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2話 恋の神様
3
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ピンクの春財布……。
可愛い~。
いかにもいい運を呼び込んできそうな、薄い桜の花びらのような淡い色。
バッグと重ねて写真を撮った。春色倍増。
miu miuなんて全くノーマークだったな。あちこちのデパートにあるのにね。
早速次の日から使いはじめる。
「会長、昨夜はありがとうございました」
「いや、どういたしまして」
相変わらずクールなお返事。
何かお返ししたいな……。
ネクタイとか? 外食?
お好み焼きリベンジとかどうかな。
お好み焼き……。いきなりハードル高いかな。匂いがついちゃうしな。
11時前に出て行かれる。今日はお昼いらないので私は午後まで暇。
……なのをいいことに、ネットし放題。あらゆる料理サイトを見て回るのがとにかく楽しくって。これも仕事と言えば仕事だ。何て美味しい仕事なんだ。
そしてブログ。ご年配向けホームパーティ風とタイトルつけた昨日分の記事にコメントがついていた。
『素敵~。持込のトロあぶってちゃちゃっと出せるなんていい奥様ですね(笑)。このお皿もしやコンランのでは?さりげなく食器類いつも豪華ですよね』
『なるほど、セレブ様だけにおもてなしもあるのですね。お疲れ様でした。蟹入りお蕎麦美味しそう…。ズワイガニかな?お抹茶に和菓子って新鮮でいいですね。私もやってみよう』
『ご来客だったのですね。さすが美味しそうですね。よもぎ豆腐ってはじめてみました。どうやって作るんですか?ところでkofiさん、ーーーになっちゃったんだ。かわいくって目力ありますよね。私も先日髪切ったんですが、どうされますかって聞かれてにこるんでって言いましたよ。恥ずかしかっ た~。でどうなったかはご想像にお任せします (笑)』
『すごい!一段と気合入ってますね。これだけの料理を並べるなんて私にはまだまだ。。。一生無理かも。。大きなテーブルですね。ダイニングテーブルって 180CMくらいでいいのかな?ヒロくんがでかい方がいいって…。キョンママさんは旦那様とらぶらぶっぽいですね。いいなぁ~』
『またまたごめんなさい。みなみんさん、自分で言うのも何ですがらぶらぶですよ!正月に映画を観たのですが、私しょっぱなから号泣 しちゃったんですね~。そしたら旦那が手を握ってくれて。ずっと握ってました(笑)旦那は本当はヤマト観たかったらしいですけどね。年寄りでしょ w10歳離れてるの。串かつ食って手つないで帰りました♪』
10歳!? そうなんだ。どうりで。やっぱり落ち着いた人がいいよね。うんうん。
「串かつか」
それもいいな。
カウンター席で並んで食べたい。
会長最近メガネしてないから油の飛びはねも気にしなくていいよね。て、そこまで飛ばないか。
ネットでお店を検索してめぼしいところを携帯でチェックしながら一人うろつく。
夕方時の新宿。下見のつもりだったのが、いつのまにやら買出しもかねて。用もなく新品の財布をチョコチョコ出して。
会長に買ってもらったバッグは結構大きいので少々の物なら入る。
傷がついちゃうって後生大事にしていたのは最初だけで、一度満員電車に揺られてしまったものならすっかり普段着バッグと化してしまっている。
実家にもこれひとつで戻ったり。
悪友どもにえらい好評だった。特にゆなに羨望のまなざしで見られた。
『そんなに給料上がったの?』
正社員になった記念に自分で買った、ということにしちゃったからね。
駅でコーヒー牛乳を買ってそれも詰め込む。
あれ以来うちの冷蔵庫に定番のごとく入っている。
新宿駅のスーパーで偶然見つけたときは思わずまじまじと手にとって見てしまった。
これでプリンやゼリー作ってもいけるの。
あとカルピスもうちの新定番。
ホットにしたり炭酸ソーダで割って飲んでる。
ところで。
さすが乗降客数世界一を誇る新宿駅。人がすごい多い。
特に歌舞伎町のある東側一体はこれからの時間帯がね……。
そんな所を携帯チラチラ見ながら歩いていたからかもしれない。
向こうから歩いてきたらしい人と結構激しく肩をぶつけてしまった。
わっ、と思った瞬間。バランス崩して、今度は急いで歩いてたらしい別の人と思い切りぶつかった。
「きゃ、ごめ……」
と口にした瞬間、私は見てしまったのだ。
その人の指に光るでかい指輪がバッグに当たるのを。
当たるだけならまだしも、ぴーーっと擦れたのだ。
私は思わず持ち上げた。
大切な大切なバッグに、ついに傷が。
「え~~! ちょっ!」
信じられない、シャーリングの所ならまだしも、一番目立つ上部のフラップの所にくっきりと傷がついちゃったのだ。
「ま、待って! そこのひとっ」
無意識で大声を出した。
背の高い男の人だ。
「待って! そこの、白い服の人っ」
立ち止まらないから叫んだ。
「ん?」
すごい勢いで走り寄って手を掴んだ。にっくき凶器ともいえるでかい指輪した手を。
「オレ?」
その人はやっとこっちを向いた。
「み、みてください、このバッ……」
目が合うなり、どきっとした。
――えっ?
毎日拝み倒してる写真の彼にそっくりだったのだ。
「えーーー?」
びっくり!
「あ、ごめん、ぶつかっちゃって謝りもせず」
「そ、そ……」
私はあまりのことにびっくりして口をパクパクさせてただ指さしていた。
バッグを目の前に差し出して。
「あーー、ごめん、それか。申し訳ない」
彼はやっと理解したようで、やんわり手を引いた。
「ごめん、この指輪だな。危ないよね」
「いや、あの……」
―――九条高広くんですか?
その台詞が頭の中回ってるのに口が動かない。
「miu miuか。悪い、弁償するよ」
ドキドキしてきた。会長の弟かもしれない上に、すごいハンサムーー。
何より。
声が――…。
上から浴びせられるこの声がすごく素敵ーーー。
一度聞いたら忘れられない声。
誰に似てるとか聞かれてもちょっと思いつかない。
「見せて――…」
バッグに手を出されて思わず引っ込めた。
「? 買って返せばいいんだろ? オレこれから仕事なんで君の名前とか教えてくれない? 携帯番号とか」
「そ、そんなっ。買って返すって。そんな問題じゃありませんっ」
素直に名前交換すればいいのに。
こんな非常時に貧乏人根性が打ち勝つ私って。
「何? ごめん、マジで急ぐんで。オレ、ここにいるから悪いけど来てよ。店だけど指名しなくていいからさ。『バッグの件で』って言って貰ったら分かるようにしとくから」
「え? ちょっ……」
その人は困った顔をしたかと思うとさーーっと足早に去っていった。
私に一枚の名刺を渡して。
いつの間にか部屋に戻っていた。
無残にもゆるいカーブの傷がついたバッグ。よく見ると金具の所も。
さっきのが現実だってこと物語ってる。
写真と名刺とバッグをチラチラ見てため息をついて。
「ホントに高広くん~? できすぎじゃない?」
『愛のトリマー 幹MIKI』
これ、ホストクラブ……。
どうりであの格好。
似合ってたけど、上から下まで白尽くめって。
高広―TAKAHIRO―ホスト系―マジモンのホスト。できすぎーー。
良家のご子息がホスト?
顔も……。
あの時は似てると思ったけど、違うと言われれば違うような。
いつも眺めてる彼は顔だけだしね。
一方さっきの人は……。
背はひたすら高く、すらっとお水系。
綺麗な顔。
そして声がものすごく素敵。
ほんのちょっと鼻にかかる、よく通る声。
「どうしよう、これ……」
どうしようったって前に進むしかないよね。
やはりここは肉親である会長に報告せねば。
翌朝そのつもりで出社した。
しかし。こういうときに限って早朝重役会議。
おまけに長引いちゃって、私は会議室ですぐそこにいる会長見つつ、うずうずしていた。
そう、最近は重役会議の茶汲みもやってる。資料とミネラルウォーターとコップを並べるだけの。室長と私の担当。前は秘書さん達交代でやってたらしい。
それは苦にならないけどーーここに来てこんなにいらいらしたのははじめてだった。
『会長、弟さんっぽい人見かけたんですけど』
こう言えばいいよね?
ホスト……。
会長は何て言うだろう。
やっと会議が終わって、会長室に戻られる。
私は後片付けがあるので少し遅れる。
部屋に戻ると、会長はいつものように席についてPC眺めていた。
チャンス! コーヒー出すついでに言えばいい。
急いで支度。
結構部屋っぽくなった会長室。
ソファコーナーと、豪勢なダイニングコーナーと、昨日いつのまにか置いてあったマカロンのでかいのみたいなオットマンが3個。
コンランショップの人がやってきてコーディネートしてくれた。
色を抑えたシックなホテル系インテリアは、ここオフィス? と誰もが思うだろう。
「会長、エスプレッソ、テーブルに置きますか?」
何て訊ねる選択肢も出来たわけよ。
「いや、こっちに持ってきて」
会長の返事は前と変わらない。
「あの……」
カップを置いて、目が合いそうになった瞬間、私は切り出した。
「実は……」
「会長!」
しかし。
何の嫌がらせかいつも静かな会長室に異質な声が響く。
めったにここに来ない秘書室の男性社員さんだ。
「何だ」
「すみません、会長、TIILプロジェクトの件で」
「私に? すまんが、社長に回しておいてくれないか。それは社長の直轄チーム担当だ」
「あー、いえ、あのその」
「会長」
室長が後ろから顔を覗かせる。この空気。あまりよろしくない案件のようで。
私はすごすごと会長のそばを離れた。
「社長が海外出張でいらっしゃらないので」
「ああ、そうだったな。急ぎか?」
「それが……。申し上げにくいのですが。まずこちらをご覧下さい」
「……」
渡された資料を読む会長の顔が雲っていく。
「当初の出資比率と違うじゃないか」
「会長!」
また別の声が後ろから。
「申し訳ありません、若干の修正を認めていただきたく参上しました」
若い男の社員さん2人だ。
「申し遅れました、私はプロジェクト推進2課の水城と申します」
「同じく音無です」
ぺこっと頭を下げる。
「実は―――」
込み入った話になってきた。喋ってるのは最初の人だけだ。どうも黙ってる方のミスをかばっているように見える。
会長の怒った顔……。
「伝達ミスじゃないか。下手をすると訴えられるレベルだぞ。一体今いくつ裁判を抱えてると思ってるんだ」
「申し訳ありません」
「まあいい、もう降りてくれ。白本君、至急経産省の流通グループ課長に面会のアポをとって――…」
「お願いします! 私が責任をもってやり遂げます」
男性社員さんはひときわ声を張り上げる。
「何をだ」
「逆にチャンスだと思うんです。オリンピックが流れた後の最大の事業計画です。主導権を得て次世代エネ展と連動させたい、社長も当初そうおっしゃってました。どうか新案でやらせてください」
「社長が? 聞いてないが」
「最初のプランです。重役会議で却下されました」
「―――…では来週のプレゼンにおいて重役とT不動産の社長、副社長全員の賛同が得られる計画書を作成しなさい。出資に見合う成果を上げられる事業案を。社長には伝えないでおく」
「わかりました。全て修正したものを今週中に用意します。是非会長にお目通しをお願いします」
息を吐きながら頷く会長に礼をして2人は出て行った。
「……規模はともかく所詮は名古屋博のようなものだが。――…白本君、ロステックの枝元社長と連絡をとってくれないか。車も回してくれ」
「はい」
室長も出て行き、しーんとなる。
「あ、あの……」
弟のことだけでなくどんな話も非常に切り出しにくい雰囲気に。ちょっと~私の話を聞いて。
「ふっ、また根回しか」
会長はじーっと書類を睨んでいた。
「……水城か。派遣上がりだそうだが、大したものだ。『気難しい会長』に罵倒されるの覚悟でわざわざ上がってくるのだからな」
派遣上がり……。男の人もいたの。
「ああいう人材を引き抜くとはうちの人事も見る目はあるようだ。
……高広に少し似ていたな」
えっ。
独り言みたいなので返さないでいたけど、最後の台詞にドキッとした。
「ああ……。背格好が似ているな」
ちょ、早く言ってくれればもっとよく見たのに。弟に似てるって……そんなにかっこよかったか?
「無事でいればあんな感じなのだろうか。いかんな、つい思い出してしまう」
「会長……」
胸が締め付けられる。やっぱ早く見つけてあげなくちゃ。
「あの……」
「失礼します」
何か言おうとして、またまた遮られる。
「会長、枝元社長ですが、現在大阪にいらっしゃるそうです。午後帰京、15時よりハイアットで行われる臨海SORACITYレセプションに出席されます」
「ハイアット? そこのか」
「いえ。失礼しました。ハイアットリージェンシーです。社からは福島専務と産業流通部の担当者が出席する予定になっています」
「私が代わろう。連絡を取って変更してくれ」
「かしこまりました」
「車は? 少し出てくる」
「はい。エントランスに着けておりますわ」
「よし。……今日は戻れそうにないな。君はもう帰っていいよ。ご苦労様」
会長は室長もろとも出て行った。
しーーんとなる部屋。
帰っていいって。まだ昼前なんですけど。
可愛い~。
いかにもいい運を呼び込んできそうな、薄い桜の花びらのような淡い色。
バッグと重ねて写真を撮った。春色倍増。
miu miuなんて全くノーマークだったな。あちこちのデパートにあるのにね。
早速次の日から使いはじめる。
「会長、昨夜はありがとうございました」
「いや、どういたしまして」
相変わらずクールなお返事。
何かお返ししたいな……。
ネクタイとか? 外食?
お好み焼きリベンジとかどうかな。
お好み焼き……。いきなりハードル高いかな。匂いがついちゃうしな。
11時前に出て行かれる。今日はお昼いらないので私は午後まで暇。
……なのをいいことに、ネットし放題。あらゆる料理サイトを見て回るのがとにかく楽しくって。これも仕事と言えば仕事だ。何て美味しい仕事なんだ。
そしてブログ。ご年配向けホームパーティ風とタイトルつけた昨日分の記事にコメントがついていた。
『素敵~。持込のトロあぶってちゃちゃっと出せるなんていい奥様ですね(笑)。このお皿もしやコンランのでは?さりげなく食器類いつも豪華ですよね』
『なるほど、セレブ様だけにおもてなしもあるのですね。お疲れ様でした。蟹入りお蕎麦美味しそう…。ズワイガニかな?お抹茶に和菓子って新鮮でいいですね。私もやってみよう』
『ご来客だったのですね。さすが美味しそうですね。よもぎ豆腐ってはじめてみました。どうやって作るんですか?ところでkofiさん、ーーーになっちゃったんだ。かわいくって目力ありますよね。私も先日髪切ったんですが、どうされますかって聞かれてにこるんでって言いましたよ。恥ずかしかっ た~。でどうなったかはご想像にお任せします (笑)』
『すごい!一段と気合入ってますね。これだけの料理を並べるなんて私にはまだまだ。。。一生無理かも。。大きなテーブルですね。ダイニングテーブルって 180CMくらいでいいのかな?ヒロくんがでかい方がいいって…。キョンママさんは旦那様とらぶらぶっぽいですね。いいなぁ~』
『またまたごめんなさい。みなみんさん、自分で言うのも何ですがらぶらぶですよ!正月に映画を観たのですが、私しょっぱなから号泣 しちゃったんですね~。そしたら旦那が手を握ってくれて。ずっと握ってました(笑)旦那は本当はヤマト観たかったらしいですけどね。年寄りでしょ w10歳離れてるの。串かつ食って手つないで帰りました♪』
10歳!? そうなんだ。どうりで。やっぱり落ち着いた人がいいよね。うんうん。
「串かつか」
それもいいな。
カウンター席で並んで食べたい。
会長最近メガネしてないから油の飛びはねも気にしなくていいよね。て、そこまで飛ばないか。
ネットでお店を検索してめぼしいところを携帯でチェックしながら一人うろつく。
夕方時の新宿。下見のつもりだったのが、いつのまにやら買出しもかねて。用もなく新品の財布をチョコチョコ出して。
会長に買ってもらったバッグは結構大きいので少々の物なら入る。
傷がついちゃうって後生大事にしていたのは最初だけで、一度満員電車に揺られてしまったものならすっかり普段着バッグと化してしまっている。
実家にもこれひとつで戻ったり。
悪友どもにえらい好評だった。特にゆなに羨望のまなざしで見られた。
『そんなに給料上がったの?』
正社員になった記念に自分で買った、ということにしちゃったからね。
駅でコーヒー牛乳を買ってそれも詰め込む。
あれ以来うちの冷蔵庫に定番のごとく入っている。
新宿駅のスーパーで偶然見つけたときは思わずまじまじと手にとって見てしまった。
これでプリンやゼリー作ってもいけるの。
あとカルピスもうちの新定番。
ホットにしたり炭酸ソーダで割って飲んでる。
ところで。
さすが乗降客数世界一を誇る新宿駅。人がすごい多い。
特に歌舞伎町のある東側一体はこれからの時間帯がね……。
そんな所を携帯チラチラ見ながら歩いていたからかもしれない。
向こうから歩いてきたらしい人と結構激しく肩をぶつけてしまった。
わっ、と思った瞬間。バランス崩して、今度は急いで歩いてたらしい別の人と思い切りぶつかった。
「きゃ、ごめ……」
と口にした瞬間、私は見てしまったのだ。
その人の指に光るでかい指輪がバッグに当たるのを。
当たるだけならまだしも、ぴーーっと擦れたのだ。
私は思わず持ち上げた。
大切な大切なバッグに、ついに傷が。
「え~~! ちょっ!」
信じられない、シャーリングの所ならまだしも、一番目立つ上部のフラップの所にくっきりと傷がついちゃったのだ。
「ま、待って! そこのひとっ」
無意識で大声を出した。
背の高い男の人だ。
「待って! そこの、白い服の人っ」
立ち止まらないから叫んだ。
「ん?」
すごい勢いで走り寄って手を掴んだ。にっくき凶器ともいえるでかい指輪した手を。
「オレ?」
その人はやっとこっちを向いた。
「み、みてください、このバッ……」
目が合うなり、どきっとした。
――えっ?
