6 / 71
【怪談師のはなし】泥の足跡
泥の足跡②
しおりを挟む
浩一さんが寝室のドアノブに手をかけたところで、奈央さんが声を出した。
「あれ、陽奈は?」
佐伯家では、寝室に置いたクイーンサイズのベッドで親子三人が川の字になって寝ている。しかし、布団に入っていたはずの陽奈ちゃんの姿がどこにもなかった。掛け布団は乱れておらず、まだ彼女の体温が残っているように感じられた。
「どこ行ったんだ……?」
浩一さんの声が震える。
寝室を見回すが、どこにも隠れるような場所はない。部屋を出て耳を澄ますと、階下から何か小さな物音が聞こえてくる。
二人はそろりと階段を降り、音のする方向を探る。どうやらリビングの方から聞こえてくるようだった。なぜか声を出すのがはばかられ、黙ってうなずき合ってからリビングルームへ入る。
ポリポリと何かを齧るような音が、奥にあるカウンターキッチンの向こうから聞こえていた。
浩一さんはリビングの奥まで進み、カウンターの中を覗き込んだ。リビングの常夜灯の明かりは届かず、キッチンの中は真っ暗だ。
目が慣れてくると、冷蔵庫の前にうずくまる小さな影が見えた。
「陽奈……?」
奈央さんがそっと呼びかける。
陽奈ちゃんはぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。その手には何かが握られていた。そして彼女の小さな口は、かり、ぽり、と音を立てながら、それを齧っていた。
「なにしてるの、こんな時間に?」
奈央さんがキッチン脇にある照明のスイッチを押した。
途端に、蛍光灯の白い光がキッチンを照らし出す。
床には無数の白い粒が散乱していた。生米だ。
陽奈ちゃんの手に握られ、そして口の中にあるのも、どうやら生米らしかった。彼女は米びつの蓋を開け、米を手づかみで取り出して口に運んでいたのだ。
しかし、その目はどこか焦点が合っていない。夢遊病のような、意識のない目つきだった。
「お米をお腹いっぱい食べていいよって言われたの」
ぽつりと、陽奈ちゃんが言った。
彼女の手を取って立たせた浩一さんが「あ」と声を上げた。
その足裏に、泥がついていたのだ。
「陽奈、外に出たのか?」
「……うん。お庭のお山に」
「山?」
当然だが、この家の狭い庭には山などない。
夢を見て寝ぼけていたのだろう。夢遊病というやつだろうか。明日にでも病院に連れていった方がいいな、と浩一さんは考えた。
「泥んこのお山。呼ばれたの」
ぞくりと、二人の背筋に寒気が走る。
「誰に、呼ばれたの?」
奈央さんがためらいながらもそう訊くと、陽奈ちゃんはかすかに笑った。
「おねえちゃん……」
「お姉ちゃん?」
「森のお山においでって。お米をたべようって」
その瞬間、玄関の方から、
――ぺちゃ、ぺちゃ。
あの湿った足音が聞こえてきた。
浩一さんははっとした。
たった今まで、泥の足跡は陽奈がつけたものだと納得しかけていた。しかし、昨日の朝、泥の足跡を発見した時には、陽奈ちゃんの足に汚れなどなかった。
浩一さんと奈央さんは、凍りついたように顔を見合わせる。
玄関に、誰かがいる。
「あれ、陽奈は?」
佐伯家では、寝室に置いたクイーンサイズのベッドで親子三人が川の字になって寝ている。しかし、布団に入っていたはずの陽奈ちゃんの姿がどこにもなかった。掛け布団は乱れておらず、まだ彼女の体温が残っているように感じられた。
「どこ行ったんだ……?」
浩一さんの声が震える。
寝室を見回すが、どこにも隠れるような場所はない。部屋を出て耳を澄ますと、階下から何か小さな物音が聞こえてくる。
二人はそろりと階段を降り、音のする方向を探る。どうやらリビングの方から聞こえてくるようだった。なぜか声を出すのがはばかられ、黙ってうなずき合ってからリビングルームへ入る。
ポリポリと何かを齧るような音が、奥にあるカウンターキッチンの向こうから聞こえていた。
浩一さんはリビングの奥まで進み、カウンターの中を覗き込んだ。リビングの常夜灯の明かりは届かず、キッチンの中は真っ暗だ。
目が慣れてくると、冷蔵庫の前にうずくまる小さな影が見えた。
「陽奈……?」
奈央さんがそっと呼びかける。
陽奈ちゃんはぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。その手には何かが握られていた。そして彼女の小さな口は、かり、ぽり、と音を立てながら、それを齧っていた。
「なにしてるの、こんな時間に?」
奈央さんがキッチン脇にある照明のスイッチを押した。
途端に、蛍光灯の白い光がキッチンを照らし出す。
床には無数の白い粒が散乱していた。生米だ。
陽奈ちゃんの手に握られ、そして口の中にあるのも、どうやら生米らしかった。彼女は米びつの蓋を開け、米を手づかみで取り出して口に運んでいたのだ。
しかし、その目はどこか焦点が合っていない。夢遊病のような、意識のない目つきだった。
「お米をお腹いっぱい食べていいよって言われたの」
ぽつりと、陽奈ちゃんが言った。
彼女の手を取って立たせた浩一さんが「あ」と声を上げた。
その足裏に、泥がついていたのだ。
「陽奈、外に出たのか?」
「……うん。お庭のお山に」
「山?」
当然だが、この家の狭い庭には山などない。
夢を見て寝ぼけていたのだろう。夢遊病というやつだろうか。明日にでも病院に連れていった方がいいな、と浩一さんは考えた。
「泥んこのお山。呼ばれたの」
ぞくりと、二人の背筋に寒気が走る。
「誰に、呼ばれたの?」
奈央さんがためらいながらもそう訊くと、陽奈ちゃんはかすかに笑った。
「おねえちゃん……」
「お姉ちゃん?」
「森のお山においでって。お米をたべようって」
その瞬間、玄関の方から、
――ぺちゃ、ぺちゃ。
あの湿った足音が聞こえてきた。
浩一さんははっとした。
たった今まで、泥の足跡は陽奈がつけたものだと納得しかけていた。しかし、昨日の朝、泥の足跡を発見した時には、陽奈ちゃんの足に汚れなどなかった。
浩一さんと奈央さんは、凍りついたように顔を見合わせる。
玄関に、誰かがいる。
40
あなたにおすすめの小説
お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。
鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」
運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。
不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!!
アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/2/24:『ぬかるみ』の章を追加。2026/3/3の朝頃より公開開始予定。
2026/2/23:『かぜ』の章を追加。2026/3/2の朝頃より公開開始予定。
2026/2/22:『まどのそと』の章を追加。2026/3/1の朝頃より公開開始予定。
2026/2/21:『おとどけもの』の章を追加。2026/2/28の朝頃より公開開始予定。
2026/2/20:『くりかえし』の章を追加。2026/2/27の朝頃より公開開始予定。
2026/2/19:『おとしもの』の章を追加。2026/2/26の朝頃より公開開始予定。
2026/2/18:『ひざ』の章を追加。2026/2/25の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
これはあくまでフィクションですが、私がみた夢の話を誰かきいてくれませんか?
芝 稍重
ホラー
私は子供の頃の夢日記を書いています。
この話には続きがありますが、ここでは書きません。この話でピンときた人は、コメント欄で知らせてほしいです。
(※このあらすじは、本文にでてくる「夢日記」投稿当時のものを復刻した内容です)
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる