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9話 残り香
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「もう一度友達からやり直したいの、待ってよ」マヤは慌てて後を追った。ホテルを出て街頭で腕を掴んだ。
「できるわけないだろう、裁判までしたんだぞ」
「どうして?あんなにしあわせだったのに」
「それはもう終わったことだ、君は俺じゃなくマンハッタンに恋していたんじゃないか?」
「そんな…」
「もう誰も見ていない残像にとらわれて君の未来を縛っているのだとしたら、残念でならない」
「未来なんていらないのよ、あの記憶だけでいい」
「それを…そのまま誰かに言われたとして君はどう思う?嬉しいか?」
「何よ……好きな人がいるのね。」
「どうだろうね。」
「私が邪魔なんでしょ」
何よ、あんな子…あなたに似合わない! 全然合ってない。
何度も見た…楽しそうに笑い合う姿…あんなの、絶対認めない!
「もし」
「もしいたとして、思いが届かないなら……俺は一生独身でいい。」
その言葉を投げ捨て会長は去っていく。マヤは動けないでいた。
「あーあ、兄さん、相変わらず下手だなあ」 瀬尾と高広はその様子を物陰から見ていた。
「…ところで、お兄さんの恋人はどうしてるの?」 瀬尾がふと尋ねる。
「え、ああ、いまちょっと音信不通で―――」 高広の言葉に、瀬尾はハッとした。
「それを早く言ってよ」 瀬尾は速足でマヤの方へ向かった。
マヤは、路地で酔っ払いに絡まれていた。 「おい、ねえちゃん、あぶないで」 「別嬪さんやん」 瀬尾はその場に駆けつけ、酔っ払いの前に手を伸ばした。
「なんでい」 酔っ払いは舌打ちして去っていった。
「え、あの…」 マヤは驚いて瀬尾を見た。
「心配ありません、通りすがりの医療従事者です」 瀬尾はそう言って、静かにマヤと視線を合わせた。
その瞬間、ソレは開始された。
ソレは誰も知らない、本人さえよくわからない、ある視線。
女の子、特に心に傷を負った女性と目を合わせるとやがて可視化する、その人だけの閉じた空間。
幼いころ、3歳下の妹と額を合わせてにらめっこのようなことをしてあやしていた、そこから派生したのかもしれないがーー。
女性の瞳に吸い込まれていく感覚だ。
マヤと目を合わせると、少女が荒れた部屋でポツンと座っていた。ここが彼女の心の部屋か。
瀬尾は女の子に話しかける。もちろん実際の音声ではない。
〖 こんにちは。どうしたの 〗
〖 こんにちは 〗女の子は振り返った。〖 ママがね、一人でお留守番してなさいって 〗
〖 そうなんだ。一人で大丈夫? 〗
〖 うん。パンを食べなさいって 〗〖 じっとしてないと怒られるの 〗
〖 そっか。でももう大丈夫だよ、そこから出ておいで 〗
〖 本当? 〗女の子の顔が明るくなった。
〖 ほら 〗手を差し出す。
〖 私ね、大きくなったら女優になりなさいってママが言うの 〗
〖 そうか。〗
〖 みんなにかわいいっていってもらえるんだって 〗
〖 いまのままでもかわいいよ 〗
〖 ほんとう? 〗
〖 ああ 〗差し出した手をつないだ。〖 名前は何ていうの 〗〖 マヤ 〗
〖 マヤちゃんか。かわいいね 〗
女の子の姿が薄くなっていく。〖 ありがとう、お兄ちゃん・・・ 〗〖 うん。ばいばい 〗
高広はじっと見つめていた。ものの一分だ。通行人は誰も気づかない。ただ話してる風に見えるだけ。いつもそうだが、なぜか術後女性は生気を取り戻す。感情に揺さぶられない。不思議な力だ。
マヤはハッとした。「え? 私・・・」覚えがなく、ただあたりをキョロキョロ見まわした。それを離れたところで見守る二人。「おつかれさんでしたー」高広は瀬尾の背中をポンとたたいた。それはいつもの知られざる治療…あっという間に終わる。ことばで説明できないが、現実にある。「・・・いつもながら鮮やかだなあ」
心の中の血栓のようにいつまでもわだかまっていた、重い石臼のようなかせが一気に消滅し、本当の気持ちが解放される。
マヤはもう囚われることはないだろう、ひとりぼっちの、つらい記憶に…。
「できるわけないだろう、裁判までしたんだぞ」
「どうして?あんなにしあわせだったのに」
「それはもう終わったことだ、君は俺じゃなくマンハッタンに恋していたんじゃないか?」
「そんな…」
「もう誰も見ていない残像にとらわれて君の未来を縛っているのだとしたら、残念でならない」
「未来なんていらないのよ、あの記憶だけでいい」
「それを…そのまま誰かに言われたとして君はどう思う?嬉しいか?」
「何よ……好きな人がいるのね。」
「どうだろうね。」
「私が邪魔なんでしょ」
何よ、あんな子…あなたに似合わない! 全然合ってない。
何度も見た…楽しそうに笑い合う姿…あんなの、絶対認めない!
「もし」
「もしいたとして、思いが届かないなら……俺は一生独身でいい。」
その言葉を投げ捨て会長は去っていく。マヤは動けないでいた。
「あーあ、兄さん、相変わらず下手だなあ」 瀬尾と高広はその様子を物陰から見ていた。
「…ところで、お兄さんの恋人はどうしてるの?」 瀬尾がふと尋ねる。
「え、ああ、いまちょっと音信不通で―――」 高広の言葉に、瀬尾はハッとした。
「それを早く言ってよ」 瀬尾は速足でマヤの方へ向かった。
マヤは、路地で酔っ払いに絡まれていた。 「おい、ねえちゃん、あぶないで」 「別嬪さんやん」 瀬尾はその場に駆けつけ、酔っ払いの前に手を伸ばした。
「なんでい」 酔っ払いは舌打ちして去っていった。
「え、あの…」 マヤは驚いて瀬尾を見た。
「心配ありません、通りすがりの医療従事者です」 瀬尾はそう言って、静かにマヤと視線を合わせた。
その瞬間、ソレは開始された。
ソレは誰も知らない、本人さえよくわからない、ある視線。
女の子、特に心に傷を負った女性と目を合わせるとやがて可視化する、その人だけの閉じた空間。
幼いころ、3歳下の妹と額を合わせてにらめっこのようなことをしてあやしていた、そこから派生したのかもしれないがーー。
女性の瞳に吸い込まれていく感覚だ。
マヤと目を合わせると、少女が荒れた部屋でポツンと座っていた。ここが彼女の心の部屋か。
瀬尾は女の子に話しかける。もちろん実際の音声ではない。
〖 こんにちは。どうしたの 〗
〖 こんにちは 〗女の子は振り返った。〖 ママがね、一人でお留守番してなさいって 〗
〖 そうなんだ。一人で大丈夫? 〗
〖 うん。パンを食べなさいって 〗〖 じっとしてないと怒られるの 〗
〖 そっか。でももう大丈夫だよ、そこから出ておいで 〗
〖 本当? 〗女の子の顔が明るくなった。
〖 ほら 〗手を差し出す。
〖 私ね、大きくなったら女優になりなさいってママが言うの 〗
〖 そうか。〗
〖 みんなにかわいいっていってもらえるんだって 〗
〖 いまのままでもかわいいよ 〗
〖 ほんとう? 〗
〖 ああ 〗差し出した手をつないだ。〖 名前は何ていうの 〗〖 マヤ 〗
〖 マヤちゃんか。かわいいね 〗
女の子の姿が薄くなっていく。〖 ありがとう、お兄ちゃん・・・ 〗〖 うん。ばいばい 〗
高広はじっと見つめていた。ものの一分だ。通行人は誰も気づかない。ただ話してる風に見えるだけ。いつもそうだが、なぜか術後女性は生気を取り戻す。感情に揺さぶられない。不思議な力だ。
マヤはハッとした。「え? 私・・・」覚えがなく、ただあたりをキョロキョロ見まわした。それを離れたところで見守る二人。「おつかれさんでしたー」高広は瀬尾の背中をポンとたたいた。それはいつもの知られざる治療…あっという間に終わる。ことばで説明できないが、現実にある。「・・・いつもながら鮮やかだなあ」
心の中の血栓のようにいつまでもわだかまっていた、重い石臼のようなかせが一気に消滅し、本当の気持ちが解放される。
マヤはもう囚われることはないだろう、ひとりぼっちの、つらい記憶に…。
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