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3話 はじめての課題
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『もうほんっとにほっくりしてて、おいしかったです~。ヒロ君のご両親にも無事食べていただき&ほめてもらいましたぁ~。やったぁvシリコンスチーマーさまさまです♪』
この10月に結婚を控えたみなみんさんは、『シリコンスチーマー』なる神器を手に入れて、このところすっかり料理づいている。
失敗続きだった肉じゃがもこれのおかげで、みなみんさんいわく『プロ並み』に仕上がるのだそうだ。かつてさんざん泣きつかれ、それでも焦がしたり味付けに失敗、そのたびに近所の総菜屋さんで買ってきて皿に移し変えていた、そんな涙ぐましい努力もこれでやっと報われたんだね。
いや、報われちゃいない。
容器に具材と調味料入れて電子レンジでチンすりゃ勝手にできてるんだもの。
包丁さえ握れれば誰だってできちゃう!
あーあ、いいなぁ、そんなことでしあわせ一杯なんだ……。
なんてつい思ってしまう。
返事を書こうとしてふと、右端の時刻表示に気づいた。
あ、もうこんな時間ーー。
私はpcを離れ、キッチンカウンターの端のポータブルワンセグを起動した。
ちょうどはじまったところだ。よかった。
今日のレシピはトレビスのカルボナーラかぁ。ふーーん……。
イタリアンの定番パスタ、カルボナーラのトレビス添え。
パスタはタリアテッレ。
さすがに本場仕込みのシェフだ。パスタも手打ちとな。
セモリナ粉に塩を混ぜてミキシング……。そこへ卵とオリーブオイル投入。
指が粉の中で踊ってるみたい。
料理する男の手って素敵だ……。
会長もかつてイセエビをさばいて見せてくれたことがあった。
あの華麗なる手さばき。
やさしかったのに……ああ、あんときの会長は何処へ?
たまたま虫の居所がよかったのかな。
『ご家庭ではちょっとコツがいるんで中力粉使ってもらってもいいですね。なければ強力粉と薄力粉を同量混ぜて使ってみてください。生パスタはね~、一度食べるとやみつきになりますよ。時間のあるときは是非トライしてみてください』
アシスタントの女性が頷きながらコメントを取っている。
『トレビスは生では苦くて食べにくいんですが、じっくり煮込むと美味しいんですよ。よくリゾットにして食べます』
といいながら、彼はチコリによく似た『オサレ野菜』の葉っぱをぶちぶちちぎる。
そうそう、トレビスって見た目洒落てるんだけど、超にがいんだよね。
その昔、カフェでバイトしていた頃、お客さんがよく残していた。美味しそうなんだけどありえないほど苦いのだ。
……だが、てっきり煮込んで使うのかと思ったら、そうじゃなかった。
『なんですがーー。今日はちょっとだけ火をいれて苦味をアクセントにします。大人の味ですね』
彼はにっこり微笑んだ。
彼ーー長身のいかにも優しげな青年シェフーー藤島龍平。
通称りゅうちゃん。麻布の人気イタリアン『イゾラヴェッラ』のオーナーシェフで、確か30代半ば。
いまや最トレンドといっても過言ではない『もて』キーワードのひとつ、独身イケメンシェフ……。
こんな人が……私のえび料理を試食?
マジか。
私は次第にレシピから離れ、きたる『商品開発会(仮)』について考えていた。
不安だ。
このりゅうちゃん先生だけでもすごいのに。名前聞いてないけど料理研究家が二人……。これって無茶苦茶シビアなんじゃない??
せめて試作品を提出とかに変えてくれないかなあ。会長の鶴の一声でどうにでもなるんじゃないの?
私以外に素人さんが数名参加とのことだが、そんなの気休めにもならない。
素人主婦の料理コンテスト時々やってるが、私に言わせりゃあの人たちはプロの領域に入りますって。
もし質問とかされたら、何ていえばいいのかわかんない。
あーあ、ゆううつ……。
オーブンのブザーが鳴った。
ブリオッシュが焼き上がったのだ。部屋中に匂いが充満している。これに気づかないほどふけっていたわけだ。
私はミトンをつけ天板を取り出した。
みるからにふわっふわの仕上がり。いいこげ具合。
我ながらうまそ~~。
しかし今日はここで終わりじゃない。
これにシロップをしみこませ生クリームをトッピングしてサバランにしてご主人様にお出しするのだ。
コツは生地を練らずに長時間発酵させ、あえて気泡を一杯入れるところだ。こうすると海綿スポンジみたいにキルシュやシロップを吸収してくれて、より濃厚な味が楽しめる……と私は思う。
実は、ベトベトの生地を叩いたりこねたりするのがどうもねえ……と、ある日たまたま生地をほったらかしにしてたところ、生地は風船のごとくぶくぶく膨れ、そのまま焼いてみたら案外いけたので最近はずっとこの作り方……というのが本音だが。
殿お好みのブリオッシュ。うまく食べてもらえるといいなあ……。
朝から仕込んで焼き上げ、更に冷やすという手順を踏まなければならない。ゆうに3時間はかけている。
『会長の気が変わりますように……』などなど色んな念を込めながら……生クリームの上に自家製ミントの葉をのせ、まさしく『念入りに』仕上げいよいよ会長に献上するのだ。
「失礼します」
昼食を外で済ませて来たであろう会長はお仕事に没頭中。PCから少しも視線を離さず、「ん、そこにおいといて」
「はい」
私は邪魔にならないようそろっとプレートを置いた。飲み物は先日のグミを冷凍して作ったスムージーだ。
「失礼します」
なるべく音を立てないよう、しずしずと引き上げる。
今日もダメ……。エーン。心の中でため息。
このところ三日連続だ。口聞いてくれないのである。
ああ、やっちまったぜい。
そんなに気に入らなかったのか。
ちょっと順番逆にしただけじゃないですか。
なんかさあ、子供じゃないんだから!
……信じがたいが、思い当たるのはあれだけなのである。
『秘書に配った残りもんを出した』
そういうつもりじゃないんだけど、まあ、そのとおりだ。
プライド高……。だから疲れるんだっつーの。会長も気晴らしにブログでも始めれば?
とぶつぶつ顔にも出てしまいそうだ。実際出ていたかもしれないが。
「ああ、キミ」
デスクから遠く離れたドアの一歩手前で足が止まった。
「はい」
「すまんがコレ、包むなりしてくれないか。外で食べようと思うんだ」
「車でお出かけですか?」
「いや。外で食べるのさ」
そと?
私はさっき置いたばかりのパンとスムージーを引き取り、キッチンに戻った。
外で食べるって。何なんだろう。ひょっとしてまた金に物言わせて屋上に何か造らせたのかな。
いつのまに? 今流行の屋上緑化とかそういうの?
私は『そと』の概要がよくわからないながら、テイクアウトの準備を進めた。
まずスムージーをステンレスのボトルに移し変える。私物だが飲み物を持ち運ぶハコはこれしかないのでまあよかろう。
そしてサバランを崩れないよう紙ナプキンでくるみ、紙の簡易ケースに入れ、ボトルとともに竹で編んだ『湯かご』なるものに入れる。
地元の友人が道後温泉を旅行した折、お土産で買ってきてくれたものだ。長めのもち手つきの丸い小ぶりの竹篭で、茶筒を入れておくのにちょうどいいのでキッチンで使ってるのだ。紙袋もあるけどこっちの方がかわいいよね?
GWあけのことだ。
『かなに~~御土産あるんだ~~何かは見てのお楽しみ』
いきなり何かと思えば。語尾にハートマークがいっぱいついたメール送ってきた。
『道後温泉でさ~、これ持って温泉街ぶらつくんだわさ。浴衣着て、タオルと貴重品いれてぶらぶら湯めぐり。おんなじようなカップルが歩いてたりしてなんかいいんだよね~、やっぱ情緒がさ』
……何のことは無い、彼氏ができたこと自慢なのである。
ちょっと前まで、
『温泉なんてばばくさっ。高いしやだ』なんて一人反対してたくせに。
みやげはこれ以外にも緑色の洋風まんじゅうやそうめんなど、えらく気前がよくて、ああ、恋は人格を変えるのね、なんてしみじみ思ったものだ。
ち、どいつもこいつも。
その『しあわせ』湯かごにふた代わりの手ぬぐいをかぶせて、簡易ランチボックスの完成だ。
「お待たせしました」
私は籠を差し出した。会長は立ち上がっただけで、持とうとはしない。
「キミも来なさい」
……使用人か。私は。
さっと向き変えて歩き出すので、籠持ってお付の人のように後をついていく。
屋上ピクニック?
