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第四章「あたしが過去と向き合う日」
【伏兵の名は大越萌】
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お互いに顔合わせをしてから練習試合が始まる。
試合は団体戦形式で行われる。一番のダブルス(D1)同士、二番のダブルス(D2)同士、トップシングルス(S1)同士の三戦がコート三面を使って同時進行で行われる。
それが終わったあと、第二シングルス(S2)と第三シングルス(S3)の試合が順番に行われる予定だ。
監督のオーダーはこうだった。
第一ダブルス、あたしと心。
第二ダブルス、市川小春、市川夏美。
トップシングルス、澤藤麗香。
第二シングルス、歳桃心。
第三シングルス、鈴木早千江。
二戦しなくてはならないので、心の負担が大きい。
それと、そのせいもあって紗枝ちゃんはベンチウォーマーだ。覚悟はしていたことなのだろう。凛とした表情を彼女はしているが、あたしの心は少しだけ痛んだ。
あたしたちの相手は、当然姫子と大越さんだった。
「負ける覚悟はできているかしら?」
皮肉を言ってきた姫子とネットの下で握手を交わす。
「その減らず口、すぐに言えなくしてやるよ」
強気な口調であたしが返したのが意外なのか、隣の心がギョッとした顔になる。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる!」
交わす視線で火花を散らし、双方が定位置へと戻った。
「オンマイライト、神宮寺、大越ペア。オンマイレフト、仁藤、歳桃ペア。神宮寺、大越ペア、トゥサーブ。ラブオールプレー」
姫子が左手でシャトルをリリースし、あたしに向かってロングサーブを打ってきた。
――やっぱりそうなるよね。
あたしの左肩が上がらないことを姫子は知っている。初手でスマッシュがないことを理解しているのだ。
姫子が前に出て、大越さんが後衛のトップアンドバックの陣形に相手がなる。
さて、どうする――?
定石通りならドライブで攻めるシーンだが、前に詰めている姫子がそうはさせじとプレッシャーをかけてくる。甘いコースだと押し込まれる。ここは――。
「やっ!」
スリークォーター気味に左手をしならせ、強引にクリアを打った。
オーバーヘッドストロークができない以上、あたしのクリアは浅くなりがちだ。それでも今は、あえてクリアを使う。勝手知ったる姫子はまず置いといて、大越さんとやり合いたかった。
初めての対戦相手。早めに力量を見ておきたい。
余裕を持って落下点に入った大越さんは、左腕をしならせてスマッシュの体勢に入る。
あたしと同じサウスポー。腕がくるん、と綺麗に回る。
弾速は――平凡。これなら問題なく拾える。
パアン、とこ気味良い音を立て、レシーブしたシャトルが相手コートの中央へ。姫子のラケットが届かない高さのため、大越さんが再び落下点へ。
「ふッ」
大越さんが果敢にスマッシュを打ってくる。
しかし、今度も難なくレシーブして見せた。執拗にあたしを狙うのは、簡単に前に出させたくないからか。
ここから二度、スマッシュをロブレシーブする展開が続いた。
ハイバックを多用せず、なるべく回り込んでフォアハンドで打ってくる。闇雲に強打することなく、冷静に拾いづらいコースを突いてくる。
基本に忠実なプレースタイル。フォームは綺麗でしなやか。大越さんは変な癖もなく良いプレイヤーだと思う。が、逆に言えばそれだけだ。強いショットはないし、うまいが、特別すごみはない選手、という印象を受けた。
ならば。
次はフェイントでヘアピンを使おう、とグリップを握る手に力がこもったとき、異変は起きた。
落下点に入り、大越さんの左腕がしなる。
教科書通りながら、洗練された綺麗なストロークだ。ところが――。
これまでとまったく違う軌道のシャトルが飛んできた。全身が即座に総毛だつ。まさか、そんなはずはない。あたしは確かに彼女の腕の振りをちゃんと見ていたはずだ。
なぜ、ドロップがくる?
スマッシュを警戒して踵に体重が乗っていたため反応が遅れる。辛うじてすくい上げたシャトルは、対面で待ち構えていた姫子に叩き落された。
「一対〇」
おかしい。信じられない。
大越さんの腕の振りは、角度も速度もそれまでのショットと変わりなかった。少なくともあたしにはそう見えた。何か、見落としているのか……?
