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6話 甘い言葉にご用心
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「うーーん…」
T商事会長九条成明には人知れず悩んでいることがある。
「そろそろ決めないと……」
わりと重要な悩み事、それは……。
「会長」
重厚なドアをノックする音が響く。秘書の声だ。
「失礼します、十三支(じゅうざ)製薬社長がお見えです」
「ああ」
本日も客人である。
さっと立ち上がり、1歩2歩…3、4、…何歩か歩いたところで、高いハイバックに分厚い座面のいかにも座り心地の良い一人掛けソファのそばで歩は止まる。
「どうぞ」
「お久しぶりです」
外の景色がよく見える3人掛けソファへと案内した。
十三支製薬社長、伊集院尚久氏はゴルフコンペでよく一緒になる若手経営者仲間だ。
肩までの長めの髪、すっとした鼻筋、二重の瞳、上場大手の企業トップにしてはめずらしい洒落た雰囲気の二枚目である。
新社屋をT不動産グループにて建設中だ。
この度新建材の国内使用認可がおり、それを使用した栄えある第一弾である。
ソファの前のテーブルにはすでに社屋の模型が鎮座している。
丸みを帯びた立方体の透明のショールーム部分がそれだ。
伊集院社長はあたりを見渡した。
「とても素敵な空間ですね。今、重役専用レストランを考えているのですが、こういう雰囲気にしたいのですよ。イメージがうまくできないのですが、こちらはどこの仕様でしょう」
「コーディネーターに任せました。オフィス専用ではないかもしれませんが」
「ああ、そうですか。では内装専門の」
「そうですね」
コンランショップの家具を中心に、会長の知り合いのショップディレクターにお願いした室内内装。
サイズ色々の丸いダウンライトが釣り下がり、カラフルなオットマンと豪勢なソファ、硬質なダイニングセットでおもてなしをすることもしばしば。
「失礼します」
と、専任のおもてなし要員がお茶と一品を持ってきた。
「これはどうも。お気遣いいただき光栄です」
カラフルなレインボーケーキと紅茶を二人分並べる。
「なるほど、リクエスト通りですね。いや、それ以上…」
あらかじめ伺ったリクエストでは、
できればコーヒーより紅茶、ケーキ類の好みは…、
「トップスのケーキが食べたいなと思っていたのです」
(それ風に仕上げた、白いレインボーケーキですわ)
アレルギーの有無も確認済みだ。
「…こちらはキミにと言われているよ」
テーブルには手土産も見える。
「新製品のシャンプーセットです」
(きゃー、やったー)
「…開発担当が日本中の温泉水を試してリニューアルした商品です。どうぞお使いください。あなたの髪はとてもおきれいですが」
(上手いこと言う…)
「ありがとうございます」
「失礼ですが。どちらのご出身で?」
「ま、松江です。島根県の」
「え、本当ですか」
少し遠慮目に言うと、社長は表情を明るくした。
「この基剤に松江市の玉造温泉水を使っているのですよ。色々調べてそこの湯に決めたと言ってました。松江のご出身ですかあ。どうりで、お肌もつやつやですね」
(まあ、そんな…。あんまりお世辞言わないでね(照)。うちは玉造の水なんて引いてないけど(笑))
「化粧水もございますのでぜひとも感想をお聞かせください。現地の方の意見を聞きたい」
「はい。ありがとうございます」
「ほぼ無機質の成分なんですよ。植物成分でもアレルギーが出ないとは限りませんので。温泉水以外は従来品と変わりません。アレルギー対応の定番商品なので何かのエキスを入れると苦情をもらいます」
「全対応とは難しいですね」
「アレルゲンにも動物、植物、鉱物いろいろありますよね。実は妻がアレルギー持ちで、その辺は僕より詳しいです」
「ほう。何の」
「ナッツアレルギーです。中々厄介でね。…女性はエスニック料理が好きでしょう。大抵どっさり入っているんですよ」
「そういえばそうか」
会長もケーキをフォークで割って口に運んだ。
「食べないでいると症状が落ち着くんですが、つい食べ過ぎてしまうんですよ。ピーナッツバターもねえ。ひどいときはむせ返って大変です」
(耳の痛い話ですわ)
「そうなるとしばらくハーブティーに付き合わされるんです。ネトルと言いますが、これがまたシソに似た雑草にしか見えない草で、庭に植えていたのをうっかり抜いてしまって叱られたりするんですよ」
シソみたいな雑草、あるある。芽が出てきてしばらくしたらシソとは別物に育つ。がっかりシソ。
「それで治るのですか」
「治るというより、症状が和らぐ程度ですね。続けていたらおさまっては来ますが。いずれにせよ対処療法ですね。勿論化学療法とは別の話です。外出の際は抗ヒスタミン剤が欠かせません」
「予防の意味で?」
「そうですね。……どなたかアレルギー体質の方がおられるのですか?」
「ええ、まあ」
◇ ◇ ◇
「新社屋か。景気のいい話だな…」
客人がお帰りになり、会長は入れなおした紅茶のカップを机に置いた。
(よし、チャンス)
「あの‥‥見ていただきたいものが」
市川社員はさっと会長の机にチラシを差し出した。
「これは……?」
