碧天のノアズアーク

世良シンア

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ダスク・ブリガンド編

13 陽気な二人組/怪しげな二人組

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side ノア=オーガスト

「ここが集合場所……だよな?」

帝都アクロポリスの正門……つまりはオレたちが初めてここに入った時に通った大きな門。その門の前へと、オレたちはリュウを加えたノアズアーク全員で来ていた。

ここに来る前、花鳥風月のオーナーのドレイクさんやその奥さんら、お世話になった人には一声お礼をしてきた。まあまたすぐにお世話になるつもりだけど、一応な。

ちょうど朝日が登ってきたのか、東側から強烈な光がオレたちを照らした。

「うおっ。眩しいー」

オレは手をかざしながら、光が差し込む方角を見る。

眩しいは眩しいけど、ちょっと気持ちいいよなー。今日も頑張るぞーって気になるし。

「で、俺たちを連れてってくれるっつう馬車はまだ来てねぇのか」

「お願いしたのはこっちだし、オレたちが待つ側になるのが筋かなって」

だからちょっと早めに宿を出たんだよなー。

「ま、それもそうだなぁ」

『……ガラガラ』

そんな話をしていると、後方から馬車の走る音が聞こえてきた。

おっ。来たな。

馬車はオレたちの隣付近に停車した。

ん……?あの御者、どっかで見たことがあるような……。

「よいしょっと。……あなたたちがあたいらの同伴者ー?」

馬車から出てきたのは、青っぽい髪をした女性だった。

あの馬車についた紋章とこの女性、それにあの御者……間違いなく昨日ギルドにいた二人だ。

「ああ、そうだ。オレはこのパーティのリーダーのノア。よろしく」

オレは挨拶の一貫として手を差し出した。すると女性の方は笑顔でその手を握り返してくれた。

「あたいはリズ。こちらこそよろしくねー。あっちの御者はフィッツって言って、すっごいネガティブ人間だから。気をつけてね!」

「おい!誰がネガティブ人間だって?!」

フィッツと呼ばれた男はいつのまにか馬から降りていたらしく、すぐさまリズさんへと近づいた。リズさんは握手をやめ、フィッツさんの方に振り向いた。

「あんた以外いないでしょー、フィッツくん?」

「うへー。急にくん付けすんなよ、気持ちわりぃな」

「そう?かわいいじゃん、フィッツくん」

「俺はお前のおもちゃじゃねーぞ!」

なんか急に言い争いが始まったんだけど……どうしたらいいんだ?

「はぁ、もういいわ。埒が開かない。……んで?お前らがうちの馬車に乗りたいってやつらなんだっけ?俺は正直だりぃから嫌だったんだけど、こいつが許可しちまったから仕方ない。……感謝しろよな」

こいつ、と指をさしたフィッツさん。そして指された本人であるリズさんは、オレたちにある条件を出してきた。

「乗せるのはいいんだけどー、その代わり、あなたたちの冒険譚を教えてほしいんだー」

……はい?

見返りを求めるのは当然だろうと考えてはいたから、条件が出されたことに別段驚くことはなかったけど……まさかその条件が金でなくただの雑談だなんて……予想外すぎる。

「そんなんでいいのか?」

「それで十分!あたい、冒険ものの話大好きだからさっ」

「えっと……じゃあ、よろしくな、リズさん、フィッツさん」








「それでそれで、その後はどうなったの?」

「ゴブリンの群勢の親玉、ゴブリンキングが出てきてね、もう絶体絶命の状況になっちゃったんだよねー。けどここでリーダーサイラスの渾身の一撃がゴブリンキングにクリティカルヒット!統率者を失ったゴブリンの群れは連携力がなくなり、私たちはなんとかこの窮地を脱することができたんだー」

「へえー!!」

好奇心をむき出しにした子どものように目を輝かせながら興奮した様子のリズさん。

楽しそうで何よりだけど、オレにはリズさんたちに対してひとつ疑問があった。

「あたいも冒険者やってみたいんだけど、あたいは氣の保有量が少ないし氣術も下級氣術しか使えないからやめたんだよねー」

「えー、なんなら私が氣術教えてあげるよー。リズは適性属性ってなにー?」

「あたいは水だよー」

「ならエルと同じだねー。エルは最近上級氣術使えるようになってたし、教わるのありなんじゃないー?」

「あ、私は全然構いませんよ。教える側に回ることで見えるものもあるって、秀さんも言ってましたし」

「ほんとー?!ありがとー」

楽しそうにおしゃべりをする三人……いわゆる女子会というやつだろう。向かいで喋ってるってのに、あそこだけなぜか別空間にあるように感じるのはオレの気のせいだろうか……。

ちょっと入りづらいんだよな……でも……。

「……あのー、リズさん」

オレはどうしても聞きたいことがあったため、勇気を出してあの輪に突入した。

「ん?なにー?」

「どうしてオレたちを乗せてくれたんだ?」

他の商団は全て断られてしまったというのに、リズさんは普通に受け入れた。ただ話を聞きたかっただけ。ことはそう簡単な話なんだろうか……?

これは怪しみというよりも、単に何故オレたちを乗せてくれたのかという純粋な疑問だ。

「さっきも言ったけど、あたいはあなたたち冒険者の話を聞くのが好きなんだ。それはあたいじゃ味わうことのできないスリルの宝庫だからねー。……あとはまあー、次の搬入先がアンダーグラウンドに割と近いからってのもあるねー」

近い……?でもアンダーグラウンド内ではないよな。人が住めるような場所じゃないって話だし……。

「そこって具体的にどこなのかって教えてもらえたりするか?」

「王貴国ラグジュアリにある小さな村だよー。ライトニング公爵家の領地内にあって、その村は小さいけどみんな笑顔で幸せそうに暮らしてたなー。初めてあたいが行った時はお祭りを開いてて、すっごい賑やかだったのを覚えてるよー!」

王貴国ラグジュアリ……聞いたことあるな。たしか前にシャムロックでオレがぶっ飛ばした男もこの国の貴族って言ってたような気がする。……名前は忘れたけど。

あとは、オレが護衛し損ねたおどおどした男もラグジュアリの貴族だったような……。

……正直言って、ラグジュアリ出身貴族にはあまりいい印象がないなー。

「なるほどな……でもこんな大荷物をひとつの村に?」

オレたちが座っている後方にはタワーのように積まれた荷物がいくつもあった。正直ここに八人入れたのはラッキーだったと言えるレベルで狭い。

まあ乗れたと言っても、オレの膝上に座っているリュウをカウントしていいかは微妙だけど。

「あたいもそれは疑問なんだよねー。以前は数ヶ月に一回、これよりも半分ぐらいの商品を注文してたんだけど、三年前くらいから倍の量を頼むようになったらしいんだよねー。多い時は一ヶ月に二回とかもあったらしい。あたいもこれを知ったのは、今回この担当に割り当てられてからなんだけど」

そんなに変化があるなら、確実に何かあったんだろうな。

「ま、行ってみれば分かるっしょー。……あ、言い忘れてたんだけど、あたいらも仕事があるからさ、アンダーグラウンドじゃなくて目的地の村までしか行かないけど、大丈夫ー?今更だけど」

お、おお、確かに今更だなー。まあでも近くまで行ってくれるんならそれだけで十分。

「ああ、それで全然構わないよ。乗せてってくれるってだけでありがたいからさ」

「そっかー。……あ、じゃあ今度はノアの冒険譚聞かせてよー!」

「えーと、そうだなー……」

こうしてオレたちは王貴国ラグジュアリにある小さな村を目指して馬車を走らせた。道中はわいわいとおしゃべりをしていたから退屈することなく、五日ほどで村へと到着したのだった。








side桜木イオリ

「なあ、ゼクス。いつになったら目的地に着くんだぁ?もう走った方がはえぇだろ」

「そう言うな、ノイン。もうすぐで第一目的地には着く」

「はぁぁぁ。戦いてぇー!」

がさつそうな女は、拳を握り締めたかと思うと、僕の目でも捉えるのがやっとのほどの猛烈なスピードで近くにあった木目掛けて、拳を振るった。

結果、木は一瞬にして凍りつき、粉々に消え去った。

「……あまりやりすぎるなよ」

「はっはぁー!分かってんじゃねぇか、ゼクス!」

そう言い放った女は一瞬にしてどこかへと消えた。

……二手に分かれた……?
まさか尾行に気づかれたのか……っ?!

僕は今、尾行対象から約百メートルほど離れた後方にいる。距離もある上に、術を使い気づかれにくくしているんだ。そうそう気づかれるはずはない。それは分かっているが……。

秀や湊たちにバレていたことを考慮するなら、気づかれた可能性は大いにある。それほどまでに先ほど馬車で感じた威圧感は尋常ではなかったのだから……。

「戦闘バカというより、もはや戦闘狂だな、あいつは」

『ボッガーン!』

男の呟きの直後、西側から轟音が響いた。

「あのバカは……」

男はその音がした方へと顔を向け、ため息をついた。

「まあいい。あいつの鬱憤が爆発して俺に向くよりはましだ」

男はすたすたと歩き始めた。その方向は女の方ではなく、東側であった。

……バレたわけではない、のか……。

僕は安堵した。正直なところ、ゼクス、ノインと呼ばれていたあの二人に僕は勝てる気がしていない。片方だけでも危ういとさえ思っている。

それにここでバレてしまっては、ほとんど何の情報も得られていないのと同じだ。

なんとしても奴らの正体を明らかにしないと……!

『絶対、死なないで、兄さん……!』

ふと、ミオの言葉を思い出す。さっき馬車で別れ際に告げられたものだ。

分かってる、ミオ。僕はミオを残して死ぬことだけは絶対にしないよ。







side 桜木ミオ

「作戦は一旦中止にする。僕はあの二人組の後を追うから、ミオはこのことを陛下に伝えてくれないか」

私の兄は今、さっき感じた恐ろしい気配についていくと言った。

そんなこと、させられない……!

「……やだ」

私は俯きながら反抗した。

「ミオ。これはもしかしたら大帝国の存亡に関わることかもしれない。だからお願いだ。行かせてくれ……!」

兄さんの熱意に思わず顔を上げると、兄さんはいつも以上に真剣な表情で私を見つめていた。目を逸らすことなくただ真っ直ぐに、覚悟を秘めたその瞳で……。

こんなの、ずるい……断れるわけ、ない……。

「……わかった」

「ありがとう、ミオ」

そう言うと兄さんは私に抱きついてきた。兄さんの久しぶりの優しい抱擁に私は少し嬉しくなった。

「大丈夫。僕は大丈夫だから。心配しないで」

兄さんはぐずった子どもを宥めるように、柔らかな声で呟く。

……兄さんが強いのは分かってる。でも万が一……。

そう思うと私は不安で仕方ない。

「絶対、死なないで、兄さん……!」

震える声で私は願った。必ず生きて帰ってきて欲しい、って。

兄さんは私を抱く腕に少し力を入れた。

「ああ、もちろんだ、ミオ」






「いいのか?大帝国に行かなくて……てか、イオリってやつはどこ行ったんだ……?」

「あーなんか、急用ができたのでここで失礼します、って言って消えちゃったよー」

「はぁ?!意味がわかんねぇんだけど。妹、置いてってるし……」

「兄さんは、さっき見かけた……珍しい薬草、見に行った。私も、追いかけるから、大丈夫」

かなり強引だけど、仕方ない。私は自分がやるべきことを全うするだけ。

「ありがと、リズ、フィッツ。……バイバイ」

私は来た道を戻るようにして歩き出した。

……はやく陛下に伝えなきゃ……。
兄さん、どうか、どうか……無事でいて……!

