碧天のノアズアーク

世良シンア

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グランドベゼル編

24 突発パーティー

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side ノア=オーガスト

少しひんやりとした柔らかい風が吹く夜。皇帝陛下が主催するパーティに参加することになったオレたちは、皇帝陛下が用意してくれていたパーティ用の服装に着替えて大広間へと向かっていた。さすがに冒険者の格好でパーティに出るのはマナー的によくないらしい。というか、オレとシンにいたっては土埃とかついてたし、なおアウトだろう。

てなわけで、オレたちはドレスコードに合わせて、礼服を着ていた。全部タダで貸してくれたからありがたかったけど、汚すのはまずいから慎重に行動しないとなー。

ウィリアムさんを先頭にオレたちは大広間へと入った。中には料理が置かれたいくつかのテーブルがあり、すでに多くの人で賑わっている。誰も彼も金持ちそうな感じだ。あと品格高そう。

オレあんま礼儀作法わかんないけど、大丈夫か?

「あら?!ウィリアム師団長がいらっしゃってるわ!」
「パーティに来てくださるなんて珍しい。私、お話ししてこようかしら」
「あっ、ずるいですわ。抜け駆けは許しませんことよ」

オレたちが入った途端に、ガヤガヤと話し声が大きくなった。特に女の人の。そして数十秒後、ウィリアムさんの周りには、一瞬にして見目麗しく、華やかなドレスに身を包んだ女性たちが集まった。

「ノアズアークのみなさんは自由にパーティを楽しんでくれて構わない。俺はこの場を離れる用ができたので失礼する」

ウィリアムさんは気迫に満ちた女性軍団にのまれるように姿を消してしまった。

「ウィリアムさんってすごい人気なんだな……」

女性陣の荒波にさらわれているのを見ると、ちょっと大変そうだけど。

「めったに社交界に出てこないから捕まえるのが大変って話らしいよー」

「へぇー。……ってなんでそんなこと知ってるんだ、カズハ」

オレンジ色を基調とした温かいドレスを着たカズハは、白いクロスの引かれたテーブルに置かれているグラスを手に取っていた。

「グレンから聞いたことがあるんだよー。グレンってトワイライト家の長男で社交界にも割と顔出してたから、人脈が広いらしくてさー。まあとっくに勘当されてるらしいから、こういうパーティに出るのは久々だって言ってたねー」

「なるほどなー。それにしてもグレンさんって本当に顔が広いんだなー。大帝国師団にいたこともあって、冒険者としても有名で、皇帝とも親しくて、今ではEDENのトップだろ?すごく濃い人生を送ってるよな」

「そうかもねー。私からしたらただのおバカさんにしか見えないけど」

そう言ったカズハは、グラスを口につけゴクっと一口飲む。

みんなも食べ物や飲み物を取ってるみたいだし、オレも何か飲もうかなー。

オレは近くのテーブルに向かい、並べられた飲み物を観察する。
どれがおいしいんだ?うーん……見た目だけじゃわからん。

「んー……」

まあどれでもいっか。飲めばわかるし。

オレは手前に置いてあった赤いグラスを適当に手に取り、飲んでみた。

「……う……」

オレは思わず顔をしかめた。

まずいってわけじゃないんだけど……なんていうか、癖が強いし……なんかちょっと辛いかも?

「どうしたんだ、兄さん」

「ああ、シンか。いやさ、この飲み物がなんか不思議な味がしてびっくりしたっていうか……」

「おお、ノアにシンか」

シンに説明していると、横からグレンさんが話しかけてきた。

「パーティは楽しんでるか?」

「まだ来たばかりだからなんとも言えないけど、すごい華やかだなーとは思うよ」

「そうか。……わるいな、一日中拘束して。あのアホは自分が決めたことは何がなんでも押し通すわがまま大魔王だからな。大目に見てやってくれ」

「それは全然。こういう機会って冒険者をやってても滅多にないことだろうから、むしろ嬉しいし」

こんなにも盛大なパーティって初めてだから、めっちゃ新鮮なんだよなー。

「それは良かった。……ん?ノア、まさかお前、それを飲んだ、のか?」

グレンさんは、オレの手を見て顔色を変えた。

「そうだけど……なんかまずかった?」

実は位の高い人しか飲んじゃいけない飲み物だったとか……?

「……ぶっ……あはははっ」

……へ?

「な、なんで笑うんだ?」

「さあ」

オレは急に笑い出したグレンさんに戸惑った。シンはどうでもよさそうだけど。

「……いやすまんな。その飲み物は一種の罰ゲームみたいなもんでな、それにはカラミソウっていう薬草が入っているんだ」

「はい?」

カラミソウってなんだ?

「そのグラス、よく見ると他のグラスと色が違うだろ?少し赤みが深いはずだ」

オレはテーブルに置かれた他のグラスと手にしているグラスを見比べてみた。

「まあたしかに、言われてみれば……」

「この国の社交界には、昔から謎の迷信があるんだよ。その赤いグラスを飲み干した者は、必ず願いが叶うっていうな。それは一度のパーティでひとつしか出されない。だからこの迷信が本当ならこのグラスを巡って取り合い合戦でも起きそうなものだが、実際そうはならないんだ。なぜだと思う?」

「うーん、なんだろ。赤いグラスを飲むだけで自分の願いが叶うなんて、そんなおいしい話あるわけないってみんなわかってるからとか?」

ほら、現実的にみたら普通にこう考えるよな。

「いや、もっと単純な話だ」

単純……?

「実は赤いグラスを飲んだやつは必ずもがき苦しんで倒れるんだよ。だから誰も飲まない。そんな思いするなら飲みたくないってな」

「んん???」

どゆこと?

「それ、どんな味がした?」

「どんなって……癖が強くて、ちょっと辛いって感じかな?」

「はは。その程度で済んでるのが謎だが、答えはノアが感じたその辛さだ」

「え……?」

「カラミソウってのは強力な刺激薬なんだ。目に入れたらまず間違いなく失明するほどにな。それを昔の奴らは、なんでそうしたのかはわからんが、飲み物に入れて、一種の度胸試しのような遊び始めたらしい。それが巡り巡って願いの叶う飲み物として変化したようだ。最初の頃はグラスの争奪戦が起こったようだが、飲んだ奴がバッタバッタと倒れる様を見て、ついには誰も飲まなくなったというわけだ」

「へぇー。ただ何気なーくとったグラスだったのに、そんな歴史があったなんてなー。……でも、倒れるほど辛くないけど?」

「それはお前がおかしい。もしかしたら、カラミソウに耐性があるのかもしれないな。運がいい」

「……シン、飲んでみる?」

シンにグラスを差し出すと、シンはそれを取り、普通に飲んだ。

「……妙な味だ」

「おいおい嘘だろ……」

表情を変えることなく、淡々と飲んだシンを見て、グレンさんは驚愕していた。

「ここにいたか、グレン」
  
この声は、もしかして……。

オレは声のした方向へ顔を向ける。するとそこには、予想通りの人物……この国の皇帝がいた。

「ノアとシンもいたか。……ん?なぜグレンは目を丸くしている?」

「なあアイザック。カラミソウの入ったグラスって、いつも通り超激辛なんだろ?」

「ああ。伝統的な風習だからな。誰も飲まないだろうが、一応作らせている」

「あれ、見てみろ」

「…………は?」

鳩が豆鉄砲を食ったようとはまさにこのことなんだろう。終始威厳を纏っていた皇帝陛下は、シンの持っているグラスを見て唖然としていた。

「お前のその腑抜け面、久々に見たな」

「……どうやら私の目はおかしくなったようだ」

「なわけないだろ。まだぼけるには早いぞ。よくわからんが、あの二人にはカラミソウに耐性があるようだ。というか、そうとしか考えられん」

「……そうだな。グレンがふざけて飲んだ時は、丸一日うなされていた覚えがある。辛いものがものすごく得意なはずのお前が寝込んだのだ。得意不得意の次元でカラミソウを考えることはできないか」

「そういうことだ。そして俺がうなされていた話は忘れろ。それは俺の黒歴史のひとつだぞ」

「案ずるな。私はそうむやみやたらと他人にプラーベートなことを話はしない」

「そういう問題じゃない……!俺は俺以外のすべての人間からあの時の記憶を抹消したいんだ!」

なんだかんだ仲良いよなー、この二人。なんか秀と湊みたいだ。

「ならば私だけでなく、あいつにも言わねばな」

「……レオンか。まあそれもそうなんだが……はぁ……まあいいか。どうせお前には何言っても無駄だしな……そういえば、最近の亜人国家との交流はどうなんだ?」

……ん?!今、亜人国家って言ったよな?!

「グレンさん!」

「うお……!びっくりした……」

「亜人国家って言った?」

「あ、ああ。そうだが?」

「そこにどう行くのか教えてくれない?」

「ん?なんだ、ノアズアークは亜人国家レグルスに行きたいのか?」

「まあな。そろそろ別の国にも行ってみるのもありだなーって思って。それで次は絶対亜人国家に行くって決めてたんだよ。な、シン」

「ああ。会わないといけない奴がいるからな」

「そうそう……!」

「ふ……ずいぶんと嬉しそうに話すな。よほど会いたい者がレグルスにいるようだな」

「そう言うアイザックだって久々にあいつに会いたいんじゃないのか?」

「……私は何度か通信型氣晶石を使って話をしているが?」

「それは公務でだろ?それに直接会ったわけでもないくせに。……すまん、話が逸れたな。それで、亜人国家への行き方だったか……そうだな……ここからまっすぐ南に行くと、ここアクロポリスの次に栄える街がある。そこはこの国一番の商業都市なんだが、その辺りからなら亜人国家の中心地であるスターライトまで、割と楽に行けるはずだ」

商業都市か……そこも面白そうだから長居したいところだけど、そっちよりもまずは早くスターライトに行かないとな。

「ありがとな、グレンさん!」








side 八神秀

「こういう服は初めて着るなぁ。どうよ湊、俺似合ってっか?」

「見慣れていないから、変な感じだな」

「はは。だよなぁ。俺もそう思うわ」

対して湊はなんでも着こなせっからな。違和感ねぇわ。

「あそこにお並びになっている御二方、見たことあります?」
「いえ、存じ上げませんわ」
「あんなに麗しい見目の方々、私が忘れるわけがありませんのに」

……ん?なんか視線を感じるような気がするが……。

「よお、秀」

「お。オスカーの旦那じゃねぇの」

なんだ、さっきの視線はオスカーの旦那だったか。

「ガッハッハ。……ん?秀と湊だけか?他の者はどうした?」

「それぞれ自由行動さ」

さすがに四六時中一緒ってわけでもねぇしな。

「お前が秀か」

オスカーの旦那の背後から、金髪の男が現れた。

「ああ、そうだ。あんたはたしか、ウィリアム……だったか?」

さっきの試合でシンと張り合った師団長ウィリアム=ブラッツ。あの短い時間の中でもわかる。この男は相当な刀術使いだ。

「ああ。第一師団『凪』の師団長を務めるウィリアム=ブラッツだ。聞くところによれば、お前はここにいるオスカー師団長を負かしたそうだな?」

「まあな。つっても実際三対一みたいなもんだったし、完全勝利ってわけではねぇがな」

「ガッハッハ。それは秀がウィル坊のような戦闘スタイルではないからだろう?俺は何人相手だろうと構わんぞ!次は必ず俺が勝つからなぁ!ガァッハッハッハ!」

オスカーの旦那はなんだかよく知らんが、すげーご機嫌な様子だ。

「前からずっと思ってたんだが、オスカーの旦那ってちょっとバカっぽいよなぁ……」

「そうなのよ。ついに秀君にも感じ取られちゃったかー」

そう言いながら横から現れたのは、三人目の師団長だった。

「ジン先輩。もういいんですか?」

「それはウィリアムも同じでしょ?はぁー、肩凝ったー」

華やかさとスタイリッシュさのある銀のドレスを着たジン師団長は、疲れた顔をしながら自分の肩を揉んでいる。

「そうですね。俺は精神的にだるいので社交界にはあまり顔は出したくないです」

「はぁー。はやくあの庭園に行って休みたいわー」

どうやらジン師団長もさっきのウィリアム師団長のような状況になっていたらしいな。気の毒なことだ。

「久々のパーティは大変だったろう?ウィル坊。定期的に顔を出さんから余計にだるいのではないか?俺のように無遅刻無欠席を心がけてみろ」

そう言いつつオスカーの旦那は、テーブルに置かれた食事をどかどかと食べまくっていた。

「……オスカー師団長はタダ飯を食べたいだけでしょう」

「ま、そうとも言うな。ガッハッハ!」

そう機嫌よく笑いながら、オスカーの旦那は手当たり次第に料理をとっては口に放り込んでいる。

……一体どんな胃の大きさしてんだ?

「ウィリアム、と言ったか」

オスカーの旦那の食いっぷりに呆れていると、いつのまにか湊がウィリアム師団長に近づいてた。

「あの刀術はお前独自のものか?」

なるほど。湊はどうやらウィリアム師団長の刀術に興味を持ったらしい。たしかに刀を武器とする者同士、気になるのも当然か。

「元は学園で学んだものだ。それを俺が独自のものにアレンジした。そういう意味では自己流と言えるかもな」

「なるほど……いい腕をしていた」

お、珍しい。湊が褒めることなんてそうそうないぞ。

「たしかにいい刀捌きだったなぁ。この湊ってやつも、あんたと同じで刀を使うんだ。そっちがよければ今度試合してみるのはどうだ?」

あんだけの腕前を持ってんだ。ぜってぇいい勝負するに決まってる。

「試合だと?」

「ああ。湊はうちのパーティ最強の刀使いだ。相手にとって不足はねぇと思うぜ」

「ふむ……真剣を使った試合なら呑んでやってもいい」

真剣か……どうやらガチの戦いをご所望らしい。

「だとよ。どうするよ、湊」

「……そちらに戦う意志があるというのなら、俺も全身全霊をもって相手しよう」

湊のやつ、かなりクールぶってんなぁ。外面は淡々としているように見えるが、内心実はウキウキしてるだろうによ。

「おお!今度はウィル坊と湊の対決が見られるのか!これは面白くなってきたな!」

口に食べかすをつけたオスカーの旦那が会話に入ってきた。ということは……。

俺は周りのテーブルを見回してみた。すると案の定、さきほどまで大量に置いてあったはずの料理がすべてなくなっていた。

おいおい、どんだけ食ってんだよ……。

「カーッ!俺もやりたいぞー!」

「はは。オスカーの旦那はまず、俺を倒さねぇとな」

「ぐぬぬ。……秀、今ここでリベンジマッチをしようではないか」

「はあ?」

こんなとこでできるわけがねぇだろうよ。

「何言ってんですか、オスカーさん。パーティを台無しにするようなことは控えてください。それに、そろそろあのが襲ってくる時期になるんですから、呑気に試合なんてできないですからねー」

