碧天のノアズアーク

世良シンア

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グランドベゼル編

16 輝夜という女

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side ノア=オーガスト

これはよけられーーー。

オレは思わず目を瞑る。ただ防御態勢として、無意識に両腕を身体の前でクロスさせる。オレは刹那に来るであろう超強力な衝撃を覚悟していた。

……………………あれ……?

なぜか覚悟していた衝撃が、一ミリたりとも来なかった。

……どういうこと?

オレはゆっくりと両目を開く。そこには両手に刀を一本ずつ持った人物がいた。その黒みがかった紫の髪は短く、背も大きい。後ろ姿だけでは男女の区別がつかない。

「平気か?少年」

性別不詳の人物が振り返る。艶やかで低めの声。たぶん女性だ。だだそんなことよりも、目を合わせたことで見えた相手の面持ちに、少し動揺した。

「あ、うん。へい、き……」

その顔には、大きな傷がひとつあった。真っ直ぐ、左目から頬にかけて、一筋の痛ましい傷が。それはただの切り傷ではなく、その傷に沿って目を背けたくなほどに痛々しい火傷の跡が広がっていた。

「ノア!!」

「兄さん!!」

秀とシンがこちらへ一目散にやってくる。次いでみんなも来てくれた。

「どこも怪我してねぇよな?!」

「無事か!兄さん……!」

「おう。この人のおかげでなんともない。ありがとな。……えと、名前は……」

オレがお礼を言えば、謎の女性は自分の刀をしまっていた。

「あたしか?あたしは輝夜だ」

「「は……?」」

輝夜と名乗った女性の言葉に、秀と湊が硬直してしまう。その表情からは、何かあり得ないことが起きたということが察せる。

「ん?何かあたしの名前に変なところでもあるのか?」

「あ、いや……俺の昔のダチと同じ名前だったからよ。びっくりしたっつうか……ていうか、その容姿もそっくりなんだが……」

「へえ。あたしの名前って結構珍しいと思うけどなぁ。……よく見たら、そこのお前とそっちのお前、見覚えがあるかも」

「……輝夜、なのか……?」

だんまりだった湊は、驚きと嬉しさが混じったように輝夜さんへと問いかける。

「だからそう言ってるだろー。あたしの名前は美影輝夜だって」

「……マジかよ。お前、本当に輝夜ねぇなのか?」

「その呼び方……もしかしてお前……秀?」

輝夜さんは左目を大きく見開き、秀を指差す。

「ああ……俺だ。八神秀だ」

「ってことはそっちのお前は……」

「九条湊。あなたに散々負けた男だ」

その言葉を聞いて数秒後、輝夜さんは涙ぐみながらも笑顔で秀と湊に近づき、勢いよく抱きついた。

「なんだよ……!お前ら、無事だったのかよ……!!」

震えながらも、嬉しそうに言葉を紡ぐ輝夜さん。秀と湊を知ってるってことは、この人はたぶん……神仙族だよな。

「輝夜姉こそ。無事でよかった……」

「……っ……」

「おいおい、なんだ湊。お前まさか、泣いてんのかぁ……?」

「……うるさい……」

湊は俯きながら顔を手で覆い隠した。

湊が涙を流したところなんて、初めて見た。

「ほんっっっっとに無事でよかった。……生きててくれて、あんがとな……」

「いててて。嬉しいのはわかるが、力入れすぎだ」

輝夜さんは、二人をギュッと力強く抱きしめた。

「いいじゃん。てっきりもうあたししか生き残ってないって思ってたんだから……」

輝夜さんは二人を離す。

「あの……あなたが、輝夜、さん……?」

「ん?そうだけど……?」

輝夜さんは君はだれ?と言いたげに反応する。

「あ、私はここにいるノアズアークのメンバーのカズハです。前に、湊からあなたのことを聞いて……」

「へぇ。……みっちゃん、あたしのことなんて言ってた?」

み、みっちゃん???

「一度も勝てなかった相手だって言ってました。輝夜さんのこと、本当に尊敬しているんだなーって伝わってきて……」

「なになに、みっちゃん。あたしのことそんなに褒めてくれてたわけ?あの頃は『次は絶対俺が勝つ……!』とか言ってあたしのことめちゃくちゃ敵視してたのにぃ?」

「……気のせいじゃないのか」

「おいおいそりゃあないぜ、湊。あの頃のお前のことは俺もよぉぉぉく覚えてんぞ。なんなら輝夜姉にだけは言ってねぇお前の隠し事、ここで言っちまうかぁ?」

湊は秀を矢で射抜くように睨んだ。

「……言えば最後、お前の首を取る」

秀は両手を上げ、降参ポーズを取る。

「はははっ。冗談に決まってんだろ。あのことは墓まで持ってくっつう俺たちだけの密約だかんなぁ」

「なにそれ。めちゃくちゃ気になるんだけど。こっそり教えてよ、秀ちゃん」

「それはさすがに無理だぜ、輝夜姉。男同士の約束は、たとえ輝夜姉の頼みでも破れはしねぇんだ」

「ケチくさいなぁ。ま、いっか。二人とも生きてたってのが何よりも嬉しかったし、また会えるって分かったからな!」

「あ、そうだ。輝夜姉。神仙族の生き残りが俺と湊だけって思ってるだろ?」

「……?そりゃあな」

「実はな……」

秀は俺とシンを輝夜さんの前に引っ張り出した。

「この二人も神仙族だ」

「何?!ほんとか?!!」

「ああ。しかもそれだけじゃない。この二人は俺と湊の主だ。俺の言ってる意味、輝夜姉ならわかんだろ?」

「……!そうか……生まれていたのか。あの炎の海の中から、生き延びててくれたのか…………!」

輝夜さんはオレたちの方へと歩いてくる。そして、ガバッと抱きついてきた。

「ありがとう、生きててくれて」

「え、と……どう、いたしまして?」
「…………」

オレとシンはちらっと互いを見つめる。オレはどうすればいいのかと困惑したが、シンはいつも通りクールだった。

そもそも、オレはオレたちの出生の秘密?をあまりよく知らない。それはたぶんシンも。

オレたちがいた村は大量の魔物の襲撃にあって壊滅し、その時オレたちの両親も死んでしまった。そう聞いてるだけだ。だからその詳細までは知らない。

それにオレたちはその時の記憶がない。それは赤ん坊だったのだから当たり前のことなんだけど。だからこんな風に、「生きててくれてありがとう」と言われても正直ピンと来ない。

どうしたものかと悩んでいると、輝夜さんはそっとオレたちから離れた。

「ってことはあたしの主でもあるってわけか。いやほんと、会えて嬉しいよ。神アメギラスに感謝しないとな」

「輝夜。あなたは今までどう生きてきたんだ?」

「おー、それは俺も興味あんな」

「それは、まあ……世界をぶらぶらと、ね……」

なんだか言いにくそうに答える輝夜さん。

「お互い積もる話がたくさんあんだ。輝夜姉、とりあえず場所を変えてゆっくり話さねぇか?輝夜姉のことみんなにも紹介してぇし、俺たちがどうしてたか、輝夜姉も気になるだろ?」

「おお、それもそうだなー」

「ノアたちもそれで構わねぇか?」

「おう」

秀の号令でオレたちはこの荒れた場を後にすることになった。そしてアクロポリスに戻り、シャムロックに寄った。だってみんなめちゃくちゃお腹空いてたんだよなー。まあそれもそのはず、オレたちは昼食というものをとってなかったからなー。

食事中は、もちろん輝夜の話でもちきりだった。

「なんかみんな喋り方が硬いなー。あたしのことは輝夜って呼び捨てで呼んでくれていいから。そんな畏まらなくてもいいよ」

「えと、じゃあ、輝夜はさ、冒険者なのか?」

「いや、冒険者ではないね。やってることは冒険者かもだけど、EDENに登録してないし。しようかどうか悩んでるけど、まだ保留かな」

オムライスを一口、口の中に入れ「うまっ!」と感嘆する輝夜。

「はい!次、私ね。輝夜はさ、誰かと一緒に行動してないのー?」

最初はバリバリの敬語で輝夜に話しかけていたカズハだったが、話すうちにいつもの話し方に戻っていた。

「ああ。してないな」

「え、じゃあ輝夜さんはずっとおひとりで旅をなされているんですか?」

「……まあなぁ。あたしらの村が焼けてからずーっとな。最初は辛かったけど、今じゃなんとも。一人旅ってのも、慣れちゃえば気楽なもんよ」

輝夜は口に入れたオムライスをゴクリと飲み込んでからエルの問いかけに答える。

「目、痛くない……?」

リュウの必殺技『首をコテッと傾ける』が発動した。

「……!何、このかわいい生物は?!」

わかるわー。オレも絶対そうなるんよー。リュウはうちの最強の癒しだから。

「かわいい……?誰のこと……?」

リュウは隣に座るセツナに回答を求めた。

「……リュウはそのままでいな」

セツナはポンポンッと優しくリュウの頭を撫でた。

「少年、名前は?」

「リュウ、だよ……?」

「そっちの少女は?」

「……セツナ」

「リュウちゃんにセツちゃんね。二人とも強そうな目してるねぇ。あたし好みだ。よろしく」

セツナはピクッと眉を動かし、輝夜から目を逸らす。リュウはぺこっと軽く頭を下げた。

「あらら。嫌われちゃった?」

「あんたのその目……」

セツナは再び輝夜に向き直る。

「ん?ああ、これか」

輝夜は左目にザックリと筋が入った大きな傷に触れる。その傷もそうだが、それ以上にその周りに広がる痛ましい火傷の跡が、輝夜の今までの人生を象徴しているかのようだった。

「やっぱ気になるか」

セツナだけじゃなく、ここにいる全員が気になっていたはずだ。ただ、なんとなく聞かなかっただけで。

「ほら、あたしらの村が焼けたって話しただろー?この傷はその時のなんだ」

「たくさんの魔物に襲われたんですよね」

「……そ。悲惨な目にあったよ、まったく。当時のあたしはなんで生き残れたのか、不思議なくらいにはなぁ」

「わりぃな、輝夜姉。俺も湊も探しに行こうとしたんだが……」

「いいって。あの状況じゃ、あたしを含めた全員が他のやつを気にする余裕なんかなかった。それに、ノアちゃんやシンちゃんには二人がついてくれたんだろー?ならそれだけで十分ってもんさ」

……こんなときに思うことじゃないけど、輝夜って誰にでもちゃん付けするのかな?

いや、いいんだけどさ。なんか、違和感がすごいよな。初めてちゃん付けで呼ばれたし。

「そうか。……なんかよ、輝夜姉が帰ってきたって感じするわ。なあ、湊」

「ああ。あの頃と変わらない」

「ははっ。何言ってんだ。さっきからずっとここにいるじゃんか」

秀がダチって言っただけあって、三人ともほんとに仲が良いのがわかる。子供の頃に別れた友に再開できるって、相当嬉しいことだよな。

オレも早く、に会いたいな……。

食事の後は輝夜に同じ宿に泊まってはどうかと秀たちが勧め、結局同じ屋根の下で過ごすことになった。風呂から上がって、シンと一緒に部屋に戻ったらリュウしかそこにいなかった。リュウに聞いてみたら、秀と湊は輝夜と一緒に外に出ているとのことだった。

まあたぶん、輝夜と三人で話をしてるんだろう。そりゃあ、死んでいると思っていた友と再開したんだ。心底嬉しいだろうし、興奮して眠れないのかも。

ちなみにもうオレは眠い。なぜなら今日は怒涛すぎる一日だったからだ。トロイメライを攻略することから始まって、ハピネスの救助をして、超巨大な魔物と戦い、謎の女性……輝夜さんに助けられて、一緒に食事をして……今日は超ハードな一日だった。