私はこのことで頭がいっぱいだった。

「かっわいいー!!ねぇ、見た今の!超かわいかったよねー?!」

「…………ま、まあ……」

「あ、何顔赤くしてんのよー。もしかして……ミオちゃんに惚れちゃったわけー?」

「ばっ、んなわけねぇだろうが!」

「あーはいはい。そういうのいらないから。てか、あんたとミオちゃんじゃ、比べるのもおこがましいっていうか……」

「だぁーもう!うるせぇな!そんなのどうだっていいだろ?!とっとと行くぞ」

「へーい!……ほんと、フィッツはからかいがいがあっておもしろいわー」

二人のこのやりとりが私の耳に入ることはなかった。








side桜木イオリ

尾行してから一週間が経った。今のところ彼らに不審な行動は見られていない。まあでも、変な行動はあったね。女が毎日ずっと魔物狩りをしていたことだ。どう見てもそれが目的ではないように感じるのに、男もそれを許容している様子だった。

ただ、そんなことよりも留意しておきたい行動はあった。それは身なりのいい謎の男との酒場での会話だ。これは尾行してから五日目の昼頃のことだったが、残念ながら会話の内容までは聞き取れなかった。近すぎたら気づかれる可能性があったからね。

視覚情報しか得られなかったけど、謎の男は服装からしておそらくは貴族。付け加えるなら王貴国ラグジュアリの者である可能性が高い。

身なりの良い男の後ろに控えていた護衛と思われる二人の鎧に、王貴国の紋章が刻まれていたからね。

となると、あの二人組はラグジュアリの関係者、ということになる。どうやらラグジュアリにも調査員を派遣する必要がありそうだ。

それからあの二人組は北西へと歩き始めた。東側に向かっていた時は、途中走って移動する様子も見受けられたが、今のところは歩いているだけで急ぐ様子も見られない。まあ、走ったのはノインという女が「まだつかねぇのかよ」と愚痴ったからだけど。

そして、あの二人組の風貌はいまだに不明だ。常にフードで顔を隠し、マントを羽織ってその全体像をも不明瞭にしている。

僕がこんな風に考えを巡らしていると、突然ゼクスという男が足を止めた。

「んぁ?どした、ゼクス?」

「ふむ。ここならいいだろうと思ってな」

「あぁ?……あー……なるほどなぁ」

ここ、というのはこの開けた草原地帯を言っているのだろう。

女も男の意図を汲み取り、得心がいったらしい。

何がいいんだ……?
ここで一体何を……?

「うぉーい!小鼠ちゃーん。出てこいよ!」

女はぐるっと体を反転させ、僕の方に向かって大声を出した。

なっ、気づかれた……?!
……落ち着け。動揺するな。冷静な判断には邪魔だ。

僕は焦る心を落ち着かせようとする。焦っても良いことなど何もないのだから。

「んー?出てくる気はねぇってか……アハッ。そっちがその気なら……こっちから行ってやるよ!!」

女は一瞬にして距離を詰め、僕の目の前に飛んできた。

なんて跳躍力だ……!

僕は突如として目の前にきた女の攻撃を、ギリギリの反射によって感知し、愛刀の春雷で受け止めた。

ぐっぅ……!

僕はあまりの重さに地面へとぶっ飛ばされてしまった。僕がいた所の木は簡単に折れて、僕の下敷き状態だ。

「かはっ……」

僕は殴られた勢いのまま地面に叩きつけられたために、思いっきり吐血した。

なんて威力……!
ただ僕を殴っただけだというのに……!!

僕は体の節々が悲鳴を上げているにもかかわらず、なんとか体を起こし、次の備えをしようとする。

「へぇー。今のに反応するのかー。それに何より生きてやがる。……おもしれぇじゃねえの」

女は木に指を食い込ませ、ぶら下がった状態で僕を見下ろしていた。

……いや、あれは指じゃなくて鉤爪か!