毎日拝み倒してる写真の彼にそっくりだったのだ。
「えーーー?」
びっくり!
「あ、ごめん、ぶつかっちゃって謝りもせず」
「そ、そ……」
私はあまりのことにびっくりして口をパクパクさせてただ指さしていた。
バッグを目の前に差し出して。
「あーー、ごめん、それか。申し訳ない」
彼はやっと理解したようで、やんわり手を引いた。
「ごめん、この指輪だな。危ないよね」
「いや、あの……」
―――九条高広くんですか?
その台詞が頭の中回ってるのに口が動かない。
「miu miuか。悪い、弁償するよ」
ドキドキしてきた。会長の弟かもしれない上に、すごいハンサムーー。
何より。
声が――…。
上から浴びせられるこの声がすごく素敵ーーー。
一度聞いたら忘れられない声。
誰に似てるとか聞かれてもちょっと思いつかない。
「見せて――…」
バッグに手を出されて思わず引っ込めた。
「? 買って返せばいいんだろ? オレこれから仕事なんで君の名前とか教えてくれない? 携帯番号とか」
「そ、そんなっ。買って返すって。そんな問題じゃありませんっ」
素直に名前交換すればいいのに。
こんな非常時に貧乏人根性が打ち勝つ私って。
「何? ごめん、マジで急ぐんで。オレ、ここにいるから悪いけど来てよ。店だけど指名しなくていいからさ。『バッグの件で』って言って貰ったら分かるようにしとくから」
「え? ちょっ……」
その人は困った顔をしたかと思うとさーーっと足早に去っていった。
私に一枚の名刺を渡して。
いつの間にか部屋に戻っていた。
無残にもゆるいカーブの傷がついたバッグ。よく見ると金具の所も。
さっきのが現実だってこと物語ってる。
写真と名刺とバッグをチラチラ見てため息をついて。
「ホントに高広くん~? できすぎじゃない?」
『愛のトリマー 幹MIKI』
これ、ホストクラブ……。
どうりであの格好。
似合ってたけど、上から下まで白尽くめって。
高広―TAKAHIRO―ホスト系―マジモンのホスト。できすぎーー。
良家のご子息がホスト?
顔も……。
あの時は似てると思ったけど、違うと言われれば違うような。
いつも眺めてる彼は顔だけだしね。
一方さっきの人は……。
背はひたすら高く、すらっとお水系。
綺麗な顔。
そして声がものすごく素敵。
ほんのちょっと鼻にかかる、よく通る声。
「どうしよう、これ……」
どうしようったって前に進むしかないよね。
やはりここは肉親である会長に報告せねば。
翌朝そのつもりで出社した。
しかし。こういうときに限って早朝重役会議。
おまけに長引いちゃって、私は会議室ですぐそこにいる会長見つつ、うずうずしていた。
そう、最近は重役会議の茶汲みもやってる。資料とミネラルウォーターとコップを並べるだけの。室長と私の担当。前は秘書さん達交代でやってたらしい。
それは苦にならないけどーーここに来てこんなにいらいらしたのははじめてだった。
『会長、弟さんっぽい人見かけたんですけど』
こう言えばいいよね?