ジンが間に入ってくる。にしても……。

「はた迷惑なやつらってのは一体なんなんだ?」

「えーとね……まあこのくらいなら言っても大丈夫か……実はね、二、三年に一回のペースでこの国は戦争をしているの。もちろんこっちから攻めてるわけじゃないんだけど」

「その相手は隣国である軍事国家ファランクスだ。どうせ領土の拡大とか、どうでもいい理由でこちらに攻めてきているんだろうな。……迷惑極まりない」

「ウィル坊の言う通りさ。無垢な民たちをいらぬ危険に巻き込んでしまうからなー。戦争なんぞくだらないもんはとっととやめてもらいたいもんだが……」

オスカーの旦那はグイッとグラスを飲み干した。

「あんたら大帝国師団で制圧できないのか?」

「それができたら苦労せん。人数不利もあるが、何よりも敵の戦術が見事すぎてなー。毎度窮地に立たされてしまっているわ。いや実にあっぱれなことよ」

「感心しないでくださいよ、オスカーさん」

「ガッハッハ。すまんすまん」

「なら先に仕掛ければどうだ」

お、やっぱ湊もそう思うか。

多少危険は伴うだろうが、先制攻撃をすれば相手の準備期間を潰せるし、あらかじめ練られているであろう戦術とやらもほぼ機能しなくなるっつうメリットもある。俺なら一度くらいはそれを試してみるんだが、なぜそれをしねぇんだ?

「それは進言したことがある。奇襲をかければ奴らの強みである戦術も多少は効かなくなるからな。だが、陛下には聞き入れてはもらえなかった」

「なんだ、ウィル坊もやってたか。実は俺も軽くだが言ったことはあるぞ。ただ陛下は争いを好まないからなー。というより、民を思う心が人一倍高いのだ。だから争いを自ら生み出すことはしたくないのだろうなぁ」

……国の統治者としては賢明な判断をしなくちゃならない。だから先制攻撃なんつう危険なマネはできねぇってわけか。

「なるほど。あんたらも苦労してるんだな」

「ガッハッハ。それが大帝国師団の務めよ。皆、この国が大好きだから守りたいと願う。だから師団に入りたいと志願するものは多い。それだけ陛下の統治が良いものだという証拠だろうなぁ」

「たまにはいいことを言いますね、オスカー師団長」

「それは私も同意」

「む?俺はいつでもいいことを言ってるぞ?」

「そういう事情なら、試合はまた今度だな。ま、つっても俺らもそろそろこの国を離れっから、どちらにせよって感じだったな」

「ほう?どの国に行くかはもう決めたのか?俺のオススメは常闇国シェードだぞ」

その国の情報はまだほとんど仕入れてないなぁ。EDENで他の冒険者が話しているのを小耳に挟んだくらいだ。

「なんと言っても、あそこの飯はバカうまいからな!」

「「…………」」

そればっかじゃねぇか、オスカーの旦那……。

「あー、提案はありがてぇが、もう行き先は決まってんよ」

俺はオスカーの旦那に呆れつつ、ノアとシンがいる方向に目を向けた。

あのはしゃぎようは、きっとあそこだろうなぁ。








side セツナ

「マリア様はどの殿方が好みです?」
「わたくしは、やっぱりウィリアム様よ。強くて頭が良くて、それはそれは見目が麗しくて……」
「うんうん、わかります」
「カネラ様はどうなんですの?」
「そうですね。ウィリアム様も捨てがたいですけど、私はルイス様がいいです」
「たしかに!ルイス様もウィリアム様に引けを取りませんもの!」
「そうなんです!では、ルニ様はどうです?」
「私ですか?私は……ジン様、です……」
「「ええー?!」」
「ルニ様ったら、誰も触れないようにしていましたのに……わたくしだって、ジン様をお慕いしていますのよ!」
「私もです!ジン様はそんじょそこらの殿方よりも美しくかっこいいですから!」
「そ、そうですよね!」

なんなんだ、ここは……。

この豪奢な部屋に入ってから何度この言葉を頭に浮かべただろうか。無駄に煌びやかな服装の女たちや妙に身なりをよくした男たちが、にこにこと話し合い賑わっている。

場違い感がすごいな……。

物心ついた頃から……いや、おそらくは生まれた時から蔑まれ殴られるのが当然だった私からすれば、ここはまるで異世界そのものだった。

きゃーきゃーとさわぐあの女たちが、なぜあんなにも嬉しそうに話しているのか、全く理解できない。

私は近くのテーブルで取ったグラスを口に近づけ、軽く飲んでみる。

甘いな……。

それは私が初めて経験した味だった。こんなにも甘い飲み物は今まで飲んだことがない。川の水さえあれば事足りたからな。

だが……悪くない。

私は壁に寄りかかったまま、グラスの残りを飲み干す。そして再び別のグラスを取り、空のグラスと交換した。

「セツナお姉ちゃん!」

リュウが正面から小走りでやってくる。その両手には皿が乗っていた。

「これすっごくおいしかったから、食べてみて!」

リュウははしゃぎながら私に勧めてくる。それもそのはず、リュウにとってこんな豪華なパーティは初めてのことだからな。見たこともないうまい料理は山ほどあるだろう。

私にとってはこの空間は居心地の悪いとこだが、リュウが楽しそうで何よりだ。

「そうか。ありがと、リュウ」

「うん!」

私はリュウが持ってきてくれた皿をひとつとり、口に運ぶ。

これはたぶん肉だと思うけど……肉ってこんなに柔らかいものだったか……?

幼少期やブリガンドにいた頃は、自分で食料を調達することが基本で、よく山や森で狩りをしたが、どれもこれも硬かった。だというのにこんなにも柔らかいとなると、狩った動物を焼くだけだった私の調理とは何か別の方法で作ったものなのだろう。

いずれにしても……これはうまいな。

「どうだった……?」

「リュウの言う通りだ。うまいな、これ」

私は本心をリュウに伝えた。

「ほんと?!」

「ああ。もう一皿はリュウが食べな。私はこれで十分だ」

「うん。ありがとう、セツナお姉ちゃん!」

リュウは皿に盛り付けられた料理を口いっぱいに頬張ったかと思えば、コホコホとむせ始めた。料理は逃げも隠れもしないというのに急いで食べようとするリュウの姿は、ざわついていた私の心を穏やかにしてくれる。

こんなにも嬉しそうに笑う姿、少し前の私には想像がつかなかっただろう。

「あー!セツナったら、こんなところにいたー」

視線を上に向ければ、カズハとエルがいた。さらには隣にもうひとり、見慣れない人物もいる。

たしか……ジン=グレースだったか。この国の五人のトップクラスの守護者のひとりで、ノアの相手をしていた奴だ。

「なんでこんな端っこにいるのさー。全然見かけないから居なくなっちゃったかと思ったよー」

「……それで、私に何か用?」

「用っていう用はないんだけど……あ、セツナとリュウはもう料理食べた?」

「まあ」

「食べた!すごく、おいしい!」

「だよねー!これぜーんぶこの帝城のお抱え料理人が作ったんだよ?それをまたお腹いっぱい食べられるなんて、もう最高すぎるよねー!あーあ、今日がずっと続けばいいのになー」

