会長にコーヒーを☕

シナモン

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6話 甘い言葉にご用心

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「…そういうことは私に言ってくれないか。副社長も判断に困るだろう」


 翌日、横森さんは会長室に呼ばれた。

 私が報告したってことはオブラートに包んでくれたようで、副社長からの報告で知った、みたいな言い方だった。


『…会長、実は…』


 早朝、かなり遠回しな報告をしたつもりだけど、結論は同じですよね。


『…そうか。ご苦労だったな』


 と言われ、あとは天にお任せ。ナム。同じばれるなら、室長と吉永さんでいいわ。


「で、君の希望は海外転勤か?」

「はい、今募集中の」

「…副社長がなぜ君の話を留めていたかわかるか?」

「いえ……」

「君の秘書としての能力を高く評価しているからじゃないか?」

「そ、それは…」

「それでも君は希望を通したいのか?」

「はい」

「…今までそんな風には見えなかったとの話だが、一応理由を聞こうか」

「はい。実は…金銭的な理由と、家庭の事情と言いますか。」

「家庭の?」

「ええ。具体的には子供の身体、アトピーが悪化しまして。」

「それで海外に行きたいと?」

「いえ、仕事は金銭的な理由です。夫と離れて暮らしたいと思っています」

「どういうことだ。まさか君一人単身赴任するというのか?」

「はい。実は主人とうまくいってなくて…。私が働いて、実家の母に子供を見てもらって、お金を送金する…それが希望です」

「今のままではきついというわけだな」

「いえ、実は…既に主人の借金がありまして」



 おやおや、かなり深刻な状況じゃないですか。

 どうする、会長。

 私はいつにもましてすみっコぐらし。内心おどおどだ。


「私ひとりでは子供の病院通いと、仕事と学校行事のすべてをこなすのはきつくて…先週、主人の実家に頭を下げて、借金の肩代わりするよう承諾していただいたんです」

「う~~ん、そういうことか」

「病院は山梨なんですが、実家が静岡でそれも母にお願いしようと思っているんです」

「あの、お言葉ですが…」

 私はつい、口をはさんでしまった。

「…アトピーや皮膚病に限った事ではありませんが、一度、口に何もいれない日を作ってみられてはどうでしょうか」

「…なあに? 子供に栄養を取るなって言ってるの?」横森さんは間髪入れずこちらを向いて、あからさまに表情口調を変えた。

 やっぱこれはかなり嫌われてますわ。えーん…。

 でも、言いたいことは言いたい。

「毒を流すんですよ。毒と言っても消化不良のものや過発酵の残骸とか、体が処理しきれずたまっている食べ物のかすのようなものです」

「そんなことわかってるわよ、わざわざ富士山の水だって取り寄せてるのよ」

「…だから水は何でもいいんです。とにかく内臓を一度休めて、機能回復を待つんです。水道水でも構いません」

「水道水!?」冗談でしょ、と横森さんは声をあげた。「何言ってるのよ、何も知らないくせに。どれだけ大変だと思ってるの! 有機野菜にしても魚や肉にしても」
「オーガニックは多くがオーガニックというブランド商品ですよ。それに変えたからと言って治るものでもないです。人によっては無農薬であっても菌の組み合わせで過発酵を起こして体に影響が出たりするんです。自然由来の毒もありますしね。未精製の穀類だって食物繊維だって必ずしも体にいいとは限らないんです。むしろ非加熱の穀類やナッツで重篤な症状が出たりします。食物繊維は人間には消化しきれません。オーガニック信仰は危険ですよ」
「何なのよ、それを言うならあなたもでしょ? ここのキッチンで料理したりして、許可はとってるの?」

「いや、許可はとっているよ。ここと階下の給湯室含めて。」代わりに会長が答えた。

 修羅場と化してしまった。ごめんなさい、会長…。でもやめられないよう。

「あなたはいいわよね、立派なキッチンで優雅に料理すればいいんだから。こっちは毎日大変なのよ、食材に、着る物に、掃除に、全部一人でやってるの!」
「だからその大変をやめてみるんです。お子様とのんびり過ごしたり、例えば泥んこになって遊んであげたり、のんびり温泉に浸かったり。泥温泉なんてのもあるんですよ。ひどい皮膚病が嘘のように治ったりする人もいるんです。(うちの母のおば友。実話。)症状が落ち着いてきたらお子さまの好きなものを食べさせてあげてください。」

 確かに素人丸出しだが、実際過発酵の害とか大学で習ったし、うちの近所じゃ子供を田んぼで遊ばせるの普通だし、周りの子の何人かも、肌や内臓の調子が悪いときは半絶食してる。

 昔、みんなそうだったでしょ? 風邪ひくと半日くらい寝込んで何も食べないじゃないですか。あれと理屈は同じ。

 だけど、横森さんは顔色がわかるくらい変化して、かんかんだ。まあ、私なんてね、エビアレルギーのくせによく言うわって。呆れるよね。

(*治療法は様々で個人差があります。無添加が悪いというわけではありません。)

「もう、やめてちょうだい、そんなもので治るなら医者なんていらないでしょ」

 私は何も言えず、しずしず後退した。すみません…呟いたけど、誰にも聞こえてないだろうな。


「まあまあ、体験談は貴重な意見だろう、医者の空論なんかよりも」


 会長が手で払うような動作をした。


「それで、提案なんだが、横森くん、君はプロジェクト推進の水城くんを知っているな?」
「えっ、ええ……」

 ガラッと話を変えられ驚いて会長に向き直る。私は部屋を出ようと会長のデスクから離れかけた。

「君はいていいよ。もうすぐ終わるから」

 会長に制止された。

「実はね、知っているかもしれないが、彼が中東行きを拒み続けているんだよ。社長と現地が困っているんだ。彼がかたくなに拒む理由は何だろう。君、心当たりはあるか?」
「いいえ、知り合いと言ってもたまに居酒屋で飲むくらいですけど…同じ派遣上がりだったもので」
「ああ、そうか」
「水城さんは子煩悩で、お子さんのためにもってTIILに取り組んでいました」
「だがあれは無くなったんだよ、知っているだろう」
「はい。子供さんと一緒にマイクラにはまってTIILを真似て博覧会場を造ったりしてたそうです」
「まいくら?」
 流行りのゲームですね。ネット空間にブロックで家やビルを造ったりして割と未来的で本格的だったりする。誰か会長に注釈してくら!
「うちの子もやっていたことあるんですが、彼のお子様は計画がなくなってすごく気を落としてしまって…実際会場近くまで行って、お子さんにどんなものができるか語ってたそうですから」
「そうか…。それなら中東の事業はなおさら規模が大きくて、興味も出そうなものだが」
「そこまではちょっと…。お子さんの転校とかですかね?」
「…君、彼を説得してみてくれないか」

「えっ」


 見たことがないほど横森さんの顔筋が崩れた。


「もし君が水城を説得して彼を中東に行く気にさせたら、君の希望を通そう」


 そのあとは絶句だ。私も驚いた。



「どうだろう、事情はどうあれ、水城くんを説得してくれないか」
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