「……池袋で拾ったのですが、その…うちの社員さんの名前だったので気になって」
会長は無言でそれを見つめた。
T商事会長九条成明には人知れず悩んでいることがある。
「そろそろ決めないと……」
わりと重要な悩み事、それは……。
「会長」
重厚なドアをノックする音が響く。秘書の声だ。
「失礼します、十三支(じゅうざ)製薬社長がお見えです」
「ああ」
本日も客人である。
さっと立ち上がり、1歩2歩…3、4、…何歩か歩いたところで、高いハイバックに分厚い座面のいかにも座り心地の良い一人掛けソファのそばで歩は止まる。
「どうぞ」
「お久しぶりです」
外の景色がよく見える3人掛けソファへと案内した。
十三支製薬社長、伊集院尚久氏はゴルフコンペでよく一緒になる若手経営者仲間だ。
肩までの長めの髪、すっとした鼻筋、二重の瞳、上場大手の企業トップにしてはめずらしい洒落た雰囲気の二枚目である。
新社屋をT不動産グループにて建設中だ。
この度新建材の国内使用認可がおり、それを使用した栄えある第一弾である。
ソファの前のテーブルにはすでに社屋の模型が鎮座している。
丸みを帯びた立方体の透明のショールーム部分がそれだ。
伊集院社長はあたりを見渡した。
「とても素敵な空間ですね。今、重役専用レストランを考えているのですが、こういう雰囲気にしたいのですよ。イメージがうまくできないのですが、こちらはどこの仕様でしょう」
「コーディネーターに任せました。オフィス専用ではないかもしれませんが」
「ああ、そうですか。では内装専門の」
「そうですね」
コンランショップの家具を中心に、会長の知り合いのショップディレクターにお願いした室内内装。
サイズ色々の丸いダウンライトが釣り下がり、カラフルなオットマンと豪勢なソファ、硬質なダイニングセットでおもてなしをすることもしばしば。
「失礼します」
と、専任のおもてなし要員がお茶と一品を持ってきた。
「これはどうも。お気遣いいただき光栄です」
カラフルなレインボーケーキと紅茶を二人分並べる。
「なるほど、リクエスト通りですね。いや、それ以上…」
あらかじめ伺ったリクエストでは、
できればコーヒーより紅茶、ケーキ類の好みは…、
「トップスのケーキが食べたいなと思っていたのです」
(それ風に仕上げた、白いレインボーケーキですわ)
アレルギーの有無も確認済みだ。
「…こちらはキミにと言われているよ」
テーブルには手土産も見える。
「新製品のシャンプーセットです」
(きゃー、やったー)
「…開発担当が日本中の温泉水を試してリニューアルした商品です。どうぞお使いください。あなたの髪はとてもおきれいですが」
(上手いこと言う…)
「ありがとうございます」
「失礼ですが。どちらのご出身で?」
「ま、松江です。島根県の」
「え、本当ですか」
少し遠慮目に言うと、社長は表情を明るくした。
「この基剤に松江市の玉造温泉水を使っているのですよ。色々調べてそこの湯に決めたと言ってました。松江のご出身ですかあ。どうりで、お肌もつやつやですね」
(まあ、そんな…。あんまりお世辞言わないでね(照)。うちは玉造の水なんて引いてないけど(笑))
「化粧水もございますのでぜひとも感想をお聞かせください。現地の方の意見を聞きたい」
「はい。ありがとうございます」
「ほぼ無機質の成分なんですよ。植物成分でもアレルギーが出ないとは限りませんので。温泉水以外は従来品と変わりません。アレルギー対応の定番商品なので何かのエキスを入れると苦情をもらいます」
「全対応とは難しいですね」
「アレルゲンにも動物、植物、鉱物いろいろありますよね。実は妻がアレルギー持ちで、その辺は僕より詳しいです」
「ほう。何の」
「ナッツアレルギーです。中々厄介でね。…女性はエスニック料理が好きでしょう。大抵どっさり入っているんですよ」
「そういえばそうか」
会長もケーキをフォークで割って口に運んだ。
「食べないでいると症状が落ち着くんですが、つい食べ過ぎてしまうんですよ。ピーナッツバターもねえ。ひどいときはむせ返って大変です」
(耳の痛い話ですわ)
「そうなるとしばらくハーブティーに付き合わされるんです。ネトルと言いますが、これがまたシソに似た雑草にしか見えない草で、庭に植えていたのをうっかり抜いてしまって叱られたりするんですよ」
シソみたいな雑草、あるある。芽が出てきてしばらくしたらシソとは別物に育つ。がっかりシソ。
「それで治るのですか」
「治るというより、症状が和らぐ程度ですね。続けていたらおさまっては来ますが。いずれにせよ対処療法ですね。勿論化学療法とは別の話です。外出の際は抗ヒスタミン剤が欠かせません」
「予防の意味で?」
「そうですね。……どなたかアレルギー体質の方がおられるのですか?」
「ええ、まあ」
◇ ◇ ◇
「新社屋か。景気のいい話だな…」
客人がお帰りになり、会長は入れなおした紅茶のカップを机に置いた。
(よし、チャンス)
「あの‥‥見ていただきたいものが」
市川社員はさっと会長の机にチラシを差し出した。
「これは……?」
「……池袋で拾ったのですが、その…うちの社員さんの名前だったので気になって」
会長は無言でそれを見つめた。
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