モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

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アレハンドリナ編

王子の戯れ……勘弁してください

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『お話したいことがあります。
今日の放課後、西の庭園の四阿で待っています』

……という、差出人不明のラブレターを、王子とイルデの机の中に放り込んだ。
このためにいつもより一時間半早く家を出た。超眠くて午前中の授業はひたすら睡眠学習に勤しんだわよ。

おかげで、放課後は元気百倍!
彼らが庭園のカップルにじろじろ見られる様をこっそり観察すべく、私は人目に立ちにくいルートから庭園へ回った。

   ◆◆◆

おかしい。
どうも、おかしいな。何がおかしいって、よく分からないけど、下見した時と違うんだよな。
うーん、何だろう?
遠くから見る限り、王子らしき人影が庭園の中央にいるのは分かった。
いた、いたけど、何か違う。

疑問に思いながら庭園へ近づくと、後ろから冷たい声がかけられ、心臓がごぎゅりと鳴った。
「……こんなところで何をしているんです、リナ」
ギギギギギ……。
振り向く首が音を立てている。だって振り向きたくないんだもん。
やだな、この声、ブリザードが吹き荒れてるよ。

振り返ると、ストレートの銀の髪をさらさらと揺らして、無表情で私を見つめるイルデフォンソの顔があった。
――久しぶりに見たから?
懐かしさで胸が苦しくなる。
「まさか、庭園に行くつもりですか?」
ぐはっ。
何で、こいつが後から来るかなあ?
確かに、放課後ってしか書かなかった私も抜けてるけど、タイミング悪すぎない?

「……ええ、と……」
この間、絶交宣言したのに、普通に話しかけてくるってどういう神経してるのよ。
いや、普通じゃないな。すごく怒ってらっしゃいますね。
イルデ君、おこですか?……ああ、目が、目が怖いよぉ。
後退すれば後退しただけ、イルデが近寄ってくる。三歩下がったら壁にぶつかった。

「今朝、殿下の机に手紙が入っていたそうです。可愛らしいピンク色の」
「……へ、へえ。モテるんだねえ」
私は知らないぞ、そんなもの、全然知らないんだからな。
「庭園に呼び出す内容で、差出人の名前がなかった。殿下は、『うっかりさんだね』などとのんきなことを仰られていましたが、呼び出して殿下を害する意図があるのではないかと心配でしたので、私も手紙を見せていただきました」
「ふぅん……」
ラブレターを他人に見せたのか、王子は。普段からもらい慣れてる奴はやることが違うな。前世の世界なら、他人に見せた時点で即晒し者状態だ。貴族の子供はそんな幼稚なことはしないのかな。

「殿下に当てた手紙の字に見覚えがありまして」
やだな。
これ、絶対見透かされてる。尋問じゃないか。
「私はあなたの字を何度となく見ていますが……いつまで経っても下手ですね」
「なっ……!」
「手紙を書いたのはあなたでしょう、リナ。殿下を庭園に呼び出して、どうするんですか?殿下は相手の方が委縮しないように、庭園を人払いなされました」
「嘘!」
それじゃダメなのよ。
皆が見てくれないと、公認にはなれないのよぉ!

「……嘘?」
「あ、え、何でもないです」
「あなたの期待した通りではない、ということですね?」
「気ノセイデス、イルデサン」
答え方がロボットになってしまう。顔の筋肉が強張っていく。

「私の机にも、同じような手紙が入っていました。……二人を同時に呼び出して、あなたは……」
「それはね、あの……」
どうにか理由を探し始めた私に影が近づく。
「遅かったね、二人とも」
セレドニオ王子はにっこり笑って私に手を差し出した。
「名前を書き忘れるなんて、緊張していたのかな?」
わざとですけど?っつか、見つかる予定じゃなかったのよ。
「イルデが大事そうに読んでいた手紙を横から覗いたら、それも君の字だったから、これはきっと、私と二人きりでは緊張するからイルデを誘ったのだろうと思ったよ」
「え、い、いや……」
全っ然違いますよ?緊張なんかしてないし、むしろ逃げたくて仕方がありません。助け舟を期待してイルデをチラ見すれば、怒りモードからいきなり泣きそうな顔になっている。
何なのだ、一体……。

