しずめ

山程ある

文字の大きさ
13 / 71
那須隼人2

森が守ってくれるから

しおりを挟む
「お待たせしました。KUUKIランチです」

 店主が木製のトレイに乗せたランチプレートを運んできた。
 深みのあるデミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグ。赤紫色のカブのような根菜のスライスやルッコラなどを和えた彩りの良いサラダ。一口サイズのスパニッシュオムレツと、表面に焼き目のついたマッシュポテト。それらがまるで工芸品のように一枚のプレートに盛られていた。小さなカップに入ったコンソメスープと、軽く焼かれたバゲットのスライスが添えられている。

「これは、すごく美味しそうですね。写真、撮らせてもらいますね」

「はい。でも、ほどほどにして冷めないうちに召し上がってくださいね」

 店主がそっと席を離れると、隼人はカメラを取り出し、プレートの角度を確認する。
 少し離れた窓から差し込む柔らかな光が、料理に優しい陰影を与えている。

「このサラダなんか美月が好きそうだな……」

 無意識のうちに呟きながら、シャッターを切る。

 超広角レンズを付けているが、あまり寄りすぎると画像が歪んでしまう。隼人は席を立ち、一歩下がったところから撮影を試みる。
 最初は全体を撮り、次にハンバーグの艶やかな表面や、みずみずしいサラダの彩りが映えるよう絞りを調整してシャッターを切る。

 撮影した画像を確認しながら、ふと、店内で撮った写真には森が写らないのだろうかと疑問が浮かぶ。

 ――外壁に影が映っていたということは、見えない森があるとすれば、この店の向かいあたりで、店内までは影が届かないのか

 少し考えて、そう結論づける。

 店主の忠告通り、できるだけ手早く撮影を済ませて、ランチに箸をつけた。
 一品一品がとても丁寧に調理された、見た目通り――いや、それ以上に美味しい料理だった。食べることにそれほどこだわりのない隼人が、思わず「うまい」と口にしてしまっていた。

「……すみません、ちょっとお話を伺いたいんですが」

 食べ終えた隼人は、カウンターに立つ店主に「ごちそうさまでした」と声をかけてから、そう続けた。

「美月ちゃんのことですね」

 振り返った店主が隼人の顔を見て言う。

「はい」

 店主は頷くと、いつの間に淹れたのか湯気のあがるコーヒーカップをトレーに載せて隼人の座るテーブルへとやってきた。

「座ってもいいですか?」

 隼人の前にコーヒーカップとミルク、シュガーを置いた店主が尋ねる。

「もちろんです」

 向かいに腰を下ろした店主が話し始める。

「美月ちゃんは、お店をオープンした最初の頃に来てくださったお客様なんです。それからは帰省するたびに寄ってくれていましたよ。お勤め先の事務所に新しい人が入ってきて、どうお仕事を教えていけばいいのかな、みたいなお話をされてましたよ」

 隼人の胸に疼きが走った。それは本来なら自分が聞くべき話だった。
 何も言うべき言葉が見つからず、ただ黙って頷く。

「でも、三年前にこの町に戻ってきた時には、お仕事は辞めたって言ってました」

 隼人が知らない――いや、知ろうとしなかった美月の生活の変化。胸がざわつく。

「その時、彼女は何か変わった様子でしたか?」

 絞り出すようにそう質問を挟んだ。
 言いながらも、自分には美月のことを知ろうとする権利などないのではないか、という考えが頭をよぎる。

 店主は少し考え込むように視線を落とした。

「いえ、特に変わった様子はありませんでしたよ。美月ちゃんは悩んでると話している時でも、いつも穏やかで……。その時も変わらない様子でコーヒーを飲んでいました。でも……」

「でも?」

「私には、その時の美月ちゃんは、なんだか心ここにあらずという感じに見えたんです」

 隼人は黙って続きを促した。

「それで私、『しばらくはゆっくりするの?』って尋ねたんです」

「美月はなんて?」

「満面の笑顔で頷きながら『これからは森が守ってくれるから』って言ったんです」

 背筋に氷柱を差し込まれたような怖気おぞけが隼人を襲った。
 新しく造成されたこの住宅街のどこにも、森などないはずだ。
 さっき撮った店の外観写真には、確かに森の影が映り込んでいた。美月の言った森とは、それのことだろうか。

「……この辺りって、新しくできた住宅地ですよね。森なんてあるんですか?」

 脳裏にある森のことは伏せて、隼人はあえて尋ねた。
 店主は眉根を寄せて、表情を曇らせた。

矢隈やくま山と八田やた丘陵はありますが、ここに森はありません。でも美月ちゃんには森が見えてたみたいなんです」

 店主は視線を窓の外に向けて続ける。

「それまで美月ちゃんが『森がすぐ傍にある』って言ってた時、私はただの比喩だと思っていました。でも、失踪する前の日に『ほら、あおいさんには見えないの?』って、窓の外を指さされた時には、私、何も言えなかったんです」

 隼人は無意識のうちにカメラを見つめていた。

 ――この写真に写った森が、美月には本当に見えていたのかもしれない。

 この町にある“見えない森”。そこに美月はいるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。

鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」 運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。 不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!! アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/2/24:『ぬかるみ』の章を追加。2026/3/3の朝頃より公開開始予定。 2026/2/23:『かぜ』の章を追加。2026/3/2の朝頃より公開開始予定。 2026/2/22:『まどのそと』の章を追加。2026/3/1の朝頃より公開開始予定。 2026/2/21:『おとどけもの』の章を追加。2026/2/28の朝頃より公開開始予定。 2026/2/20:『くりかえし』の章を追加。2026/2/27の朝頃より公開開始予定。 2026/2/19:『おとしもの』の章を追加。2026/2/26の朝頃より公開開始予定。 2026/2/18:『ひざ』の章を追加。2026/2/25の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

これはあくまでフィクションですが、私がみた夢の話を誰かきいてくれませんか?

芝 稍重
ホラー
私は子供の頃の夢日記を書いています。 この話には続きがありますが、ここでは書きません。この話でピンときた人は、コメント欄で知らせてほしいです。 (※このあらすじは、本文にでてくる「夢日記」投稿当時のものを復刻した内容です)

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

処理中です...