姫子から放たれたのは、今度はショートサーブだ。
厳しいところに落とされたため、心はロブでしか返せない。
打ち上げたシャトルの落下点で待ち構えるのは、またしても大越さんだ。
視線の動き、腰の動き、肘の動き、ラケットの面の角度。複数の情報から次の彼女のショットを予測する。
放たれたのは、あたしのバックハンド側に落ちてくるスマッシュ。厳しいコースだが、読めていたぶん余裕がある。ロブで返すと、今度はフォアハンド側にスマッシュがきた。
それも読めている。通用しないよ、と再びロブで返した。
それまでとまったく同じ振りから放たれた三打目は、しかしまたもやドロップだった。
「――ッ!」
シャトルはネットを超えたところで急激に失速する。心が前進して拾うが、浮いたシャトルは今度も姫子につかまった。
二対〇。
「ごめん、紬」
「いや、あたしこそごめん。レシーブが単調だったかもしれない。……でもさ、あれは取れない」
「紬」
「ん?」
ひどく真面目な声で、心があたしの名を呼んだ。
「端的に問う。今のドロップ、読めていた?」
相手の動きの癖を読んで、あたしがショットを予測する技術に長けていることを、長年のライバルである心は心得ている。それゆえの、質問だろう。
「残念ながら、わからなかった。……ということは、心もなんだね?」
「うん。正直、スマッシュで間違いないと思ってしまった」
心も反応が遅れてしまったのはそのせいか。
それから何度かラリーを続けていくことで、二度も連続で相手のショットを読み違えた理由がわかった。
ドロップショットは、インパクトの瞬間に脱力して放つショットだ。そこまでの腕の振りが似かよっているため判断は難しいが、普通は腰のひねりが止まって力が抜けるなど、必ずどこかに違いが出る。
ところが。
同じなのだ、打ち方が。この大越萌という女。なんの変哲もない選手かと思いきやとんだ食わせ者だ。
腕の振りだけでなく、腰の動きから何からまったく同じなのだ。
まったく同じ腕の振りから、インパクトの本当に間際で脱力してスマッシュからドロップに変える。ついでにいうと、その二択の中にカットスマッシュを交ぜて三択にしてくる。もっともこれは、ラケットの面の角度で予測できるとはいえ。
それでも容易ではない。極めて癖の少ないその打ち方に、おおいに苦しめられた。反応がどうしても一歩遅れてしまう。
自分たちのペースを掴めないまま、第一ゲームを二十一対十三で落としてしまう。姫子が強いのは百も承知だったが、大越さんという思わぬ伏兵のせいで予想外の大差となった。
試合は団体戦形式で行われる。一番のダブルス(D1)同士、二番のダブルス(D2)同士、トップシングルス(S1)同士の三戦がコート三面を使って同時進行で行われる。
それが終わったあと、第二シングルス(S2)と第三シングルス(S3)の試合が順番に行われる予定だ。
監督のオーダーはこうだった。
第一ダブルス、あたしと心。
第二ダブルス、市川小春、市川夏美。
トップシングルス、澤藤麗香。
第二シングルス、歳桃心。
第三シングルス、鈴木早千江。
二戦しなくてはならないので、心の負担が大きい。
それと、そのせいもあって紗枝ちゃんはベンチウォーマーだ。覚悟はしていたことなのだろう。凛とした表情を彼女はしているが、あたしの心は少しだけ痛んだ。
あたしたちの相手は、当然姫子と大越さんだった。
「負ける覚悟はできているかしら?」
皮肉を言ってきた姫子とネットの下で握手を交わす。
「その減らず口、すぐに言えなくしてやるよ」
強気な口調であたしが返したのが意外なのか、隣の心がギョッとした顔になる。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる!」
交わす視線で火花を散らし、双方が定位置へと戻った。
「オンマイライト、神宮寺、大越ペア。オンマイレフト、仁藤、歳桃ペア。神宮寺、大越ペア、トゥサーブ。ラブオールプレー」
姫子が左手でシャトルをリリースし、あたしに向かってロングサーブを打ってきた。
――やっぱりそうなるよね。
あたしの左肩が上がらないことを姫子は知っている。初手でスマッシュがないことを理解しているのだ。
姫子が前に出て、大越さんが後衛のトップアンドバックの陣形に相手がなる。
さて、どうする――?