「アレハンドリナは、殿下と二人きりで緊張するような令嬢ではありません。殿下が……二人きりになりたいと仰られるのでしたら、私は御前を失礼いたします」
――は?
待ってよ、置いていく気?
ここは王子とイルデが愛を育まないとダメなのよ。私の計画通りにならないの!
「イルデ……?」
置いて行かないで、と目で訴えてみた。
「セレドニオ殿下には、ビビアナ嬢という完璧な婚約者がいらっしゃいます。そのことを忘れないでくださいね」
去り際に私の肩に手を置き、小声で忠告すると、イルデは「では」と礼をして視線を合わせずに去って行った。

   ◆◆◆

人払いをした庭園で、私はセレドニオ殿下とサシで話をする羽目になった。
腹黒オーラがびりびり出ている美形王子は、庭園の白い椅子に座って長い脚を組み、テーブルに両肘をついて手を顔の前で重ねた。手の上に軽く顎を置き、少し顔を傾けて柔和な笑みを作る。……作り笑顔ですね、殿下。
「アレハンドリナ」
「はい」
「君は、何をしようとしているのかな?」
びっくぅ!
背中を鞭で打たれたレベルの衝撃だ。何、バレてるの?
「何のことかさっぱ」
「私とイルデをどうしたいの?」
さっぱり、すら言わせてくれなかった。食い気味に話すんだもんな。怖。
「どう……」
「イルデフォンソは将来神官になると言われている。神殿と王宮の関係はいいに越したことはないが、学校で私の側近にならなくてもいい。敢えて彼を私の傍に近づけた。君が指示したんだろう?」
黙っていると王子は続けた。
「自分から私のところへ来たにしては、イルデは随分と君を気にしている。食堂でも常に君の姿を探しているよ」
「殿下の気のせいです」
「そうかな?私の隣にいる自分を、君に見てほしいと思っているような気がして」

鋭い。
イルデの行動が私の指示だと気づいている。
「……確かに、殿下のお傍について、側近として学ぶように言いましたわ」
「ほう」
「ですが、他意はありません。イルデが神官になってもならなくても、殿下と懇意にさせていただけるのでしたら、臣下としては嬉しいことですもの」
こうなったらしらを切りとおしてやるわ。どうだ、突っ込めまい。

「そうか。君はイルデとの将来を真剣に考えているのだね」
「は?今、何と?」
イルデ「の」将来って言った?それとも、イルデ「との」って言った?
わしゃ耳が遠くてよく聞こえんでのう?
「優秀な臣下を神殿に奪われるのは、王宮としても損失だからね。……イルデが神殿に入ったら、君も……?」
私も?って、話が理解できない。イルデが神殿に入ったら?考えたことなかった。
王子は答えずに満面の笑みを浮かべた。
「私の楽しみが一つ増えたよ」

   ◆◆◆

家に帰ってから、ベッドに転がって思い出すのは、作戦の失敗より、王子の話より、庭園から走り去ったイルデの姿だった。

医務室で絶交宣言をしてから、ずっと会ってなくて。
久しぶりに近くで聞いた声に、不覚ながら痺れた。
安心する声なのに、胸が変な音を立てていた。

イルデは泣きそうな顔をしていた。思わず追ってしまいたくなった。
あんな顔をさせたのは、私だ。
可哀想でも追いかけたらいけない。私はモブだから、物語に関わってはいけない。
元ネタは知らないけど、乙女ゲームらしいこの世界で、彼は非の打ちどころがない攻略対象キャラで。
ヒロインのために存在する人なんだもの。
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