から仕えてくれた侍女だった。いいえ、侍女というよりはもはや妹のような存在。家族のように育ってきて、とても大切に思っていた。笙鈴には生まれつき特殊な力があって、その力のおかげで私は何度も助けられたわ」
「でも、今はこんな寂しいところに住んでいる。皇子殺しの濡れ衣を着せられて」
たとえ濡れ衣だったとしても、真実を証明できない限り、どうしようもないのだ。
「陛下の子を殺した罪は大罪。それでも、こうして生きているのだから私は笙鈴に守られてきたのだわ」
ふと、蓮花は翆蘭が縫っていた刺繍に視線を落とす。その刺繍は母と同じ技法であった。
「この刺繍の技法、母と似ている」
「ふふ、懐かしいわ。笙鈴は不器用な子で、よく刺繍を教えてあげたわ」
「母が不器用だったなんて信じられないです。母の刺繍は繊細で美しいってみなから褒められていました」
「上達したのね」
翆蘭は遠い過去を懐かしむかのように、遠くを見やる。
「笙鈴には幸せになって欲しかった。罪人の一族として、屋敷に仕えていた者たちはみな処刑された。けれど、私は笙鈴だけはなんとしてでも逃げて生きて欲しいと思った。笙鈴はね、嫁ぐ予定だったの。だから、私は彼女の夫となる人に笙鈴を託し、逃がした」
それが父だった。
「笙鈴は当時の事件のことを知る唯一の侍女。氷妃は笙鈴の口から己の企みをばらされることを恐れ、必死になって逃げた笙鈴を探し、口封じのために殺そうとした」
両親を殺した刺客は氷妃の手の者だったのか。だから、あの時の刺客たちは父も母も娘である私も、全員殺せと言ったのだ。
「その話が本当なら、どうして今になって母の居場所を知ったのでしょう?」
「氷妃が配下の者に命じ、笙鈴の行方を捜していたのでしょう」
だが、逃げた侍女一人を見つけ出すのはそう簡単なことではない。しかし、笙鈴には普通の者にはない特別な力がある。
霊能力だ。
もし、その力が他人に知られていたら、噂が広がるはず。その噂を頼りに探し出せば、彼女を見つけることは容易いと思った。
蓮花ははっとなった。
さっと血の気が引いていくのを感じた。
母がしつこいくらい、自分の能力を他人に知られてはいけないと言っていたのはこのことだった。
母が病気になり、白蓮の町で占いを始めた蓮花の腕前は瞬く間に広がっていった。
蓮花の力を頼りに、遠方からやって来る客もいた。
「あたし、町にやって来た二人組の女に母の名前を尋ねられたんです。母の能力を褒めてくれたから、嬉しくなって」
蓮花はその時の記憶をたどる。
『そう、お母さまは有名な霊能力者だったのかしら。お母様のお名前を伺っても?』
『笙鈴といいます』
『そう、笙鈴さん』
能力を褒められ、ついうっかり、母のことを口にした。
自分の力は母譲りだと。
そして、母の名前を告げてしまった。
あの二人組の女は、母のことを探っていたのだ。そして、その日の夜、黒装束の男たちが家にやって来て、両親を殺した。
両親が殺されたのは、あたしのせいだった。
能力を隠しなさい、みんなに知られてはいけないといつも母に言われていたのに、あたしは銀子を稼ぐために能力を使って占いをし、評判になったと調子に乗って浮かれていた。
蓮花はへなへなとその場に崩れた。
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