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那須隼人2
森が守ってくれるから
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「お待たせしました。KUUKIランチです」
店主が木製のトレイに乗せたランチプレートを運んできた。
深みのあるデミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグ。赤紫色のカブのような根菜のスライスやルッコラなどを和えた彩りの良いサラダ。一口サイズのスパニッシュオムレツと、表面に焼き目のついたマッシュポテト。それらがまるで工芸品のように一枚のプレートに盛られていた。小さなカップに入ったコンソメスープと、軽く焼かれたバゲットのスライスが添えられている。
「これは、すごく美味しそうですね。写真、撮らせてもらいますね」
「はい。でも、ほどほどにして冷めないうちに召し上がってくださいね」
店主がそっと席を離れると、隼人はカメラを取り出し、プレートの角度を確認する。
少し離れた窓から差し込む柔らかな光が、料理に優しい陰影を与えている。
「このサラダなんか美月が好きそうだな……」
無意識のうちに呟きながら、シャッターを切る。
超広角レンズを付けているが、あまり寄りすぎると画像が歪んでしまう。隼人は席を立ち、一歩下がったところから撮影を試みる。
最初は全体を撮り、次にハンバーグの艶やかな表面や、みずみずしいサラダの彩りが映えるよう絞りを調整してシャッターを切る。
撮影した画像を確認しながら、ふと、店内で撮った写真には森が写らないのだろうかと疑問が浮かぶ。
――外壁に影が映っていたということは、見えない森があるとすれば、この店の向かいあたりで、店内までは影が届かないのか
少し考えて、そう結論づける。
店主の忠告通り、できるだけ手早く撮影を済ませて、ランチに箸をつけた。
一品一品がとても丁寧に調理された、見た目通り――いや、それ以上に美味しい料理だった。食べることにそれほどこだわりのない隼人が、思わず「うまい」と口にしてしまっていた。
「……すみません、ちょっとお話を伺いたいんですが」
食べ終えた隼人は、カウンターに立つ店主に「ごちそうさまでした」と声をかけてから、そう続けた。
「美月ちゃんのことですね」
振り返った店主が隼人の顔を見て言う。
「はい」
店主は頷くと、いつの間に淹れたのか湯気のあがるコーヒーカップをトレーに載せて隼人の座るテーブルへとやってきた。
「座ってもいいですか?」
隼人の前にコーヒーカップとミルク、シュガーを置いた店主が尋ねる。
「もちろんです」
向かいに腰を下ろした店主が話し始める。
「美月ちゃんは、お店をオープンした最初の頃に来てくださったお客様なんです。それからは帰省するたびに寄ってくれていましたよ。お勤め先の事務所に新しい人が入ってきて、どうお仕事を教えていけばいいのかな、みたいなお話をされてましたよ」
隼人の胸に疼きが走った。それは本来なら自分が聞くべき話だった。
何も言うべき言葉が見つからず、ただ黙って頷く。
「でも、三年前にこの町に戻ってきた時には、お仕事は辞めたって言ってました」
隼人が知らない――いや、知ろうとしなかった美月の生活の変化。胸がざわつく。
「その時、彼女は何か変わった様子でしたか?」
絞り出すようにそう質問を挟んだ。
言いながらも、自分には美月のことを知ろうとする権利などないのではないか、という考えが頭をよぎる。
店主は少し考え込むように視線を落とした。
「いえ、特に変わった様子はありませんでしたよ。美月ちゃんは悩んでると話している時でも、いつも穏やかで……。その時も変わらない様子でコーヒーを飲んでいました。でも……」
「でも?」
「私には、その時の美月ちゃんは、なんだか心ここにあらずという感じに見えたんです」
隼人は黙って続きを促した。
「それで私、『しばらくはゆっくりするの?』って尋ねたんです」
「美月はなんて?」
「満面の笑顔で頷きながら『これからは森が守ってくれるから』って言ったんです」
背筋に氷柱を差し込まれたような怖気が隼人を襲った。
新しく造成されたこの住宅街のどこにも、森などないはずだ。
さっき撮った店の外観写真には、確かに森の影が映り込んでいた。美月の言った森とは、それのことだろうか。
「……この辺りって、新しくできた住宅地ですよね。森なんてあるんですか?」
脳裏にある森のことは伏せて、隼人はあえて尋ねた。
店主は眉根を寄せて、表情を曇らせた。
「矢隈山と八田丘陵はありますが、ここに森はありません。でも美月ちゃんには森が見えてたみたいなんです」
店主は視線を窓の外に向けて続ける。
「それまで美月ちゃんが『森がすぐ傍にある』って言ってた時、私はただの比喩だと思っていました。でも、失踪する前の日に『ほら、葵さんには見えないの?』って、窓の外を指さされた時には、私、何も言えなかったんです」
隼人は無意識のうちにカメラを見つめていた。
――この写真に写った森が、美月には本当に見えていたのかもしれない。