定石通りならドライブで攻めるシーンだが、前に詰めている姫子がそうはさせじとプレッシャーをかけてくる。甘いコースだと押し込まれる。ここは――。
「やっ!」
スリークォーター気味に左手をしならせ、強引にクリアを打った。
オーバーヘッドストロークができない以上、あたしのクリアは浅くなりがちだ。それでも今は、あえてクリアを使う。勝手知ったる姫子はまず置いといて、大越さんとやり合いたかった。
初めての対戦相手。早めに力量を見ておきたい。
余裕を持って落下点に入った大越さんは、左腕をしならせてスマッシュの体勢に入る。
あたしと同じサウスポー。腕がくるん、と綺麗に回る。
弾速は――平凡。これなら問題なく拾える。
パアン、とこ気味良い音を立て、レシーブしたシャトルが相手コートの中央へ。姫子のラケットが届かない高さのため、大越さんが再び落下点へ。
「ふッ」
大越さんが果敢にスマッシュを打ってくる。
しかし、今度も難なくレシーブして見せた。執拗にあたしを狙うのは、簡単に前に出させたくないからか。
ここから二度、スマッシュをロブレシーブする展開が続いた。
ハイバックを多用せず、なるべく回り込んでフォアハンドで打ってくる。闇雲に強打することなく、冷静に拾いづらいコースを突いてくる。
基本に忠実なプレースタイル。フォームは綺麗でしなやか。大越さんは変な癖もなく良いプレイヤーだと思う。が、逆に言えばそれだけだ。強いショットはないし、うまいが、特別すごみはない選手、という印象を受けた。
ならば。
次はフェイントでヘアピンを使おう、とグリップを握る手に力がこもったとき、異変は起きた。
落下点に入り、大越さんの左腕がしなる。
教科書通りながら、洗練された綺麗なストロークだ。ところが――。
これまでとまったく違う軌道のシャトルが飛んできた。全身が即座に総毛だつ。まさか、そんなはずはない。あたしは確かに彼女の腕の振りをちゃんと見ていたはずだ。
なぜ、ドロップがくる?
スマッシュを警戒して踵に体重が乗っていたため反応が遅れる。辛うじてすくい上げたシャトルは、対面で待ち構えていた姫子に叩き落された。
「一対〇」
おかしい。信じられない。
大越さんの腕の振りは、角度も速度もそれまでのショットと変わりなかった。少なくともあたしにはそう見えた。何か、見落としているのか……?
姫子から放たれたのは、今度はショートサーブだ。
厳しいところに落とされたため、心はロブでしか返せない。
打ち上げたシャトルの落下点で待ち構えるのは、またしても大越さんだ。
視線の動き、腰の動き、肘の動き、ラケットの面の角度。複数の情報から次の彼女のショットを予測する。
放たれたのは、あたしのバックハンド側に落ちてくるスマッシュ。厳しいコースだが、読めていたぶん余裕がある。ロブで返すと、今度はフォアハンド側にスマッシュがきた。
それも読めている。通用しないよ、と再びロブで返した。
それまでとまったく同じ振りから放たれた三打目は、しかしまたもやドロップだった。
「――ッ!」
シャトルはネットを超えたところで急激に失速する。心が前進して拾うが、浮いたシャトルは今度も姫子につかまった。
二対〇。
「ごめん、紬」
「いや、あたしこそごめん。レシーブが単調だったかもしれない。……でもさ、あれは取れない」
「紬」
「ん?」
ひどく真面目な声で、心があたしの名を呼んだ。
「端的に問う。今のドロップ、読めていた?」
相手の動きの癖を読んで、あたしがショットを予測する技術に長けていることを、長年のライバルである心は心得ている。それゆえの、質問だろう。
「残念ながら、わからなかった。……ということは、心もなんだね?」
「うん。正直、スマッシュで間違いないと思ってしまった」
心も反応が遅れてしまったのはそのせいか。
それから何度かラリーを続けていくことで、二度も連続で相手のショットを読み違えた理由がわかった。
ドロップショットは、インパクトの瞬間に脱力して放つショットだ。そこまでの腕の振りが似かよっているため判断は難しいが、普通は腰のひねりが止まって力が抜けるなど、必ずどこかに違いが出る。
ところが。
同じなのだ、打ち方が。この大越萌という女。なんの変哲もない選手かと思いきやとんだ食わせ者だ。
腕の振りだけでなく、腰の動きから何からまったく同じなのだ。
まったく同じ腕の振りから、インパクトの本当に間際で脱力してスマッシュからドロップに変える。ついでにいうと、その二択の中にカットスマッシュを交ぜて三択にしてくる。もっともこれは、ラケットの面の角度で予測できるとはいえ。
それでも容易ではない。極めて癖の少ないその打ち方に、おおいに苦しめられた。反応がどうしても一歩遅れてしまう。
自分たちのペースを掴めないまま、第一ゲームを二十一対十三で落としてしまう。姫子が強いのは百も承知だったが、大越さんという思わぬ伏兵のせいで予想外の大差となった。
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