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奥様 危機一髪
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ヘリコプターから降りて、芝生の上を歩くと、日差しは強く、じりじりと肌を刺した。
香港郊外の古城に住む父に彼女を会わせる日がきた。
古城は緑豊かな森に囲まれ、まるで時間が止まったかのような雰囲気を漂わせていた。石造りの壁と古びた門は、歴史の重みと共に、様々な物語を語りかける。
今日ばかりは、素直にその美しさを感じる。
「素敵ですね」と彼女は高揚した声で言い、肩をそろえて古城の門をくぐり前庭に足を踏み入れた。中は美しい庭園が広がっており、父親の城を目指し古い石畳の上を進んだ。
そして、大きな扉の前に父親が待っていた。穏やかな微笑みを浮かべて。
「お父さん、大事な話があって来ました」
意外にも、結婚のあいさつがすんなりと終わり、父から泊まっていくよう誘われた。申し出を受け入れ、昼食まで庭を散策することにした。
庭園は静寂と美しさに包まれていた。花や木々の間を抜けながら、新香港の遠景や少し離れれば深圳の都心を眺めることができる。盛夏の暑さだが、木々のおかげで気にならなかった。
「ひと安心ですね、智則様」牧は言った。
父の城での結婚のあいさつがあっけなく終わり、正直、拍子抜けした。田舎風コテージに泊まるよう勧められた。
「塔子さんはまだ庭を回ってるのだろうか」案内されたその広間で待っていたが、彼女は戻ってこない。建築士の彼女なら、建物を見て回ることに興味を示すのは容易に想像できるが。「お呼びしてきましょう」
「いらっしゃいませんね」
古城の庭園を一通り探し回っても、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。二人で彼女を探し始めた。
次第に心臓の鼓動が早くなる。どこに行ったか、何か起こったのか、つい悪い想像に傾いてしまう。
名前を呼んでみるが、彼女の返事はなく、ただの静寂が返って来るだけだった。
危険に巻き込まれているのではないか。
そろそろ父から呼び出しがきそうな頃合いだ。
彼は心の中で呟く。…まさか逃げられたのでは。元はと言えばプロポーズするも難色を示され、やっとここまでこぎつけたのだった、ここにきてやっぱり彼女は結婚したくないのだろうか。
幸福感に満ちていたのが嘘のように、ひゅんと足元をすくわれ落とされる、この恐怖とも絶望とも言い切れない気味の悪い感情は、なんと表現すればいいだろう。
なすすべもなく、ついに父に訊ねてみた。
「ああ、心配するな、こちらで預かっている」
父の返答に安堵の息が漏れた。部屋に足を踏み入れると、父は静かに手を差し伸べ、奥の暖炉の上にある巨大なモニターに視線を向けた。
モニターには、彼女がカプセルのような装置に収められている様子が映し出されていた。
「お父さん、これは……一体……」
カプセル……、突如、悪夢が蘇り、胸がざわめきはじめる。彼女の姿は顔だけしか映っておらず、その状況は、まさしく、あの時と同じだ。
何故彼女がそこに? まさか…?
「私も驚いたよ。外を見たら、犬が彼女に……その、じゃれていたんだ」
「犬?」
大きな黒い犬が彼の脳裏に浮かんだ。
父の飼っている大型のドーベルマンだ。
「そんなことをする子ではないんだがねえ、いきなり飛びつかれて、彼女もびっくりしたのだろう。気絶してしまったんだ」
「ええ?」あまりのことに叫んだあと絶句した。
もちろん牧も驚いた。
……い、いぬ? 襲われた?
…ってどういうこと。
香港郊外の古城に住む父に彼女を会わせる日がきた。
古城は緑豊かな森に囲まれ、まるで時間が止まったかのような雰囲気を漂わせていた。石造りの壁と古びた門は、歴史の重みと共に、様々な物語を語りかける。
今日ばかりは、素直にその美しさを感じる。
「素敵ですね」と彼女は高揚した声で言い、肩をそろえて古城の門をくぐり前庭に足を踏み入れた。中は美しい庭園が広がっており、父親の城を目指し古い石畳の上を進んだ。
そして、大きな扉の前に父親が待っていた。穏やかな微笑みを浮かべて。
「お父さん、大事な話があって来ました」
意外にも、結婚のあいさつがすんなりと終わり、父から泊まっていくよう誘われた。申し出を受け入れ、昼食まで庭を散策することにした。
庭園は静寂と美しさに包まれていた。花や木々の間を抜けながら、新香港の遠景や少し離れれば深圳の都心を眺めることができる。盛夏の暑さだが、木々のおかげで気にならなかった。
「ひと安心ですね、智則様」牧は言った。
父の城での結婚のあいさつがあっけなく終わり、正直、拍子抜けした。田舎風コテージに泊まるよう勧められた。
「塔子さんはまだ庭を回ってるのだろうか」案内されたその広間で待っていたが、彼女は戻ってこない。建築士の彼女なら、建物を見て回ることに興味を示すのは容易に想像できるが。「お呼びしてきましょう」
「いらっしゃいませんね」
古城の庭園を一通り探し回っても、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。二人で彼女を探し始めた。
次第に心臓の鼓動が早くなる。どこに行ったか、何か起こったのか、つい悪い想像に傾いてしまう。
名前を呼んでみるが、彼女の返事はなく、ただの静寂が返って来るだけだった。
危険に巻き込まれているのではないか。
そろそろ父から呼び出しがきそうな頃合いだ。
彼は心の中で呟く。…まさか逃げられたのでは。元はと言えばプロポーズするも難色を示され、やっとここまでこぎつけたのだった、ここにきてやっぱり彼女は結婚したくないのだろうか。
幸福感に満ちていたのが嘘のように、ひゅんと足元をすくわれ落とされる、この恐怖とも絶望とも言い切れない気味の悪い感情は、なんと表現すればいいだろう。
なすすべもなく、ついに父に訊ねてみた。
「ああ、心配するな、こちらで預かっている」
父の返答に安堵の息が漏れた。部屋に足を踏み入れると、父は静かに手を差し伸べ、奥の暖炉の上にある巨大なモニターに視線を向けた。
モニターには、彼女がカプセルのような装置に収められている様子が映し出されていた。
「お父さん、これは……一体……」
カプセル……、突如、悪夢が蘇り、胸がざわめきはじめる。彼女の姿は顔だけしか映っておらず、その状況は、まさしく、あの時と同じだ。
何故彼女がそこに? まさか…?
「私も驚いたよ。外を見たら、犬が彼女に……その、じゃれていたんだ」
「犬?」
大きな黒い犬が彼の脳裏に浮かんだ。
父の飼っている大型のドーベルマンだ。
「そんなことをする子ではないんだがねえ、いきなり飛びつかれて、彼女もびっくりしたのだろう。気絶してしまったんだ」
「ええ?」あまりのことに叫んだあと絶句した。
もちろん牧も驚いた。
……い、いぬ? 襲われた?
…ってどういうこと。
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