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第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
14 意外な繋がり
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それからしばらくして、景貴妃が倒れたという知らせが宮廷中に知れ渡った。それも、倒れた原因が毒だという。
蓮花は恵医師とともに、花園にある池にやってきた。
永明宮で話しこんでは、誰かに聞かれてしまう恐れがあるからだ。なので。最近ではこうして、人気のない場所にやってきて、恵医師と相談をするようになった。
「まさか、景貴妃が倒れるなんて」
「亡くなる直前、凜妃が景貴妃に食事の差し入れを持っていったのですが、毒が入っていたのは食事ではなく、侍女が出したお茶だったそうで」
「毒の種類は?」
「鶴頂紅です」
「ヒ素か……気づかずに飲んでしまったのね」
「素人ではヒ素を見抜くのは難しいでしょう。無味無臭で温水に溶け、致死量を飲んだ場合、胃痛、下痢、喉の渇き、けいれん、失神を経て数時間のうちに死に至ります。幸い毒の量が少量だったため、命を落とすに至りませんでしたが」
お茶を入れた侍女は景貴妃のお気に入りの美月だ。
彼女は拷問のすえに命を落とした。
最初は知らないと言っていた侍女であったが、最期には罪を認めた。
美月はこう言ったのだ。
皇后の命令でヒ素を盛ったと。
蓮花は大きくため息をつく。現在陛下の勅命で詳しく調査中だが、ここに来て、何者かが皇后を陥れようと画策している。
さらに身ごもった皇后が、自分のお気に入りの侍女である蓮花を陛下に仕えさせたことも、今さらになってよくない噂が立ち始めた。
皇后が景貴妃に激しく嫉妬し、さらに自分の子を太子にするため、他の妃嬪を陛下から遠ざけたと反感の声が上がるようになったのだ。
何をしても後付けで文句を言われ、時には罪に問われる。
後宮では慎重になれと厳しく注意をした香麗夫人の言葉をようやく理解した。だが、皇后が景貴妃にヒ素を盛るはずがない。
いったい、誰の仕業か。
蓮花は手を握りしめ震わせた。
「蓮花さん、これ以上はもう首を突っ込まない方がよろしいかと思います。蓮花さんはよくやったと思います。皇子の出産にも大きく貢献した。いずれ後宮を出る身であるのなら、もう何を聞いても知らないふりをするべきかと。敵は思っていた以上に狡猾で陰湿です」
恵医師の言葉に、蓮花は首を横に振る。
やりきれないという表情だ。
二人の会話からして、すでに黒幕の正体は分かったという様子であった。
「蓮花さんがここで命を落としては、天国のご両親も悲しむだけです」
しかし、蓮花はそうだね……と生返事を返すだけであった。
恵医師はため息をつく。
「両親といえば蓮花さん、以前もお父上のお名前を窺おうとして聞きそびれてしまったのですが、お名前をよろしいですか?」
「父の名前? 陽士よ」
恵医師は驚いた顔で蓮花を見つめ返した。そして、その目に涙が浮かぶ。
「え、どうしたの? いきなり泣くなんて」
「まさか、蓮花さまのお父上があの陽士さまだったとは!」
「父を知ってるの?」
「もちろんです! かくいう私めも陽士さまに弟子入りをし、師事しておりました。もっとも短い期間ですが。まさか、陽士さまの娘が蓮花さまだったとは」
「ってことは、父も宮廷にいたってこと?」
「いいえ、陽士さまは宮廷侍医ではございません。町医者ですが、その腕のよさは広く世間に知れ渡り、翆蘭さまも陽士さまを信頼し、時折宮廷に呼んで診てもらっていたようです」
「そうなんだ。父がそんな立派な医者だったなんて」
初めて父のそんな話を聞いた。
できることなら、まだまだ父の話を聞きたいところであったが、そろそろ皇后の元へ戻らなければならない。
そう思い、永明宮に戻ろうとしたところへ、遠くから話し声が聞こえてきた。
咄嗟に、蓮花は恵医師の腕を掴み、慌てて木の陰に身を隠す。なぜ身を隠したのか自分でも分からない。だが、何か嫌な予感を抱いたのだ。
これは霊能者の勘。そして、霊能者の勘はたいてい当たる。
あれは? と口を開いた蓮花の口に、恵医師は黙ってと手で押さえる。
「ここのところ体調がすぐれないと言っていたが平気か? この前も倒れたと聞いたぞ」
「ええ、正直あまりよくないわ。でも、大丈夫よ。今ここで倒れるわけにはいかないもの」
