会長にコーヒーを☕

シナモン

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6話 甘い言葉にご用心

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「…でね、今更なんだけど、生キャメルにはまっちゃって」

 昼下がりのキッチンの片隅で、私はPC画面に向かってふむふむと頷いた。

「うっかりハリーにあげたら爆速で平らげちゃった。それがとってもかわいくって。でもとりすぎってよくないよね? だから薄ーくスライスしたのを少しだけあげてるの」

 お盆間近の酷暑極まる日の午後、るりかさんとビデオ通話中だ。
 あれ以来詐欺案件はなりを潜め、というより私は関与することを禁止されてしまったため、ビラがどうなったか知らない。
 そして高広くんとも再び音信不通となった。

 新宿で待ち合わせたあの日、

『会ってほしいやつがいるんだ』

 と言われ、東新宿の病院や大学の校舎が並ぶあたりを歩いてると、突然大きな爆発音がして進行方向に煙が上がったのが見えた。

『ちょ、なに!?』

 すごい音で一瞬であたりに緊張が走った。
 高広くんはそれを見て計画変更、なのか、

『悪い、今日はちょっとやめとくわ。俺、用事思い出した』

 そう言って去っていったのだった。その黒いとぐろを巻いた煙の方角へと。
 人が集まってきて、すぐに姿が見えなくなった。

「市川さんはお盆休みどうするの?」
「いつも通りですかね。帰省」

 この会社での夏季休暇は初めてだが、冬もそうだった。
 最近飛行機飛行機言われなくなったので、いつも通り新幹線乗り継ぎで帰ろうか。
 岡山までのぞみ、そこからやくもというローカル特急でなんと3時間近くかけて帰るのですわ。
 このくそ暑い中、出来ればここにこうしていたいくらいだ。涼しーし。

「藤島さんにね、早速作ってもらったの、試作品、見てみて」
「わーおいしそう」
「ピクシータンジェリンのメレンゲパイよ。比較的簡単だって」
「いいですねえ」

 小みかんよりちっさいみかんの卵のような柑橘で作るケーキだ。たーっぷりのメレンゲとタンジェリンの味濃いカスタードフィリングが織りなすハーモニー。夏にすごく合う。

「材料たくさんもらっちゃった。市川さんにもおすそ分けしたいなあ」
「わーいただきたいですっ」
「最近は近所の方もおすそ分けに来てくださるのよ。どう? 来ない? 来月の連休あたり」
「考えておきます」

 ああ、そうだった。盆休みの次に来月の連休もどうするか決めてなかった。
 有休余ってるから前後埋めてもいいって言われてたんだっけ。

「それでねえ……」

 るりかさんがにゅー―っとハリーのドアップを見せてきた。

「きゃあ、かわいい」
「保冷剤で何とか生き延びてるわ。かわいーケース見つけてね……」

「―――――市川くん、そろそろよいかな」

 突然背後で声がして振り向く。

「か、かいちょーー」
「ナルさん!」

 私たち同時に声を上げ、固まった。

「ご、ごめんなさい。それじゃあ、おじゃましましたーー」そそくさと通話を切るルリカさん。私も続いた。これ以上ない速度でウインドウを閉じる。

「…今度はネズミの世話か。君も懲りないねえ」

 あきれ顔の会長が腕組みして見下ろしている。いつからそこにいたんだ?

「ねずみじゃないですよ。はりねずみ」

 私は訂正を求めた。変なところで略さないでください。

「酷暑でハリーがぐったりしてるって言うから……」
「ネズミがか? 涼しい家の中でよほど恵まれていると思うがね。野生のものは直射日光以前に常に外敵の恐怖にさらされているんだよ」

