42 / 71
那須隼人5
夜勤明け
しおりを挟む
「しずめ」
声に出して呟いてみた。
廃墟で郷土史家を名乗る見学という人物に助けられてから、三日が過ぎていた。
助けられた──そうだ、あれは助けられたのだ。見学は超常現象など信じないようなことを言っていたが、それとは裏腹に、あの廃墟で隼人が窮地に陥っていたことを察し、さりげなく手を差し伸べてくれたのは間違いない。
この三日間、森や「しずめ」のことを何一つ調べられないままに過ごした。
六守谷の撮影は、単発の仕事だった。
写真の道で食べていくことを諦めた以上、生きていくためには、どこかで働かなければならない。
東京からこちらに戻ってからも、隼人は正規の職に就く気にはなれず、今もフリーターとして生活を続けていた。
今回の撮影のために、隼人はバイト先であるコンビニの夜勤シフトを数日間まとめて休みにしていた。
そして、あの出来事で予定は大きく狂った。翌日からは空けていた分のシフトが振替で組まれ、再び連続で夜勤に入ることになった。
しずめについての調査を進めたかったが、カツカツの人員で回している店だったため、これ以上わがままを言うわけにはいかなかった。
深夜のコンビニは客もまばらで、どんな作業をしていても、あの廃墟での記憶ばかりが繰り返し思い出された。
休憩時間、バックヤードのプラスチック椅子に腰を下ろして、スマートフォンの画面を開く。LINEの未送信メッセージ欄には、見学の名前が表示されている。
何度も文字を打っては、消した。
美月のことを話したい。相談したい。けれど、どう切り出せばいいのか分からなかった。
見学なら、有益な意見をくれるかもしれない。
だが、一度会っただけの相手に、自分の心のいちばん暗い部分を話してしまってもいいのだろうか。
あの飄々とした中に、核心に迫る何かを知っていそうな男に、頼ってしまいたい。
しかし吐露した結果、自分の執着しているものを、あっさり否定されてしまうかもしれない──そんな不安もあった。
結局、隼人はスマートフォンの画面をもう一度オフにした。
「しずめ」
再び呟くと、言葉の響きが、少しだけ自分の中に落ち着いてくるような気がした。
見学との会話で出てきた「大田植え」や「神の嫁」という言葉──それらは、どれも自分の理解を超えたままだった。
廃墟で見たものは何だったのか。なぜ自分はあの場所で森の映像を目にしたのか。そしてなぜ、美月の影をそこに重ねてしまうのか。
──やっぱり、もう一度、あれを読もう。
郷土資料館で目にした『六守谷の信仰』。
あのときは時間がなく、斜め読みしかできていなかったが、あの本の中には何らかの手がかりがある気がした。
見学に連絡を取るのは、そのあとでも遅くない。
レジの画面に表示される時刻に目を落とす。5:45。勤務終了まで、あと15分だ。
今日で連勤が明ける。このまま眠らずに郷土資料館へ向かおう──そう決めて隼人は大きく伸びをした。
霞がかったような朝の気配が、自動扉の向こうに降りている。
その扉が開いた。
茶色がかった肌の小柄な青年が店に入ってくる。よく見知った顔だった。
「あれ、ラジ。なんで朝に来たの?」
声に出して呟いてみた。
廃墟で郷土史家を名乗る見学という人物に助けられてから、三日が過ぎていた。
助けられた──そうだ、あれは助けられたのだ。見学は超常現象など信じないようなことを言っていたが、それとは裏腹に、あの廃墟で隼人が窮地に陥っていたことを察し、さりげなく手を差し伸べてくれたのは間違いない。
この三日間、森や「しずめ」のことを何一つ調べられないままに過ごした。
六守谷の撮影は、単発の仕事だった。
写真の道で食べていくことを諦めた以上、生きていくためには、どこかで働かなければならない。
東京からこちらに戻ってからも、隼人は正規の職に就く気にはなれず、今もフリーターとして生活を続けていた。
今回の撮影のために、隼人はバイト先であるコンビニの夜勤シフトを数日間まとめて休みにしていた。
そして、あの出来事で予定は大きく狂った。翌日からは空けていた分のシフトが振替で組まれ、再び連続で夜勤に入ることになった。
しずめについての調査を進めたかったが、カツカツの人員で回している店だったため、これ以上わがままを言うわけにはいかなかった。
深夜のコンビニは客もまばらで、どんな作業をしていても、あの廃墟での記憶ばかりが繰り返し思い出された。
休憩時間、バックヤードのプラスチック椅子に腰を下ろして、スマートフォンの画面を開く。LINEの未送信メッセージ欄には、見学の名前が表示されている。
何度も文字を打っては、消した。
美月のことを話したい。相談したい。けれど、どう切り出せばいいのか分からなかった。
見学なら、有益な意見をくれるかもしれない。
だが、一度会っただけの相手に、自分の心のいちばん暗い部分を話してしまってもいいのだろうか。
あの飄々とした中に、核心に迫る何かを知っていそうな男に、頼ってしまいたい。
しかし吐露した結果、自分の執着しているものを、あっさり否定されてしまうかもしれない──そんな不安もあった。
結局、隼人はスマートフォンの画面をもう一度オフにした。
「しずめ」
再び呟くと、言葉の響きが、少しだけ自分の中に落ち着いてくるような気がした。
見学との会話で出てきた「大田植え」や「神の嫁」という言葉──それらは、どれも自分の理解を超えたままだった。
廃墟で見たものは何だったのか。なぜ自分はあの場所で森の映像を目にしたのか。そしてなぜ、美月の影をそこに重ねてしまうのか。
──やっぱり、もう一度、あれを読もう。
郷土資料館で目にした『六守谷の信仰』。
あのときは時間がなく、斜め読みしかできていなかったが、あの本の中には何らかの手がかりがある気がした。
見学に連絡を取るのは、そのあとでも遅くない。
レジの画面に表示される時刻に目を落とす。5:45。勤務終了まで、あと15分だ。
今日で連勤が明ける。このまま眠らずに郷土資料館へ向かおう──そう決めて隼人は大きく伸びをした。
霞がかったような朝の気配が、自動扉の向こうに降りている。
その扉が開いた。
茶色がかった肌の小柄な青年が店に入ってくる。よく見知った顔だった。
「あれ、ラジ。なんで朝に来たの?」
30
あなたにおすすめの小説
お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。
鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」
運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。
不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!!
アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/2/24:『ぬかるみ』の章を追加。2026/3/3の朝頃より公開開始予定。
2026/2/23:『かぜ』の章を追加。2026/3/2の朝頃より公開開始予定。
2026/2/22:『まどのそと』の章を追加。2026/3/1の朝頃より公開開始予定。
2026/2/21:『おとどけもの』の章を追加。2026/2/28の朝頃より公開開始予定。
2026/2/20:『くりかえし』の章を追加。2026/2/27の朝頃より公開開始予定。
2026/2/19:『おとしもの』の章を追加。2026/2/26の朝頃より公開開始予定。
2026/2/18:『ひざ』の章を追加。2026/2/25の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
これはあくまでフィクションですが、私がみた夢の話を誰かきいてくれませんか?
芝 稍重
ホラー
私は子供の頃の夢日記を書いています。
この話には続きがありますが、ここでは書きません。この話でピンときた人は、コメント欄で知らせてほしいです。
(※このあらすじは、本文にでてくる「夢日記」投稿当時のものを復刻した内容です)
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる