会長にコーヒーを☕

シナモン

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6話 甘い言葉にご用心

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「悪かったね、君には少し荷が重かった」


 会長のフォローが入り髪をなでなでされた。

 大丈夫、私、強いもん…。

 ちなみにこの髪撫でというか頭ポンポン、最近じゃセクハラ扱いの一つになっているらしい。かつて一世を風靡した壁ドンも、キムタク抱きも、女性の同意なしのそれは立派な犯罪扱い。もちろん直ちに罪に問われるわけではないけど、随分流れが変わってきたなあ…。

 でもそれって、ただしイケメンは除く 案件ですよね。もちろん私もそっち側。どこかのおじさんと一緒にしないで、と言いたい。

 それにしても気になるのは横森さんのお子様。それほどひどい状態なら、いっそ短期入院された方がいいのに。

 薬漬けにせよ、静養にせよ、リセットは必要だ。


「お詫びと言ってはあれだが、今晩の会合、随分とラフな内容に変更されたようだから、君も一緒に行ってみるか」


 思わぬお誘いが!


「いいんですか? 私なんかが」

「日頃世話になっている秘書さんも是非ご一緒に、だそうだ。女性も多いだろう」


 え、いいのかな。秘書じゃないけど、秘書室所属の私。

 でもね、会場は新宿のヒルトンだ。

 絶対行く―――♪



 ヒルトンまで車で乗り付けると入り口から賑わっていた。上場非上場関係なく、新興企業の売り込みも兼ねた集まりで堅苦しい挨拶はすぐに終わった。
 大広間でのほぼパーティと化して、華やかな会場でおじさんよりも女性の姿が多い。
 名刺のやり取り見かけるけど、例の事件の影響でうちの会社はデジタルIDの併用になった。
 会長はそんなことしなくても人が寄ってくるわけで、早速話し込むことに。

「やあ、先日はどうも」

 伊集院さんだ。
 華やかに女性を従えて、ニコニコと私に御挨拶してくれた。

「相変わらずおきれいですね」肌のことですね。すごいよね、見た目10人並みの私には最上級の誉め言葉だ。会長室マジックかしら。

「ホントですねー」

 社長さんと並んでいる秘書さんらしき人にのぞき込まれる。
 快活なミディアムヘア、背が少し高め。オータムカラーのパンツスタイルにしっかりヒールを履いている。

「気になっていたんですよ、お話伺って。私、向田と申します。よろしくお願いします」
「市川です。よろしくお願いします」
「素敵―、きっと素肌もあまり変わらないですね」
「そんなことないです」
「いえいえ、わかりますよ。ナチュラルメイクに見えるけど、しっかり作りこまれてる」

 ええっ、そんなはずはない。化粧水の後、日焼け止め兼ねた下地にパウダーだけだもん。頬や顔まわりに色は重ねているけど。大したことはない。ほとんど同じ色でやってるから。

「この色味はポール&ジョーかなあ? ちゃんと唇のライン作って、下地塗ってリップとジェルを重ねてティッシュオフされてますね。落ちたら嫌ですものね」
「はあ…」
 そこは当たってるー。唇はすぐに落ちないよう気を遣ってる。それはカフェ店員の時からそうだ。ダイソーのジェルもなかなかいいのだけどね。
「フフ―、私、BAやってたんですよ。名古屋の松坂屋って店で」
「そうなんですか? さすがにお詳しいですね」
「もっといろいろ知りたくて、転職しちゃいました」
 それで秘書に?すごいなあ。と感心してるとそれは違った。
「ああ、秘書は別の方ね、福津さん」後ろ向きになって首で示した。なるほど、会長と話してる社長さんの横に若干かしこまった女性が立っている。
「私は商品開発部にいます。化粧オタクこじらせまして」
 へえ、すごいな。
「メイクの上から素肌が透けて見えるほどきれいな人って少ないんですよ」
 それは褒めすぎだ。
「頂いた化粧水使ってるからかも…」私は言った。事実、そうだし。一日二日手入れしなくても何事もなく過ごせたんだから合格ラインよね。
「ホントですかー。嬉しい、私も使ってます、調子いいですよね」
「はい」
「あのー、それで、市川さん。今日はきっといらっしゃると思って、こちらをお持ちしました。」
 と、箱を出された。
「その…差し支えなければお持ちいただきたいなと思いまして。お若い方には賛否あるかもしれませんが…。
 私もつけてるんですよ、これです」
 向田さんがスーツのボタンを外す。
 え?
 ペンダント…のようなものが異彩を放つ。

「古代文字を印字したアクセサリーです。元々は護符なんですよ、お部屋にいかがですか」

 存在感のある、丸いペンダントに象形文字とも違う文字らしき模様が規則正しく並んでる。

「怪しい宗教なんかじゃないですよ、玉造の勾玉のようなものだと思ってください」
「はあ…」

 手に取ってみると数珠ともなんちゃってヒエログリフとも異なる高貴なオーラを発してる気がした。
 金属…なのかな。

「…大きな声では言えませんが、ですよ」向田さんは小声で囁いた。
「ありがとうございます」

 何だろう?…ちょうどいいわ、お守りがわりが泡と消えちゃったし。ありがたくいただいておきますわ。

 そこで会長がお皿を持ってきてくれて、丸いサイドテーブルでみんなでつまんだ。化粧品談義は楽しいわ。少しは冒険しようか…という気にさせられる。
 元BAさんだからかな。
 会長チョイスの一品には海老蟹がないので私はそれ中心に口に運んだ。



 幾人かとお話しし、立食も頂き、私はご機嫌で夜の公園通りを歩いていた。エントランスのタクシー待ち混雑を避けて歩いて会長の仮住まいハイアットまで戻る。そこからタクシーで自宅まで、といういつもの流れ。

「満足かい」「はーい」タクシーもいいけど、幾分気温の下がったこの通りを歩くのもいい。昼間のリーマンOL通りが、会長と歩くと素敵なグリーンロードにへんし~ん。

 途中、大きな公園に差し掛かり、建物の灯りが暗くなっていた。

「こらこら、離れて歩くんじゃないぞ」「はいはい」大丈夫だって。心配性だなあ。痴漢も不審者も相手選ぶでしょうよ。

 そこは公園の木立に囲まれたカフェ。いつかここに会長とお茶しに来たい。
 10時には閉まっちゃうので、今日はもちろんダメ。ランチにせよ時間調整しないといけない。

 いつか来たいなあ…。と眺めてると、「あら」という声に足が止まった。

 会長は振り向いて、無言だった。

「お久しぶりです。こんなところで会うなんて」
「ああ」

 そっけない返事。
 私はどきどきした。
 暗がりではあるけど、その人、超美人で、背がすらっとして、上品なブラウスとパンツ姿。髪はストレートのロング。

「ちょっと…よろしいかしら」

 透き通る声。かわいらしさとは裏腹に、彼女の目は私に向けられ、冷淡に光っていた。
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