しずめ

山程ある

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那須隼人5

夜勤明け

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「しずめ」

 声に出して呟いてみた。
 廃墟で郷土史家を名乗る見学という人物に助けられてから、三日が過ぎていた。

 助けられた──そうだ、あれは助けられたのだ。見学は超常現象など信じないようなことを言っていたが、それとは裏腹に、あの廃墟で隼人が窮地に陥っていたことを察し、さりげなく手を差し伸べてくれたのは間違いない。

 この三日間、森や「しずめ」のことを何一つ調べられないままに過ごした。


 六守谷の撮影は、単発の仕事だった。
 写真の道で食べていくことを諦めた以上、生きていくためには、どこかで働かなければならない。
 東京からこちらに戻ってからも、隼人は正規の職に就く気にはなれず、今もフリーターとして生活を続けていた。


 今回の撮影のために、隼人はバイト先であるコンビニの夜勤シフトを数日間まとめて休みにしていた。
 そして、あの出来事で予定は大きく狂った。翌日からは空けていた分のシフトが振替で組まれ、再び連続で夜勤に入ることになった。

 しずめについての調査を進めたかったが、カツカツの人員で回している店だったため、これ以上わがままを言うわけにはいかなかった。

 深夜のコンビニは客もまばらで、どんな作業をしていても、あの廃墟での記憶ばかりが繰り返し思い出された。

 休憩時間、バックヤードのプラスチック椅子に腰を下ろして、スマートフォンの画面を開く。LINEの未送信メッセージ欄には、見学の名前が表示されている。
 何度も文字を打っては、消した。
 美月のことを話したい。相談したい。けれど、どう切り出せばいいのか分からなかった。
 見学なら、有益な意見をくれるかもしれない。
 だが、一度会っただけの相手に、自分の心のいちばん暗い部分を話してしまってもいいのだろうか。

 あの飄々とした中に、核心に迫る何かを知っていそうな男に、頼ってしまいたい。
 しかし吐露した結果、自分の執着しているものを、あっさり否定されてしまうかもしれない──そんな不安もあった。

 結局、隼人はスマートフォンの画面をもう一度オフにした。

「しずめ」

 再び呟くと、言葉の響きが、少しだけ自分の中に落ち着いてくるような気がした。

 見学との会話で出てきた「大田植え」や「神の嫁」という言葉──それらは、どれも自分の理解を超えたままだった。
 廃墟で見たものは何だったのか。なぜ自分はあの場所で森の映像を目にしたのか。そしてなぜ、美月の影をそこに重ねてしまうのか。

 ──やっぱり、もう一度、あれを読もう。

 郷土資料館で目にした『六守谷の信仰』。
 あのときは時間がなく、斜め読みしかできていなかったが、あの本の中には何らかの手がかりがある気がした。
 見学に連絡を取るのは、そのあとでも遅くない。




 レジの画面に表示される時刻に目を落とす。5:45。勤務終了まで、あと15分だ。
 今日で連勤が明ける。このまま眠らずに郷土資料館へ向かおう──そう決めて隼人は大きく伸びをした。

 霞がかったような朝の気配が、自動扉の向こうに降りている。

 その扉が開いた。
 茶色がかった肌の小柄な青年が店に入ってくる。よく見知った顔だった。

「あれ、ラジ。なんで朝に来たの?」
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