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1話 会長にコーヒーを
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げっそり…。
呪縛が解けたとわかったのはいつもの出勤時間間際だった。
足の痛みは少し引いたけど、ショックは大きすぎ。
何だったんだアレは。
あの気配…。
室長に連絡して、じじばばだらけの整形外科に寄って出社。怪我の具合は幸い大したことはなかった。
『まあ、捻挫? 悪いようなら無理しなくていいのよ? 今日はお休みにしとくから』
なあんて言われたけどあんな恐ろしい目に遭った部屋にいる方がよっぽど無理!!
『そう? 立ち仕事はしばらくお休みね。簡単な書類の整理だけお願いするわ。水曜までね』
水曜日。会長の出張が水曜までで出社は木曜。丸3日。大丈夫かな。激しく不安だ。
10時過ぎていたので秘書室には室長と手配&チェッカーの男の人が二人だけだった。
「無理しないでね。はい、ここに座って」
指示されたのは室長の隣の席。彼女が主に会長のスケジュール管理やら関連書類の作成などなどされているわけで実質会長秘書なのだが、会長が『あんな人』だから正式な会長秘書という職は宙に浮いている。
変な会社…。
まあ3日間大人しくしてよう。どうやら派遣の仕事とさして変わらないようだし。
痛みは引いてもいつもと違う今日の私。言われたまま地味にPC打ち込んでると妙なおたけびが上がった。
「ぐわ~、室長、25日の会食、ダメです、変更不可です。時間ずらせません」
驚いて顔を上げた…のは私だけで、隣の室長は「ああ、そう、やっぱりね」と、軽く答えると、「いいわ、こちらに頂戴」文書を受け取り、何枚か照らし合わせて、どこかに電話…。
ああ、こういうの秘書さんぽいよな~~。縁の下の力持ちって言うか。影でちゃちゃっとお仕事をする。
それに比べて私って…。
ダメだ、テンション低っ。
あと3日どうやって過ごそうか。家に帰りたくない…。
室長は私の足を気遣ってくれて、お昼は社食でご馳走してくれた。
「市川さん、お昼は時々降りてきていいのよ。遠慮しないでね」
とにっこり。つくづくいい人だ。ありがたくてじ~~んとする。
「顔色もあまりよくないみたいだけど。どうしたの?」
「え、あ、いや」
はじめは言葉を濁していた私だったが、優しい言葉につい昨日の出来事を話してしまった。
「まあ、こわい!」
いかにもフェミニン~なリアクション。室長は口に手を当てた。
「それは警察に行ったほうがよくない? 家に押しかけてくるなんて恐いわねえ。それに金縛りって。私、経験がないのでわからないんだけど、想像しただけで恐いわ。市川さん、1人暮らしだものね」
「はあ。私もはじめてだったんで…。さすがにこたえました」
「そうよねえ」
思い出すだけで恐すぎ。都会の1人暮らしの恐さをうんと思い知ったわけだ。26にして初めて。
「ね、よかったらうちへ泊まりに来ない? また1人きりになるの不安でしょう」
「え? いいんですか?」
「ええ」
「で、でも、ご家族がいらっしゃるんじゃ」
「主人は帰りが遅いし子供は野外活動で木曜までいないの」
「そうなんですか。でも…」
「そうなさいな。広い家じゃないけど」