「しかし、景貴妃に毒を盛ったのはやりすぎではないのか?」
「盛ったのは私ではないわ」
「だが、指示したのはあなただろう?」
「邪魔な者には消えてもらう。それだけのことよ。それに、李一族の勢力を削げば、あなただって玉座につきやすいでしょう? ねえ、一颯」
蓮花と恵医師は息をつめ、秘密話をする二人の会話を聞いていた。
「景貴妃は倒れた。陛下の寵臣である景貴妃の兄も投獄された。これで、あなたが皇帝になり、私が正妃となって皇后の地位に就けば、一族に栄華をもたらせる。ようやく叔母、氷妃さまの願いを叶えられる。そうでしょう?」
そう言った女は、これまで見たこともないなまめかしい笑みと蕩けるような眼差しで一颯を見上げた。
「あなたもずっと辛い思いをしてきたわね。本来なら一颯が皇帝になるはずだった。あなたは先帝と氷妃の間に生まれた子。なのに、皇太后のせいであなたは玉座から遠のかされた。後はあの邪魔な娘を早々に片付ければ終わり。あの動物並みに勘が鋭い小娘、意外にしぶとくて困ったものよ」
蓮花は肩を震わせた。
あの女の叔母が氷太妃だった。さらに、一颯が氷太妃の息子。
一颯は実は皇帝の座を狙い、そしてあの女は皇后の座につこうとしている。そして、あたしも殺されようと。
赦鶯が暗殺されそうになって申し訳ないと悔やみ、自害しようとしていた一颯の行動も、あれは他人の目を欺くための演技だった。
まんまと騙されたのだ。
恵医師も緊張した面持ちで、二人の会話に耳を傾けていた。
ふと、蓮花は池の中を指差した。
「見て! これ……」
「これはひどい」
「ねえ恵医師。あたし、逃げるのやめた。このままじゃ、皇后さまや皇子さまの命も危ない。知らないふりなんてできない。あたし、戦うよ」
恵医師はため息をつく。
だが、そう言うであろう蓮花の行動もお見通しだったようだ。
「分かりました。ならば、私も最後までお付き合いいたします」
「ありがとう。そのためにも、最後の大仕事があるんだけど、頼んでいい?」
「乗りかかった船です。何をすればいいのですか?」
「一つ、あるものを掘り起こして欲しいの。死体を」
恵医師はなんともいえない表情を浮かべ黙り込む。
「これまで、薬草の根っこを掘り起こす作業は散々やってきましたが」
「似たようなものよ。その死体を掘って調べて欲しいことがあるの。医師である恵医師にしかできない」
「……正直、気が進みませんが、やりましょう」
「巻き込んで、ごめん」
「いいですよ。こうして恩師の娘さんと出会ったのも、何かの縁でしょう」
蓮花は恵医師とともに、花園にある池にやってきた。
永明宮で話しこんでは、誰かに聞かれてしまう恐れがあるからだ。なので。最近ではこうして、人気のない場所にやってきて、恵医師と相談をするようになった。
「まさか、景貴妃が倒れるなんて」
「亡くなる直前、凜妃が景貴妃に食事の差し入れを持っていったのですが、毒が入っていたのは食事ではなく、侍女が出したお茶だったそうで」
「毒の種類は?」
「鶴頂紅です」
「ヒ素か……気づかずに飲んでしまったのね」
「素人ではヒ素を見抜くのは難しいでしょう。無味無臭で温水に溶け、致死量を飲んだ場合、胃痛、下痢、喉の渇き、けいれん、失神を経て数時間のうちに死に至ります。幸い毒の量が少量だったため、命を落とすに至りませんでしたが」
お茶を入れた侍女は景貴妃のお気に入りの美月だ。
彼女は拷問のすえに命を落とした。
最初は知らないと言っていた侍女であったが、最期には罪を認めた。
美月はこう言ったのだ。
皇后の命令でヒ素を盛ったと。
蓮花は大きくため息をつく。現在陛下の勅命で詳しく調査中だが、ここに来て、何者かが皇后を陥れようと画策している。
さらに身ごもった皇后が、自分のお気に入りの侍女である蓮花を陛下に仕えさせたことも、今さらになってよくない噂が立ち始めた。
皇后が景貴妃に激しく嫉妬し、さらに自分の子を太子にするため、他の妃嬪を陛下から遠ざけたと反感の声が上がるようになったのだ。
何をしても後付けで文句を言われ、時には罪に問われる。
後宮では慎重になれと厳しく注意をした香麗夫人の言葉をようやく理解した。だが、皇后が景貴妃にヒ素を盛るはずがない。
いったい、誰の仕業か。
蓮花は手を握りしめ震わせた。
「蓮花さん、これ以上はもう首を突っ込まない方がよろしいかと思います。蓮花さんはよくやったと思います。皇子の出産にも大きく貢献した。いずれ後宮を出る身であるのなら、もう何を聞いても知らないふりをするべきかと。敵は思っていた以上に狡猾で陰湿です」
