モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

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アレハンドリナ編

約束は守ります

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「その歳で、好きな人の一人もいないんですか?」
イルデはふっと鼻先で笑い、上から目線で私を見た。今では結構身長差ができてきて、意図しなくても私を見下ろしている。
「リナは本当に、お子様ですね」
「悪かったわね!」
鉄拳を食らわせてやろうと、突き出した握りこぶしを掴まれる。痛い、手首折れそうだから、やめて。天使のような顔して、力が強いってありなの?なしでしょ?

「私が羨ましいのですか?」
「う、羨ましくなんかないもん!」
「素直じゃありませんね。好きな人がいて、恋をしている私が羨ましいのでしょう?」
「羨ましくないって言ってんでしょ!」
振り払った手で鉄拳を……って、私の攻撃パターン読まれまくり?手首をもっと強く掴まれ、身体の後ろで固定される。
「ちょっと、やめてよ、イルデ」
「お子様のリナに、大人の私が教えてあげますよ」
空いている方の手で私の顎を持ち上げ、イルデは艶っぽく笑った。

「……最初は、口づけから。慣れたら、他のことも、ね?」
「ね?って何よ、待って……んっ」
少し強引な口づけが降ってくる。
「はっ、ダメ、待っ」
「待てません」
口づける合間に抗議しても、イルデは聞く耳を持たない。
長い指が私の制服のリボンにかけられ、するすると解かれる。
「あ、あの」
「言ったでしょう?……他のことも教えてあげますと」
第二ボタンが外され、喉元からすぅっとイルデの指先が下がってくる。
こ、心の準備がぁああああああ!

   ◆◆◆

ガッシャーン!
大きな音に跳ね起きる。
……ん?起きる?
私、寝てたの?

ベッドサイドのテーブルにあったランプが落ち、原型をとどめないほどに割れている。大きな音の原因はこれだ。私が蹴とばしたからだ。
「お嬢様!」
物音を聞きつけた侍女のアナベルが飛び込んできた。ランプの惨状に絶句する。
「……ごめん。蹴とばしちゃった」
「お嬢様……頭と足を逆さにしてお休みになられたのですか?」
「……」

アナベルほか三名がランプを片づけている間、私はぼんやりと夢を思い出していた。
幼馴染相手に妄想爆走しまくってる夢を見るなんて、私、欲求不満なのかしら?
適当に彼氏を見つけるべき?

イルデにキスされる夢……あのまま起きないでいたら、多分……。
それ以上のことに進んでたのかな。
誰と誰が?イルデと私が?
いやいやいやいや、ありえないでしょ。イルデは弟みたいなもんだし、っそれに……。
イルデには好きな人がいるんだから、私にキスなんかしない。
告白するのかしないのか、どうでもいいけど……イルデなら、胸にしまったまま神殿に行きそうだな。令嬢達と話をしている姿を見かけないし、社交はあまり得意じゃなさそう。好きな令嬢にも声をかけられずに終わるわね。

『私は神に、あの方の幸せを祈ります』
と満面の笑みで言うイルデを想像して、何だか無性に腹が立った。
ムカつく。通り越して、一周回って、……やっぱりムカつく。
夢の中のイルデの上から目線を思い出し、イライラが最高潮になった。つい、ベッドサイドのランプに手を伸ばし、これを割ったらアナベルが泣くと思ってやめた。

   ◆◆◆

好きな人がいないって、そんなに変なことなのかな。
校内では殆ど、私に声をかけてくる男子生徒はいない。いても隣のクラスの王子くらいだ。王子のお気に入りってだけで、女子からは嫌味を言われるし、男子には遠巻きにされる。イルデは私の指示通りにキラキラトリオにくっついてるから、一人で私のクラスに来ることはない。

廊下の壁にぶつかりながら歩いていると、向こうからイルデが歩いてきた。
視界は相変わらずぼんやりしているのに、イルデだと分かった。何だろ、見慣れてるからかな。
「リナ!」
ガツッ。
突き出た柱に額をぶつけた私に、イルデが慌てて駆け寄ってくる。柱と私の間に身体をすべり込ませて、よろけた私を抱きしめた。
――抱きしめなくてもよくない?
やりすぎよね。ああ、周囲の視線が痛い。

「ああ……赤くなっていますね」
「――!!」
何、今の?
おでこに、何か、当たったんですけど?
柔らかくて生温かい何かが、ねえ……。
「イルデ?」
「あなたは目を離すとすぐにこれだから……」

「イルデ、離れて!」
ぐっと胸を押すと、イルデの後頭部が柱にガツンとぶつかる音がした。
「……痛。久しぶりに会ったのに……」
頭を摩りながら呟く。結構いい音したから、痛かっただろうなあ。
「ごめんね。あ、と、校内では話しかけないで」
「話って……」
イルデの紫の瞳が戸惑っている。そりゃあそうだよね、いきなり絶交宣言だもんね。
「王太子殿下と約束したの。イルデに近づかないようにするって」
「なっ……リナ、約束って」
引き留めようとするイルデの手を払いのけ、私は自分の教室へと逃げ帰った。

   ◆◆◆

イルデは私を構いすぎる。これでは王子との約束が守れなくなる。
王子はイルデを傍に置いておきたいだろうし、私がイルデを引き留めては邪魔になる。
……よし。
いきなり彼氏は難しいから、一先ず友達を作ろう。
教室に入ったら明るい笑顔で挨拶だ。基本だ、基本に戻ろう。
一・二年の時は何してたっけ?一年の時は適当に女子と話ができていたのに、二年になった途端に休み時間にはイルデに連れ去られてたな。そうか、あいつのせいで友達ができなかったのか。
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