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【前日譚】都筑家の事情
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都筑家は代々都建築に関わり、資産家として名を馳せてきた家系である。大規模な土地整備には影ながらかかわりがあり、その多くが日本よりも中華圏で行われている。今回は、中国南部の福建省の省都である風光明媚な中都市・福州に足を運んだ。
福州は人口800万強の中都市であり、日本の中都市とは比べものにならない規模を持つ。この訪問は、初期動向の確認と、久しぶりに水の都の風景を楽しむためでもあった。しかし、歓迎の言葉で迎えられたにもかかわらず、案内役の現場統括人の表情は険悪だった。
「何か、問題でも?」
余計なことは言わない方がいいかもしれないが、車で中心部より40㎞程ののどかな里に着くとすぐにそれが垣間見えた。
降りたとたん不穏な空気。中国語のやり取りが聞こえる。
「ああ…」土地の取得から地質調査を担当する開発公社の責任者が小さく嘆いた。
やり取りの相手は10代と思しき少女である。
「有重要人物来了,我请他听听他要说的话!」
「好吧,闭嘴,不要说任何不必要的话!」
相手をしているのはいい年をした小太りの中国人だ。
「何だろう」
「いえ、その…。立ち退きを拒否している住民です。体の調子が悪いとかで老人が引っ込んだと思っていたら、孫娘が出てきまして…」
「立ち退き? それは既に解決済みのはずでは」
「は、はあ…。それが、金銭の交渉に応じないんです」
「それは十分払っているつもりだが」
「ええ。それが…この先に遺跡があるとごねてまして」
「遺跡? 聞いてないぞ」
「はい。そうなのですが…」
困窮した様子にそれ以上の追及は止めた。
代わって少女に向かって、『还有废墟吗?』と訊いた。
『ええ、そうよ。あなたが偉い人? お願いだから聞いてください、このままじゃおじいちゃんに何といえばいいか』(以下訳)
福州の地元の少女に言葉が通じるかどうか不安だが意味は分かったようだ。
少女は続ける。
『是非、見てほしいの。私が生まれる前からあって、ずーーっと昔は隠れ家になっていたそうよ』
『それはどこにあるんだい』
『こっちよ。私の家の井戸の横が出入り口になってるの!』
現場の人間は12名…皆げんなりしている。
「…何もなさそうだが、地下にでもつながっているのか」
立札と看板の向こうは見渡す限りの野原ですぐ先にこんもりした山があるだけ。その向こうに木々が生い茂る尾根が連なる。
「代表…。まさかこの娘の言うことを鵜呑みにされるのですか?」
「お、お待ちください、危険です。せめてヘルメットを」
「彼女が何もつけてないのに必要ないだろう」と案内する気満々の少女をしめした。
「しかし! 何かあっては我々が叱られます」
誰が叱るんだ、父か。
交渉が滞っているのなら相手の話を聞けばいい。簡単な話だ。
『こっちよ』
粗末な家だが敷地は広く、少女の言う通り、裏の一部が低地になっていてそこに井戸と一辺の側面に古めかしい木のドアがついていた。高さは少女の背丈より少しだけ高く、ギギィという音とともに薄暗い回廊が日の下に現れた。
「つ、都筑様…」
「ついてこなくていいよ。僕は中を確かめたいだけだ」
「そう言うわけには…」
「灯りがあればありがたいが」
「は、はい」
かび臭い冷たい空気が流れてくる。
少女は元気よく、長い髪を揺らし、自分で持ってきた大きな懐中電灯で中を照らした。
『ついてきて』
結局後に続くらしい連中の照明が背後から照らす。
まず階段を下りていく。照らしてみると一応石で補強されている。
身長160センチ前後と思われる少女にはちょうど良くこちらには少し低いので頭を下げて進む。
幸い、階段の先の通路となっている部分は果てしなく続いてるものではなく、踏みしめながら進んでいると邪魔をする扉もなくいきなり開けた。
空洞?…ではなく何かの内部だ。
光を当ててざわめきが起こる。
これは…。
石の壁面に文字のような記号のようなものが記されている。
「なんでしょうか、ここは」先ほどからずっと相手をしている谷崎という担当者が口を開いた。
「何だろうな。本物の遺跡なら相当古そうだが」
だが光は全く届かない。
何らかの構造物であろうと思われるが、あの何もない野原のどこに?
『ピラミッドの類とも違うな』
『ピラミッド?』
うっかり出た独り言に少女が反応した。
僕はピラミッドの内部に入ったことがある。
『大昔この辺りには水が流れていたんですって』
『へえ』
じゃあここは地下の建造物の何かになるのか。来た道は大した下りではなかったが。
『驚くかもしれないけど、あの小さな山に見えるものの中なんです』
『え?』
あの山が? じゃあ、古墳のようなものか?
長い歴史の中国においてはこのようなものを掘り当てるのは珍しくないことだろう。
だが、少なくとも自分が関わった事業では初めてだ。
ついてきた連中はどういう表情をしているだろう。
苦々しく思っているに違いない、予定される工程の追加とこのかび臭さに。
「古そうだな…」
それにしても気を引くのはこの文字のような記号のような羅列だ。
相当古いものに見えるが…。
「代表…。これ以上進むのは危険では」
確かに。この先は専門家の仕事だ。
『これで証明できたね。キミの言ってることは間違ってない』少女の訴えがやっと通ったのだ。
『本当? わかってくれればいいの。私たちの家がなくなってしまったらここは誰にも知られることなく埋もれてしまうでしょう? おじいちゃんはずっとそれを気にしていたのよ』
『そうだね。よくわかったよ』
この先どうなるかはっきり言えないが、この遺跡の存在は担当の政府機関に伝えねばならない。そして計画の変更はやむをえまい。
業者は面倒くさがるだろうが少し前の乱開発の時代のように乱暴に道をふさぐなんてことにはならない。
特に歴史的建物の多い福州は観光に力を入れており、このような文化遺産は観光資源となるからだ。
『ここ、どうなっちゃうの? 残せないの』
『そうだねえ、別の事業になるが、発掘するとなると通路は残すだろうな』
遺跡発掘が追加されることになりそうだ。
福州は人口800万強の中都市であり、日本の中都市とは比べものにならない規模を持つ。この訪問は、初期動向の確認と、久しぶりに水の都の風景を楽しむためでもあった。しかし、歓迎の言葉で迎えられたにもかかわらず、案内役の現場統括人の表情は険悪だった。
「何か、問題でも?」
余計なことは言わない方がいいかもしれないが、車で中心部より40㎞程ののどかな里に着くとすぐにそれが垣間見えた。
降りたとたん不穏な空気。中国語のやり取りが聞こえる。
「ああ…」土地の取得から地質調査を担当する開発公社の責任者が小さく嘆いた。
やり取りの相手は10代と思しき少女である。
「有重要人物来了,我请他听听他要说的话!」
「好吧,闭嘴,不要说任何不必要的话!」
相手をしているのはいい年をした小太りの中国人だ。
「何だろう」
「いえ、その…。立ち退きを拒否している住民です。体の調子が悪いとかで老人が引っ込んだと思っていたら、孫娘が出てきまして…」
「立ち退き? それは既に解決済みのはずでは」
「は、はあ…。それが、金銭の交渉に応じないんです」
「それは十分払っているつもりだが」
「ええ。それが…この先に遺跡があるとごねてまして」
「遺跡? 聞いてないぞ」
「はい。そうなのですが…」
困窮した様子にそれ以上の追及は止めた。
代わって少女に向かって、『还有废墟吗?』と訊いた。
『ええ、そうよ。あなたが偉い人? お願いだから聞いてください、このままじゃおじいちゃんに何といえばいいか』(以下訳)
福州の地元の少女に言葉が通じるかどうか不安だが意味は分かったようだ。
少女は続ける。
『是非、見てほしいの。私が生まれる前からあって、ずーーっと昔は隠れ家になっていたそうよ』
『それはどこにあるんだい』
『こっちよ。私の家の井戸の横が出入り口になってるの!』
現場の人間は12名…皆げんなりしている。
「…何もなさそうだが、地下にでもつながっているのか」
