猫、時々姫君

篠原皐月

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第2章 悲喜こもごも王宮ライフ

2.姉弟の交流

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 実はレオンへの対応について、考えていたシェリルだったが、端から傍から見れば、窓から見える外の景色を凝視している様にしか見えない為、向かい側の座席からクラウスが尋ねてきた。

「エリー。その……、姫はこれまであまり、遠出をした事は無いんだよな?」
「はい。せいぜい仕込んだ香料を売りに行ったり、修繕を頼まれて街に出る時に連れて行く位で。それも目を離すとすぐ猫で小銭を稼ぐゲス野郎に捕まりそうになるので、全く安心できませんでしたが」
「…………」
 最大限の皮肉を込めた口調で、クラウスの横にチラリと冷たい視線を送りながらエリーシアが告げると、レオンは無言のまま項垂れた。さすがに気の毒に思ったシェリルが取りなそうとしたが、それより先にクラウスが口を開く。

「ああ、その事だがエリー、例の《黒猫保護令》は取り消されたんだ。だからこれから姫がその姿で街を歩いても、もう危険性は無い筈だ」
 その話に、エリーシアとシェリルは揃って軽く目を見開いた。

「本当ですか?」
「ああ。ついでに悪質な繁殖業者は、この半月で根こそぎ捕縛して、全財産を没収の上国外追放にした」
「それで、その没収した金で王宮の庭に猫達の慰霊碑も立てたから、今度追悼の儀式を執り行うつもりなんだ。……姉上にも、良かったら参加して頂きたいのですが」
 クラウスの後を引き取ったレオンの台詞に、そんな事になっていたのかとシェリルは素直に驚き、エリーシアが盛大に噛み付く。

「あのね! そんな事、シェリルが怖がるでしょうが!」
 しかしシェリルは落ち着き払って答えた。
「良いですよ? 寧ろ是非参加させて下さい。これまで猫達は私のせいで犠牲になった様なものですから」
「シェリル! あなたのせいじゃないのよ!?」
「うん、分かってるし、死んだ命が還って来ない事も分かってる。だけど私が今までに幸せに暮らしてこられた感謝の意味合いも込めて、死んだ猫達の死が安らかなものでありますようにって、祈ってあげたいの。駄目かしら?」
 腕の中から真剣な眼差しで見上げられたエリーシアは、思わず溜め息を吐いてから表情を緩めた。

「……別に、私は良いわよ。シェリルが嫌じゃ無いのならね。私も一緒に出席させて貰うわ」
「ありがとう、エリー」
「そう言って頂けると俺も嬉しいです、姉上」
 ここで、思わずといった感じでレオンが口を挟んできた為、シェリルは初対面の時以降ずっと感じていた事を、思い切って口に出してみた。

「あのレオン殿下、その呼び方はどうかと思うのですが……」
「は? 呼び方とは?」
「こんな猫相手に大真面目に『姉上』呼びとか、敬語を使うとかです」
 キョトンとした表情になったレオンに、シェリルが大真面目に指摘すると、他の二人は黙ってこの会話の行く末を見守る事にした。

(確かに、事情を知らない者の目には、相当変に映って見えるだろうな)
(第三者から見たら滑稽極まりない所をスルーしてたのに、ズバリと指摘しちゃったわね)
 しかし、シェリルの疑問に答えるレオンも大真面目だった。

「何故です? 数日とはいえ、姉上は俺より早く生まれていますので、姉上と呼んで敬意を示すのは当然だと思いますが」
(殿下……、直球ですね)
(うわぁ、やっぱり残念すかたん王子だわ……)
 かなり遠慮の無い感想を頭の中に描いている二人を余所に、互いに真剣な当事者二人のやり取りが続行される。

「でも、やはり生まれてからずっと王宮を出ていて、まともな教育を受けていない、しかも猫に過ぎない者に、一国の王太子殿下がへりくだるのはどうかと思うんです」
「姉上の謙虚なお考えは、良く分かりました。ですが教育云々などはこれから幾らでも身に付ける事は可能ですし、王太子であるからこそ、周囲に対して規範となる行動をしなくてはいけないと思うのです。そうであれば姉上を姉上とお呼びするのは当然の事かと」
「ですから、その様に『姉上』と連呼するのは、止めて貰いたいとお願いしているのですが」

(どちらの話にも、一理あるからなぁ……)
(全然分かって無いっぽい……)
 堂々巡りっぽくなってきた議論に、クラウス達は本気で頭を抱えたくなった。しかし一歩も引かないと言う気迫でシェリルと軽く睨み合ったレオンが何故か急にフッと表情を緩め、何かを吹っ切った様に話し出す。

「仕方ないか……。確かに誕生月も同じで大して長幼の差は無いから、今後、俺は君の事を『姉上』では無く『シェリル』と呼ぶよ。その代わり君も俺の事を『王太子殿下』とか『レオン殿下』とか呼ばないで、単に『レオン』と呼ぶように。分かった?」
 急に砕けた口調でそんな事を言われてしまったシェリルは、どぎまぎしながら応じた。

「え、ええと、あの……、承知しました、レオン殿下」
「『分かったわ、レオン』だな。さあ、言ってみて」
 盛大に顔を顰めてみせたレオンに促され、シェリルは小声で言い直した。

「う……、わ、分かったわ、レオン」
 それを聞いたレオンが嬉しそうに頷き、シェリルに向かって右手を伸ばした。

「うん。じゃあ改めて、これから宜しく、シェリル。分からない事とか不安な事とかあったら、何でも言ってくれ。できるだけ力になるから」
「ありがとう、レオン」
 そうしてシェリルも素直に前足を伸ばすと、レオンはそれを握手する様に軽く握り、二人で笑顔を交わした。そんな予想外の展開に、二人を見ながらクラウスとエリーシアは、苦笑いを零す。

(殿下、些か力業っぽかったですが……)
(あら、何だか一気に打ち解けたわね。意外)
 そんな風に急転直下で姉弟で打ち解けたのとほぼ同時に、四人を乗せた馬車は、王宮の大きな正門を通り抜けた。
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