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木立 花音

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第一章「あたしが再び羽ばたくために」

【紬が羽ばたくところ、もう一度見たいよ?(1)】

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 永青高校の学生寮は五階建てで、一階が食堂、浴室、ランドリーといった共用スペースになっている。二階と三階が男子寮。その上があたしたちの住む女子寮だ。
 部屋は全室二人部屋だ。相部屋になるのがどんな子なのかとめちゃめちゃ心配だったので、それが紗枝ちゃんなのは幸いだった。
 カーテンの隙間から真っ白な朝陽が差し込んでいるのを見ながら目覚める。
 部屋の中にはベッドと机が二つずつある。それが壁の左右に分かれて配置されていて、部屋に入って左側があたしで右が紗枝ちゃんだ。
 枕元のスマホを手繰り寄せて時刻を確認すると、七時ちょい前だった。そろそろ朝食の時間だな……と思いながら隣のベッドに目を向けると、紗枝ちゃんの姿がなかった。
 綺麗に畳まれた布団を見ながら、外に出ているのだろうな、と思う。
 あたしが目覚めたとき、彼女はすでにいないことが多い。早起きなのは休日でも変わらないらしい。

「ふああ……」

 いったいどこに行っているのだろう?
 なんて考えていると扉が開いた。顔を出したのは噂の紗枝ちゃんだ。

「あっ、ようやく起きた」
「ようやくって……。今日は土曜日だよ? さすがに休みの日くらいはゆっくりしているよ」

 いや、違う。昔は休みの日でも早く起きていた。六時前には起き出して、体を動かす習慣があった。
 たったの一年で、その習慣がすっかり損なわれている自分に哀愁を感じてしまう。完全に過去の人なのだ。実際、未来なんてないけれど。

「ところで紗枝ちゃん。どこに――」
「お出かけするよ」
「へ?」

 有無を言わさぬその声に、間抜けな声が漏れた。
 爽やかな白のティーシャツにボトムはデニムのハーフパンツ。小さなリュックを背負った紗枝ちゃんは、そういえば、このままどこかのお店にでも行きそうな格好だ。

「紬っちにね、ちょっと付き合ってほしい場所があるんだ」
「どうせ暇だし別にいいけど。で、どこに行くつもりなの?」
「ふふふ、それは着いてからのお楽しみ」
「着いてからのお楽しみ?」

 なにやら曖昧な反応をされた。内緒って、なに……?
 ――というわけで、紗枝ちゃんと二人でお出かけなのであった。

「目的地は結構遠いからね」とのことだったので、最寄りのバス停から路線バスに乗って向かう。
 天候は薄曇り。四月になっても、所々に冬の残り香がある雪国特有のぱっとしない空だ。
 あたしが着てきたのは、ロングティーシャツとショートパンツ。ほんとはワンピースを着て上にパーカーを羽織るつもりだったけれど、「もうちょい動きやすい服装がいいよ」と紗枝ちゃんに言われて着替えさせられた。
 何をたくらんでいることやら。
 十分ほどバスに揺られて着いた場所は、札幌市の郊外にあるスポーツ用品店だった。白い外壁をしていて、二階建てのそこそこ大きな建物だ。

「紗枝ちゃんがきたかった場所ってここ?」
「そそ。ラケットの選び方を、私に教えてほしいんだ!」
「ラケットって、バドミントンの?」
「卓球のラケットの選び方を訊いてもわかんないでしょ?」
「それはまあ」

 あたしの返答も聞かずに、紗枝ちゃんは店の中に入って行ってしまった。

「ちょ、ちょっと!」

 この子わりと強引だ。

「うわーすごい。綺麗な色のがいっぱいあるね」

 売り場に着くと、紗枝ちゃんは幼子みたいに瞳を輝かせた。テンションがやけに高い。

「これなんて良くない? 赤とピンクのデザインでなんかカワイイ~」
「色で選ぶのもまあいいんだけど、予算はどのくらい?」
「八千円くらいかな」
「全然足りないよ。値段見てみて」

 ラケットの下に貼られていた値札を見て、紗枝ちゃんが固まった。

「にまんえん? そんなにするの?」
「それは上級者用のハイエンドモデルだからね。シャフトが硬くて重いから、紗枝ちゃんにはたぶん合わないかな。そうだな……もっとシャフトが柔らかくて軽い、初心者向けのモデルがいいよ」
「重さってそんなに違うの? どれも似たような感じだけど?」