 だから…その辺のねず公じゃないって!
 会長にはネズミもハリネズミも同じに見えるらしい。
 その理屈で行くとリスもか…? リスは結構凶暴だとも聞く。

 私は気まずくて、椅子に座る姿勢を正したりした。ほぼ前のめりでもう少しで突っ伏すところだった。はい、ひどい格好してましたわ。

「…さーて、今日の茶請けは何かな」会長の顔が急接近した。「早く出してくれないか」

 このところ眼鏡なしなので目力ダイレクト。

「はっはははいっ」

 すぐにご用意しますっ。






 あああ、あつい。
 アフターファイブ、私は会長に従って歩いた。
 少し早めに社をあとにした。もう少し部屋にいたかったな。誰ものってこないエレベーター最高だったわ。
 この都庁通り、緑と高層ビルが並んで素敵なんだけど8月に歩くのはきついわ。いや、8月だけじゃないわ。これがずっと続くのだ。9月、10月…。

「うへぇ」声が出そうになる。

 日本って四季の国でしたよね? 夏が半年くらいある気がするぞー。

「ところでキミ、夏季休暇はどうする」

 私がもたもた歩いてるのに気づいたのか会長は立ち止まってこちらを向いた。

「…家に帰りますけど」

 何だ、さっきの話聞いてるわけじゃなかったのか。ええ、帰りますよ、片道7時間超かけてね。

「そうか。それならくれぐれも気を付けてくれよ。ご両親にも」

 え。私はなんか体がびくっとした。

「……アレルギーの内容をきちんと説明しておくんだぞ。エビやカニの類を加工品であっても絶対口に入れないように」

 なんだそのことですか。どきっとしたじゃないの。変なところで区切るな。

「ええ。一応母に言ってますが、うち、カニはあんまり縁がないんですよね」ワハハと苦笑いでごまかした。

 蟹。まず夏の食卓にならぶことはないわ。
 母親に一度言っておけば出さないでしょ、それ関連の加工品も滅多に使わない。
 うちの実家、山の中であんまりエビカニ食べないのだ。シジミ、サバ缶、イワシ…といったところかな。いたって普通。家では主に配膳や片付けをするくらいで、親にカフェ飯だの作ったことない。
 だからせいぜい変なジュースに気を付けるくらいだろうか。あとお寿司…。

「会長…お車でなくてもいいんですか?」

 ふと思いついて言った。会長の最後の予定はもうひとつのハイアットでの会合だ。

「歩いていこうと思ってね」

 ええー、かなりありますけど。ゆうに1キロは軽く超える。
 つーか、スーツ姿で暑くないの。
 しかし会長は内心気遣う私に気づくこともなく続ける。

「たまには足を使わないとな。誰かがまた非常事態に陥らないとも限らんからねえ」フッと笑った。
「えっ、それって…」

 私のことかい! 救助するのに体鍛えるって意味? なんて遠回しな…

「だから気をつけなさいと言ってるんだ。本人にまるで自覚がなくて困ったものだ」

 きつい目で言われる。ヒィッ…。そうなのだった。普通なら即クビになってもおかしくないことをさせたんだった。それも一度ならず二度も…いや、さんかい…だったかも…。

「…つい目についてしまうよ。アレルギーの最新記事や情報…、キトサンにもアレルギーを誘発するたんぱく質を除去した製品があるんだな。その場合は目立つ表示がされてるだろうが、まあ、キトサンをあえてとる必要はないだろう。得体のしれない粉体化合物は避けた方がいい。何が入っているかわからん」

 得体のしれない粉体化合物…それを言ったらたまに飲んでおられるダいそ―のサプリも怪しいのではないかな?

「あ、あの、私、ちょっと買い物して帰りますので、ここで」
「ああ」

 都庁の向こうのホテルに到着する前に会長と別れた。
 涼みたかった私はちょっと離れた裏手のスーパーに向かった。
 こんな時間に家に帰ったってうだるような室温が待っているだけだから。
 高級マンションの1階にある店舗は案外入りやすく、冷え冷えの野菜の棚の前で一息ついた。

 はああ~いきかえるぅ…。あづかった~。

 店内に突っ立ってるお兄さんやおばさんもきっと私みたいに感じてるに違いない。
 冷房最強!
 会長も顔に出さずとも今頃はほっとしてることだろう。
 それにしても、だ。
 ああん、もう、今の会話、いる?
 せめて涼しい会長室でしてほしかったわ。
 あんなに暑いのに汗一つかかないって、会長、あなたこそ体調大丈夫ですか?
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