ホスト……。
会長は何て言うだろう。
やっと会議が終わって、会長室に戻られる。
私は後片付けがあるので少し遅れる。
部屋に戻ると、会長はいつものように席についてPC眺めていた。
チャンス! コーヒー出すついでに言えばいい。
急いで支度。
結構部屋っぽくなった会長室。
ソファコーナーと、豪勢なダイニングコーナーと、昨日いつのまにか置いてあったマカロンのでかいのみたいなオットマンが3個。
コンランショップの人がやってきてコーディネートしてくれた。
色を抑えたシックなホテル系インテリアは、ここオフィス? と誰もが思うだろう。
「会長、エスプレッソ、テーブルに置きますか?」
何て訊ねる選択肢も出来たわけよ。
「いや、こっちに持ってきて」
会長の返事は前と変わらない。
「あの……」
カップを置いて、目が合いそうになった瞬間、私は切り出した。
「実は……」
「会長!」
しかし。
何の嫌がらせかいつも静かな会長室に異質な声が響く。
めったにここに来ない秘書室の男性社員さんだ。
「何だ」
「すみません、会長、TIILプロジェクトの件で」
「私に? すまんが、社長に回しておいてくれないか。それは社長の直轄チーム担当だ」
「あー、いえ、あのその」
「会長」
室長が後ろから顔を覗かせる。この空気。あまりよろしくない案件のようで。
私はすごすごと会長のそばを離れた。
「社長が海外出張でいらっしゃらないので」
「ああ、そうだったな。急ぎか?」
「それが……。申し上げにくいのですが。まずこちらをご覧下さい」
「……」
渡された資料を読む会長の顔が雲っていく。
「当初の出資比率と違うじゃないか」
「会長!」
また別の声が後ろから。
「申し訳ありません、若干の修正を認めていただきたく参上しました」
若い男の社員さん2人だ。
「申し遅れました、私はプロジェクト推進2課の水城と申します」
「同じく音無です」
ぺこっと頭を下げる。
「実は―――」
込み入った話になってきた。喋ってるのは最初の人だけだ。どうも黙ってる方のミスをかばっているように見える。
会長の怒った顔……。
「伝達ミスじゃないか。下手をすると訴えられるレベルだぞ。一体今いくつ裁判を抱えてると思ってるんだ」
「申し訳ありません」
「まあいい、もう降りてくれ。白本君、至急経産省の流通グループ課長に面会のアポをとって――…」
「お願いします! 私が責任をもってやり遂げます」
男性社員さんはひときわ声を張り上げる。
「何をだ」
「逆にチャンスだと思うんです。オリンピックが流れた後の最大の事業計画です。主導権を得て次世代エネ展と連動させたい、社長も当初そうおっしゃってました。どうか新案でやらせてください」
「社長が? 聞いてないが」
「最初のプランです。重役会議で却下されました」
「―――…では来週のプレゼンにおいて重役とT不動産の社長、副社長全員の賛同が得られる計画書を作成しなさい。出資に見合う成果を上げられる事業案を。社長には伝えないでおく」
「わかりました。全て修正したものを今週中に用意します。是非会長にお目通しをお願いします」
息を吐きながら頷く会長に礼をして2人は出て行った。
「……規模はともかく所詮は名古屋博のようなものだが。――…白本君、ロステックの枝元社長と連絡をとってくれないか。車も回してくれ」
「はい」
室長も出て行き、しーんとなる。
「あ、あの……」
弟のことだけでなくどんな話も非常に切り出しにくい雰囲気に。ちょっと~私の話を聞いて。
「ふっ、また根回しか」
会長はじーっと書類を睨んでいた。
「……水城か。派遣上がりだそうだが、大したものだ。『気難しい会長』に罵倒されるの覚悟でわざわざ上がってくるのだからな」
派遣上がり……。男の人もいたの。
「ああいう人材を引き抜くとはうちの人事も見る目はあるようだ。
……高広に少し似ていたな」
えっ。
独り言みたいなので返さないでいたけど、最後の台詞にドキッとした。
「ああ……。背格好が似ているな」
ちょ、早く言ってくれればもっとよく見たのに。弟に似てるって……そんなにかっこよかったか?
「無事でいればあんな感じなのだろうか。いかんな、つい思い出してしまう」
「会長……」
胸が締め付けられる。やっぱ早く見つけてあげなくちゃ。
「あの……」
「失礼します」
何か言おうとして、またまた遮られる。
「会長、枝元社長ですが、現在大阪にいらっしゃるそうです。午後帰京、15時よりハイアットで行われる臨海SORACITYレセプションに出席されます」
「ハイアット? そこのか」
「いえ。失礼しました。ハイアットリージェンシーです。社からは福島専務と産業流通部の担当者が出席する予定になっています」
「私が代わろう。連絡を取って変更してくれ」
「かしこまりました」
「車は? 少し出てくる」
「はい。エントランスに着けておりますわ」
「よし。……今日は戻れそうにないな。君はもう帰っていいよ。ご苦労様」
会長は室長もろとも出て行った。
しーーんとなる部屋。
帰っていいって。まだ昼前なんですけど。
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野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
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