55 / 153
3話 はじめての課題
15
しおりを挟む
彼はテーブルの下の棚からアルミのトレイを取り出し、灰皿にした。それはアルミの板を折り紙の作品みたいに折りたたんであり、私はてっきりオブジェだと思っていた。
「彼は苦労したのだろうな。裸一貫でヨーロッパに渡り、今の店を開いた。大したものだね。私とはえらい違いだ」
えっと思った。会長こそご苦労がたえないだろうに。誰から見ても。
「そんなことは……。藤島さんは気遣ってらっしゃいましたよ?」
大変だろうから。彼はふっと息を吐いていやいやと頭を振った。
「苦労したのは父だな。父は大学を卒業してすぐに母と結婚した。周囲の大反対を押し切って。その時点で一族から四面楚歌だ。母が亡くなってもそれは続いた。きつかったろうね。いまだに父方の親族とは疎遠だ」
煙を顔の周りにくゆらせながら。胸がきゅんとなる。空腹で胃が収縮するように胸の中の何かが絞り上げられるような感じ。ここに来るまでなかった現象だ。
「皆が皆父の結婚に反対した。わかるかな? 古臭い家だ。父の代まで結婚は親が決めるものだった。父はそれを払拭したくて色々メスを入れた。家のしきたりや事業においても」
タバコを持ち替えて彼は足を組んだ。ゆっくり息を吐きながらトレイに置く。
「それを私が壊してしまった。あと少しというところで。普通の家に育った母と違い、正真正銘の因縁の相手と出会ってしまったわけだな」
……マヤさんの話? 「あの」
「親が子供の結婚にあれこれ口を出すのはお金持ちだろうと普通の家だろうと一緒ですよ」
そんな顔しないで。胸がまた痛むじゃない。彼はまた首を振った。
「反対だな。父は別に何も言わなかった。事実を伝えてくれただけだ。私の方が拒絶した。完全にはめられたと思った。女を使って私を抱き込もうとしたのだと、そう思い込んでしまったんだ。父も弟も考えすぎだと笑った。だが、そのうちきな臭い流れになった。あっという間に会社をのっとられそうになった。内通者が出たんだよ。株の操作だね。もう婚約どころじゃない。父は必死で社を守ろうとした。あちこち手を回し、外国にも飛び、その最中に病で倒れ、私が跡を継ぐことになったんだが。弟にはそのいきさつが理解できなかった。何故あの家がだめなのか、何故私が彼女を捨てたのか、むしろ逆に会社の方を手放すべきじゃないのか、彼女を愛しているのなら……。そう言い張った。高広は……根本的に私とは考え方が違うんだ」
寂しげな視線。そんな言い方だと、まだ元婚約者さんを愛してるのかなと思ってしまう。違うのかな。
「藤島くんと話していると……苦労したのだろうと思う反面、母親や親戚に守られて育って……羨ましいとも思う」
彼はタバコをもみ消した。
「いかんな。何故こんな話をするのだろう。キミといるとどうもこうなってしまう。これもカフェの店員とやらの話術のうちかな? 聞き上手だね」
「そんなことは」
私はただのバイト店員だったんだよ? 運がいいだけ。
「タバコもやめてるつもりがつい吸ってしまう……。我が社は別に禁煙をすすめてるわけじゃないが、社長と副社長が吸わんからな。何となくそういう流れになっている。私がこれでは示しがつかん」
だからー。あれダメこれダメで追い詰めるから余計疲れるのでは。
何て言ってあげればいいんだろう。
吸いたきゃ吸えばいいのだ。
ピース。タールとニコチンの含有量が多くきついタバコだが、うちのおじいちゃんは80過ぎてぴんぴんしてるわ。
特にタール、ヤニ。おじいちゃんによるとこれが醍醐味なのだそうだ。同じピースのライト吸ってるお父さんのことを『はなたれ小僧』と呼んで馬鹿にしてるくらいだ。とんかつとカレーが大好きで、おばあちゃんとけんかした日には自分でレトルトカレーあっためて食べる業も身につけた。元気で風邪一つひかない。だから誰も禁煙なんて口にしないの。田舎のじーさんマジすごい。
「せめてキミの前では吸うまいと思っていたのにね。うまくいかんな」
と素敵な笑顔。ようやく胸のきゅーんが緩んだ。
「ああ……。思い出してしまったな。せめて弟だけでも会津の祖父母に預けていたならこんなことにはならなかったはずだ」
「それじゃ、おじいさまおばあさまはまだ福島に?」
「ああ。古い旅館をやってるよ。連絡を取れば気軽に話してくれる」
そうなんだ。少しほっとした。
「……あまり思いつめない方がいいですよ。その……弟さんとご一緒に会津のおうちで過ごされた思い出もあるのでしょう?」
川で泳いだり山で虫取ったり。ごくありふれた楽しい記憶が。
「ふ、それはあまり話したくない」
高広くん。いるのにな。その辺にいるはず。何故会ってくれないのだろう。
お兄さんはこんなに弟のことを思っているのに。
私が邪魔しちゃった? 高広くん、山口に行く予定だったみたいなこと言ってたし。
何かもくろみがあったのだろうか。
そうではなくて、道端でばったり、じゃダメなのかな。
私だってそうだった。
高広くんが生きて日本にいること知ったら、少しは流れが変わるだろうか。
今ここで正直に話せば。
「なるあきくん……」
「ん?」
「実は」
はっ。思わず口を閉じた。私、今、なんつった? なるあきくん、て。わーーーー。ハズイッ。
「す、すすすみません、ついっ」
カーーッと頬が熱くなる。
「? 実は……何だ? そこでやめられると気になるじゃないか」
「彼は苦労したのだろうな。裸一貫でヨーロッパに渡り、今の店を開いた。大したものだね。私とはえらい違いだ」
えっと思った。会長こそご苦労がたえないだろうに。誰から見ても。
「そんなことは……。藤島さんは気遣ってらっしゃいましたよ?」
大変だろうから。彼はふっと息を吐いていやいやと頭を振った。
「苦労したのは父だな。父は大学を卒業してすぐに母と結婚した。周囲の大反対を押し切って。その時点で一族から四面楚歌だ。母が亡くなってもそれは続いた。きつかったろうね。いまだに父方の親族とは疎遠だ」
煙を顔の周りにくゆらせながら。胸がきゅんとなる。空腹で胃が収縮するように胸の中の何かが絞り上げられるような感じ。ここに来るまでなかった現象だ。
「皆が皆父の結婚に反対した。わかるかな? 古臭い家だ。父の代まで結婚は親が決めるものだった。父はそれを払拭したくて色々メスを入れた。家のしきたりや事業においても」
タバコを持ち替えて彼は足を組んだ。ゆっくり息を吐きながらトレイに置く。
「それを私が壊してしまった。あと少しというところで。普通の家に育った母と違い、正真正銘の因縁の相手と出会ってしまったわけだな」
……マヤさんの話? 「あの」
「親が子供の結婚にあれこれ口を出すのはお金持ちだろうと普通の家だろうと一緒ですよ」
そんな顔しないで。胸がまた痛むじゃない。彼はまた首を振った。
「反対だな。父は別に何も言わなかった。事実を伝えてくれただけだ。私の方が拒絶した。完全にはめられたと思った。女を使って私を抱き込もうとしたのだと、そう思い込んでしまったんだ。父も弟も考えすぎだと笑った。だが、そのうちきな臭い流れになった。あっという間に会社をのっとられそうになった。内通者が出たんだよ。株の操作だね。もう婚約どころじゃない。父は必死で社を守ろうとした。あちこち手を回し、外国にも飛び、その最中に病で倒れ、私が跡を継ぐことになったんだが。弟にはそのいきさつが理解できなかった。何故あの家がだめなのか、何故私が彼女を捨てたのか、むしろ逆に会社の方を手放すべきじゃないのか、彼女を愛しているのなら……。そう言い張った。高広は……根本的に私とは考え方が違うんだ」
寂しげな視線。そんな言い方だと、まだ元婚約者さんを愛してるのかなと思ってしまう。違うのかな。
「藤島くんと話していると……苦労したのだろうと思う反面、母親や親戚に守られて育って……羨ましいとも思う」
彼はタバコをもみ消した。
「いかんな。何故こんな話をするのだろう。キミといるとどうもこうなってしまう。これもカフェの店員とやらの話術のうちかな? 聞き上手だね」
「そんなことは」
私はただのバイト店員だったんだよ? 運がいいだけ。
「タバコもやめてるつもりがつい吸ってしまう……。我が社は別に禁煙をすすめてるわけじゃないが、社長と副社長が吸わんからな。何となくそういう流れになっている。私がこれでは示しがつかん」
だからー。あれダメこれダメで追い詰めるから余計疲れるのでは。
何て言ってあげればいいんだろう。
吸いたきゃ吸えばいいのだ。
ピース。タールとニコチンの含有量が多くきついタバコだが、うちのおじいちゃんは80過ぎてぴんぴんしてるわ。
特にタール、ヤニ。おじいちゃんによるとこれが醍醐味なのだそうだ。同じピースのライト吸ってるお父さんのことを『はなたれ小僧』と呼んで馬鹿にしてるくらいだ。とんかつとカレーが大好きで、おばあちゃんとけんかした日には自分でレトルトカレーあっためて食べる業も身につけた。元気で風邪一つひかない。だから誰も禁煙なんて口にしないの。田舎のじーさんマジすごい。
「せめてキミの前では吸うまいと思っていたのにね。うまくいかんな」
と素敵な笑顔。ようやく胸のきゅーんが緩んだ。
「ああ……。思い出してしまったな。せめて弟だけでも会津の祖父母に預けていたならこんなことにはならなかったはずだ」
「それじゃ、おじいさまおばあさまはまだ福島に?」
「ああ。古い旅館をやってるよ。連絡を取れば気軽に話してくれる」
そうなんだ。少しほっとした。
「……あまり思いつめない方がいいですよ。その……弟さんとご一緒に会津のおうちで過ごされた思い出もあるのでしょう?」
川で泳いだり山で虫取ったり。ごくありふれた楽しい記憶が。
「ふ、それはあまり話したくない」
高広くん。いるのにな。その辺にいるはず。何故会ってくれないのだろう。
お兄さんはこんなに弟のことを思っているのに。
私が邪魔しちゃった? 高広くん、山口に行く予定だったみたいなこと言ってたし。
何かもくろみがあったのだろうか。
そうではなくて、道端でばったり、じゃダメなのかな。
私だってそうだった。
高広くんが生きて日本にいること知ったら、少しは流れが変わるだろうか。
今ここで正直に話せば。
「なるあきくん……」
「ん?」
「実は」
はっ。思わず口を閉じた。私、今、なんつった? なるあきくん、て。わーーーー。ハズイッ。
「す、すすすみません、ついっ」
カーーッと頬が熱くなる。
「? 実は……何だ? そこでやめられると気になるじゃないか」
0
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる