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那須隼人3
郷土資料
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隼人は郷土資料館の建物を見上げた。黒塗りの木の壁に重厚な瓦屋根、正面とその左右には入母屋破風が配置されている。かつて役場だったというこの建物からは、どこかしら威厳のようなものが感じられる。
少し離れたところから全体を眺め、カメラを構えた。
高梨に取材を依頼された施設ではなかったが、歴史ある建造物なので一応写真を撮っておこうと思った。
レンズ越しに見ると、この建物はただ古いだけではないことが分かる。長い時間を経てなお現役であり続けるように、手を加えながら守られてきた痕跡があった。そして、歴史ある建物とはちぐはぐながらも、駐車場の舗装や案内板の設置など、実用性を重視した設備も見受けられる。そのバランスが妙に心地よく、隼人は親しみを覚えた。
シャッターを切る。
これはただ保存されているだけの建物ではない。そして彼が普段撮っている、郷愁を煽るような失われゆく風景でもない。
ずっと昔に生まれて、今もなお生きている風景だ。この町の意志が残した風景だ。
隼人はこの建物に心惹かれていた。
カメラを下ろし、肉眼でもう一度建物を見る。
レンズ越しでは気付かなかった風の動きや空気の匂いを意識する。
そうしてからもう一枚、カメラを構えてシャッターを切る。
高梨がこの建物を取材対象に指定しなかったことが不思議だった。
■□
しかし、施設の中に入ってみて、高梨がここを紹介するように言わなかった理由が分かった。
郷土資料館というからには、戦国時代に使われた刀剣や鎧などの貴重な文化財や古文書、昔の風景の精巧な模型などがあることを想像していた。しかし、この矢隈《やくま》郷土資料館に展示されていたのは、数点の土器とわずかばかりの古い農具だけだった。
「建物は良いんだけどな……」
隼人はガラスケース内に展示されている、復元された広口壺に向かってそう呟いた。
ここに来れば、“モリサマ”について何か分かるかもしれないと考えていたが、完全に期待外れだった。辰巳老人はきっと施設内に入ったことがなかったのだろう。
しつこく調べようにも、そもそも見るべきものがない。
踵を返し、受付の前を通り抜けようとした時、カウンター脇に置かれた架台が目に留まった。
これまでに行われた企画展の図録が並んでいる。
一冊を手に取り、ぱらぱらとめくる。矢隈市とその周辺の土地が戦国期にどういった立場であったのかを、近隣に築かれた城とともに紹介した企画展の図録だった。写真図版を見る限りでは、ほとんどパネルの展示ばかりだったようだが、それでも目の前の展示室に比べるとだいぶ見ごたえがありそうだった。
「企画展がやってる時に来たら良いのかもな」
他の図録も手に取って順番に見ていく。仏像や神像の企画展、過去の葬送儀礼や埋葬方法についての企画展も行われていたようだ。しかし「モリサマ」を扱った企画展はない。
「そりゃそうだよな」
諦めかけたところで、ふと気が付いた。ここにあるのは図録だけだが、図書館ならばその土地の資料なども残っているのではないか。
「すいません、この町の図書館ってどこかにありますか?」
受付にいた初老の男性に尋ねた。
男性は愛想よく教えてくれた。
「矢隈市の図書館はJRの駅前ですね。この資料館の資料室でしたら、そっちの廊下の奥にある部屋がそうですよ」
入館時には展示室ばかりに気を取られて、郷土資料を閲覧できる部屋があることに気が付いていなかった。男性が指さす、展示室へ向かうのとは反対側にある廊下は目に入っていなかったのだ。
「ありがとうございます」
隼人は礼を述べて廊下へと足を向けた。廊下は、先ほどまでの広々とした館内とは打って変わって狭く、少し暗い。しかし床板は改装されており、歩いても軋むことはなかった。
角を曲がり数メートル進んだ先に、ガラスの引き戸があった。上部には「郷土資料室」と書かれたプレートが掲げられている。
扉を引くと、木と紙の混じった古い本の匂いが流れ出てくる。
部屋の中には、壁一面を埋め尽くす本棚と、中央に配置された数台の閲覧机。広い部屋ではなかったが、まるで小さな図書室のような雰囲気だ。
隼人は本棚に近づき、指先で順番に並んだ本の背表紙を辿っていく。
『六守谷町誌』『矢津町誌』『矢隈市の民俗と歴史』『くずはら村につたわるおとぎばなし』
どれも郷土史に関する書籍だ。矢隈市にある六守谷町以外の町の資料も多い。分厚いものもあれば、古い資料をまとめた冊子のようなものもある。見たところ、一般的な歴史や民俗についての記録が多い。
「やっぱり、そう簡単には見つからないか」
ふと、一冊の冊子が目に入った。分厚い本ではない。背表紙にはシンプルな書体で『六守谷の信仰』と書かれている。手に取ると、エンボス紙が指の腹にざらりとした感触を残す。表紙と裏表紙もシンプルだ。ただタイトルと著者名だけが記されている。ページをめくると、ぎっしり詰まった文字と、時折モノクロの図版が見える。
ぱらぱらめくると、ある一節が目に止まった。
『モリサマに立ち入る、あるいはモリサマの木を伐ると厳しい祟りがあると信じられ――』
「モリサマ」
思わず声に出ていた。