恵医師の言葉に、蓮花は首を横に振る。
やりきれないという表情だ。
二人の会話からして、すでに黒幕の正体は分かったという様子であった。
「蓮花さんがここで命を落としては、天国のご両親も悲しむだけです」
しかし、蓮花はそうだね……と生返事を返すだけであった。
恵医師はため息をつく。
「両親といえば蓮花さん、以前もお父上のお名前を窺おうとして聞きそびれてしまったのですが、お名前をよろしいですか?」
「父の名前? 陽士よ」
恵医師は驚いた顔で蓮花を見つめ返した。そして、その目に涙が浮かぶ。
「え、どうしたの? いきなり泣くなんて」
「まさか、蓮花さまのお父上があの陽士さまだったとは!」
「父を知ってるの?」
「もちろんです! かくいう私めも陽士さまに弟子入りをし、師事しておりました。もっとも短い期間ですが。まさか、陽士さまの娘が蓮花さまだったとは」
「ってことは、父も宮廷にいたってこと?」
「いいえ、陽士さまは宮廷侍医ではございません。町医者ですが、その腕のよさは広く世間に知れ渡り、翆蘭さまも陽士さまを信頼し、時折宮廷に呼んで診てもらっていたようです」
「そうなんだ。父がそんな立派な医者だったなんて」
初めて父のそんな話を聞いた。
できることなら、まだまだ父の話を聞きたいところであったが、そろそろ皇后の元へ戻らなければならない。
そう思い、永明宮に戻ろうとしたところへ、遠くから話し声が聞こえてきた。
咄嗟に、蓮花は恵医師の腕を掴み、慌てて木の陰に身を隠す。なぜ身を隠したのか自分でも分からない。だが、何か嫌な予感を抱いたのだ。
これは霊能者の勘。そして、霊能者の勘はたいてい当たる。
あれは? と口を開いた蓮花の口に、恵医師は黙ってと手で押さえる。
「ここのところ体調がすぐれないと言っていたが平気か? この前も倒れたと聞いたぞ」
「ええ、正直あまりよくないわ。でも、大丈夫よ。今ここで倒れるわけにはいかないもの」
「しかし、景貴妃に毒を盛ったのはやりすぎではないのか?」
「盛ったのは私ではないわ」
「だが、指示したのはあなただろう?」
「邪魔な者には消えてもらう。それだけのことよ。それに、李一族の勢力を削げば、あなただって玉座につきやすいでしょう? ねえ、一颯」
蓮花と恵医師は息をつめ、秘密話をする二人の会話を聞いていた。
「景貴妃は倒れた。陛下の寵臣である景貴妃の兄も投獄された。これで、あなたが皇帝になり、私が正妃となって皇后の地位に就けば、一族に栄華をもたらせる。ようやく叔母、氷妃さまの願いを叶えられる。そうでしょう?」
そう言った女は、これまで見たこともないなまめかしい笑みと蕩けるような眼差しで一颯を見上げた。
「あなたもずっと辛い思いをしてきたわね。本来なら一颯が皇帝になるはずだった。あなたは先帝と氷妃の間に生まれた子。なのに、皇太后のせいであなたは玉座から遠のかされた。後はあの邪魔な娘を早々に片付ければ終わり。あの動物並みに勘が鋭い小娘、意外にしぶとくて困ったものよ」
蓮花は肩を震わせた。
あの女の叔母が氷太妃だった。さらに、一颯が氷太妃の息子。
一颯は実は皇帝の座を狙い、そしてあの女は皇后の座につこうとしている。そして、あたしも殺されようと。
赦鶯が暗殺されそうになって申し訳ないと悔やみ、自害しようとしていた一颯の行動も、あれは他人の目を欺くための演技だった。
まんまと騙されたのだ。
恵医師も緊張した面持ちで、二人の会話に耳を傾けていた。
ふと、蓮花は池の中を指差した。
「見て! これ……」
「これはひどい」
「ねえ恵医師。あたし、逃げるのやめた。このままじゃ、皇后さまや皇子さまの命も危ない。知らないふりなんてできない。あたし、戦うよ」
恵医師はため息をつく。
だが、そう言うであろう蓮花の行動もお見通しだったようだ。
「分かりました。ならば、私も最後までお付き合いいたします」
「ありがとう。そのためにも、最後の大仕事があるんだけど、頼んでいい?」
「乗りかかった船です。何をすればいいのですか?」
「一つ、あるものを掘り起こして欲しいの。死体を」
恵医師はなんともいえない表情を浮かべ黙り込む。
「これまで、薬草の根っこを掘り起こす作業は散々やってきましたが」
「似たようなものよ。その死体を掘って調べて欲しいことがあるの。医師である恵医師にしかできない」
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