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レグルス編
7 行方不明
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side ノア=オーガスト
リュウが、いなくなった……?
息を切らしながらも懸命に伝えるエルに、オレは困惑のあまり、返す言葉が見つからずにいた。
まさか、誘拐事件に巻き込まれたとかじゃ……!
「どうしてそうなったか、状況説明をしろ」
焦るオレに代わって、隣にいたシンがエルに説明を求めた。
「はい……実は……」
私たちはさっきまでクマックという薬屋にいました。リュウくんは店主であるべアリーナさんのお孫さんにあたるベアドルさんと一緒に外の小さな薬草畑に行っていて、私はべアリーナさんと薬草について談笑していました。
「ケモノソウはこの国でしか採取できない貴重な薬草だと聞いたことがあるのですが、このお店ではどのように使っているんですか?」
「ああそうさね。ハクタク様の氣が色濃く流れるこの地でしか、ケモノソウは咲かないのさ」
クッキーをかじり、『よくできてるね。料理の才はあるんだろうな、ベアドルのやつは』と、べアリーナさんは口に残る甘い風味を味わっていました。
「ハクタク様、というのは……」
私はその名前にピンときませんでした。
「この国の守り神さ。初代叡王に力を授けた神獣で、亜人たちは皆、ハクタク様に畏敬の念を持ってるはずさ。私も含めてな」
「守り神ですか。そんなにすごい方が大昔にはいたんですね」
「少し違うよ、エル。実は、ハクタク様は今もご存命で、数年に一度、皆の前に姿を現し、祝福を与えてくださるのさ」
「……!そうなんですね。すみません、てっきりもうこの世界にはいないものと……」
「ふふふ。そう考えるのも無理ないね。神々はこの世界から去ったっていうのは、世界の共通認識だろうから。だけど、ハクタク様は私たち亜人のために、この世界に残る道を選択してくださったんだ」
べアリーナさんは、温かな表情でハクタク様について教えてくださりました。本当に敬愛しているのがよくわかります。
「なるほど……ハクタク様の力がないとケモノソウは自生しない……となると、ハクタク様の力がある種宿ったともいえるケモノソウという薬草は、相当効力の高い代物ではないでしょうか……」
「ふむ、賢いじゃないか、エル。ケモノソウにも成長段階があるんだが、それは花の色で判別可能だ。そして最終段階である金の模様が入った純白の花の場合、その効力は絶大だと言われている」
「言われている……ですか?」
そもそもケモノソウの色は一種類ではなかったよですね……。であれば先ほどの薬草畑に咲いていた花は、大半がケモノソウだったということです。成長段階という言葉を使われたということは、見た目だけではなくその効力も色によって違いそうです。
ますますケモノソウに興味が湧いてきました……!
「ああ。私も実際に見たことはないのさ。文献に記されていたのを知っているだけ。もう五十年以上薬師をやってるんだがね……」
「そう、なんですね。けどもし、それを人為的に生み出せたら……」
「そりゃ世紀の大発見になるに決まっとる。私もどうにか生きてるうちに最終段階になったケモノソウをこの目で見たくてね。研究を続けているんだよ」
やっぱりこの方は、薬草に対してとても熱心に取り組んでいらっしゃいます。スザンヌさんも、自分以外にも薬や病気に対して真摯に向き合っている薬師は大勢いるとおっしゃいっていましたけど、こんなにも早く出会えるなんて……!
「あの、ここに滞在してる間、クマックに顔を出してもいいですか?べアリーナさんからいろんなことを学びたいんです」
「ほう……それはつまり、私の薬草に関する知識や技術を盗みたいってことかい?」
私の心を見透かすような鋭い目つきで、べアリーナさんは私の目を見ました。
「け、決してそんなことは……!私はただ……」
私は動揺して机にドンッと両手を置き、大きな声を出してしまいました。
確かに私がしようとしていることは、べアリーナさんが何十年も積み重ねてきた研究を踏みにじることと同義かもしれません……。
私はべアリーナさんの顔がまともに見れず、下を向きました。ですが……。
「はははは……!」
なぜかべアリーナさんは高笑いをしました。その声に私は顔を上げ目を丸くしました。
「冗談さ、冗談。エルが本気で薬を学びたいのはもう十分伝わってるさ。意地悪して悪かったね」
「いえ、全然……ほんとのことですし……」
私は自分の軽はずみな言動に恥ずかしくなり、顔を俯かせました。
「カーッ。なんだいこのピュアッピュアな子は。どっかのバカ孫とは大違いじゃないか」
「あわわ……」
べアリーナさんは私の頬に手を当てて、私の顔を前に向かせました。私はべアリーナさんと目線が合い、思わず逸らしてしまいました。
「ふふん。私ゃ素直な子は大好きさ」
べアリーナさんはそっと手を離すと、椅子に浅く座って少し前のめり気味な体勢をとり、テーブルに組んだ手を置きました。私も話を続けようと椅子に座ったその時でした。
「さてと、早速少し薬草について話してやろうかね。先に聞いておくが、エルが学びたいものってのはーーー」
「ガタン!」
突然大きな物音が後ろから聞こえてきて、私は慌てて振り返りました。そしてそこには、焦った顔をしたベアドルさんがいました。
「なんだい、ベアドル。そんなに勢いよく開けたら、扉が壊れちまうだろうが」
「リュウが……リュウが消えちまったんだよ、ばあちゃん……!」
「……そして今の今まで私とベアドルさん、べアリーナさんとで手分けしてリュウくんを捜索しているんですが、全然見つからなくて……」
エルは唇を固く結んだ。その顔はひどく青ざめているように見えた。エルの話を聞いている間に冷静さを取り戻していたオレは、少しかがみながらエルの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫だ、エル。オレたちも一緒に探すから」
「俺も手伝おう」
その低音に振り向けば、半月型の小さな耳のある茶髪の男……レアさんがいた。
「あれ、もうとっくにいなくなってるもんだと……」
「その少女の焦燥感に苛まれた表情を見てしまっては、ほっとけないと思ってな。それに俺は誰よりもこの地に詳しく、知り合いも多い。自分で言うのもおかしな話だが、力になれることは多いと思うぞ」
確かに。この人は国を運営する側の人だし、現地の人でもあるから土地勘もある。行方不明の誰かを探すには、レアさんほどうってつけな人もいないか。
「そういうことならレアさんにも協力してもらおう。こっちとしてもありがたいし」
「それで、リュウという者の特徴は?」
「純白の髪に、灰色の目の子ども。歳は九つ。あとは……美少年とか?」
あ、最後のはいらんかったかも。本当のことだからつい口走っちった。
「ふむ、了解した」
レアさんは、取り出した紙にペンでささっとメモ書きした。そして紙が柔らかな白い光を帯びたかと思うと、それは白い小さな鳥へと変化し、翼を羽ばたかせて空へと飛んでいった。
「おお、すご……」
「伝書鳩だ。レグルスではよく使われている伝達手段だ。雨の日などは遠くまでは飛ばせないが、それなりに重宝する」
へぇー。伝えたい情報自体が伝達媒体になるって、なんか面白いな……って、感心してる場合じゃないっての。
「助かるよ、レアさん。オレたちも足を使ってできるかぎり探し回ろうと思ってるから、これで……」
「少し待て」
レアさんは急ごうとするオレたちを呼び止めた。そして懐から一枚の小さな木札を取り出した。木札は本に挟む栞のように、上に短めのひもがつけられている。
「これを持っていけ。情報が掴め次第、伝書鳩をお前たちに飛ばす。これはそのための氣道具だ」
小さな木札の中心には、金色に輝くひし形の鉱物が埋め込まれていた。たぶん、氣晶石ってやつだな。氣道具にはよく使われてるって聞いたことあるし。
「サンキュー、レアさん」
side リュウ
リュウとベアドルは、薬屋の隣にある小さな薬草畑にやってきた。ベアドルが勝手にリュウを連れ出したのだが、リュウは特に不満はなさそうである。
「ベアドルおじさん。なんでこの花とこの花は、形が同じなのに、色は違うの?」
薬草畑の前で膝を抱えてしゃがんでいたリュウは、並ぶ薬草たちを観察し、近くで別作業をしていたベアドルへと問いかけた。
「おじさん……ゴホン。それはケモノソウと言ってな、段階によって色とか模様が変わるんだ。例えば……」
ベアドルはリュウの隣にしゃがみこんだ。
「この青色の花とあっちの黄色の花、形は同じだが色は全然違う。しかも見た目だけじゃなく、その性質も変わってるから、成長の仕方によって用途が千差万別なんだぜ。実はリュウが食べたクッキーにも、ケモノソウを混ぜ込んであったんだよ」
「そうなの……?」
「おうよ。俺だって一応薬師を目指してるからな。薬草の知識は大方、この脳みそに入ってる。料理と掛け合わせるなんざ、楽勝さ。んでもって、なぜここにきたかっつうと、まさにこの薬草を取りたかったからだ。食材の甘さを引き立てつつも、身体を温める作用をもったやつがあってな。オレンジのやつなんだが……お、あったあった」
ベアドルは目的の薬草をみつけ、持ってきたハサミで花の部分より少し下の茎を切った。
「こうしときゃ、またケモノソウは花を咲かす。ま、もっかいオレンジになるかどうかはわからんが」
ベアドルはハサミを使い、三つのオレンジ色のケモノソウを採取した。
「きれいな色してる」
「まあな。そういや、観賞用としてもケモノソウは結構人気だって、花屋のダチが言ってたな。……お次は卵を取ってこないとな。裏手の鶏、もう産んでっかな……」
ベアドルは、首の後ろに手を当てながら店の後ろ側へと行ってしまった。リュウは薬草畑に一時的にひとり残された。
このお花とこのお花、色同じたけど、模様が違う……。
リュウは薬草畑をじっと観察していた。すると、視界の端を何かが横切った。
「うさぎさん……?」
そこには桃色の身体をした小さなウサギがいた。頭部にツノが三本生えており、その長さはまちまちである。
「足、怪我してる……」
そのウサギの足からは、ポタポタと血が垂れていた。リュウはそれに気づき、ウサギに手を伸ばすが、ウサギはピョンッとジャンプして逃れた。そして、血をぽつぽつと落としながら、軽快に走り去っていく。
「あ、待って……!」
ケガ、治してあげないと……。
リュウは急いでウサギを追いかけた。ウサギは壁伝いに駆けたり、障害物を軽々と越えたりと、とても怪我をしているような動きではなかった。それでもリュウは、ウサギを心配して懸命に追いかけた。木々の隙間など、とても人が通れるような場所ではないところもあったが、リュウの身体能力もあり、見失うことはなかった。
「捕まえた……!」
ウサギとリュウは、追いつくか否かのぎりぎりの追いかけっこを続けていたが、ようやく決着がついたようだ。リュウがツタに足を取られてしまったウサギを助けだし、優しく抱っこした。
「もう、大丈夫だよ。はやくエルお姉ちゃんのとこに……」
リュウはウサギから周りに目を向ける。そしてようやく気づいた。
……ここ、どこ?
リュウの周りの風景は、先ほどまでとは様相が違っていた。景観を壊さない程度に舗装されていた道はなく、あるのは獣道くらいなものであった。加えて、追いかける前までは道の両側には建物がいくつか立っていたはずだが、今は見る影もない。森の中にある街ではなく、自然の森そのものに迷い込んでしまったかのようであった。
リュウは一気に不安になった。迷子になってしまったこともそうだが、これでは今抱いているウサギの怪我をすぐに治すことができないと、幼心ながらに悟ったのである。
「どうしよう……」
「キュイ!」
リュウの懐で休むウサギが、リュウを励ますような元気な鳴き声を上げた。
「ごめんね、うさぎさん。もう少しだけ、我慢してね……」
あっちに行ってみよう……。
リュウは不安に駆られながらも、その場に止まるのではなく、とりあえず行動することに決めた。葉や枝が散乱する道を歩き、前へ前へと足を運んでいく。
「キュイ!」
すると突然、ウサギがリュウの懐から飛び出して駆け出した。
「あ……!」
リュウは再びウサギを追いかける。足場の悪さから、リュウは足を取られて転んでしまうこともあった。それにスピードが先ほどよりも落ちてしまっていた。そのためリュウがウサギを見失いそうになると、その度にウサギは時折立ち止まって振り返りながら、追いつかれないように走った。それはまるで、追いかけっこを心から楽しむ子どものようだった。
『ビー、ビー、ビー!』
突然、大きな警報音が鳴った。リュウはビクッと肩を震わせ、その場に立ち止まる。ウサギも驚いたのか、その場でピョンッ、と思い切り跳ねた。
『侵入者を発見。ただちに排除します』
冷たい無機質な音声が響き渡った。そしてその直後、リュウに対して数本の矢が降り注いだ。空からの攻撃にリュウは即座に反応してかわしていく。
攻撃してきた場所を見上げると、木々の隙間から鳥のようなものが数体飛んでいるのが目に映った。色は全体的に茶色だ。
……うさぎさん、守らないと……!
リュウはウサギを保護しようと、目線をウサギの方へと戻した。だがそこにはもうウサギはいなかった。
……っ!うさぎさん、どこに……。
「わ……!」
リュウが辺りを見回した瞬間、左側方から謎の力がリュウを襲った。リュウはそのまま右に軽く飛ばされ、地面に倒れた。状況を把握しようと、リュウは慌てて立ち上がる。
「うさぎさん……!」
先ほどまでリュウが立っていた位置には、血を流して倒れ伏すウサギの姿があった。その小さな身体には数ヶ所新たな傷ができており、付近の地面には数本の矢が突き刺さっている。
リュウは急いでウサギに駆け寄り、地面に座り込んだ状態で、負傷したウサギ抱き上げた。そして自分の耳を血に濡れたウサギの身体に密着させる。
……よかった、生きてる……!
ドクドクと伝わってくる心音に、リュウは心からほっとした。だがまだ脅威が去ったわけではなかった。
木々の合間を縫って上空から迫り来る数本の鋭い矢が、リュウ目掛けて放たれた。動き出しが遅れたリュウは、ウサギを抱えたまま避けるのは不可能と判断したのか、ウサギを包み込むようにその場で丸くなった。
「キュィ……」
ぐったりとしたウサギから、掠れた弱々しい鳴き声が発せられた。それはまるで、リュウに「逃げろ」と伝えているようだった。
side ノア=オーガスト
どこ行ったんだ、リュウ……!
オレ、シン、エルはレアさんと別れた後手分けしてリュウを探し回っていた。オレが今いるところは聖樹の先っちょの葉蔭の下辺りで、他よりも暗く感じると思う。それに今は夕暮れも近づいてきてるから、ここはますます暗くなってる。
「そろそろ集合場所に戻ったほうがいいか……」
オレたちは事前に夜になる前にはふれあいパークに集ろうという話をした。適当に走り回って、自分たちも迷子になっていたら本末転倒だからな。
「くそ、一体どこに……ん?」
……金眼の、白猫?
行儀良く座る白猫。オレの目の前にはいつのまにか、見知らぬ猫がいたのである。
「え、お前さっきもいたか?」
オレが足を踏み出すと、白猫はオレから逃げるように歩き始めた。そしてオレが足を止めると、白猫は振り返ってオレを見つめてくる。
……ついてこいってことか。
オレは直感から、この不思議な白猫についていくことにした。白猫は、狭い道をするすると通り抜けていく。木々の隙間なんかも通り抜けていくから、仕方なく木の枝から枝へと飛び乗ったり、家伝いに走ったりして、白猫とともにオレはどんどん聖樹へと近づいていった。そしてその道中、伝書鳩が飛んできた。
伝書鳩はオレの手のひらに留まったかと思うと、一枚の紙へと変化した。そこには達筆な文字が書かれている。
『守護叡団の調査から、白髪の少年が聖樹がある方角へと走っていく姿が、複数の住民から目撃されたとのことだ。その後の足取りはまだ掴めないが、まずはこの情報だけでも共有しておく』
書状の右端には朱印が押されており、その朱印は獅子が吠えているように見えた。
とりあえず、リュウが誘拐事件に巻き込まれた線はなさそうだな……。良かった。
ていうか聖樹がある方って、ちょうどこの白猫が向かってる方角じゃないか。……これはもしかしなくても、この白猫、オレをリュウのところに案内してくれるんじゃないか……?
「白猫様、悪いけどもう少しスピードを上げてくれないか。オレの大事な仲間を早く見つけたいんだ」
オレは白猫のキラキラと美しい金眼をじっと見つめた。白猫は軽くうなづいたかと思うと、聖樹の方に身体を向けて再び走り出した。
屋根伝い、木の枝伝いにぴょんぴょんと軽快に跳んでいく白猫。オレは白猫から目を離さないように注意しながら後を追った。そして、オレと白猫は聖樹の真下あたりに広がる広大な森の中へと入った。
……まさに樹海だな、これ。さっきまでとは明らかに違う。人の手が全く加えられていない、まさに自然界の森そのもののように見える。
それにこの森はさっきまでとは違い何の整備もされてないため、かなり足場が悪い。白猫もオレもほぼ走ることができずにいたが、なるべく速い足取りで進んで行っている。
「おいおいマジか。こんなとこに本当にリュウがいるのか……?」
草に紛れながらもどんどん進んでいく白猫に、オレは今さら不信感を抱いていた。
リュウが何かしらの理由で迷子になってるとはいえ、こんな奥深くまでくるか?普通に考えてさ。明らかに雰囲気が異なるから、近づく理由もないと思うんだけどな……。それとも、何かここに来ざるを得なかった理由がリュウの身に起きたのか……。
「あーダメだ。考えてても埒があかないやつだな、これ。とにかくリュウを見つけることに専念しないと」
リュウがどうして迷子になったのかなんてのは、リュウ本人を見つけ出して直接聞けばいいことだ。だから今考える必要はない。集中しろ……!