道理でいつも以上にテンションが高いわけだ。低く見積もってもやかましさが通常時の倍はあるな。

「リュウはどれが一番気に入った?」

「ぼくは、これ」

「あー、苺タルトかー。わかるわかる、超おいしかったもん。私はね……」

「すごく盛り上がってますね、二人とも」

私は楽しそうに料理トークをする二人から視線を外す。

「エルは入らなくていいのか?」

「私は薬草トークには自信があるんですけど料理は……あ、薬膳も料理に入りますよね?それならーーー」

「いや、やめておけ」

私は会話に入りそうなエルをとりあえず制止した。

「あの二人からすれば、おそらく薬膳はベクトルが違う」

「え?でも、薬膳も立派な料理のひとつで……」

「あーっと、エルちゃん。私もセツナちゃんに同意かなー。ここは抑えて抑えて、ね?」

私と同じ思考だったのだろう。ジンがエルの肩に手を置きつつ、エルの行動を止めようとする。

「そうですか……お二人がそこまで言うのなら……」

その言葉を聞き、ほっとした様子のジン。

「そういえば、セツナちゃんとはちゃんと話したことなかったよねー。改めて、私はジン=グレース。よろしくね」

ジンはつけていた白手袋を外し、私の眼前に手を伸ばした。そこには傷跡がいくつもあった。

……こういう奴は悪くない。

「私はセツナ。あんたのさっきの戦い、割と良かった」

私はジンと握手を交わす。

「あはは。割とかー。やっぱ私もまだまだだねー」

「ジンさん、ジンさん」

「ん?」

ジンはエルに手を引かれ、少し離れたところに移動した。

「セツナさんが誰かを褒めることなんて滅多にないんです。超超超レアなんです。だから、えっと、つまり……とーってもすごい試合でした!、と同じ意味です」

ジンの耳元で小声に何かを言うエル。それを聞いたジンが口角を上げたのを見るに、悪いことではなさそうだけど。

「ふふ……そっかそっか。それは嬉しいことだねー。教えてくれてありがとね、エルちゃん」

「いえいえ。セツナさんが悪く思われるのは嫌ですから。セツナさん、わかりにくいとは思うんですけど、本当はとってもいい人なんです!」

私はグラスを飲みながら、視線をパーティ会場全体へと向ける。

会場内の様子はさっきまでと変わらず、明るく賑やかだった。まさに生が満ち溢れた空間だ。死に満ちた世界に身を置いていた私には、やはり似合わない。

「セーツナ!ちゃーんと食べてるー?」

会場を観察をしていた私の横から、明るい呼び声が聞こえてきた。

「あ、皿にまだ料理残ってるじゃん。ていうか、その量じゃ絶対足りないでしょー。私取ってきてあげる!」

「いや別にいらなーーー」

「セツナにはもっといろんなおいしい料理を知って欲しいからさー」

そう言うとカズハはどこかに行ってしまった。

……本当に自由だな、あいつは。背中に翼でも生えているんじゃないのか?

「セツナお姉ちゃん!」

リュウは私の服の裾を軽く引っ張る。

「これ、食べて」

リュウが両手を伸ばして差し出したのは、小さな白い皿に乗った何かだった。もちろん食べ物なのはわかっているが、私はこれを知らなかった。苺が乗っているのとその器がクッキーっぽいものでできているのを見るに……スイーツ、か?

「ありがと」

まあなんだろうと食べてみればわかる。

私はリュウからその皿をもらい、付属していたフォークで切り分け口に入れた。

「苺タルトかー。私も好きだよ。その苺、大帝国でしか栽培されてない特殊な品種でね、小粒だけどその分ぎゅっと甘みが詰まってるのが特徴なんだー」

「そうなんですね。このタルト、苺がぎっしり詰まっててとてもおいしそう……私も食べたいです!」

どうやらこそこそ話が終わった二人が戻ってきたらしい。

にしても……うまいな、これ。
今までの腐った人生で一番、かもしれない……。

「エルもついに気づいちゃったか、この苺タルトの魅力に……安心して、みんなの分は確保してきたから、さ!」

カズハは自身が持ってきた皿たちを空いたテーブルに置いていく。そしてジャーンッと言わんばかりに両手を広げて見せつけた。

「「「おおおー!」」」

私以外のみんなはどうやら感嘆しているらしい。

「ささ、食べた食べた!」

カズハがみんなに料理を勧めているのを横目に、私は空になった皿を近くのテーブルに置き、もとの位置に戻る。その直後……。

「ほーら、セツナも」

急に手を引かれた。

目の前にはテーブルを囲みながら料理を口にするリュウたちがいる。みんなは私が来たことに気づき、にこやかな顔を見せた。

こんなにも場違いで居心地の悪い空間だったはずなのに、いつのまにか心穏やかになっている。

……こういうのも、たまには悪くないのかもしれない。

私はほんの少し口元を緩ませ、カズハに引かれるまま心地よい輪に加わった。






side ???

