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ダスク・ブリガンド編
12 リュウとダスク
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sideノア=オーガスト
オレとシンは部屋へと戻り、すぐに布団へと入った。布団についた血をどうしようかと悩みはしたが、とりあえずは押し入れ内にあった別の布団と入れ替えることで隠すことにした。オレは水系統の氣術は使えないために、血痕を洗浄することはできなかったからだ。
そして朝を迎えた。
「んー、よく寝たー。……おはよー」
背筋を伸ばしながら周囲を見渡してみると、リュウ以外の全員が起きている様子だった。
「……おう。おはよう、ノア」
……ん?なんか秀の様子がいつもと違うような……?
てか、この時間に湊が部屋にいるなんて珍しいな。いつもなら朝風呂の時間でいないはずなのに……。
「起きて早々わりぃが、ノア。お前昨日何があった?」
げっ。なんでバレてんだ?!あんなに起こさないように気をつけて動いてたのに……。
「な、な、なんのことかなー?」
オレはうわずった声で答えた。しかも思わず目を逸らしてしまった。
「はぐらかすな。昨日お前ら二人が部屋から出たことは俺も湊も知っていた。とりあえずは朝起きたら何があったかを軽く聞こうと思ってはいたが……これを見つけた瞬間、俺も湊も血の気が引いた」
秀は押し入れをドンっと勢いよく開けた。そこには血の跡がついた布団がしまわれていた。
……しまった。起こさないようにって気を遣いすぎて血の跡を内側にするの忘れてた。
「えーっと、その……」
「シンに聞こうとしたら、『兄さんから口止めされたから無理だ』とか吐かしやがる。ならもう直接本人に聞くしかないだろ?」
「俺も秀も怒っている。それはわかるな、ノア?」
オレは秀と湊両方に問い詰められてしまった。
これはもう観念するしかないよな……はぁ……。
唯一幸いなことは、リュウがまだ寝ていてくれていることだな。
「わかった、話す、話すよ……」
オレはあの時のことをもれなく話した。二人にごまかしなど通用するわけないし、どうせ知られるのなら、正確に伝えておきたい。オレの意思も含めて、な。
「……なるほどなぁ。神仙族でも耐えられない力、か……。マーダーブラッドとやらは存外侮れねぇみてぇだな」
「このことをリュウに伝える気はないんだな?」
湊は真っ直ぐにオレを見て問いかける。
「ああ、ないよ。少なくとも今は。仮に今伝えでもしたら、間違いなくリュウの心の安寧は崩れる。オレはそんなことしたくはない」
湊はオレの言葉を噛み締めるかのように目を瞑り、了承の意を示した。
「……了解だ」
「まあなんだ、昨夜のことを聞けたのは良かったが、ひとつだけいいか?」
なんだかイヤーな予感がするんだけど……。
「……な、何?」
「自分でどうにかする前に……まずは俺たちを頼れ!……いいな?」
秀は朝から少々大きな声でオレを叱った。
「は、はい……」
オレは反省してますと言わんばかりの態度で返事を返した。そしてそのすぐ後に、オレの後方から小さな声が聞こえてきた。
「ん……」
あー、リュウ起きちゃったかな……。
リュウの布団はもぞもぞと動き始めている。これは完全に起こしてしまったみたいだ。
「おはよう、リュウ」
身体を起こして目を擦るリュウ。
まだ眠いのかな?
「お、おはよ……」
「眠いならまだ寝ててもいいんだぞ?」
「…………起きる……」
眠いよーと言いたそうな表情で返答するリュウ。
にしても、朝からかわいいやつだなー。癒されるわー。
「そっか。なら布団片付けて朝食にしようか」
「あのさー、さっき秀が大声出してたみたいだけど、何かあったのー?」
朝食を終えてすぐにオレは宿を出た。理由は行きつけの武器屋に頼んでおいた剣を取りに行くためだ。なんでも今日は午前中から別の街に行かなければならないらしく、朝取りに来てほしいと言われてしまった。
そして宿を出る時、カズハとバッタリ出会した。カズハにどこへ行くのかと聞かれたため、武器を取りに行くことを話すと、「暇だから私もついてくー」と言ってきたのだ。
現在オレとカズハは武器屋へ向かう道中なわけだが、カズハからまさかの質問が飛んできたのだ。
「え?!あー……」
……どうする?本当のことを言うべきなのか、それともでっちあげた方がいいのか……。
落ち着け。まずは考えよう。
まず嘘偽りなく話した場合。この場合は間違いなく心配される。オレとしてはこれは不本意なことだ。加えてエルにも伝わってしまうはずだ。
「……おーい、ノア?」
次は嘘で塗り固めた話をする場合。この場合は、のちにバレた時のリスクがあり、一時凌ぎにしかならない可能性が高い。オレは顔に出やすいらしいからなー。それに仲間に対してテキトーなこと言うのも憚られるし……。
「もしもーし、ノアー?聞いてるー?」
……待てよ。事実と虚言を混ぜるのはどうだ?
あー、でも今すぐにそんな話作れないな。それにもし見破られたら説明が大変だ。
ここはやっぱり……。
「ノア!」
「うわっ!」
オレは突然右耳を貫いた大声に驚き、耳を塞いだ。
「やーっとこっち向いたー。……もしかしてなんか聴いちゃまずいことだった?」
やばい。カズハに気を使わせてる。
「いや、大丈夫、大丈夫。ちょっと難しく考えすぎただけだから」
やっぱ本当のことを言うのがいいよな。ここはオレの気持ちより仲間の気持ちを優先しよう。
「実はさ……」
オレは三人に問い詰められた時と同じ話をカズハにも伝えた。カズハは「大丈夫なの?!」と、案の定かなり心配してくれた。
「昨日はリュウに全然会わせらんなかったけど、今日からは大丈夫だから。仲良くしてやってくれ」
「もちろんだよー。昨日からずっと早く話したいなーって思ってたからさー!」
「戻ったぞー。……お。えらいな、リュウ」
オレは武器屋の店主から剣を受け取り、カズハとともに宿へと戻った。部屋へ入ると昨日と同様に自分の氣を制御する訓練を自主的に行なっているリュウの姿が目に入った。まだ訓練開始から二日目だというのに、オレなしでも安定して眼の力を抑えられるようになっている。
マジですごいよなー。
「……」
リュウは集中しているのか、返事をすることはなかった。
「朝食を食べた後からやってるみてぇだぞ」
「ん?みたいって……秀は部屋にいなかったのか?」
てっきりオレだけが部屋から出たもんだと。
「さっきエルに呼ばれてな。……ま、なんで呼ばれたかはなんとなくわかんだろ?」
「まあ……」
カズハと同じ感じか。やっぱ気になるよな。
オレ的にはそんなたいした話じゃないんだけどな。
「……ノア……」
名前を呼ばれ振り向くと、オレを見つめる灰色の眼差しがあった。
「リュウ。朝から頑張って偉いなー」
オレはリュウに近づき、少し寝癖のついた頭を撫でた。昨日とは異なり、リュウはビクつくことなく受け入れてくれている。恥ずかしがっているとことか嬉しそうなとことかは変わってないけど。
「あ、そうだ。リュウの眼の暴走も抑えられてることだし、あれをーーー」
「そのことなら問題ねぇぞ。さっきリュウに確認したからな」
「マジで?」
「ああ。即オッケー出たな」
それなら話が早いじゃん。とっととダスクぶっ潰して、リュウを自由の身にしよう!
「なら早速やろう!リュウもそれでいい?」
「うん……」
愛らしい存在がコクリと小さく頷く。
「そんじゃ頼んだぞ、秀」
「おう。……我が呼びかけに答えよ。式神招来!」
秀が紙人形を床へと投げる。それに並行していつもの言葉も紡ぐ。
そうして現れたのは、薄紫色をした獣型の式神である律だった。律は獏と呼ばれる個体で、記憶や夢に干渉することができる。
戦闘向きではないが、かなり特殊な氣術を使える。これは使いようによっては、かなり危険な代物だ。
「あら~。久々に私のこと呼んでくれたのね~、秀。嬉しいわ~」
「久しぶりだな、律。呼び出して早々わりぃが、あいつの記憶に干渉してくれるか?」
「あの可愛い子ね~。分かったわ~」
律はふわふわと空中を移動してリュウに近づいていく。それをただ見ていたリュウに驚いた素振りは見られない。
初見だったら律のことを魔物と勘違いしてもおかしくはないはずだけど……秀が危害を加えるような奴じゃないって分かってくれているのかな。
「ちょっと頭を拝借するわよ~」
「う、うん……」
律はリュウの頭の上にちょこんと身体を乗せた。イメージとしては頭に帽子をかぶってる感じかな。
まあその例えだと、ちょっとどころかかなり変な帽子だけど……。
一方で秀は、赤色の石がはめ込まれた指輪型のエスパシオから八咫鏡を取り出していた。オレの隣にはシンが座っており、湊は隣の部屋であの話をしてるっぽかった。さっき律の能力を使うことを伝えに行ったら、エルの不満そうな視線がオレに来てたからな……。
「ふんふん。なるほど~。終わったわよ~」
「おつかれー、律、リュウ」
「……もう、終わり……?」
首をコテッと傾けて可愛く聞いてくるリュウ。
この天使はオレを殺す気かな?
「……そ、そうそう、終わり終わり」
「やっほー。順調に進んでるー?」
「お、お邪魔します」
障子を開けてやってきたのは、カズハとエルだった。続いて湊も姿を現し障子を閉める。
「まあなー。ちょうど今半分終わった感じかな」
あとは律が干渉して手に入れた記憶をオレたちが共有するだけだ。
「律。これに触れてくれ」
「分かってるわ~」
律は秀が差した鏡へと飛んでいき、ペタッと手を添えた。すると鏡から空中へと光が放たれ、ある映像が流された。
これは律がリュウから読み取った記憶だ。
「おい。次はこのリストに載ってるやつを殺してこい。できなきゃどうなんのかはわかってるよな?」
「なんで殺り残して戻ってきてんだ?!ああ?!!」
「てめぇは所詮罪人なんだよぉ。なあ、わかるか?俺様たち人間様に逆らってんじゃねぇぞ、この化け物が!!」
筋肉が強調された両腕に蛇のようなタトゥーを入れた大男が、リュウへの罵倒と暴行を繰り返す。映像の中のリュウは声を押し殺しながら必死に耐えていた。
「なんだよ、これ……」
思わず本音が漏れる。
会った時から全身ボロボロだった。だからなんとなく、家庭環境が悪いんだろうなと予想していた。
だが現実はそんな生優しい想像で片付けられるものなどでは決してなかった。
「ひどいっ……!」
エルが口元を押さえてその痛ましい姿に哀れんだ。
「これは……ちょっと想定外、だったね……」
カズハもいつもの明るさなど微塵もなく、終始暗い面持ちで映像に釘付けになっていた。
……っ!
リュウ自身にこんなもの見せるのはーーー
オレは映像から目を離し、リュウを見た。だがリュウはオレの予想とは裏腹に、ただただ真っ直ぐに己の姿を見つめていた。
泣いたり、絶望したり、目を逸らしたりすることなく、真っ直ぐに……。
……強いな、リュウは。
「んんっ。まず整理するぞ。この映像を見る限りでは、ここは廃屋のようだな。全体的に壊れかけている部分が多い」
秀は冷静に映像を分析し始めた。
「加えて、さっきから映ってる筋肉ダルマがおそらくダスクのリーダーだろうなぁ」
それはオレも思った。しかもあの男、きっとリュウに罪人とか化け物とか散々言いやがった元凶に違いない。
……虫唾が走る。
「ノア……?」
「あ、ごめんリュウ。なんでもないから」
まだ縁つながってんだった……ほんとごめん、リュウ。
「リュウ。この男がダスクのリーダーで間違いないか?」
「うん……ゴードン、って名前……」
ゴードン……こいつがリュウを苦しめた元凶か……必ず叩きのめす……!
「この場所がアジトで合ってるか?」
「うん……周りみんな、ボロボロ……なんにも、ない、よ……」
湊の立て続けの質問にリュウはしっかり答えてくれた。
しかし、この解答から察するに周りが廃れてる場所にこの廃屋があるってことだけど……オレはこの世界に来てからほとんどアクロポリスにいるから、他の場所はまだわからないんだよな。
「そこってもしかして……『無法地帯アンダーグラウンド』なんじゃない?」
ん?無法地帯アンダーグラウンド?
なんか前にもその単語聞いたような……。
「カズハの言う通りかもしれないです。あそこはとても人が住めるような場所じゃないって、母から聞いたことがありますから」
「それって、魔物が蔓延ってて危険とかそういう理由?」
「いや違うよー、ノア。むしろ魔物はほとんどいないはずだからー」
ほほー。魔物じゃないのか。
「なら作物が育たないとかか?」
「んーとねー、元々そこは『神秘国ミステーロ』って名前の小国で、世界中のどんな場所よりも自然豊かで、美しく幻想的な国だったんだってさー」
へー。つまり今とは正反対ってことか。
「だけど百年前、大帝国グランドベゼルと軍事国家ファランクスとの間で大規模な戦争が勃発しちゃってねー……その戦乱に巻き込まれて、ミステーロは壊滅。ミステーロに突然ファランクスの軍団が一斉に押しかけて、ミステーロは一瞬にして激しい戦場と化したって話らしいよー。その結果、美しかった自然は跡形もなくなり、残ったのは戦乱によって形成された荒野のみになったんだってー」
あ、そうだ、思い出した。前に依頼でゾンビウルフを討伐した時に、無法地帯アンダーグラウンドやミステーロって名前を聞いたんだった。
「それを境にして、そこは神秘国ミステーロではなく無法地帯アンダーグラウンドという名称で広まったらしいです」
カズハとエルの説明からすると、リュウの言った場所とかなり合ってはいそうだな。まあ、どの国にも廃れた村とかはあるかもしれないから、断定はできないけど……。
「ふぅ~……もう、限界だわ~」
律は鏡から手を離し、そのままパタっと倒れてしまった。すると、鏡から出ていた光は消え、映像も見れなくなってしまった。
「お疲れ、律。ありがとな。ゆっくり休んでくれ」
秀がそう告げると律は、「また私の力が必要な時は、いつでも呼んでちょうだいね」と言い残し、パッと消えてしまった。
「あっ、あの教会って……」
エルは映像が途切れる寸前に映っていた何かに覚えがあるらしく、ボソッともらした。
「ん?何か気になるもんでもあったか?」
「えと、勘違いかもしれないんですけど、さっき映った教会って確かミステーロでかつて使われていた特別な施設だったと思います。以前母の病気を治せる薬がないかと、帝立図書館で本を読み漁っていた時に見たんです。かつてミステーロには、祈りを捧げることでどんな病気や怪我も治すことのできる、不思議な教会が存在していたって」
それが本当ならすごいな。まさに神秘だ。
「かなり劣化していて、本に載ってたものとはだいぶ印象が変わってしまってはいたのですが、おそらくは……」
その教会があるならもう確定だろ。エルが見間違いとかしなさそうだし。
「乗った!」
「え……?」
突然声を上げたオレに、エルは戸惑っていた。
「オレはエルのことを信じて、無法地帯アンダーグラウンドに行く方針に乗ったってことさ」
「私もそれでいいと思うよー。ほかに思い当たる場所もないしねー」
カズハもオレに同調し、他の面々の様子も見てみたが、特に反対意見はなさそうだった。だが、シンからナイスな問いがリュウへとなされた。
「リュウの体感でいい。アジトからここまでどのくらいかかった?」
おおっ。いい質問じゃん。それならかかった日数からどのくらい離れてるかが大体わかる。
「えと……十日、くらい……?」
十日か……確かラドンが住む山まではここから馬車で一週間くらいだったはずだから、そこよりもさらに遠い場所か。
……かなり離れてるな。
「それは馬車で移動した感じか?」
「うん……」
「てことなら、少なくともグランドベゼル国内じゃないと思うよー。確実に別の国だねー」
「別の国となると、もしかして軍事国家ファランクスも該当してしまうのでしょうか……」
エルは少し不安そうに呟いた。
「何かまずいのか?」
「あの国は非人道的な国として有名なんです。外部の人間が入国することも滅多になく、みんな行きたがらない場所で……」
うーん、かなり危険な国なんだな。誰も寄り付かないって相当だぞ、それ。
「可能性はあるかもしれないが、それは最も優先すべき場所ではないだろう。あくまでもアンダーグラウンドが第一優先目的地だ」
湊の指摘には確かに得心がいく。ミステーロにしかない特別な教会が映像にあったのだから、十分に行く価値があるはずだ。
「それに、十日ならアンダーグラウンドはちょうどいい距離にあると思うねー。ほぼ間違いないんじゃない?」
お、マジか。ならもう迷う必要ないな。
「よし!目的地はアンダーグラウンドってことで決まりだな」
この有意義すぎた話し合いの後、オレたちはダスクに対抗するための準備を各々整えることになった。オレは剣も新調したし、ほかに何かしなきゃならないことはなかったんだけど……ふと思ってしまった。
どうやって行こう、と。
また前みたいにシンの術を使えば簡単だろうけど、今回はそこまで急ぎってわけじゃないし、なんか仲間を荷物みたいに扱う感じがしてあまり気は進まない。
ここはやっぱり、馬車で乗せてってもらうのが一番だよなー……。
「なあシン。馬車ってどうやって乗れるか知ってるか?」
オレは隣を歩く弟に相談することにした。
「よく商団が使っているところを見かける。商団に行けばいい」
おおー。オレは全く思いつかなかった。流石シン!
