タイムリミット 💍

シナモン

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奥様、お手をどうぞ

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「あーあ」
 月夜を眺めて溜め息が漏れた。
「一人でこんな風呂入ってどないせいちゅうねん」
 ついぼやきも出るというものだ。こんなフラワーバス…フランジパニやバラの花弁が白濁のお湯にこれでもかと浮かぶ豪華な浴槽に男一人ぽつんと。
「俺までこんなサービスせんでええやろ」
 うとうとしかけた女を部屋まで連れていき、しばらく飲み直して主寝室をまたいで女性の部屋と対角の自室に戻りバスタイム…二人で入っても余裕のある浴槽に浸かれば目の前に大きな窓があり、否が応でも見える、満天の星に月まで見事に、ハネムーンには絶好のシチュエーションだ。
(なんで俺が…どういうつもりなんやろ?)
 香港で別件行動中にまず牧から一報を受け、女性の名前を聞いて驚いた。それでバリ行きを承諾、先ほど都筑氏本人より本連絡を受けたところである。
「大体女一人残してスマトラなんか行くか? どんな重要会議か知らんけど」
 そこからして違和感ありありだ。自分じゃ考えられない。

『彼女の相手をしてくれ』

 別れたい女の後処理を頼まれたのかと思いきや、言ってることは真逆である。
『ウブドを案内してあげてほしいんだ。コースはナビに設定済みだ。くれぐれも危険のないよう、そして彼女の気を引き付けておいてくれ』
『は? 何すればええの?』
『気を引き付けるんだよ。逃げられないようにな』
『え? どうやるんやって…』
『それはお前に任せる』
『いや、何の話やねん…、おい、おい…!』

(…さっさと切りやがって。気を引き付けておいてくれ? どういうことやねん)


「反対やったらよかったのになあ」

 ――別れたいから適当に口説いてくれ、あとはどうぞご自由に。…そういう流れならわかる。普通はそうだ。

(めっちゃ×××合いそうやんか。こんなことならあんとき強引にいっときゃよかったわ)

 半裸で襲われていたのを助けた時だ。中々インパクトのある出会いだった。絶対また会うと確信してはいたが、

「しょーもないわ、なんで人の恋路助けなあかんねん」

 寝るか、と湯から上がり、壁面鏡張りの長い洗面台で寝支度をしていると、廊下の向こうから物音が響いた。

「なんや」

 上半身裸だが反射的に体が動く。
 身のこなしの軽やかな男である。

 ドンッ…再び大きな音がした。ダウンライトの続く廊下の先、煌々と灯りの付く女性が寝ているはずの部屋に飛び込んだ。

「何してん、あんた」

 女がバスルームに倒れていた。
 白とベージュのマーブル模様の大理石の床にうつぶせになって手足を広げて。

「大丈夫か」

 体を起こすとアルコールのにおいに混じって胃液臭がツンと鼻を刺激した。

「もどした?」

 吐瀉物は見当たらない、どうやら自力でトイレで流したらしい。そして力尽きて床に倒れたのか。
 その時の音が派手に響いた…と解釈し先ほどと同様に体をベッドに運ぶべく持ち上げた。
 一人用の部屋だがキングサイズの大きなベッドにそっと寝かせ…たところでいきなり女は目を開き、手を伸ばした。

「!?」
「あーーーーーっっ!!」

 大声を上げて起き上がり、するっと肩を抜く。
 着ていたのはオールインワンだ。すぐに下着姿となる。
 ぽいぽい残りを脱ぎ捨て、こっちめがけて突進してきた。

「うわっ」「……っぶ!」

 勢いで床に倒され、また大きな音がした。

「おい、まてや、おいっ、おいって」目の前に胸。丸出しで押し付けるように迫ってくる。
「ああん、もう、しゃーしか! けっこんなんてどーでもよかと!」
「は?」

 全裸で、馬乗りになって、大声を上げる女、「…どうかされましたか?」さすがに音が響いたのだろう、階下から警備人の声がした。

(やばいわ、俺が疑われるやん)

 青筋が立ち、すかさず女の口を手で封じる。「うぐっ」

「いててて!!ーーーああ、ごめん、酔うて風呂でコケてしもたわ()」極力大声を出して伝えた。

「大丈夫ですか? お薬を」
「あ~~~ええわ。…来んでええよ、裸なんや()。もう寝るわ」

(ここで上がって来られたらどうなるか。まずびっくりするやろな。うまい返しが思いつくか)

(無理やろ、女、裸やで)

 女の攻撃が収まるまで耐えるしかない。「…グッ@_;◎$□#☆!!!!…」腕に力を籠めじっと耐える……何とかガードマンはあきらめてくれたようだ。あきらめたのか何かを察したのか知らんが。

「なんや、こいつ、酒乱かいな。そんなに飲んでたか?」

 冷や汗かきながら口を押さえつけもごもごさせ、片手で肩をつかんで抗戦体勢。ぎりぎりの戦いだが絶好の機会でもあるのだ。実に惜しい。相手は全裸だ。

(なんで抵抗せなあかんねん、あほらし)

 口を押さえつけたまま体勢を逆にした。掌の感触はまだもごもごしてるが、素早く手を引き代わりに唇を合わせた。

「んぅーーーー」

 舌を入れてディープキスに持ち込む、体を押さえつけ、足をはさむ。
 舌と舌が絡み、全身をすり合わせ、もう前戯である。

(ああ、ええ感じ~)

 びりびりくる…女も無意識に感じているのか動きがそれっぽくなっていく。

(たまらん~~~)

 
 両手をおさえてキスして…擦りあうお互いの体が熱い。
 …◎※●が硬直。

 このままやってしまいそう―――、ダメなん? …あかんやろ、この状態じゃ俺が引き付けられて終わってしまうで。

(やってしまえ!)と(ダメ、我慢)がせめぎあう…夜着の白いロングパンツをずらそうとする手を制し……何分経っただろう、かすかに寝息が聞こえ、少しずつ力を緩めた。

「ふぅ…」

 かろうじて生還…寝たのを確認して、やっと体を離した。汗がだらだらである。衝動を抑制するくそ力のせいであちこち感覚がおかしい。

 女の腕を引き対面にして腰かけた。女はすやすや眠る。

(脱ぎ魔なんか…かわいいやん)

「すっきりした顔しやがって」

(出すもん出してすっきりしたか…)

 あの時もこんな感じで無邪気に目を閉じて…つい覗き込んでしまった。

(タイミング悪いわ。ちょうど目が開いて…)

 そしてそのあとのやり取り…。
 程よく気が強く、抱きやすい体、顔も背丈もちょうどよく…ついつい抱きしめてしまう。
 
(やばいわ、ホンマにいてまいそう)

 また下半身が…渾身の力で離した。

「生殺しやんか。これで手ぇ出せへんの…」

 全裸の女を抱いて、この先に進めないなんて。

(ここであの風呂やろ)

 夜通しイチャコラしてこそのフラワーバス、なのに。

「やっぱりあんときやっときゃよかったわ。おっさんの罪なすりつけられてもな、俺は絶対捕まらんのやし」

 後悔しても時すでに遅し…これ以上こうしていると妄想が膨らんで危険だ。

 邪念を払い、女を寝かせた。バスルームの壁にかかるローブを取り、そっと女性を横向きにしてかぶせ、袖を通した。目覚めたときに怪しまれないよう仕上げなければ。

「脱ぐのは一瞬でも着せるんは手間なんやな」

 そういえば女性に服を着せた覚えはない。服も下着も。下着…? 隣にちらっと見えるクローゼットから新品を持ってきて着せたところで…逆に不自然に映らないか。

(酔っ払いが新しい下着なんかつけへんやろ。ゆうて脱いだのつけるのもなあ…。どっちみち疑われるんは俺やで)

 ということでもう片方の袖も同様にし、前を合わせ…完了。着替えてる最中に吐き気を催してダウン…と思わせれば…それならまだ自然だろう。


「あーあ。何やってんのやろ、はるばる香港から来て、よその嫁さんなる人の世話かいな。しょーもな」

 まずはこの後下半身をなだめるのに苦戦しそうだ…。

「女にはわからんやろな、ええ気なもんやで、自分から迫って来といて」

(こんぐらい、ええやろ、な)

 名残惜しくそっと頬に摺り寄せた。
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