とある街の夜の酒場。僕は黒いフードを目深にかぶり、水を片手に小休憩をとっていた。

「おい、聞いたか。あの極悪非道で有名な暗殺集団ダスクと盗賊集団ブリガンドが壊滅したらしいぞ」

「ほんとか?どうせ根も葉もない噂話だろ?」

「いやそれが、本当なんだって。信じられる筋からの話なんだからよ。しかも聞いて驚け。それをやったのはなんと、冒険者なんだとよ」

「冒険者?はーん。さてはSランク冒険者の誰かだな?その二つの組織ってここ数年ずっと暴れ回ってたし、どっかのお偉いさんが指名依頼でもしたってところか」

「チッチッチ。それが違うんだなぁ」

「は?じゃあなんだよ。Aランク冒険者がやったってことか?でもひとりじゃな……あ、わかった。Aランクパーティのどっかだろ。パーティなら数の差もちょっとだけだが埋められるし」

「ブッブー。不正解」

「じゃあなんなんだよ!」

「パーティってのは目の付け所が良かったなぁ。けどAランクじゃねぇんだ」

「Aランクじゃない?……まさかSランク?けど現状二つしか存在しないSランクパーティに依頼するなんて、金がいくつあっても足りないんじゃ……」

「いやいや、逆よ逆」

「逆?……ってことはま、ま、まさか、Bランクパーティ?!」

「はいそれも不正解!」

「はぁ?!もう意味わからん」

「仕方ねぇな。正解を教えてやろう。ずばり、Dランクパーティだ!」

「…………………………はああぁぁぁぁぁぁぁ?!」

「「「…………?」」」

「ちょ、おい、うるせぇって。もっと声抑えろよ。変な目で見られまくってるじゃねぇか」

「あ、悪い。でもお前が変なこと言うから……」

「まあその反応も無理はねぇ。俺も聞いた時はマジびびった。まあ最近Cランクパーティになったらしいが、デタラメな話に聞こえるのには変わりねぇよな」 

「そのパーティ、なんて言うんだよ」

「ノアズアークだな、たしか。……にしても、俺らだってBランクパーティとしていろいろ頑張ってんのに、そんなやべぇことをわけぇ奴らにやられるとこう……なんか悔しいよな」

「たしかに。……よし、こんなとこでのんびりしてねぇで、早く魔物狩りに行こうぜ」

「そうこなくちゃな!」

筋肉質な二人の男は、勢いよく椅子から立ち上がり、この場を後にした。

ノアズアーク、か……元気にしてるかな、あの二人は……。

僕は立てかけた剣を腰に携え、外へ出る。ふと見上げれば、雲ひとつない心地よい青空が広がっていたが、地上に爛々と光を浴びせる陽に眩しさを感じ、僕は手をかざした。

……今日もいい一日になりそうだ。

























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アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で身も心もすり減らした相馬蓮司(42歳)。 過労死の果てに辿り着いたのは、剣と魔法の異世界だった。 神様から「万能スキル」を押し付けられたものの、蓮司が選んだのは──戦いでも冒険でもない。 静かな辺境の村外れで、珈琲と煙草の店を開く。 作り出す珈琲は、病も呪いも吹き飛ばし、煙草は吸っただけで魔力上限を突破。 伝説級アイテム扱いされ、貴族も英雄も列をなすが──本人は、そんな騒ぎに興味なし。 「……うまい珈琲と煙草があれば、それでいい」 誰かと群れる気も、誰かに媚びる気もない。 ただ、自分のためだけに、今日も一杯と一服を楽しむ。 誰にも縛られず、誰にも迎合しない孤高のおっさんによる、異世界マイペースライフ、ここに開店!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

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