「それだ!」
「え?アンダーグラウンドまで?あんな何もないとこに商団が行くわけないだろ?頭使えよな」
「アンダーグラウンドですか……申し訳ありません。あそこでの取引はありませんので、お乗せすることはできません」
「あ?何言ってんだガキが。うちはガキの送迎屋じゃねぇんだよ。とっととうせな」
「はーっはっはー。あんたら正気かい?あそこに行ってもなーんもないぜー。面白いガキンチョどもだなー。はーっはっはー」
とまあ、こんな具合に見事に玉砕してしまった。シンが何度も怒り心頭に陥ったことは言わずもがなだった。
そしていつのまにか夕暮れが迫ってきてしまった。
「はぁー。ダメダメだったなー」
これじゃあ結局、シンの術を使うことになるかもなー。
トボトボと悲しく歩いていると、一台の馬車がEDENの前に止まっていることに気づいた。馬車には二体のイルカをモチーフにしたであろう絵柄が描かれていた。それも向かい合わせになって、青いハートを互いにもっている。
「あの紋章は確か、エリック商団のものだな」
シンは物知りだなー。あの紋章だけで商団名当てちまうんだもんなー。
……オレ、一個も商団の名前知らないんだが?
「EDENに何か用事かなー?」
んー、ちょっと気になるし、最後にEDENに顔出してみるかー。
オレたちは例の馬車を横目にEDEN内部へと入っていった。
「アリアさん」
「あら?ノアさんにシンさん。今日はお二人だけなんですね」
「まあなー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
ダメもとでEDENに馬車の手配頼んでみようかな。EDENにも馬車が来るってことは何らかのつながりは持ってそうだし、ワンチャンはあるはず……。
「はい、何でしょう」
「オレたちアンダーグラウンドまで行きたいんだけど、そこまでの馬車の手配ってEDENでできたりする?」
「ふぇ?!ノアさん、アンダーグラウンドに行きたいんですか?」
……これまで何度も頼んできたからこの反応には慣れたけど、商団員以外の人でもこうなのかー。
アンダーグラウンドが人が住めるような場所じゃないっていう、エルのお母さんの話は間違いじゃなかったわけだ。
「えっとまあ、そうなんだけど……」
「……なるほど……一応馬車の手配は可能です。基本的にはどの場所でも対応してはいるんですけど……アンダーグラウンドは……どうなんでしょう……?了承してくれるところ、あるかなー……」
アリアさんは困った様子で呟いた。
「これは確認するしかないですね……少々お待ちください」
なんか毎回アリアさんに頼み事して困らせてる気がする。そんで決まって出てくるのは……。
「はぁぁー。アリア。なぜいつも僕を呼ぶんだ?ゼファーがいるだろう?ゼファーが」
「ゼファーにはこれ以上負担かけたくないのでダメです」
「……僕はいいのか」
「ミクリヤさんはうちのパーティのリーダーですので、いくらでも頼っていいというのが私の認識です」
「なぜそうなるんだ……はぁ」
多忙なミクリヤさんに頼むのって気が引けるんだけど……しょうがないよな、うん。
「ごめん、ミクリヤさん。忙しいのに」
「いや、気にしないでくれ。困った冒険者を手助けするのもギルド職員の務めだからな」
おー……やっぱりしっかりしてるなー、ミクリヤさん。
いつか働きすぎで身体壊しそうではあるけど。
「それで、相談というのは馬車のことで合ってるよな?」
「そうなんだ。オレたちどうしてもアンダーグラウンドに行きたくてさ」
「なるほど。事情は分かった。おそらく何とかなるはずだ。少し時間をくれ」
そう言うとミクリヤさんは裏の扉奥へと入って行ってしまった。
「たぶん十分くらいかかると思いますので、フリースペースでお待ちください」
「なんとかなりそうだなー」
「だな」
オレとシンはフリースペースのテーブルに向かい合う形でお互いに座っている。
「EDENってやっぱすごいよなー。SBの性能にギルドカードの仕様だろ?それに加えて今回の対応……技術もだけど冒険者への待遇がめちゃくちゃいいのはかなりの利点だよなー」
オレはテーブルに肘をつき、その掌に顔を置いた。
「職員に恵まれたのかもしれない」
「確かに。それも大きそう」
ミクリヤさんを始め、ゼファーさんやアリアさん、もちろんグレンギルド長も。少なくとも今まで話したギルド職員の面々に関しては、マジで人柄いい。いい人ばっかでほんと助かるよなー。
「ちょっとー。早く荷物運んでよねー。なんで女のあたいの方があんたより早く運べてんのよー」
「はぁはぁ……俺は体力ねぇんだよ。つか、男とか女とか関係ねぇだろ」
「さっすが根暗くんねー」
「チッ。根暗じゃねぇって言ってんだろ?!」
ミクリヤさんを待つ間にシンと雑談をしていると、近くから何やら揉める声が聞こえてきた。
「あーはいはい。分かったわよー。いいから早く運んでよねー」
女の方は手を振りながら外へつながる扉へと向かっていった。
「ったく、お前が話振ったんだろうが」
それに対し男は「にしてもおっもいなー、これ……落としてもいいか……?」などとぼやきながらも、ゆっくりとその大きな荷物を運んでいた。
「なんか大変そうだなー。あの人たちってさっきの馬車の所有者かな?」
「胸にさっきみたのと同じ紋章のバッジがついている。間違いないはずだ」
……たしかに。チラッとだけど、男の胸元にあの金の縁取りがされたイルカの紋章が見えた。
「……待たせたな」
そうこうしているうちに、アリアさんの言った通り、十分経ったか経ってないかぐらいでミクリヤさんが戻ってきた。
「グレンに確認したところ、あてはあると言っていた。明日の朝にアクロポリスの正門に行けばわかる、だそうだ」
そんな早く手配できるのか?!もう有能すぎて逆に怖いな、EDEN。
「そっか。ありがとう、ミクリヤさん」
オレとシンは部屋へと戻り、すぐに布団へと入った。布団についた血をどうしようかと悩みはしたが、とりあえずは押し入れ内にあった別の布団と入れ替えることで隠すことにした。オレは水系統の氣術は使えないために、血痕を洗浄することはできなかったからだ。
そして朝を迎えた。
「んー、よく寝たー。……おはよー」
背筋を伸ばしながら周囲を見渡してみると、リュウ以外の全員が起きている様子だった。
「……おう。おはよう、ノア」
……ん?なんか秀の様子がいつもと違うような……?