立札と看板の向こうは見渡す限りの野原ですぐ先にこんもりした山があるだけ。その向こうに木々が生い茂る尾根が連なる。
「代表…。まさかこの娘の言うことを鵜呑みにされるのですか?」
「お、お待ちください、危険です。せめてヘルメットを」
「彼女が何もつけてないのに必要ないだろう」と案内する気満々の少女をしめした。
「しかし! 何かあっては我々が叱られます」
誰が叱るんだ、父か。
交渉が滞っているのなら相手の話を聞けばいい。簡単な話だ。
『こっちよ』
粗末な家だが敷地は広く、少女の言う通り、裏の一部が低地になっていてそこに井戸と一辺の側面に古めかしい木のドアがついていた。高さは少女の背丈より少しだけ高く、ギギィという音とともに薄暗い回廊が日の下に現れた。
「つ、都筑様…」
「ついてこなくていいよ。僕は中を確かめたいだけだ」
「そう言うわけには…」
「灯りがあればありがたいが」
「は、はい」
かび臭い冷たい空気が流れてくる。
少女は元気よく、長い髪を揺らし、自分で持ってきた大きな懐中電灯で中を照らした。
『ついてきて』
結局後に続くらしい連中の照明が背後から照らす。
まず階段を下りていく。照らしてみると一応石で補強されている。
身長160センチ前後と思われる少女にはちょうど良くこちらには少し低いので頭を下げて進む。
幸い、階段の先の通路となっている部分は果てしなく続いてるものではなく、踏みしめながら進んでいると邪魔をする扉もなくいきなり開けた。
空洞?…ではなく何かの内部だ。
光を当ててざわめきが起こる。
これは…。
石の壁面に文字のような記号のようなものが記されている。
「なんでしょうか、ここは」先ほどからずっと相手をしている谷崎という担当者が口を開いた。
「何だろうな。本物の遺跡なら相当古そうだが」
だが光は全く届かない。
何らかの構造物であろうと思われるが、あの何もない野原のどこに?
『ピラミッドの類とも違うな』
『ピラミッド?』
うっかり出た独り言に少女が反応した。
僕はピラミッドの内部に入ったことがある。
『大昔この辺りには水が流れていたんですって』
『へえ』
じゃあここは地下の建造物の何かになるのか。来た道は大した下りではなかったが。
『驚くかもしれないけど、あの小さな山に見えるものの中なんです』
『え?』
あの山が? じゃあ、古墳のようなものか?
長い歴史の中国においてはこのようなものを掘り当てるのは珍しくないことだろう。
だが、少なくとも自分が関わった事業では初めてだ。
ついてきた連中はどういう表情をしているだろう。
苦々しく思っているに違いない、予定される工程の追加とこのかび臭さに。
「古そうだな…」
それにしても気を引くのはこの文字のような記号のような羅列だ。
相当古いものに見えるが…。
「代表…。これ以上進むのは危険では」
確かに。この先は専門家の仕事だ。
『これで証明できたね。キミの言ってることは間違ってない』少女の訴えがやっと通ったのだ。
『本当? わかってくれればいいの。私たちの家がなくなってしまったらここは誰にも知られることなく埋もれてしまうでしょう? おじいちゃんはずっとそれを気にしていたのよ』
『そうだね。よくわかったよ』
この先どうなるかはっきり言えないが、この遺跡の存在は担当の政府機関に伝えねばならない。そして計画の変更はやむをえまい。
業者は面倒くさがるだろうが少し前の乱開発の時代のように乱暴に道をふさぐなんてことにはならない。
特に歴史的建物の多い福州は観光に力を入れており、このような文化遺産は観光資源となるからだ。
『ここ、どうなっちゃうの? 残せないの』
『そうだねえ、別の事業になるが、発掘するとなると通路は残すだろうな』
遺跡発掘が追加されることになりそうだ。
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