「久々に楽しめそうだぜ!!」

女は木の幹を足場にしてこちらに飛びかかってくる。足場となった木はあっけなく折れていた。

「くっ……!」

僕はかろうじて刀でその鉤爪を押しとどめた。だが、僕の腕はぷるぷると震え、どちらが優勢なのかは一目瞭然だ。

「アハッ。いいねいいねー!……ほらよ!」

女はくるっと自身の体を回転させたかと思うと、僕に重い足蹴りをいれた。

僕は術を発動する間も無く、ひらけた草原地帯へと蹴り飛ばされた。僕の身体には土汚れや傷が増えていく。

「ほう。ノインの攻撃を三度も耐えるとは、たいしたものだ」

地面に顔をつけて伏した状態の僕の真上から、あの男の声がした。

「おい!ゼクスは手出すんじゃねぇぞぉ。それは俺の獲物なんだからなぁ」

遠くからは女の声もする。

「分かっている。お前の楽しみをとれば今度は私が相手をしなくてはならないからな」

男は僕から距離を置いた。

……このままだと、僕は確実に……死ぬ……!

「さあ、もっと殺り合おうぜ!血湧き肉躍る闘いは、まだ始まったばっかなんだからよぉ!!」

『ボガーンッッッ!!!!!!』

轟音とともに地面には亀裂が生じ、穴が開く。土煙が舞い視界が悪くなる。

「へぇー。やるじゃねぇの」

女は倒れた僕の心臓目掛けて拳を振るった。僕はすんでのところで転がってなんとかかわした。さらに土まみれになった今の僕の姿は、なんとも滑稽なことだろう。

みっともないけど、死ぬよりはましだ……!

僕は約束した。必ず生きて帰ると。
こんなところでくたばるわけにはいかない!

僕は痛みに軋む体に鞭を打って立ち上がった。そして、刀を構える。

「アハッ。やーっとやる気になったってか?嬉しいぜ。俺はよえぇやつをいじめるのはきれぇだからよぉ。……おまえ、名前は?」

女は僕の前方約十メートル付近にいる。まだ僕の間合いではない。

今動くのは危険すぎる。たしかにあの速さは脅威だけど、湊との打ち合いのおかげか、対応不可能ってわけじゃない。あの重い一撃は僕の氣術でかわせば問題ないはずだ。

見極めるんだ、相手の動きを。
僕の攻撃が届く瞬間を……。

「…………」

「おいおい。言葉のキャッチボールをしようぜ。せっかく俺が話しかけてやってんだからよぉ」

女は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

もう少し、もう少しだ。
こっちに来い……!

「はぁぁ……おまえ、俺の話をきいてーーー」

今だ……!

僕は両足に力を込め、一気に走り出した。そして刀に氣を流し、刀のもつ力を発揮させる。

春雷は白と黄色とが入り混じった光を放った。これが力が発動している合図だ。

春雷は使用者が氣を流している間、使用者のスピードを極めて向上させる。常人には捉えることすらできないし、どんな強者であっても初見で防ぐのはほぼ不可能。

僕の間合いに入っている上に、春雷の力でスピードを上げたこの刀捌きには対応できないはずだ……!

よし!入る……!

僕はこの瞬間、浅はかにも己の刃があの女を仕留めると確信した。

女の嘲笑うかのような笑みを見るまでは……。

結果、僕の刀は宙を切り裂いた。いや、正確には女の頬をほんの数ミリ裂いた。

たがこんなもの、命中したとはとても呼べない。僕の刀は綺麗にかわされたのだ。

ありえない……っ!

「はっ。おもしれぇ刀じゃねえの。ま、俺には効かねぇけどな。……さあ、さあっ、さあっ!次はどんなものを俺に見せてくれるんだぁ?」
 
女はいくらでも隙のあった僕に反撃など一切せず、僕の攻撃を待っている。そして余裕綽々といった様子だ。

あの女は僕を殺すのが目的じゃない。自分の乾きを満たしてくれる相手と戦い合いたいんだ。だから僕はまだ生きている。加えて、男の方は一向に手を出してこない。

……それならまだ、生き残る方法は残っている……!