オレたちは秀と湊、二人の帰りを待つことなく、ぐっすりと就寝し晴れやかな朝を迎えた。







side 九条湊

ノアとシンが戻る前に布団を敷いておくか。

俺は押入れから布団を取り出す。

「ぼくも、やる」

俺が布団を敷き始めてすぐにリュウが手伝い始めた。リュウは周りをよく見ているし、何より誰よりも優しい心を持っている。将来が楽しみなやつだ。

「助かる」

「お、いいとこにいた。輝夜姉!」

ちょうど廊下に出た秀は、偶然にもお目当ての人物を見つけて声をかけた。

「ん?どうしたの?秀ちゃん」

「この後空いてるよな?俺たちと飲みに行かねえか?」

「へぇ。秀ちゃん、お酒飲めるんだぁ?」

「はぁ?酒くらい飲めるっての」

「あははっ。もう子どもじゃないもんな、あたしら。いいね、付き合ってやんよ」

「おし!決まりな。んじゃあ、宿の玄関先に集合な」

「はいよー」

「……?どこか、行くの?」

「ああ。留守を頼んでもいいか?リュウ」

「うん」

こうして俺たち三人は近くのバーで語らうことになった。ちなみにバーの場所はドレイクに聞いた。そのバーは地下にあり、あまり人が来ないらしい。それで経営ができているのは不思議だが、知る人ぞ知る隠れスポットとして一部から一定の人気を得ているらしい。店の名前を聞いたことがあったとしても、その場所を知っているのはごく僅かだそうだ。そこは雰囲気が落ち着いていて、何より酒がうまいらしい。

秀がワイングラスを傾け、ぐいっと一気に飲み干す。

「お、こりゃうめーなぁ。マスター。同じのもう一杯頼む」

カウンターに置かれたグラスへとワインが注がれる。

「おい秀。あまり飲みすぎるなよ。あとが面倒になる」

「わーってるよ。久々の酒なんだ。無粋なこと言うなっての。……んで、輝夜姉。俺らが輝夜姉を誘ったのには、実はわけがあってなぁ」

「分かってたよ、そのくらい。年上舐めんなって」

輝夜はワイングラスを回し、香りを楽しむ。そして少しだけ中身を飲む。

「うん、うまいな、この酒」

「もちろん、俺と湊と輝夜姉の三人だけで、水入らずの楽しい話もしたかったんだぜ?」

「それもわかってる。大人を舐めんなよー?」

「いや俺らも大人だっての」

「率直に聞く。輝夜、一体何があった……?」

俺はカウンターに置かれた酒に手を出さず、輝夜の方へ少し体を向けた。

「……ん?何が言いたいんだ?みっちゃん」

「その目だ」

「へ?……ああ、この傷?だからそれはさっきも言っただろー?村が襲われた時にやられたってさ。もう人の話はちゃあんとーーー」

「そうじゃない。右目のことだ」

「ん?……別に何も変わってなくない?」

……やはりそう言うか。もしかしたら、気づかれたくないのかもしれない。

「いやな、俺もそう思うんだが、湊のやつが輝夜姉が変だって言っててよぉ。だからそれを確かめに来たわけだ」

「ずっとというわけじゃないが……時折、輝夜のその目に光がなくなる」

「光……?」

「瞳の奥に、黒い何かが渦巻いている。そんな気がしてならない」

「…………」

輝夜はカウンターの方へと身体を向けて、少し俯く。

「特に、俺たちの村の話題が出た時にはそう映る。正直、俺たちはことが起こってすぐに秀の父親に連れられてカノン様のもとに行った。だからあの時村に何が起きていたのか、その詳細はよくわかっていない。だが少なくとも、ただの魔物の襲撃ではないことぐらいは察している」

