しずめ

山程ある

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藤原美月3

嫁入り道具

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 美月は、解説パネルの中の一文――「この鏡をシズメのモリサマにある鏡池に沈めることで婚礼の儀式とした」――を、繰り返すように心の中でなぞった。

 奉納される婚礼調度。そうも書かれている。要するに、神様に嫁ぐときの嫁入り道具なのだ。それらの文言には、なぜか、ひんやりとした不穏さが首筋をなでるような感覚があった。それでも、美月の視線は再びガラスケースの中の鏡へと吸い寄せられた。

 裏面に刻まれた蓬莱文様ほうらいもんようという図案は、本来めでたいもののはずだ。だが、流水や岩山を表現している曲線が、じっと見ているとうねうねと動き出すような錯覚を覚える。クチバシを寄せ合う二羽の鶴も、それを見上げる亀も、吉祥の図案というよりは、淫靡な行為の暗喩のように感じられる。

 ――本当にこれが嫁入り道具なの?

 それは疑念というよりも、戸惑いだった。
 神に嫁ぐ――その行為が、神聖なものではなく、とても具体的で生々しさをもったものに感じられた。
「しずめめ」と呼ばれる風習は、ただの儀式であるはずだ。池に鏡を沈めたことで、神様と結婚をしたことにする。では、その娘はその後、普通の人間の男性と結婚することはできるのか? あるいは、生涯独身を貫かねばならない巫女のような存在になるのか?

 それでも、鏡が不快だというわけではない。
 不快どころか、むしろ目を離すことができないほどの引力を放っていた。

 美月は我知らず、恍惚とした表情を浮かべながら、視線で何度も図案の曲線をなぞっていた。

 ガラス越しに見るだけではなく、直接見たい――いや、直接この手で触れたい。

 食い入るように鏡を見つめているうちに、閉館の時間が近づいていた。
 お茶会の後だったため、もともと滞在できる時間は限られていたのだ。
 引かれる後ろ髪を振りほどくような心持ちで、美月はガラスケースの前を離れた。

 退館のため受付の前を通りかかったとき、声を掛けられた。

「……あれ、もしかして藤原か?」

 声の主は受付の中にいた男性だった。
 そちらを見ると、短髪で精悍な顔立ち。濃紺のスーツ姿だが、ジャケットのボタンは外されており、ノーネクタイ。どことなく見覚えのある風貌だった。

「えっと……高梨くん?」

 印象はかなり変わっていたが、中学の頃の同級生だ。
 地元なので、知り合いに会うこともあるだろうと思っていた。
 これまで他のクラスメイトに会わなかったことが、むしろこの町に残っている者の少なさを物語っているように感じられた。

「こんな小さな資料館に見学者が来るのも珍しいと思ったけど、それが藤原だとはな。こういうのに興味あるの?」

「そういうわけでもないんだけど……どんな感じなのか、ちょっと見てみようかなって」

 鏡に興味を持ったことは伏せておこうと思った。
 明確な理由があるわけではないが、鏡に惹かれていることがなぜか恥ずかしく、軽々しく他人に話すべきではないような気がした。

「ふーん。まあ、企画展もあと三日で終わるし。普段はもっと展示しょぼいから、今のうちに見ておくのもいいかもな」

 高梨は軽い口調でそう言ったが、どこか探るような視線をこちらに向けていた。

「高梨くんは、この資料館に勤めてるの?」

 美月は居心地の悪さを覚え、話題を変えるように問いかけた。

「ああ、いや。ここの常駐の人たちが、今日はみんなして風邪引いちゃってさ。急遽、応援で呼ばれたんだよ。普段は市役所で働いてる」

「そうなんだ、市役所の職員さんなんだ」

「うん。こっち戻ってきてるんなら、一度飯でも食いに行こうよ」

 高梨は屈託のない笑顔でそう言った。
 断るのも礼儀を欠くように思えて、美月は曖昧に頷いた。

「そうだね。また、ミーコとかよっちゃんも呼んで、同窓会みたいなのをしてもいいかもね」

「とりあえず連絡先だけでも交換しておこうか」

 高梨がそう言ったので、あまり気乗りはしなかったが、美月はLINEの連絡先を交換した。

 だが、郷土資料館を出たときにはもう、さっき見た鏡のことばかりが脳裏に浮かび、高梨のことは、頭からきれいに消えていた。
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