「君たちは……何者だい……?」

僕は体内に眠るあるを練り始める。血がつながっているけど妹のミオにはない力だ。父が言うには、父自身は持っていなかったが祖父もこの力を持っていたらしい。

だけどこの力は、極小量。練り上げてその質を上げないと術として反映できない。だから時間が必要だ。練り上げるための時間が……。

「やっと口を開いたなぁ。おまえ、俺らの会話盗み聞きしてたんだろ?俺がノインで、あいつがゼクス」

「……それは名前なのかい?九番と六番だなんて、ちょっともの悲しい名だね」

僕の言葉に女と男、両方が反応した。女は目を見開き、男はピクっと眉を動かした。

「……へぇー。おまえ、物知りなんだなぁ。……あー、俺、名前なんだったっけ……?ここ数百年は呼ばれてねぇからなぁ。忘れちまったわ」

数百年だと……?!

「おい。余計なことはしゃべるな、ノイン」

「いいだろ、別に。どうせ殺しちまうんだからよぉ」

女は両手に付けた鉤爪を擦り付ける。

「さあ、俺ともっと、もっと、もっと!楽しい血闘をしようぜ!氷獄グラキエス!!」

『キィーン』

甲高い音とともに、光が放たれる。僕は思わず目を瞑った。

光がやみ、目を開けると、女の鉤爪からは目に見えるほどの冷気が漂っており、その鉤爪もまるで氷でできたかのような透き通った造形美を醸し出していた。

あの武器は……やばい……!

直感的にそう感じた僕は、未だ練り上がらない力に焦り始める。

あともう少し……あともう少しでできるっていうのに……!

いやだめだ。冷静になれ、イオリ。ここはなんとか時間を稼ぐんだ。

「……『かすみ』」

唱えたと同時に僕の身体は透明になっていく。

ダメ押しでもうひとつ……!

「『静寂しじま』」

「ああ?見えねぇだけでなく、音も消えたなぁ。やるじゃねぇの」

よし。僕の術は通用している。

これなら、練れる……!

「だが……あめぇな」

女は地面へと手を当てた。すると、途端に周囲が凍りついた。この草原一体全てが、だ。

なっ……!

女は立ち上がり、声を荒げた。

「はっはぁー!やっぱりなぁ。実体そのものが消えたわけじゃねぇもんなぁ」

僕の見えない足は凍りついてしまった。これでは僕がここにいることが丸わかりだ。

こいつ……僕の術を瞬時に理解し、即座に対策を考え実行した。

あの力と反射神経といい、この洞察力と思考力といい……まるで戦闘センスのかたまりそのものじゃないか……!

「アハッ。まあ、なかなかに楽しめたぜ。おまえとの血闘はよぉ。俺の三日分くれぇの渇きが癒えたぜ」

女は再び地面に手をつけた。

「あばよ、名もなき小鼠ちゃん」

その言葉と同時に女の手元から創出された巨大な氷の荒波が僕へと襲いかかる。鋭く尖ったあの波に刺されれば、ひとたまりもない。ましてや、おそらくは触れただけでもアウトだ。

まだ、完璧に練れたわけじゃない……でも、やるしかない……!

神隠かみかくし……っ!」






side ゼクス

一面凍りついた草原。そこには巨大な氷の造形が置かれていた。空高く聳える崖のような形をしたそれは、太陽の光で溶けることなく堂々と居座っている。

「渇きは癒えたな、ノイン」

ノインは氷獄グラキエスを元の姿へと戻し、戦闘モードを解く。

「まあな。……だが手応えがなぁ……」

ノインの渇きも癒えたのなら、とっとと次へ進みたいところだ。これこそが私たちの最大の目標なのだから。

「ん?何か言ったか……?」

思考を巡らせていたせいで、私はノインの言葉を全て聞き取れなかった。

「いや?なんでもねぇよ」

「ならいい」

私は再び考えに耽った。そのため、ノインの呟きをまた聞き逃してしまった。

「……まさかこの俺がり損ねるとはなぁ。アハッ。最高じゃねぇの」

女は男の横を上機嫌に通り過ぎた。

「また会おうぜ、名もなき小鼠ちゃん」
















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