「……だな。俺たちの村には八神家の陰陽術で結界が張られていた。これを破った魔物なんて歴史上ただの一体もいなかったはずだ。それがあの日、なんの予兆もなく突然破られて村が崩壊した。……何者かの策略があったと勘繰るのも、不思議じゃねぇよな」

「俺は……輝夜があの時何があったのかを知っていると思っている。少なくとも俺たち以上には。そして今の今まで、その謎めいた何かに復讐をするために、たったひとりで世界中を彷徨っている。……違うか?」

輝夜は手にしていたグラスを力強く握った。

「「っ!」」

グラスはいとも簡単に割れ、破片がカウンターに落ちる。そして中に入っていたワインも、輝夜の手をつたい流れ落ちていった。

「輝夜姉……?」

その表情は……怒り、憎しみ、怨み……そんな激的な負の感情で埋め尽くされていた。

「…………ふぅ………………ったく、昔からほんと察しがいいんだから、みっちゃんは。すまないな、マスター。あとで弁償代払うよ」

マスターは輝夜の奇行に目を見開いていたが、輝夜の言葉にうなづき、落ち着いた表情に戻った。

「輝夜……!手を……!」

俺は輝夜の手を掴み、開かせる。輝夜の左手には、グラスの破片がいくつも刺さっており、血がダラダラと流れ落ちていた。

「平気平気。殺されたみんなの痛みに比べたらさぁ……こんなの痛みの範疇にも入らない」

光のない、無機質な目が傷ついた手のひらを見据える。

「輝夜……」
「輝夜姉……」

「あたしさ、あの日の光景がずっと脳裏にこびりついて、全然離れないんだよ。何もかもが炎で埋め尽くされて、みんなの言葉にならない叫びがあちこちから聞こえてきて……毎日が苦しくて悲しくてたまらない」

輝夜はずっと孤独に抱えてきた苦痛を言葉に紡いでいく。

「それが夢にも出てくるんだから、もうどうしようもない。助けて!苦しい!死にたくない!って……子供のころはそれが何より辛かった。だから一睡もせずに過ごす日なんてざらにあったなぁ」

俺は自分の左腕を、爪を立てた右手で力いっぱい握りしめる。

俺は輝夜が独り苦しみもがいていた時、何もできなかった。そばに寄り添う、ただそれだけのことさえも。

やはりあの時、秀の父親の言い分を無視してでも探しに行くべきだった……!

「それからはみんなの無念を晴らすことだけを生きる目的にして、いろんなとこを駆け巡った。復讐相手の手がかりを求めて。……あたしはもうあの頃とは違う。ただの復讐の鬼に成り果てた……。でも後悔はない。あたしは何がなんでも……たとえ途中で死ぬことになっても、絶対に奴らを殺す。それがあたしに科せられた使命であり、唯一の生きる理由だ」

「「…………」」

同じ村で育ったはずなのに全く異なる生き方をしてきた俺たちには、どう声をかければいいのか、全くわからなかった。

「あはは。すまないな、こんな暗い話。ただまあ、お前たちにはあたしの分まで……いや、みんなの分まで幸せに生きてくれよ。それと主たちのことは二人に任せる。闇に染まりきったあたしには、ふさわしくないしな」

輝夜は乾いた笑いでごまかす。俺たちを遠のかせようとする。

なぜ俺たちに助けを求めない?!
俺たちは……俺はいくらでも力になるというのに……!