てか、この時間に湊が部屋にいるなんて珍しいな。いつもなら朝風呂の時間でいないはずなのに……。
「起きて早々わりぃが、ノア。お前昨日何があった?」
げっ。なんでバレてんだ?!あんなに起こさないように気をつけて動いてたのに……。
「な、な、なんのことかなー?」
オレはうわずった声で答えた。しかも思わず目を逸らしてしまった。
「はぐらかすな。昨日お前ら二人が部屋から出たことは俺も湊も知っていた。とりあえずは朝起きたら何があったかを軽く聞こうと思ってはいたが……これを見つけた瞬間、俺も湊も血の気が引いた」
秀は押し入れをドンっと勢いよく開けた。そこには血の跡がついた布団がしまわれていた。
……しまった。起こさないようにって気を遣いすぎて血の跡を内側にするの忘れてた。
「えーっと、その……」
「シンに聞こうとしたら、『兄さんから口止めされたから無理だ』とか吐かしやがる。ならもう直接本人に聞くしかないだろ?」
「俺も秀も怒っている。それはわかるな、ノア?」
オレは秀と湊両方に問い詰められてしまった。
これはもう観念するしかないよな……はぁ……。
唯一幸いなことは、リュウがまだ寝ていてくれていることだな。
「わかった、話す、話すよ……」
オレはあの時のことをもれなく話した。二人にごまかしなど通用するわけないし、どうせ知られるのなら、正確に伝えておきたい。オレの意思も含めて、な。
「……なるほどなぁ。神仙族でも耐えられない力、か……。マーダーブラッドとやらは存外侮れねぇみてぇだな」
「このことをリュウに伝える気はないんだな?」
湊は真っ直ぐにオレを見て問いかける。
「ああ、ないよ。少なくとも今は。仮に今伝えでもしたら、間違いなくリュウの心の安寧は崩れる。オレはそんなことしたくはない」
湊はオレの言葉を噛み締めるかのように目を瞑り、了承の意を示した。
「……了解だ」
「まあなんだ、昨夜のことを聞けたのは良かったが、ひとつだけいいか?」
なんだかイヤーな予感がするんだけど……。
「……な、何?」
「自分でどうにかする前に……まずは俺たちを頼れ!……いいな?」
秀は朝から少々大きな声でオレを叱った。
「は、はい……」
オレは反省してますと言わんばかりの態度で返事を返した。そしてそのすぐ後に、オレの後方から小さな声が聞こえてきた。
「ん……」
あー、リュウ起きちゃったかな……。
リュウの布団はもぞもぞと動き始めている。これは完全に起こしてしまったみたいだ。
「おはよう、リュウ」
身体を起こして目を擦るリュウ。
まだ眠いのかな?
「お、おはよ……」
「眠いならまだ寝ててもいいんだぞ?」
「…………起きる……」
眠いよーと言いたそうな表情で返答するリュウ。
にしても、朝からかわいいやつだなー。癒されるわー。
「そっか。なら布団片付けて朝食にしようか」
「あのさー、さっき秀が大声出してたみたいだけど、何かあったのー?」
朝食を終えてすぐにオレは宿を出た。理由は行きつけの武器屋に頼んでおいた剣を取りに行くためだ。なんでも今日は午前中から別の街に行かなければならないらしく、朝取りに来てほしいと言われてしまった。
そして宿を出る時、カズハとバッタリ出会した。カズハにどこへ行くのかと聞かれたため、武器を取りに行くことを話すと、「暇だから私もついてくー」と言ってきたのだ。
現在オレとカズハは武器屋へ向かう道中なわけだが、カズハからまさかの質問が飛んできたのだ。
「え?!あー……」
……どうする?本当のことを言うべきなのか、それともでっちあげた方がいいのか……。
落ち着け。まずは考えよう。
まず嘘偽りなく話した場合。この場合は間違いなく心配される。オレとしてはこれは不本意なことだ。加えてエルにも伝わってしまうはずだ。
「……おーい、ノア?」
次は嘘で塗り固めた話をする場合。この場合は、のちにバレた時のリスクがあり、一時凌ぎにしかならない可能性が高い。オレは顔に出やすいらしいからなー。それに仲間に対してテキトーなこと言うのも憚られるし……。
「もしもーし、ノアー?聞いてるー?」
……待てよ。事実と虚言を混ぜるのはどうだ?
あー、でも今すぐにそんな話作れないな。それにもし見破られたら説明が大変だ。
ここはやっぱり……。
「ノア!」
「うわっ!」
オレは突然右耳を貫いた大声に驚き、耳を塞いだ。
「やーっとこっち向いたー。……もしかしてなんか聴いちゃまずいことだった?」
やばい。カズハに気を使わせてる。
「いや、大丈夫、大丈夫。ちょっと難しく考えすぎただけだから」
やっぱ本当のことを言うのがいいよな。ここはオレの気持ちより仲間の気持ちを優先しよう。
「実はさ……」
オレは三人に問い詰められた時と同じ話をカズハにも伝えた。カズハは「大丈夫なの?!」と、案の定かなり心配してくれた。
「昨日はリュウに全然会わせらんなかったけど、今日からは大丈夫だから。仲良くしてやってくれ」
「もちろんだよー。昨日からずっと早く話したいなーって思ってたからさー!」
「戻ったぞー。……お。えらいな、リュウ」
オレは武器屋の店主から剣を受け取り、カズハとともに宿へと戻った。部屋へ入ると昨日と同様に自分の氣を制御する訓練を自主的に行なっているリュウの姿が目に入った。まだ訓練開始から二日目だというのに、オレなしでも安定して眼の力を抑えられるようになっている。
マジですごいよなー。
「……」
リュウは集中しているのか、返事をすることはなかった。
「朝食を食べた後からやってるみてぇだぞ」
「ん?みたいって……秀は部屋にいなかったのか?」
てっきりオレだけが部屋から出たもんだと。
「さっきエルに呼ばれてな。……ま、なんで呼ばれたかはなんとなくわかんだろ?」
「まあ……」
カズハと同じ感じか。やっぱ気になるよな。
オレ的にはそんなたいした話じゃないんだけどな。
「……ノア……」
名前を呼ばれ振り向くと、オレを見つめる灰色の眼差しがあった。
「リュウ。朝から頑張って偉いなー」
オレはリュウに近づき、少し寝癖のついた頭を撫でた。昨日とは異なり、リュウはビクつくことなく受け入れてくれている。恥ずかしがっているとことか嬉しそうなとことかは変わってないけど。
「あ、そうだ。リュウの眼の暴走も抑えられてることだし、あれをーーー」
「そのことなら問題ねぇぞ。さっきリュウに確認したからな」
「マジで?」
「ああ。即オッケー出たな」
それなら話が早いじゃん。とっととダスクぶっ潰して、リュウを自由の身にしよう!
「なら早速やろう!リュウもそれでいい?」
「うん……」
愛らしい存在がコクリと小さく頷く。
「そんじゃ頼んだぞ、秀」
「おう。……我が呼びかけに答えよ。式神招来!」
秀が紙人形を床へと投げる。それに並行していつもの言葉も紡ぐ。
そうして現れたのは、薄紫色をした獣型の式神である律だった。律は獏と呼ばれる個体で、記憶や夢に干渉することができる。
戦闘向きではないが、かなり特殊な氣術を使える。これは使いようによっては、かなり危険な代物だ。
「あら~。久々に私のこと呼んでくれたのね~、秀。嬉しいわ~」
「久しぶりだな、律。呼び出して早々わりぃが、あいつの記憶に干渉してくれるか?」
「あの可愛い子ね~。分かったわ~」
律はふわふわと空中を移動してリュウに近づいていく。それをただ見ていたリュウに驚いた素振りは見られない。
初見だったら律のことを魔物と勘違いしてもおかしくはないはずだけど……秀が危害を加えるような奴じゃないって分かってくれているのかな。
「ちょっと頭を拝借するわよ~」
「う、うん……」
律はリュウの頭の上にちょこんと身体を乗せた。イメージとしては頭に帽子をかぶってる感じかな。
まあその例えだと、ちょっとどころかかなり変な帽子だけど……。
一方で秀は、赤色の石がはめ込まれた指輪型のエスパシオから八咫鏡を取り出していた。オレの隣にはシンが座っており、湊は隣の部屋であの話をしてるっぽかった。さっき律の能力を使うことを伝えに行ったら、エルの不満そうな視線がオレに来てたからな……。
「ふんふん。なるほど~。終わったわよ~」
「おつかれー、律、リュウ」
「……もう、終わり……?」
首をコテッと傾けて可愛く聞いてくるリュウ。
この天使はオレを殺す気かな?
「……そ、そうそう、終わり終わり」
「やっほー。順調に進んでるー?」
「お、お邪魔します」
障子を開けてやってきたのは、カズハとエルだった。続いて湊も姿を現し障子を閉める。
「まあなー。ちょうど今半分終わった感じかな」
あとは律が干渉して手に入れた記憶をオレたちが共有するだけだ。
「律。これに触れてくれ」
「分かってるわ~」
律は秀が差した鏡へと飛んでいき、ペタッと手を添えた。すると鏡から空中へと光が放たれ、ある映像が流された。
これは律がリュウから読み取った記憶だ。
「おい。次はこのリストに載ってるやつを殺してこい。できなきゃどうなんのかはわかってるよな?」
「なんで殺り残して戻ってきてんだ?!ああ?!!」
「てめぇは所詮罪人なんだよぉ。なあ、わかるか?俺様たち人間様に逆らってんじゃねぇぞ、この化け物が!!」
筋肉が強調された両腕に蛇のようなタトゥーを入れた大男が、リュウへの罵倒と暴行を繰り返す。映像の中のリュウは声を押し殺しながら必死に耐えていた。
「なんだよ、これ……」
思わず本音が漏れる。
会った時から全身ボロボロだった。だからなんとなく、家庭環境が悪いんだろうなと予想していた。
だが現実はそんな生優しい想像で片付けられるものなどでは決してなかった。
「ひどいっ……!」
エルが口元を押さえてその痛ましい姿に哀れんだ。
「これは……ちょっと想定外、だったね……」
カズハもいつもの明るさなど微塵もなく、終始暗い面持ちで映像に釘付けになっていた。
……っ!
リュウ自身にこんなもの見せるのはーーー
オレは映像から目を離し、リュウを見た。だがリュウはオレの予想とは裏腹に、ただただ真っ直ぐに己の姿を見つめていた。
泣いたり、絶望したり、目を逸らしたりすることなく、真っ直ぐに……。
……強いな、リュウは。
「んんっ。まず整理するぞ。この映像を見る限りでは、ここは廃屋のようだな。全体的に壊れかけている部分が多い」
秀は冷静に映像を分析し始めた。
「加えて、さっきから映ってる筋肉ダルマがおそらくダスクのリーダーだろうなぁ」
それはオレも思った。しかもあの男、きっとリュウに罪人とか化け物とか散々言いやがった元凶に違いない。
……虫唾が走る。
「ノア……?」
「あ、ごめんリュウ。なんでもないから」
まだ縁つながってんだった……ほんとごめん、リュウ。
「リュウ。この男がダスクのリーダーで間違いないか?」
「うん……ゴードン、って名前……」
ゴードン……こいつがリュウを苦しめた元凶か……必ず叩きのめす……!
「この場所がアジトで合ってるか?」
「うん……周りみんな、ボロボロ……なんにも、ない、よ……」
湊の立て続けの質問にリュウはしっかり答えてくれた。
しかし、この解答から察するに周りが廃れてる場所にこの廃屋があるってことだけど……オレはこの世界に来てからほとんどアクロポリスにいるから、他の場所はまだわからないんだよな。
「そこってもしかして……『無法地帯アンダーグラウンド』なんじゃない?」
ん?無法地帯アンダーグラウンド?
なんか前にもその単語聞いたような……。
「カズハの言う通りかもしれないです。あそこはとても人が住めるような場所じゃないって、母から聞いたことがありますから」
「それって、魔物が蔓延ってて危険とかそういう理由?」
「いや違うよー、ノア。むしろ魔物はほとんどいないはずだからー」
ほほー。魔物じゃないのか。
「なら作物が育たないとかか?」
「んーとねー、元々そこは『神秘国ミステーロ』って名前の小国で、世界中のどんな場所よりも自然豊かで、美しく幻想的な国だったんだってさー」
へー。つまり今とは正反対ってことか。
「だけど百年前、大帝国グランドベゼルと軍事国家ファランクスとの間で大規模な戦争が勃発しちゃってねー……その戦乱に巻き込まれて、ミステーロは壊滅。ミステーロに突然ファランクスの軍団が一斉に押しかけて、ミステーロは一瞬にして激しい戦場と化したって話らしいよー。その結果、美しかった自然は跡形もなくなり、残ったのは戦乱によって形成された荒野のみになったんだってー」
あ、そうだ、思い出した。前に依頼でゾンビウルフを討伐した時に、無法地帯アンダーグラウンドやミステーロって名前を聞いたんだった。
「それを境にして、そこは神秘国ミステーロではなく無法地帯アンダーグラウンドという名称で広まったらしいです」
カズハとエルの説明からすると、リュウの言った場所とかなり合ってはいそうだな。まあ、どの国にも廃れた村とかはあるかもしれないから、断定はできないけど……。
「ふぅ~……もう、限界だわ~」
律は鏡から手を離し、そのままパタっと倒れてしまった。すると、鏡から出ていた光は消え、映像も見れなくなってしまった。
「お疲れ、律。ありがとな。ゆっくり休んでくれ」
秀がそう告げると律は、「また私の力が必要な時は、いつでも呼んでちょうだいね」と言い残し、パッと消えてしまった。
「あっ、あの教会って……」
エルは映像が途切れる寸前に映っていた何かに覚えがあるらしく、ボソッともらした。
「ん?何か気になるもんでもあったか?」
「えと、勘違いかもしれないんですけど、さっき映った教会って確かミステーロでかつて使われていた特別な施設だったと思います。以前母の病気を治せる薬がないかと、帝立図書館で本を読み漁っていた時に見たんです。かつてミステーロには、祈りを捧げることでどんな病気や怪我も治すことのできる、不思議な教会が存在していたって」
それが本当ならすごいな。まさに神秘だ。
「かなり劣化していて、本に載ってたものとはだいぶ印象が変わってしまってはいたのですが、おそらくは……」
その教会があるならもう確定だろ。エルが見間違いとかしなさそうだし。
「乗った!」
「え……?」
突然声を上げたオレに、エルは戸惑っていた。
「オレはエルのことを信じて、無法地帯アンダーグラウンドに行く方針に乗ったってことさ」
「私もそれでいいと思うよー。ほかに思い当たる場所もないしねー」
カズハもオレに同調し、他の面々の様子も見てみたが、特に反対意見はなさそうだった。だが、シンからナイスな問いがリュウへとなされた。
「リュウの体感でいい。アジトからここまでどのくらいかかった?」
おおっ。いい質問じゃん。それならかかった日数からどのくらい離れてるかが大体わかる。
「えと……十日、くらい……?」
十日か……確かラドンが住む山まではここから馬車で一週間くらいだったはずだから、そこよりもさらに遠い場所か。
……かなり離れてるな。
「それは馬車で移動した感じか?」
「うん……」
「てことなら、少なくともグランドベゼル国内じゃないと思うよー。確実に別の国だねー」
「別の国となると、もしかして軍事国家ファランクスも該当してしまうのでしょうか……」
エルは少し不安そうに呟いた。
「何かまずいのか?」
「あの国は非人道的な国として有名なんです。外部の人間が入国することも滅多になく、みんな行きたがらない場所で……」
うーん、かなり危険な国なんだな。誰も寄り付かないって相当だぞ、それ。
「可能性はあるかもしれないが、それは最も優先すべき場所ではないだろう。あくまでもアンダーグラウンドが第一優先目的地だ」
湊の指摘には確かに得心がいく。ミステーロにしかない特別な教会が映像にあったのだから、十分に行く価値があるはずだ。
「それに、十日ならアンダーグラウンドはちょうどいい距離にあると思うねー。ほぼ間違いないんじゃない?」
お、マジか。ならもう迷う必要ないな。
「よし!目的地はアンダーグラウンドってことで決まりだな」
この有意義すぎた話し合いの後、オレたちはダスクに対抗するための準備を各々整えることになった。オレは剣も新調したし、ほかに何かしなきゃならないことはなかったんだけど……ふと思ってしまった。
どうやって行こう、と。
また前みたいにシンの術を使えば簡単だろうけど、今回はそこまで急ぎってわけじゃないし、なんか仲間を荷物みたいに扱う感じがしてあまり気は進まない。
ここはやっぱり、馬車で乗せてってもらうのが一番だよなー……。
「なあシン。馬車ってどうやって乗れるか知ってるか?」
オレは隣を歩く弟に相談することにした。
「よく商団が使っているところを見かける。商団に行けばいい」
おおー。オレは全く思いつかなかった。流石シン!
「それだ!」
「え?アンダーグラウンドまで?あんな何もないとこに商団が行くわけないだろ?頭使えよな」
「アンダーグラウンドですか……申し訳ありません。あそこでの取引はありませんので、お乗せすることはできません」
「あ?何言ってんだガキが。うちはガキの送迎屋じゃねぇんだよ。とっととうせな」
「はーっはっはー。あんたら正気かい?あそこに行ってもなーんもないぜー。面白いガキンチョどもだなー。はーっはっはー」
とまあ、こんな具合に見事に玉砕してしまった。シンが何度も怒り心頭に陥ったことは言わずもがなだった。
そしていつのまにか夕暮れが迫ってきてしまった。
「はぁー。ダメダメだったなー」
これじゃあ結局、シンの術を使うことになるかもなー。
トボトボと悲しく歩いていると、一台の馬車がEDENの前に止まっていることに気づいた。馬車には二体のイルカをモチーフにしたであろう絵柄が描かれていた。それも向かい合わせになって、青いハートを互いにもっている。
「あの紋章は確か、エリック商団のものだな」
シンは物知りだなー。あの紋章だけで商団名当てちまうんだもんなー。
……オレ、一個も商団の名前知らないんだが?
「EDENに何か用事かなー?」
んー、ちょっと気になるし、最後にEDENに顔出してみるかー。
オレたちは例の馬車を横目にEDEN内部へと入っていった。
「アリアさん」
「あら?ノアさんにシンさん。今日はお二人だけなんですね」
「まあなー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
ダメもとでEDENに馬車の手配頼んでみようかな。EDENにも馬車が来るってことは何らかのつながりは持ってそうだし、ワンチャンはあるはず……。
「はい、何でしょう」
「オレたちアンダーグラウンドまで行きたいんだけど、そこまでの馬車の手配ってEDENでできたりする?」
「ふぇ?!ノアさん、アンダーグラウンドに行きたいんですか?」
……これまで何度も頼んできたからこの反応には慣れたけど、商団員以外の人でもこうなのかー。
アンダーグラウンドが人が住めるような場所じゃないっていう、エルのお母さんの話は間違いじゃなかったわけだ。
「えっとまあ、そうなんだけど……」
「……なるほど……一応馬車の手配は可能です。基本的にはどの場所でも対応してはいるんですけど……アンダーグラウンドは……どうなんでしょう……?了承してくれるところ、あるかなー……」
アリアさんは困った様子で呟いた。
「これは確認するしかないですね……少々お待ちください」
なんか毎回アリアさんに頼み事して困らせてる気がする。そんで決まって出てくるのは……。
「はぁぁー。アリア。なぜいつも僕を呼ぶんだ?ゼファーがいるだろう?ゼファーが」
「ゼファーにはこれ以上負担かけたくないのでダメです」
「……僕はいいのか」
「ミクリヤさんはうちのパーティのリーダーですので、いくらでも頼っていいというのが私の認識です」
「なぜそうなるんだ……はぁ」
多忙なミクリヤさんに頼むのって気が引けるんだけど……しょうがないよな、うん。
「ごめん、ミクリヤさん。忙しいのに」
「いや、気にしないでくれ。困った冒険者を手助けするのもギルド職員の務めだからな」
おー……やっぱりしっかりしてるなー、ミクリヤさん。
いつか働きすぎで身体壊しそうではあるけど。
「それで、相談というのは馬車のことで合ってるよな?」
「そうなんだ。オレたちどうしてもアンダーグラウンドに行きたくてさ」
「なるほど。事情は分かった。おそらく何とかなるはずだ。少し時間をくれ」
そう言うとミクリヤさんは裏の扉奥へと入って行ってしまった。
「たぶん十分くらいかかると思いますので、フリースペースでお待ちください」
「なんとかなりそうだなー」
「だな」
オレとシンはフリースペースのテーブルに向かい合う形でお互いに座っている。
「EDENってやっぱすごいよなー。SBの性能にギルドカードの仕様だろ?それに加えて今回の対応……技術もだけど冒険者への待遇がめちゃくちゃいいのはかなりの利点だよなー」
オレはテーブルに肘をつき、その掌に顔を置いた。
「職員に恵まれたのかもしれない」
「確かに。それも大きそう」
ミクリヤさんを始め、ゼファーさんやアリアさん、もちろんグレンギルド長も。少なくとも今まで話したギルド職員の面々に関しては、マジで人柄いい。いい人ばっかでほんと助かるよなー。
「ちょっとー。早く荷物運んでよねー。なんで女のあたいの方があんたより早く運べてんのよー」
「はぁはぁ……俺は体力ねぇんだよ。つか、男とか女とか関係ねぇだろ」
「さっすが根暗くんねー」
「チッ。根暗じゃねぇって言ってんだろ?!」
ミクリヤさんを待つ間にシンと雑談をしていると、近くから何やら揉める声が聞こえてきた。
「あーはいはい。分かったわよー。いいから早く運んでよねー」
女の方は手を振りながら外へつながる扉へと向かっていった。
「ったく、お前が話振ったんだろうが」
それに対し男は「にしてもおっもいなー、これ……落としてもいいか……?」などとぼやきながらも、ゆっくりとその大きな荷物を運んでいた。
「なんか大変そうだなー。あの人たちってさっきの馬車の所有者かな?」
「胸にさっきみたのと同じ紋章のバッジがついている。間違いないはずだ」
……たしかに。チラッとだけど、男の胸元にあの金の縁取りがされたイルカの紋章が見えた。
「……待たせたな」
そうこうしているうちに、アリアさんの言った通り、十分経ったか経ってないかぐらいでミクリヤさんが戻ってきた。
「グレンに確認したところ、あてはあると言っていた。明日の朝にアクロポリスの正門に行けばわかる、だそうだ」
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「そっか。ありがとう、ミクリヤさん」
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