寂しい一人身にこのお言葉。ありがたいよね。
「あ、はい。それじゃあ」
これまた思いがけない救いの手だろうか。
部屋に戻り、仕事がひと段落着いたところで私はコーヒーを入れることにした。
「ありがとう、市川さん」
「おお~、やっぱ何か違う気がするな」
「いただきまっす」
特に何もしてないすけどね。いい場しのぎになるんだな、これが。
本日のお客様~。
室長以下、男性社員2名。1人は独身、1人は既婚なり~。
「うまいっす~。この香りがいいんだよね」
「なんつーか、ここんとこピリピリ感が減った気がすんだよな」
「市川さんのお陰かもね」
「えー、そんな」
「しょーじき、いれてくれるのってありがたい」
「お茶入れてくれなんて俺ら口が裂けても言えないしな」
「ま、それくらいしてさしあげますわよ」
「めっそうもない、室長!」
「ただし、いれるだけですけどね。味は保証しませんわ」
「ぷっ、会長の一件以来、みんな自信喪失だったもんな~。今思うと笑えるけど」
「いや~、マジでワンコイン浮いた気分。うち、嫁がいれてくれないんだわ」
ああ、派遣時代を思い出すな~。コーヒー一杯で何故か饒舌になるの。
何度も念を押すが私は特に何もしていない。
どこの給湯室にもあるコーヒーメーカー使えばそこそこ旨い一杯ができるんだけど。あの偏屈会長のせいで禁忌な飲み物だったらしい。プフ。罪なオッサンだよ。
カップを片していると、背後の秘書室が騒がしくなった。秘書さんたちが降りてきたのだ。
もうそんな時間か。
ふっと後ろを振り返ると人が立っていた。
副社長秘書さんだ。
「あ、よろしかったらコーヒー入れましょうか?」
とっさに営業スマイルな私。彼女は何も言わずぷいっと顔を背けて出て行った。
「市川さん、怪我したんですって?」
片付け終了後部屋に戻ると社長秘書さんが寄って来た。私の足首をちろりんと眺めて。
「歩いちゃって大丈夫~? あ、室長、金曜のアレ、言いました?」
「ま、忘れてたわ!」
アレって?
「市川さん、来週の金曜、空いてる?」
「はい。何も予定ないですけど」
「朝、電話貰ってどんな状態かわからなくて、つい言いそびれていたわ。遅くなってしまって悪いんだけど、忘年会も兼ねて市川さんの歓迎会しようと思ってるの」
歓迎会!
ああ、そういえばそういうものがあるんだ、普通の会社って。派遣の時もあったような。懐かしいな~。
「えーー、嬉しいです!」
「じゃあ、いいわね。場所はこの近くだから。また教えるわ」
「はい。ありがとうございます」
室長のお言葉に甘えることにした私は一緒に会社を出た。同じ路線だと言う社長秘書さんと3人で。
社長秘書の吉永さん。はっきりした顔立ちで喋り方もはきはきしてる。
いかにも、な秘書さんだよね。
「室長、例の時間変更、どうなりました?」
「何とか詰められたわ。変更箇所だけまた回すから」
「さっすが~。歓迎会の日取りも決まったし、来月のはもうないですよね」
「ええ。早いわねえ、今週終わればもう12月」
「あ、横森さんには言ってないけどいいですよね? とにかく夜はダメって言ってたし」
「そうねえ。一応、承諾はとってるから。いいんじゃない?」
ゴトンゴトン…。私は二人の会話を何気に聞き流していた。
先に私たちが下りて、案内された室長のご自宅は立派な一軒家だった。しかも世田谷だよ、世田谷!
『広くないけど』
なんてご謙遜。対面カウンターのリビングダイニングキッチンはきれいに片付いていて、隣の和室も昔ながらの和室っぽくない、清潔な、いかにも今風のお家って感じだ。
誰もいなくて、2人でパスタ食べて、お風呂入らせてもらって、下着まで用意してくれて。
「下だったら新しいのあるから」
わー、そこまでしてもらって恐縮っす! 上はユニク○のブラキャミ(冬は怠慢なの…ていうか高いブラつけたところで大して変わらないし)だからまあ1日くらいならよしとしよう。
「何だか嬉しいわ~。友達を泊める気分よ。何年ぶりかしら」
そして。リビングの横の和室に布団を二組敷く室長。私が恐がってるだろうから? いいのかな。
「あ、あの、これって」
「ふふ、私、最近ここで寝てるのよ」
「そうなんですか」
「主人、いつも帰りが遅いから。同じ部屋に寝てて起こされるのもいやだし、ゆっくりしたいじゃない?」
「は、はあ」
そんなものなのかな。未知の世界。旦那さんは夜遅く帰ってきて1人で寝支度するのかな。まあラクっちゃ楽だよな。
遠慮なく布団にもぐりこむ私。客用布団かな? ふかふかで厚みがあって、ああ、気持ちいい。口にしないまでも顔がほころぶ。
室長も横になった。
「大丈夫? 市川さん、怪我の具合は」
「あ、もう、大分ひきました」
「そう。よかったわ」
実際風呂上りに湿布を替えた時にはあのズキンズキンした痛みはなかった。
「それにしても恐いわねえ。私、一人暮らしの経験がなくて。市川さんのように地方から出てらして1人で暮らしてる女の子のこと尊敬しちゃうわ」
「そ、そんな。室長こそすごいじゃないですか、結婚されて、子供さんもいらっしゃって、家事こなしながらバリバリ働かれてて」
うんうん、マジ尊敬する。30代で室長っすよ。
「いえいえ。私は自分の親に助けてもらってるから。お恥ずかしい話だけれど、しょっちゅう母に来てもらってるのよ」
「ご近所なんですか」
「ええ」
そうなんだ~。田舎じゃよく聞く話だけど。きっと世田谷のお嬢さん育ちなんだろうな。都心にこんな家持てるなんて私には想像もつかないわ。
「えらいわよねえ、市川さんも吉永さんも。見習わないとね」
「吉永さん…。そっかぁ…社長秘書さんも1人暮らしなんだ」
私は大したことないですけどね。低収入だったし。ボロアパートだし。
「うちはダメね、主人も私もすぐに親を頼っちゃうから。運動会や文化祭のお弁当作りも全部お任せよ。私、普段の料理はそう苦にならないんだけど子供のお弁当みたいにちょこちょこっとたくさん作るの苦手なの」
室長のゆるい喋りが耳に心地よい…。私はうとうとしていた。
「横森さんなんてよくやってると思うわ。彼女本当にーーーないのよ」
『横森さん』
眠りに落ちる瞬間だっただろうか、ぼんやりと夕方のシーンが浮かぶ。
横森さんね。
副社長秘書さん。
何かこわかったけど。何だったんだろう…。
呪縛が解けたとわかったのはいつもの出勤時間間際だった。
足の痛みは少し引いたけど、ショックは大きすぎ。
何だったんだアレは。
あの気配…。
室長に連絡して、じじばばだらけの整形外科に寄って出社。怪我の具合は幸い大したことはなかった。
『まあ、捻挫? 悪いようなら無理しなくていいのよ? 今日はお休みにしとくから』
なあんて言われたけどあんな恐ろしい目に遭った部屋にいる方がよっぽど無理!!
『そう? 立ち仕事はしばらくお休みね。簡単な書類の整理だけお願いするわ。水曜までね』
水曜日。会長の出張が水曜までで出社は木曜。丸3日。大丈夫かな。激しく不安だ。
10時過ぎていたので秘書室には室長と手配&チェッカーの男の人が二人だけだった。
「無理しないでね。はい、ここに座って」
指示されたのは室長の隣の席。彼女が主に会長のスケジュール管理やら関連書類の作成などなどされているわけで実質会長秘書なのだが、会長が『あんな人』だから正式な会長秘書という職は宙に浮いている。
変な会社…。
まあ3日間大人しくしてよう。どうやら派遣の仕事とさして変わらないようだし。
痛みは引いてもいつもと違う今日の私。言われたまま地味にPC打ち込んでると妙なおたけびが上がった。
「ぐわ~、室長、25日の会食、ダメです、変更不可です。時間ずらせません」
驚いて顔を上げた…のは私だけで、隣の室長は「ああ、そう、やっぱりね」と、軽く答えると、「いいわ、こちらに頂戴」文書を受け取り、何枚か照らし合わせて、どこかに電話…。
ああ、こういうの秘書さんぽいよな~~。縁の下の力持ちって言うか。影でちゃちゃっとお仕事をする。
それに比べて私って…。
ダメだ、テンション低っ。
あと3日どうやって過ごそうか。家に帰りたくない…。
室長は私の足を気遣ってくれて、お昼は社食でご馳走してくれた。
「市川さん、お昼は時々降りてきていいのよ。遠慮しないでね」
とにっこり。つくづくいい人だ。ありがたくてじ~~んとする。
「顔色もあまりよくないみたいだけど。どうしたの?」
「え、あ、いや」
はじめは言葉を濁していた私だったが、優しい言葉につい昨日の出来事を話してしまった。
「まあ、こわい!」
いかにもフェミニン~なリアクション。室長は口に手を当てた。
「それは警察に行ったほうがよくない? 家に押しかけてくるなんて恐いわねえ。それに金縛りって。私、経験がないのでわからないんだけど、想像しただけで恐いわ。市川さん、1人暮らしだものね」
「はあ。私もはじめてだったんで…。さすがにこたえました」
「そうよねえ」
思い出すだけで恐すぎ。都会の1人暮らしの恐さをうんと思い知ったわけだ。26にして初めて。
「ね、よかったらうちへ泊まりに来ない? また1人きりになるの不安でしょう」
「え? いいんですか?」
「ええ」
「で、でも、ご家族がいらっしゃるんじゃ」
「主人は帰りが遅いし子供は野外活動で木曜までいないの」
「そうなんですか。でも…」
「そうなさいな。広い家じゃないけど」
寂しい一人身にこのお言葉。ありがたいよね。
「あ、はい。それじゃあ」
これまた思いがけない救いの手だろうか。
部屋に戻り、仕事がひと段落着いたところで私はコーヒーを入れることにした。
「ありがとう、市川さん」
「おお~、やっぱ何か違う気がするな」
「いただきまっす」
特に何もしてないすけどね。いい場しのぎになるんだな、これが。
本日のお客様~。
室長以下、男性社員2名。1人は独身、1人は既婚なり~。
「うまいっす~。この香りがいいんだよね」
「なんつーか、ここんとこピリピリ感が減った気がすんだよな」
「市川さんのお陰かもね」
「えー、そんな」
「しょーじき、いれてくれるのってありがたい」
「お茶入れてくれなんて俺ら口が裂けても言えないしな」
「ま、それくらいしてさしあげますわよ」
「めっそうもない、室長!」
「ただし、いれるだけですけどね。味は保証しませんわ」
「ぷっ、会長の一件以来、みんな自信喪失だったもんな~。今思うと笑えるけど」
「いや~、マジでワンコイン浮いた気分。うち、嫁がいれてくれないんだわ」
ああ、派遣時代を思い出すな~。コーヒー一杯で何故か饒舌になるの。
何度も念を押すが私は特に何もしていない。
どこの給湯室にもあるコーヒーメーカー使えばそこそこ旨い一杯ができるんだけど。あの偏屈会長のせいで禁忌な飲み物だったらしい。プフ。罪なオッサンだよ。
カップを片していると、背後の秘書室が騒がしくなった。秘書さんたちが降りてきたのだ。
もうそんな時間か。
ふっと後ろを振り返ると人が立っていた。
副社長秘書さんだ。
「あ、よろしかったらコーヒー入れましょうか?」
とっさに営業スマイルな私。彼女は何も言わずぷいっと顔を背けて出て行った。
「市川さん、怪我したんですって?」
片付け終了後部屋に戻ると社長秘書さんが寄って来た。私の足首をちろりんと眺めて。
「歩いちゃって大丈夫~? あ、室長、金曜のアレ、言いました?」
「ま、忘れてたわ!」
アレって?
「市川さん、来週の金曜、空いてる?」
「はい。何も予定ないですけど」
「朝、電話貰ってどんな状態かわからなくて、つい言いそびれていたわ。遅くなってしまって悪いんだけど、忘年会も兼ねて市川さんの歓迎会しようと思ってるの」
歓迎会!