「……輝夜姉。それには同意できねぇな、俺も湊もよぉ」

「…………」

「俺らだって、家族や仲間を死に追いやったクソ野郎どもがいるっつうなら、完膚なきまでにぶっ殺してやりてぇんだ。みんなが味わった苦しみや痛みを、何百倍にして返す。それは輝夜姉だけが背負う問題じゃねぇ。生き残った神仙族全体の責務だ。俺も、湊も、あそこから逃げ出した臆病者だ。みんなが苦しんでるっつうのに、なんの痛みを味わうことなく、さっさと戦線離脱した卑怯者だ。そんな汚ねぇ俺らが、今後ずっと、のうのうと幸せに生きろって?それは土台無理な話ってもんだ」

秀は真剣な眼差しで輝夜を捉える。

「輝夜。たとえあなたが俺たちを拒絶したとしても……俺たちはあなたを助ける」

「……ふぅ。そう言うと思った。秀ちゃんもみっちゃんも優しいからね。でもこれはあたしだけの問題。あたしひとりが背負う業。お前たちにはお前たちのやるべきことがある。ノアとシンを守護することだ。それは私たち四家が必ず成し遂げねばならない役目。放棄するわけにはいかない。だから二人に頼んでる。あたしが知る限り、最強の守護者たる二人に、ね」

「…………」

それは分かっている。だが今の虚な目をしたあなたを……死の世界に平気で飛び込みそうなあなたをこのまま放っておきたくは、ない……。

「確かにそれは俺たちの最重要事項だが、ノアやシンと同じくらいに大事なあなたを、簡単に見捨てるような真似はーーー」

輝夜は突然、両脇に座っていた俺と秀の肩を自分に寄せた。俺たちは互いの頭をくっつけるような体勢になる。

「これはあたしの最初で最後の頼みだ。ノアとシンを守ってくれ。あの二人は神仙族の最後の希望なんだから……。頼むよ、秀、湊……」

輝夜のその言葉に、俺も秀も何も言えなかった。拒否しなければならないのに、喉の奥がつっかえて何も紡ぐことができなかった。

入った時と何ひとつ変わっていないはずの店内が、より薄暗くより冷え込んだ気がした。







side ブラフマー=アルボロート

「おやおや、これはまた随分と派手に暴れたものですね」

眼前に広がる更地。ここはアクロポリス西にある森。だというのに、ここだけは木も草も一本たりとも生えていない。豊かな緑が何ひとつ消えていた。

「それもこの規模ですか。……地面の抉れ方もえげつないことで」

我輩は、深々と抉れた地面を注視する。それはありえないほどに長く長く伸びていた。

「ほう。あの山脈、穴がたくさん空いていますね」

地面の異常な抉れと山脈の無数の穴……加えてこの荒地。これらの情報から推察するに、現れた謎の魔物というのは、おそらくはSランクに匹敵するほどの魔物であった、ということでしょう。

我輩は荒れた大地を適当に歩く。

「だがその魔物の姿はどこにもない。ということは……ノアズアークが倒したと考えるのが妥当でしょうね」

これほどの強さを持つ魔物を倒してみせたのです。たかだかCランクごときのパーティが。我輩の標的であるカズハが所属しているとはいえ、ひとりでSランク級と思われるほどの魔物を倒せはしない。それにカズハの強みは『討伐』というジャンルにはありませんからね。

「つまりは、カズハ以外にも我輩のコレクションに加えねばならない存在が、ノアズアークにはいるということ。ランクだけ見ればありえないことではありますが、我輩の眼前に広がるこの事実を覆すことは到底不可能というもの。……クククッ……クハハハッ!」

ああ、この身体中を痺れさせる高揚感!
胸の高鳴りが止まらない!

実に……ああ実に素晴らしい!!

我輩は抑えきれない興奮と高らかな笑いを外に出す。

「クハハハッ、クハハハッッ……!ハア……最高にいい気分です。我輩の手に血濡れた美しい首がある……想像しただけでも鳥肌が立ちますね……!!」

我輩は、わびしい大地で、華やかなステージにて美しく舞う踊り子のように、軽やかなステップを踏む。

「おっとっと。この甘美な高揚にこのまま心委ねるのもまた一興ではありますが、一応は依頼も済ませませんとね。グレンさんとの大事な大事なお約束ですから。……クククッ」

我輩は足を止め、帝都へ戻るための一歩を踏み出した。すると、妙な感覚が足の裏に広がるのを感じた。

「おや?」

我輩は足をどかし、その正体を探る。そこには小さな黒い結晶がいくつか散乱していた。その中で最も大きく力の強い石を、我輩の氣を操作して手のひらへと乗せる。

「ほう。見たことのない代物です。なるほど……ただの石ではなさそうですね」

我輩の白手袋によく映える黒い結晶は、見た目だけならただのいびつな黒い石。しかし外見からは全くうかがえない、その内包された氣の質からは、我輩の満ち足りない欲求の一部分を埋めるような、そのような不思議な期待が押し寄せてきた。

