猫、時々姫君

篠原皐月

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第4章 思惑渦巻く王宮

4.表と裏

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「あの……、エリーは今、街に出ているの」
「街? 彼女の所在を尋ねても、この一週間全く分からなかったけど、ずっと街に出ていると?」
(ええと……、エリーと打ち合わせしておいた裏設定、ここでちゃんと説明しておかないと)
 納得しかねる顔付きになったラウールを見て、シェリルは頭の中でエリーシアと打ち合わせておいた内容を素早く思い返してから、平静を装いつつゆっくりと口を開いた。

「ええ。王宮専属魔術師として働く事で、私と同様に後宮に部屋を貰ったから、これまでの仕事を継続するのか難しくなって、顧客のフォローに出かけているから」
「これまでの仕事と言うと……、何を生業にしていたのかな? 魔術師だから、生活に困らないとは思うけど」
「王都内の商店や民家での、術式構築作業をしていたの。看板や照明器具の明かり、井戸や水道の流水調節、かまどや調理台の火力調節、その他諸々を請け負っていて。エリーの術式は我流な分、細かい調節が容易で人気が高かったみたい」
 そこまで聞いて、ラウールは納得した様に頷いた。

「なるほど、そうだったのか」
「そういう術式は、定期的に点検や補修をする必要があるらしくて……。でも王宮暮らしの王宮勤務だと気軽に街に出られなくなる上、我流で調整している分、他の魔術師が気軽に手直しできないみたいで。だからこれまでの顧客の商店や家を回って事情を説明した上で、その近辺の魔術師に、新しい術式構築を引き受けて貰う事にしたそうなの」
 それを聞いたラウールは、感心した様に頷いた。

「普通だと魔術師はプライドが高いから、自分が構築した術式を他人に上書きされたりするのは嫌がるものなのに、中途半端な状態で術式を放置しないで他者に引き継ぎを依頼するとは、エリーシア殿は責任感の強い女性みたいだね。だけど、それはなかなか大変な作業だろう?」
「そうみたい。それで元々御披露目の夜会が終わったら、集中して顧客回りをする予定にしていたの。予想外の事が起きてエリーが王宮を離れるのを心配したけど、顧客や引き継ぐ魔術師さんとの約束もあるし気にしないでと言って送り出したから」
 そこでラウールは、申し訳無さそうな表情になった。

「そうか……。エリーシア殿にも、余計な心配をおかけしたみたいだ。戻ったら、是非お詫び方々ご挨拶に伺いたいな」
「ええ、その時はお引き合わせしますね?」
「楽しみにしているよ」
(うん、取り敢えず、エリーの不在は誤魔化せたよね?)
 和やかに会話しながらシェリルは注意深く相手の表情を観察していたが、その視線にラウールが怪訝な顔になった。

「シェリル、俺の顔に何か付いているかな?」
 それにシェリルが首を振りながら、思った事を何気なく答える。
「そうじゃないわ。ディオンはとてもしっかりしているから、とても私と同じ年には見えないなぁと感心していただけなの」
 しかし彼女がそう口にした瞬間、室内の空気が微妙に緊迫感を増した。

(え? 私、何か拙いこと言った?)
 当惑したシェリルが目の前の人物から何となく危険な空気が漂ってきたと感じた次の瞬間、皮肉っぽい笑みと共に、ラウールがこれまでよりは幾分低めの声で問いかけてくる。

「……酷いなシェリル。俺が老けてるって言いたいの?」
「い、いえ、そうじゃなくて! ひょっとして若作りかなって!」
「それだと俺の実年齢が、シェリルより上って事になるんだけど?」
「え? あ、そ、そうよね。ごめんなさい、変な事を言っちゃって!」
(しまった! これじゃあ私がこの人を年上だと疑ってて、つまり同い年のラウール殿下とは別人物だと疑っているって公言している様なもので!)
 漸く自分の失言の意味を悟ったシェリルが、冷や汗を流しながらラウールに弁解していると、ここでどこかのんびりとした口調でミレーヌが口を挟んできた。

「シェリル、そんなに気にしなくて良いのよ? 多少立ち居振る舞いが王族らしくなくても、素直で明るいのがあなたの美点だと私は思っていますよ?」
「え? あ、あの……」
 何やら話の流れとずれた事を言ってきたミレーヌにシェリルは戸惑ったが、同様に怪訝な顔になったラウールに、ミレーヌは改まった顔付きになって言い聞かせてきた。

「ディオン、ここだけの話にして欲しいのですが、実はあなたが離宮に来てから、洗練されたその所作に感心する者が何人も居て、つまらない事をシェリルの耳に入れた者が居たのです」
「つまらない事とは?」
「そうですね。例えば『お二人は同い年でどちらも不自由な生活をされたのに、ラウール殿下の教養や立ち居振る舞いと比べたら、シェリル殿下は足元にも及びませんな。精々精進されるが宜しいでしょう』とか。それでシェリルがかなり落ち込みまして」
「何ですって!?」
 そこで顔付きを険しくしたラウールは、そのままの勢いでシェリルに向き直った。

「シェリル、それは本当か? そんな無礼で不心得者、俺からきちんと道理を言い聞かせてやる」
「え、えっと、それは……」
 そんな事は勿論面と向かって言われていない為、何と返せば良いかと戸惑ったが、シェリルに余計な事を言わせない様に、ミレーヌが話を続けた。

「ディオン、そう興奮しないで下さい。シェリルが驚いています」
「これは……、申し訳ありません」
「その者には、私からきつく言い聞かせました。下手に騒ぎ立てるのも却ってシェリルの為にはならないと不問に付しましたので、あなたも騒がないで下さいね? そういう事もあって、シェリルはちょっと僻んで『同い年には見えない』と口走ってしまったのです。決して他意は無かったので、変な誤解はしないで下さいね」
「分かりました」
 そうして神妙にミレーヌに頭を下げたラウールは、シェリルに向き直って再度軽く頭を下げた。

「その……、シェリル、重ね重ね悪かった。やっと王宮に引き取られる事になって、ちゃんと御披露目して貰える事になったのに、その場を台無しにしたばかりか、俺のせいで嫌味を言われる羽目になって……。シェリルからしたら、俺は相当な疫病神だな」
 苦笑混じりにしみじみとそんな事を言われ、シェリルは慌てて彼を宥めた。

「そんな事! 私に王族に相応しい教養が不足しているのは確かだし、的外れな非難じゃ無いんだから!」
「そうですね。まず謙虚に自分を見詰める事から成長は始まるものですから、そう心配しなくとも、シェリルはいずれ非の打ち所のない王女になれると思いますよ? ディオン殿はどう思われますか?」
 その問いかけに、ラウールが力強く頷く。

「誠に、王妃様が仰る通りです。シェリルは王女として、立派に務めを果たす事ができる様になると思います」
「だそうですよ? 良かったですね、シェリル」
「はい、ありがとうございます」
 そこで見た目云々の話は終わり、別な話題でミレーヌとラウールが和やかに会話を続けた為、シェリルは胸を撫で下ろした。

(取り敢えず、不審に思われずに済んだとは思うんだけど……、何だろう? さっきこの人、本気で私の為に怒ってくれて、謝ってくれた気がしたんだけど……。やっぱり演技なのかしら? でも、それにしても……)
 先程の会話の中で見せたラウールの態度に、シェリルはそれから心の中でモヤモヤした気持ちを抱えたまま、二人の会話に時折混ざりつつ、何とか無事にお茶の席を終える事ができた。
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