この町にある“見えない森”。そこに美月はいるのだろうか。
店主が木製のトレイに乗せたランチプレートを運んできた。
深みのあるデミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグ。赤紫色のカブのような根菜のスライスやルッコラなどを和えた彩りの良いサラダ。一口サイズのスパニッシュオムレツと、表面に焼き目のついたマッシュポテト。それらがまるで工芸品のように一枚のプレートに盛られていた。小さなカップに入ったコンソメスープと、軽く焼かれたバゲットのスライスが添えられている。
「これは、すごく美味しそうですね。写真、撮らせてもらいますね」
「はい。でも、ほどほどにして冷めないうちに召し上がってくださいね」
店主がそっと席を離れると、隼人はカメラを取り出し、プレートの角度を確認する。
少し離れた窓から差し込む柔らかな光が、料理に優しい陰影を与えている。
「このサラダなんか美月が好きそうだな……」
無意識のうちに呟きながら、シャッターを切る。
超広角レンズを付けているが、あまり寄りすぎると画像が歪んでしまう。隼人は席を立ち、一歩下がったところから撮影を試みる。
最初は全体を撮り、次にハンバーグの艶やかな表面や、みずみずしいサラダの彩りが映えるよう絞りを調整してシャッターを切る。
撮影した画像を確認しながら、ふと、店内で撮った写真には森が写らないのだろうかと疑問が浮かぶ。
――外壁に影が映っていたということは、見えない森があるとすれば、この店の向かいあたりで、店内までは影が届かないのか
少し考えて、そう結論づける。
店主の忠告通り、できるだけ手早く撮影を済ませて、ランチに箸をつけた。
一品一品がとても丁寧に調理された、見た目通り――いや、それ以上に美味しい料理だった。食べることにそれほどこだわりのない隼人が、思わず「うまい」と口にしてしまっていた。
「……すみません、ちょっとお話を伺いたいんですが」
食べ終えた隼人は、カウンターに立つ店主に「ごちそうさまでした」と声をかけてから、そう続けた。
「美月ちゃんのことですね」
振り返った店主が隼人の顔を見て言う。
「はい」
店主は頷くと、いつの間に淹れたのか湯気のあがるコーヒーカップをトレーに載せて隼人の座るテーブルへとやってきた。
「座ってもいいですか?」
隼人の前にコーヒーカップとミルク、シュガーを置いた店主が尋ねる。
「もちろんです」
向かいに腰を下ろした店主が話し始める。
「美月ちゃんは、お店をオープンした最初の頃に来てくださったお客様なんです。それからは帰省するたびに寄ってくれていましたよ。お勤め先の事務所に新しい人が入ってきて、どうお仕事を教えていけばいいのかな、みたいなお話をされてましたよ」
隼人の胸に疼きが走った。それは本来なら自分が聞くべき話だった。
何も言うべき言葉が見つからず、ただ黙って頷く。
「でも、三年前にこの町に戻ってきた時には、お仕事は辞めたって言ってました」
隼人が知らない――いや、知ろうとしなかった美月の生活の変化。胸がざわつく。
「その時、彼女は何か変わった様子でしたか?」
絞り出すようにそう質問を挟んだ。
言いながらも、自分には美月のことを知ろうとする権利などないのではないか、という考えが頭をよぎる。
店主は少し考え込むように視線を落とした。
「いえ、特に変わった様子はありませんでしたよ。美月ちゃんは悩んでると話している時でも、いつも穏やかで……。その時も変わらない様子でコーヒーを飲んでいました。でも……」
「でも?」
「私には、その時の美月ちゃんは、なんだか心ここにあらずという感じに見えたんです」
隼人は黙って続きを促した。
「それで私、『しばらくはゆっくりするの?』って尋ねたんです」
「美月はなんて?」
「満面の笑顔で頷きながら『これからは森が守ってくれるから』って言ったんです」
背筋に氷柱を差し込まれたような怖気が隼人を襲った。
新しく造成されたこの住宅街のどこにも、森などないはずだ。
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「……この辺りって、新しくできた住宅地ですよね。森なんてあるんですか?」
脳裏にある森のことは伏せて、隼人はあえて尋ねた。
店主は眉根を寄せて、表情を曇らせた。
「矢隈山と八田丘陵はありますが、ここに森はありません。でも美月ちゃんには森が見えてたみたいなんです」
店主は視線を窓の外に向けて続ける。
「それまで美月ちゃんが『森がすぐ傍にある』って言ってた時、私はただの比喩だと思っていました。でも、失踪する前の日に『ほら、葵さんには見えないの?』って、窓の外を指さされた時には、私、何も言えなかったんです」
隼人は無意識のうちにカメラを見つめていた。
――この写真に写った森が、美月には本当に見えていたのかもしれない。
この町にある“見えない森”。そこに美月はいるのだろうか。
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