ほんの一部でも、我輩の飽くなき欲望を満たすというのなら、我輩はどんなものでも受け入れよう!

我輩はお気に入りの真っ赤なコートに付けられた内ポケットへと黒く煌めく結晶をしまった。そして赤いシルクハットのトップに手をかけて軽く押す。

「クククッ。ああ、人生のなんと楽しきことか」







side ヌラン

「あらまぁ。取られちゃったかぁ、あの石」

恰幅のいい男、ヌランはある程度離れた位置にある山から、全身を真っ赤に染めた男の行動を見ていた。

「あれはかなり貴重な石だったというのになぁ。けどまあ、の残り物だし、特に今後の使い道もないからいいんだけどぉ」

本当はあの時に全部使う予定だったけど、僕がこっそり取っておいたんだよなぁ。あの時は何となく取っておいただけだったけど……いやぁ、に使い道を見つけられて良かった良かったぁ。

「フフフ。まさかあそこまで理不尽な魔物ができるなんてなぁ。僕も予想外だったよぉ。全ての攻撃を受け付けないだなんて、そんな魔物も作れちゃうんだねぇ。いやぁ、実に恐ろしい石だねぇ」

あの魔物は、本体部分の全てを氣で構成していた。氣を常に漏らしていたのは、容量オーバーだったからだろうなぁ。あとは、自分では止められなかったからとかかなぁ。

それに最初岩肌で体を覆っていたのはきっと、氣を練っていたから、だろうねぇ。

氣っていうのは練れば練るほどにその質が上がるんだよねぇ。その分多くの氣を消費するし、時間もかかるけどぉ、練り上げた氣で放つ氣術は、通常とは比較にならないほどに強いんだぁ。一撃を重くするなら、氣を練るのが一番の近道だよねぇ。

それをあの魔物はやっていたんだぁ。僕の手で誕生したその瞬間からねぇ。賢いよねぇ。そのおかげで生みの親たる僕でもビックリなまでに、超理不尽な魔物ができちゃったよぉ。

でもあれがあいつの限界値じゃないんだよねぇ、たぶん。あのまま誰の邪魔もなく氣を練り上げることができてたら、氣の放出もほぼゼロに抑えられてただろうし、放つ氣術の威力もさっきの比じゃないかもなぁ。

無限に世界を破壊し尽くす、世界史上最強の魔物の誕生が見れたのかもしれないねぇ。まあ僕にはそんなことどうでもいいんだけどぉ。

「そんなことよりも……彼らは本当にいいねぇ」

ヌランはニヤッと口元を緩める。

「僕の……いや私の悲願に最も近い存在ですよ、ノアズアーク。その中でもリーダーのノアは素晴らしいですねぇ」

ヌランの声色は変わっていないが、その口調は明らかに変化していた。

「今まで観察してきたどの存在よりも、私は君を気に入ってしまいましたよ、ノア様?」

自己犠牲心、味方を思う気持ち、そして何よりそのうちに隠しているであろう底知れない力。何やら封印が施されているようですが、これが解かれた時、ノアという人間はその力に溺れることなく、自己を保てるのか。

実に心躍る観察対象ですねぇ。

「フフフ。我が主として足り得るにふさわしいかどうか、引き続き見させていただきましょう」

そう口にしたヌランは、一筋の強い風が吹いたかと思うと、その場所から跡形もなく消え失せていた。

























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私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
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 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

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