タイムリミット 💍

シナモン

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奥様、お手をどうぞ

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「えらい大人しいけど、どないしたん」

 ウブドに向かう車内は会話もなく、しばらく無音で高級クーペの小気味よいエンジン音だけよく響いた。助手席の女は沈んで見える。

(なんや、酔っぱろうた自覚はあるんかな)

 朝食のときも元気なく口を動かし、水は良く飲んでいた。

「う…ん、なんか…」

 言いにくそうにうつむいて、

(醜態さらさなかったかな…)

 女は女でドキドキしていた。嗚咽の記憶は残っている。つまり吐いたのは確かだ。

「変なのよね…起きたらローブはおってて…私、ローブなんて着たことないのに」

(え、そーなん?)思いがけず夏目はドキッとした。

「あの肌触りが苦手で…着替えるの面倒で着ちゃったのかな」
「知らんけど…。あんま、そういう具体的なこと言わん方がええで。男の前で」実感こめて夏目は言った。

(余計なことしたんか。でも裸やったしな)
(何べんでも言うが、疑われるんは俺やで。自分から脱いだ言うても通用せーへんやろ)
(正直に言うたほうがええか)

「あんた…酔うてたやろ」


「えっ」塔子は驚いた。

(やっぱり、見られた??)
(よりによってこいつに?)

 醜態!!

「…その…私…酒乱の気がありましてね…」

(知っとるわ)

「…何やわめいとったな。(必死で抑えたけど)…あ、それはそうと、⦅しゃーしか⦆てなんや」

「えっ」

 塔子は絶句した。

「そんな言いよったと?」弱弱しく答えた。
「ああ」

(またでた。ギャー、御国言葉)

「ああーもう、これがあるから嫌なのよー」と、ダッシュボード下まで頭をもたげた。
 細目のパンツの腿を握りしめ悔し気に揺らしてる。
「~~~~~~……!」
 水着のような黒いデザイントップスの背中のジッパーが丸見えだ。
「どういう意味?」
「…博多弁で、⦅面倒くさい⦆、です」彼女は体を起こし、ちらっとこちらを見た。
「あーそうなんや」
「…他はなんて言ってたの」
「けっこんなんかどうでもいい、やったっけ」口をおさえていたので他は確認できてない。
「ああ…」
「どうでもいいて何やねん、あんた、奥さんになるんやないの」
「それは…」

 はやくも核心に触れるか。これから視察だと言うのに。
 
「よ、様子見中よ。会ってひと月ちょっとで結婚て、早すぎるでしょ」
「そーなん? でも会ってすぐの男と旅行するいうんもなかなかやんか」
「部屋別々(でもいい)って言われたから…それに、バリに来たかったの。仕事でバリ風の家を建てたくて」
「ふーん」

(仕事? そんなん、全然聞いてへんな)夏目は首を傾げた。
 
「仕事てまた色気のない話やな」
「それより何であんたが案内することになったのよ」
「知らんけど…スマトラ脱出できんのちゃう」
「スマトラでお仕事の会議だったの?」
「まあなあ、会議いうか、大スポンサー様やで」

(そうだったの?)

「火山や地震の専門家集めた学会の最中に火山噴火て、笑われへんよな。現地バタバタしてんのやろ」
「それであんたが代わりにウブドを回ってくれるの」
「ああ、そこにナビが出てんやろ」

 えらく高級な2シートタイプの車の
 目の前の大きな縦型ディプレイにルートが示されている。

 男は深いカーキの半そでシャツに黒パン…。
 昨日とは違うサングラスを上に引っ掛けてる。
 高級車を難なく運転してる。

「よく知ってるの」
「そりゃあ、何回も来てんから」
「ふうん」
「ウブド、女の子に人気やね」
「仕事だから」
「なんや冷めてんな」
「そんなことないけど…」
「ふっ、あんた、きゃーきゃーうるさくないのがええんやろな」
(別の面でうるさいけどな)前を向いたまま夏目は言った。
「どういう意味」
「わちゃわちゃうるさい女が苦手な男もいてるんやで。俺もそうや」
「…苦手? あんた、ノリがよさそうだけど?」
「そうか? それでも女の子と旅行行ったことはないで」
(え、本当?)塔子は口をつぐんだ。
「まあ、そういう意味でもよろしく頼むわ。俺が呼ばれたんは何や変な虫が寄って来んように、言うことなんやろうな」
(そんなの寄ってくるわけないじゃないの)
「物好きな虫ね」塔子は言った。
「……あんた、えらい自分を下げるけど、中々様になってんで。今もな」彼はちらりと目配せする。塔子はあからさまに否定の表情だ。

 本音で言ってるのだが、喜ぶどころかすねたような表情をされるところもまたね…。

(ホンマ、俺に譲る言うんやったらよかったのに…)

 あーあ、と、彼の心はさらに沈んだ。

(変な奴)
 塔子は思った。
 変だけど、基本はおさえてて、車のランクもあるけど、スマートに助手席にのせてくれた。これをエスコートだとするなら、十分なレベルだろう。

 小さなビルや家の並ぶ雑多な通りを抜けて、緑が増えてきた。
 タイヤから伝わる振動が普段よく乗る車とは全然違う。重厚なエンジン音がオーディオのように響く。

「ねえねえ、ところでこの車、すごくない? こんなんで行くと?」塔子は言った。
 家を見に行くには仰々しいような…。気が沈んでいて乗る際よく見てないが真っ黒でフェラーリのようなフォルムをしていた。
「そうやねえ、半分デートのつもりやったんやろうから、しゃあないねえ」
「もったいなかぁ、普通のでよくない? ねえ、軽トラでもよか」
「……」
(なんや、こいつら)
 意外なというか、むしろつっけんどんな返しに彼は用意しかけた言葉をひっこめた。
 この女以外の女性ならば決してこんな反応はしないであろう。億越えの車である。

 軽トラて。

(…手探り状態なんかな。変な感じ)


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