会長にコーヒーを☕

シナモン

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3話 はじめての課題

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 彼はテーブルの下の棚からアルミのトレイを取り出し、灰皿にした。それはアルミの板を折り紙の作品みたいに折りたたんであり、私はてっきりオブジェだと思っていた。
「彼は苦労したのだろうな。裸一貫でヨーロッパに渡り、今の店を開いた。大したものだね。私とはえらい違いだ」
 えっと思った。会長こそご苦労がたえないだろうに。誰から見ても。
「そんなことは……。藤島さんは気遣ってらっしゃいましたよ?」
 大変だろうから。彼はふっと息を吐いていやいやと頭を振った。
「苦労したのは父だな。父は大学を卒業してすぐに母と結婚した。周囲の大反対を押し切って。その時点で一族から四面楚歌だ。母が亡くなってもそれは続いた。きつかったろうね。いまだに父方の親族とは疎遠だ」
 煙を顔の周りにくゆらせながら。胸がきゅんとなる。空腹で胃が収縮するように胸の中の何かが絞り上げられるような感じ。ここに来るまでなかった現象だ。
「皆が皆父の結婚に反対した。わかるかな? 古臭い家だ。父の代まで結婚は親が決めるものだった。父はそれを払拭したくて色々メスを入れた。家のしきたりや事業においても」
 タバコを持ち替えて彼は足を組んだ。ゆっくり息を吐きながらトレイに置く。
「それを私が壊してしまった。あと少しというところで。普通の家に育った母と違い、正真正銘の因縁の相手と出会ってしまったわけだな」
 ……マヤさんの話? 「あの」
「親が子供の結婚にあれこれ口を出すのはお金持ちだろうと普通の家だろうと一緒ですよ」
 そんな顔しないで。胸がまた痛むじゃない。彼はまた首を振った。
「反対だな。父は別に何も言わなかった。事実を伝えてくれただけだ。私の方が拒絶した。完全にはめられたと思った。女を使って私を抱き込もうとしたのだと、そう思い込んでしまったんだ。父も弟も考えすぎだと笑った。だが、そのうちきな臭い流れになった。あっという間に会社をのっとられそうになった。内通者が出たんだよ。株の操作だね。もう婚約どころじゃない。父は必死で社を守ろうとした。あちこち手を回し、外国にも飛び、その最中に病で倒れ、私が跡を継ぐことになったんだが。弟にはそのいきさつが理解できなかった。何故あの家がだめなのか、何故私が彼女を捨てたのか、むしろ逆に会社の方を手放すべきじゃないのか、彼女を愛しているのなら……。そう言い張った。高広は……根本的に私とは考え方が違うんだ」
 寂しげな視線。そんな言い方だと、まだ元婚約者さんを愛してるのかなと思ってしまう。違うのかな。
「藤島くんと話していると……苦労したのだろうと思う反面、母親や親戚に守られて育って……羨ましいとも思う」
 彼はタバコをもみ消した。
「いかんな。何故こんな話をするのだろう。キミといるとどうもこうなってしまう。これもカフェの店員とやらの話術のうちかな? 聞き上手だね」
「そんなことは」
 私はただのバイト店員だったんだよ? 運がいいだけ。
「タバコもやめてるつもりがつい吸ってしまう……。我が社は別に禁煙をすすめてるわけじゃないが、社長と副社長が吸わんからな。何となくそういう流れになっている。私がこれでは示しがつかん」
 だからー。あれダメこれダメで追い詰めるから余計疲れるのでは。
 何て言ってあげればいいんだろう。
 吸いたきゃ吸えばいいのだ。
 ピース。タールとニコチンの含有量が多くきついタバコだが、うちのおじいちゃんは80過ぎてぴんぴんしてるわ。
 特にタール、ヤニ。おじいちゃんによるとこれが醍醐味なのだそうだ。同じピースのライト吸ってるお父さんのことを『はなたれ小僧』と呼んで馬鹿にしてるくらいだ。とんかつとカレーが大好きで、おばあちゃんとけんかした日には自分でレトルトカレーあっためて食べる業も身につけた。元気で風邪一つひかない。だから誰も禁煙なんて口にしないの。田舎のじーさんマジすごい。
「せめてキミの前では吸うまいと思っていたのにね。うまくいかんな」
 と素敵な笑顔。ようやく胸のきゅーんが緩んだ。
「ああ……。思い出してしまったな。せめて弟だけでも会津の祖父母に預けていたならこんなことにはならなかったはずだ」
「それじゃ、おじいさまおばあさまはまだ福島に?」
「ああ。古い旅館をやってるよ。連絡を取れば気軽に話してくれる」
 そうなんだ。少しほっとした。
「……あまり思いつめない方がいいですよ。その……弟さんとご一緒に会津のおうちで過ごされた思い出もあるのでしょう?」
 川で泳いだり山で虫取ったり。ごくありふれた楽しい記憶が。
「ふ、それはあまり話したくない」
 高広くん。いるのにな。その辺にいるはず。何故会ってくれないのだろう。
 お兄さんはこんなに弟のことを思っているのに。
 私が邪魔しちゃった? 高広くん、山口に行く予定だったみたいなこと言ってたし。
 何かもくろみがあったのだろうか。
 そうではなくて、道端でばったり、じゃダメなのかな。
 私だってそうだった。
 高広くんが生きて日本にいること知ったら、少しは流れが変わるだろうか。
 今ここで正直に話せば。
「なるあきくん……」
「ん?」
「実は」
 はっ。思わず口を閉じた。私、今、なんつった? なるあきくん、て。わーーーー。ハズイッ。
「す、すすすみません、ついっ」
 カーーッと頬が熱くなる。
「? 実は……何だ? そこでやめられると気になるじゃないか」
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