すごく変だがこれで機嫌直してくれるのならいい。
天気いいし。
でも上は風がきついだろうな……。
会長はエレベーターの昇降ボタンを押した。
私はあれ? と覗き込んだ。
会長が押したのは△じゃなく、▽の方だ。
この10月に結婚を控えたみなみんさんは、『シリコンスチーマー』なる神器を手に入れて、このところすっかり料理づいている。
失敗続きだった肉じゃがもこれのおかげで、みなみんさんいわく『プロ並み』に仕上がるのだそうだ。かつてさんざん泣きつかれ、それでも焦がしたり味付けに失敗、そのたびに近所の総菜屋さんで買ってきて皿に移し変えていた、そんな涙ぐましい努力もこれでやっと報われたんだね。
いや、報われちゃいない。
容器に具材と調味料入れて電子レンジでチンすりゃ勝手にできてるんだもの。
包丁さえ握れれば誰だってできちゃう!
あーあ、いいなぁ、そんなことでしあわせ一杯なんだ……。
なんてつい思ってしまう。
返事を書こうとしてふと、右端の時刻表示に気づいた。
あ、もうこんな時間ーー。
私はpcを離れ、キッチンカウンターの端のポータブルワンセグを起動した。
ちょうどはじまったところだ。よかった。
今日のレシピはトレビスのカルボナーラかぁ。ふーーん……。
イタリアンの定番パスタ、カルボナーラのトレビス添え。
パスタはタリアテッレ。
さすがに本場仕込みのシェフだ。パスタも手打ちとな。
セモリナ粉に塩を混ぜてミキシング……。そこへ卵とオリーブオイル投入。
指が粉の中で踊ってるみたい。
料理する男の手って素敵だ……。
会長もかつてイセエビをさばいて見せてくれたことがあった。
あの華麗なる手さばき。
やさしかったのに……ああ、あんときの会長は何処へ?
たまたま虫の居所がよかったのかな。
『ご家庭ではちょっとコツがいるんで中力粉使ってもらってもいいですね。なければ強力粉と薄力粉を同量混ぜて使ってみてください。生パスタはね~、一度食べるとやみつきになりますよ。時間のあるときは是非トライしてみてください』
アシスタントの女性が頷きながらコメントを取っている。
『トレビスは生では苦くて食べにくいんですが、じっくり煮込むと美味しいんですよ。よくリゾットにして食べます』
といいながら、彼はチコリによく似た『オサレ野菜』の葉っぱをぶちぶちちぎる。
そうそう、トレビスって見た目洒落てるんだけど、超にがいんだよね。
その昔、カフェでバイトしていた頃、お客さんがよく残していた。美味しそうなんだけどありえないほど苦いのだ。
……だが、てっきり煮込んで使うのかと思ったら、そうじゃなかった。
『なんですがーー。今日はちょっとだけ火をいれて苦味をアクセントにします。大人の味ですね』
彼はにっこり微笑んだ。
彼ーー長身のいかにも優しげな青年シェフーー藤島龍平。
通称りゅうちゃん。麻布の人気イタリアン『イゾラヴェッラ』のオーナーシェフで、確か30代半ば。
いまや最トレンドといっても過言ではない『もて』キーワードのひとつ、独身イケメンシェフ……。
こんな人が……私のえび料理を試食?
マジか。
私は次第にレシピから離れ、きたる『商品開発会(仮)』について考えていた。
不安だ。
このりゅうちゃん先生だけでもすごいのに。名前聞いてないけど料理研究家が二人……。これって無茶苦茶シビアなんじゃない??
せめて試作品を提出とかに変えてくれないかなあ。会長の鶴の一声でどうにでもなるんじゃないの?
私以外に素人さんが数名参加とのことだが、そんなの気休めにもならない。
素人主婦の料理コンテスト時々やってるが、私に言わせりゃあの人たちはプロの領域に入りますって。
もし質問とかされたら、何ていえばいいのかわかんない。
あーあ、ゆううつ……。
オーブンのブザーが鳴った。
ブリオッシュが焼き上がったのだ。部屋中に匂いが充満している。これに気づかないほどふけっていたわけだ。
私はミトンをつけ天板を取り出した。
みるからにふわっふわの仕上がり。いいこげ具合。
我ながらうまそ~~。
しかし今日はここで終わりじゃない。
これにシロップをしみこませ生クリームをトッピングしてサバランにしてご主人様にお出しするのだ。
コツは生地を練らずに長時間発酵させ、あえて気泡を一杯入れるところだ。こうすると海綿スポンジみたいにキルシュやシロップを吸収してくれて、より濃厚な味が楽しめる……と私は思う。
実は、ベトベトの生地を叩いたりこねたりするのがどうもねえ……と、ある日たまたま生地をほったらかしにしてたところ、生地は風船のごとくぶくぶく膨れ、そのまま焼いてみたら案外いけたので最近はずっとこの作り方……というのが本音だが。
殿お好みのブリオッシュ。うまく食べてもらえるといいなあ……。
朝から仕込んで焼き上げ、更に冷やすという手順を踏まなければならない。ゆうに3時間はかけている。
『会長の気が変わりますように……』などなど色んな念を込めながら……生クリームの上に自家製ミントの葉をのせ、まさしく『念入りに』仕上げいよいよ会長に献上するのだ。
「失礼します」
昼食を外で済ませて来たであろう会長はお仕事に没頭中。PCから少しも視線を離さず、「ん、そこにおいといて」
「はい」
私は邪魔にならないようそろっとプレートを置いた。飲み物は先日のグミを冷凍して作ったスムージーだ。
「失礼します」
なるべく音を立てないよう、しずしずと引き上げる。
今日もダメ……。エーン。心の中でため息。
このところ三日連続だ。口聞いてくれないのである。
ああ、やっちまったぜい。
そんなに気に入らなかったのか。
ちょっと順番逆にしただけじゃないですか。
なんかさあ、子供じゃないんだから!
……信じがたいが、思い当たるのはあれだけなのである。
『秘書に配った残りもんを出した』
そういうつもりじゃないんだけど、まあ、そのとおりだ。
プライド高……。だから疲れるんだっつーの。会長も気晴らしにブログでも始めれば?
とぶつぶつ顔にも出てしまいそうだ。実際出ていたかもしれないが。
「ああ、キミ」
デスクから遠く離れたドアの一歩手前で足が止まった。
「はい」
「すまんがコレ、包むなりしてくれないか。外で食べようと思うんだ」
「車でお出かけですか?」
「いや。外で食べるのさ」
そと?
私はさっき置いたばかりのパンとスムージーを引き取り、キッチンに戻った。
外で食べるって。何なんだろう。ひょっとしてまた金に物言わせて屋上に何か造らせたのかな。
いつのまに? 今流行の屋上緑化とかそういうの?
私は『そと』の概要がよくわからないながら、テイクアウトの準備を進めた。
まずスムージーをステンレスのボトルに移し変える。私物だが飲み物を持ち運ぶハコはこれしかないのでまあよかろう。
そしてサバランを崩れないよう紙ナプキンでくるみ、紙の簡易ケースに入れ、ボトルとともに竹で編んだ『湯かご』なるものに入れる。
地元の友人が道後温泉を旅行した折、お土産で買ってきてくれたものだ。長めのもち手つきの丸い小ぶりの竹篭で、茶筒を入れておくのにちょうどいいのでキッチンで使ってるのだ。紙袋もあるけどこっちの方がかわいいよね?
GWあけのことだ。
『かなに~~御土産あるんだ~~何かは見てのお楽しみ』
いきなり何かと思えば。語尾にハートマークがいっぱいついたメール送ってきた。
『道後温泉でさ~、これ持って温泉街ぶらつくんだわさ。浴衣着て、タオルと貴重品いれてぶらぶら湯めぐり。おんなじようなカップルが歩いてたりしてなんかいいんだよね~、やっぱ情緒がさ』
……何のことは無い、彼氏ができたこと自慢なのである。
ちょっと前まで、
『温泉なんてばばくさっ。高いしやだ』なんて一人反対してたくせに。
みやげはこれ以外にも緑色の洋風まんじゅうやそうめんなど、えらく気前がよくて、ああ、恋は人格を変えるのね、なんてしみじみ思ったものだ。
ち、どいつもこいつも。
その『しあわせ』湯かごにふた代わりの手ぬぐいをかぶせて、簡易ランチボックスの完成だ。
「お待たせしました」
私は籠を差し出した。会長は立ち上がっただけで、持とうとはしない。
「キミも来なさい」
……使用人か。私は。
さっと向き変えて歩き出すので、籠持ってお付の人のように後をついていく。
屋上ピクニック?
すごく変だがこれで機嫌直してくれるのならいい。
天気いいし。
でも上は風がきついだろうな……。
会長はエレベーターの昇降ボタンを押した。
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会長が押したのは△じゃなく、▽の方だ。
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