慌ててページを戻り、目次を確認する。
六守谷の歴史風土、六守谷で行われてきた信仰、モリサマの恩恵と祟り、年中行事とモリサマ――
探していた言葉がそこには並んでいた。
少し離れたところから全体を眺め、カメラを構えた。
高梨に取材を依頼された施設ではなかったが、歴史ある建造物なので一応写真を撮っておこうと思った。
レンズ越しに見ると、この建物はただ古いだけではないことが分かる。長い時間を経てなお現役であり続けるように、手を加えながら守られてきた痕跡があった。そして、歴史ある建物とはちぐはぐながらも、駐車場の舗装や案内板の設置など、実用性を重視した設備も見受けられる。そのバランスが妙に心地よく、隼人は親しみを覚えた。
シャッターを切る。
これはただ保存されているだけの建物ではない。そして彼が普段撮っている、郷愁を煽るような失われゆく風景でもない。
ずっと昔に生まれて、今もなお生きている風景だ。この町の意志が残した風景だ。
隼人はこの建物に心惹かれていた。
カメラを下ろし、肉眼でもう一度建物を見る。
レンズ越しでは気付かなかった風の動きや空気の匂いを意識する。
そうしてからもう一枚、カメラを構えてシャッターを切る。
高梨がこの建物を取材対象に指定しなかったことが不思議だった。
■□
しかし、施設の中に入ってみて、高梨がここを紹介するように言わなかった理由が分かった。
郷土資料館というからには、戦国時代に使われた刀剣や鎧などの貴重な文化財や古文書、昔の風景の精巧な模型などがあることを想像していた。しかし、この矢隈《やくま》郷土資料館に展示されていたのは、数点の土器とわずかばかりの古い農具だけだった。
「建物は良いんだけどな……」
隼人はガラスケース内に展示されている、復元された広口壺に向かってそう呟いた。
ここに来れば、“モリサマ”について何か分かるかもしれないと考えていたが、完全に期待外れだった。辰巳老人はきっと施設内に入ったことがなかったのだろう。
しつこく調べようにも、そもそも見るべきものがない。
踵を返し、受付の前を通り抜けようとした時、カウンター脇に置かれた架台が目に留まった。
これまでに行われた企画展の図録が並んでいる。
一冊を手に取り、ぱらぱらとめくる。矢隈市とその周辺の土地が戦国期にどういった立場であったのかを、近隣に築かれた城とともに紹介した企画展の図録だった。写真図版を見る限りでは、ほとんどパネルの展示ばかりだったようだが、それでも目の前の展示室に比べるとだいぶ見ごたえがありそうだった。
「企画展がやってる時に来たら良いのかもな」
他の図録も手に取って順番に見ていく。仏像や神像の企画展、過去の葬送儀礼や埋葬方法についての企画展も行われていたようだ。しかし「モリサマ」を扱った企画展はない。
「そりゃそうだよな」
諦めかけたところで、ふと気が付いた。ここにあるのは図録だけだが、図書館ならばその土地の資料なども残っているのではないか。
「すいません、この町の図書館ってどこかにありますか?」
受付にいた初老の男性に尋ねた。
男性は愛想よく教えてくれた。
「矢隈市の図書館はJRの駅前ですね。この資料館の資料室でしたら、そっちの廊下の奥にある部屋がそうですよ」
入館時には展示室ばかりに気を取られて、郷土資料を閲覧できる部屋があることに気が付いていなかった。男性が指さす、展示室へ向かうのとは反対側にある廊下は目に入っていなかったのだ。
「ありがとうございます」
隼人は礼を述べて廊下へと足を向けた。廊下は、先ほどまでの広々とした館内とは打って変わって狭く、少し暗い。しかし床板は改装されており、歩いても軋むことはなかった。
角を曲がり数メートル進んだ先に、ガラスの引き戸があった。上部には「郷土資料室」と書かれたプレートが掲げられている。
扉を引くと、木と紙の混じった古い本の匂いが流れ出てくる。
部屋の中には、壁一面を埋め尽くす本棚と、中央に配置された数台の閲覧机。広い部屋ではなかったが、まるで小さな図書室のような雰囲気だ。
隼人は本棚に近づき、指先で順番に並んだ本の背表紙を辿っていく。
『六守谷町誌』『矢津町誌』『矢隈市の民俗と歴史』『くずはら村につたわるおとぎばなし』
どれも郷土史に関する書籍だ。矢隈市にある六守谷町以外の町の資料も多い。分厚いものもあれば、古い資料をまとめた冊子のようなものもある。見たところ、一般的な歴史や民俗についての記録が多い。
「やっぱり、そう簡単には見つからないか」
ふと、一冊の冊子が目に入った。分厚い本ではない。背表紙にはシンプルな書体で『六守谷の信仰』と書かれている。手に取ると、エンボス紙が指の腹にざらりとした感触を残す。表紙と裏表紙もシンプルだ。ただタイトルと著者名だけが記されている。ページをめくると、ぎっしり詰まった文字と、時折モノクロの図版が見える。
ぱらぱらめくると、ある一節が目に止まった。
『モリサマに立ち入る、あるいはモリサマの木を伐ると厳しい祟りがあると信じられ――』
「モリサマ」
思わず声に出ていた。
慌ててページを戻り、目次を確認する。
六守谷の歴史風土、六守谷で行われてきた信仰、モリサマの恩恵と祟り、年中行事とモリサマ――
探していた言葉がそこには並んでいた。
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