 紗枝ちゃんが、展示されているラケットを片っ端から手に取って首をかしげている。

「実際、重さはそんなに違わないけれどね。でも、そのちょっとの差が、使っていると気になってくるものなんだよ。たとえばこれとこれ、二つ持ってみて」

 ラケットを二本渡す。紗枝ちゃんが、右手と左手に一本ずつ持った。

「同じくらい……?」
「そうだね。実際のところその二本は、重さはほとんど同じなんだ。じゃあ、今度はラケットを横にして軽く振ってみて」

 言われた通りにラケットを真横にして、軽めに振って、それからゆっくりと紗枝ちゃんが首をかしげた。

「こっちのほうが重い気がする」
「うん。重く感じるほうは、重心がラケットの先端部分にあるんだよ。重心が先端にあったほうが、スイングスピードを活かして速いスマッシュが打てる」
「じゃあ、先端が重いほうが有利?」
「いや、そんなことはない。筋力が足りていないとうまく使いこなせないし、疲れやすくもなる。それに、ネット際のプレーでは、取り回しの軽いラケットのほうが有利だしね」
「そっかあ、難しいんだね」

 他にも、シャフトの硬さやグリップの太さの違いでも使用感が違ってくるよ、と説明した上で、重心がラケットの中央にある、柔らかめのシャフトの物が初心者にはいいよ、と薦めておいた。
 しばらく売り場をうろついて、八千円ほどのラケットを選んだ。
 あとはガットだな。こちらもオールラウンドで使いやすいガットを選んで、二人でレジに向かった。

「テンションはいくつでお張りしましょうか?」

 女性店員の質問に、紗枝ちゃんが固まった。髪が長い、優しそうな雰囲気の四十代くらいの女性店員だ。

「テンション? 高いほうがいい?」
「あー……。二十七でお願いします」と助け船を出した。

 ガットの張りの強さが違うと、シャトルの飛び方に微妙な差が出る。だから本当は、紗枝ちゃんのプレーを見てから決めるべきなんだけど、独断で無難な数字を告げておく。普通に練習していたら、一ヶ月ほどでたぶんガットが切れるだろうし、そのときまた調整したらいいだけのこと。
 会計を済ませ、ラケットの受け取り期日の確認をしていると、店員さんが話しかけてきた。

「もしかして、修栄高校しゅうえいこうこうバドミントン部の子?」
「いえ、永青高校です。というか」

 まだ入部していません、あたしは入部する気がないですし、と言いかけて言葉を呑んだ。
 そんなのこの人には関係ないこと。

「はいはい! 私はバドミントン部入りますよ! きっと彼女も」

 せっかくお茶を濁したのに、紗枝ちゃんが余計な捕捉を付けちゃった。どうしてあたしまで入ることになってんの?
 人畜無害な顔して彼女はとんだ食わせ者だ。

「そうなの。それは良かった」

 女性店員が、探し物を見つけたときみたいな嬉しそうな顔をする。とてもじゃないが、否定できる空気じゃない。でも。

「良かった? といいますと?」

 あ、いえ、と彼女は失言でもしたみたいに微妙な顔になる。

「私の娘もね、修栄高校のバドミントン部に所属しているの。それでちょっと嬉しくなっちゃって。もし対戦する機会があったらよろしくね」
「修栄ってことは、娘さんだいぶお強いんじゃ」
「修栄って強いの?」と紗枝ちゃんが耳打ちしてくる。
「めっちゃ強いよ。北海道では最強クラス」
「ほえー」
「いえいえ、そんなにたいしたことないのよ。どうしても勝てない相手がいるんだって、いつも不貞腐れていますし」
「そうなんですか」

 五十人も六十人も部員がいるような強豪校だからね。レギュラーを取るのだって一苦労だ。おそらく彼女の娘は、二年生か三年生なのだろうな、と勝手に思う。
 どのくらいかはともかくとして、弱いってことはないだろう。
 ラケットの受け取りは三日後だ。引き換え用の用紙を受け取り店を出る。
 出がけに、振り返ってさっきの女性店員の姿を見た。
 どこかで……見たことがある気がするんだよな。さて、どこでだったろう。


「んじゃ、次の場所に向かおうか」
「今度はどこに行くつもりなの?」
「ふふふ。次に向かう場所が、今日の本命なのさ~」
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