ああ、そういえばそういうものがあるんだ、普通の会社って。派遣の時もあったような。懐かしいな~。
「えーー、嬉しいです!」
「じゃあ、いいわね。場所はこの近くだから。また教えるわ」
「はい。ありがとうございます」
室長のお言葉に甘えることにした私は一緒に会社を出た。同じ路線だと言う社長秘書さんと3人で。
社長秘書の吉永さん。はっきりした顔立ちで喋り方もはきはきしてる。
いかにも、な秘書さんだよね。
「室長、例の時間変更、どうなりました?」
「何とか詰められたわ。変更箇所だけまた回すから」
「さっすが~。歓迎会の日取りも決まったし、来月のはもうないですよね」
「ええ。早いわねえ、今週終わればもう12月」
「あ、横森さんには言ってないけどいいですよね? とにかく夜はダメって言ってたし」
「そうねえ。一応、承諾はとってるから。いいんじゃない?」
ゴトンゴトン…。私は二人の会話を何気に聞き流していた。
先に私たちが下りて、案内された室長のご自宅は立派な一軒家だった。しかも世田谷だよ、世田谷!
『広くないけど』
なんてご謙遜。対面カウンターのリビングダイニングキッチンはきれいに片付いていて、隣の和室も昔ながらの和室っぽくない、清潔な、いかにも今風のお家って感じだ。
誰もいなくて、2人でパスタ食べて、お風呂入らせてもらって、下着まで用意してくれて。
「下だったら新しいのあるから」
わー、そこまでしてもらって恐縮っす! 上はユニク○のブラキャミ(冬は怠慢なの…ていうか高いブラつけたところで大して変わらないし)だからまあ1日くらいならよしとしよう。
「何だか嬉しいわ~。友達を泊める気分よ。何年ぶりかしら」
そして。リビングの横の和室に布団を二組敷く室長。私が恐がってるだろうから? いいのかな。
「あ、あの、これって」
「ふふ、私、最近ここで寝てるのよ」
「そうなんですか」
「主人、いつも帰りが遅いから。同じ部屋に寝てて起こされるのもいやだし、ゆっくりしたいじゃない?」
「は、はあ」
そんなものなのかな。未知の世界。旦那さんは夜遅く帰ってきて1人で寝支度するのかな。まあラクっちゃ楽だよな。
遠慮なく布団にもぐりこむ私。客用布団かな? ふかふかで厚みがあって、ああ、気持ちいい。口にしないまでも顔がほころぶ。
室長も横になった。
「大丈夫? 市川さん、怪我の具合は」
「あ、もう、大分ひきました」
「そう。よかったわ」
実際風呂上りに湿布を替えた時にはあのズキンズキンした痛みはなかった。
「それにしても恐いわねえ。私、一人暮らしの経験がなくて。市川さんのように地方から出てらして1人で暮らしてる女の子のこと尊敬しちゃうわ」
「そ、そんな。室長こそすごいじゃないですか、結婚されて、子供さんもいらっしゃって、家事こなしながらバリバリ働かれてて」
うんうん、マジ尊敬する。30代で室長っすよ。
「いえいえ。私は自分の親に助けてもらってるから。お恥ずかしい話だけれど、しょっちゅう母に来てもらってるのよ」
「ご近所なんですか」
「ええ」
そうなんだ~。田舎じゃよく聞く話だけど。きっと世田谷のお嬢さん育ちなんだろうな。都心にこんな家持てるなんて私には想像もつかないわ。
「えらいわよねえ、市川さんも吉永さんも。見習わないとね」
「吉永さん…。そっかぁ…社長秘書さんも1人暮らしなんだ」
私は大したことないですけどね。低収入だったし。ボロアパートだし。
「うちはダメね、主人も私もすぐに親を頼っちゃうから。運動会や文化祭のお弁当作りも全部お任せよ。私、普段の料理はそう苦にならないんだけど子供のお弁当みたいにちょこちょこっとたくさん作るの苦手なの」
室長のゆるい喋りが耳に心地よい…。私はうとうとしていた。
「横森さんなんてよくやってると思うわ。彼女本当にーーーないのよ」
『横森さん』
眠りに落ちる瞬間だっただろうか、ぼんやりと夕方のシーンが浮かぶ。
横森さんね。
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