オレは周囲に神経を尖らせ、ここにいると思われるリュウの気配を辿ろうとする。
『ビー、ビー、ビー!』
……何だこの音は?
警報音のような音が三回、かすかにオレの耳に届いた。オレは立ち止まり、パッとその方向へと顔を向ける。だが、視界内に特別な何かが映りはしなかった。何の変哲もない木々や草花が広がるのみだ。
黎明之眼……!
オレは自身の眼に宿る特殊な力を解放した。オレの目が金から美しい青色へと変わっていく。この状態のオレは、まさに神の如く全てを見通す力を使うことができる。
……木々のすぐ上付近の空中に浮かんでるのは、茶色の鳥か?それも複数体いる。木目っぽいのも見えるし、たぶん生き物じゃないな。それに口から矢のようなものを一定の間隔を空けて発射しづけている。その先にいるのは……リュウ?!
オレは足に力を込めて走り出す。あれは明らかにリュウが木の鳥たちに襲われている状況だった。怪我した兎っぽいのも近くにいたけど、狙われているのはリュウだけっぽい。
「間に合え……!」
オレは全力で森の中を駆け抜けていく。飛び出た木の枝で頬や腕、足なんかに切り傷ができるが、そんなものはおかまいなしだ。
いた、リュウ!
オレは黎明之眼の力を切る。目はもとの金色へと戻った。
……届け!
オレはリュウ目掛けて思い切りダイブした。手をめいいっぱい伸ばし、少しでも距離を詰める。
うずくまるリュウに複数の矢が放たれた。その矢が届く寸前、オレの伸ばした手と飛び込んだ身体がリュウへと触れた。
「……っ……イテ……」
オレはリュウを包み込んだ状態でゴロゴロと地面を転がった。勢い余ったのか、オレは木に背中を思い切りぶつけてしまった。
「無事か!リュウ!」
オレはすぐに上体を起こして、抱えたリュウの安否を確認した。
「……ノア、兄ちゃん……」
地面を転がったせいで土埃まみれになってしまったリュウは、薄く目を開けながら返事をした。
「ふぅ……良かった無事で……。あーあー、こんなに汚れちゃって、もう……」
オレはリュウの服や髪、顔なんかについた土埃を優しく払っていく。
「ノア兄ちゃんも、汚れてるよ?」
リュウはめいいっぱい手を伸ばし、オレの頭の横あたりについた枯葉を一枚取った。
「ははは。こりゃあとで風呂に入らないとな」
「うん……」
オレは安堵のあまり気の抜けた笑顔をした。要するに、リュウを攻撃してきたやつや白猫のことをすっかり忘れていたのである。
「うさぎさん……!」
リュウははっとしたように自分の懐を見た。オレも後ろから覗き込むと、そこには小さな桃色の兎がいた。頭部に角が三本あるところをみるに、ただの兎じゃなさそうだけど。
「大丈夫?」
「キュイ!」
リュウにしっかり抱き抱えられていたらしい兎は、リュウの問いかけに元気よく応えた。
これで一件落着か、と思いきや……。
『ビー、ビー、ビー!』
再びあの警報音が鳴り響いた。
『直ちに侵入者の排除を………………』
無機質な音声が流れたかと思えば、突然その音声がなくなった。木々の合間から空を見ると、さっきまでいたはずの襲撃者たちはいつのまにか消えていた。
「遅くなってすまんな、ノア」
突如聞こえた低音に正面を向けば、豪奢な衣装に身を包んだ金髪の男がいた。
「え……誰?」
見知らぬ金髪の男に名前を呼ばれ、オレは心底困惑していた。
こんな目立つ人と知り合いだったら、絶対忘れるわけがないのに……。それほどに目の前に立つ男からは、一般人とは違うオーラのようなものが感じられるのだ。
「ああ、この姿で会うのは初めてだったか。俺だ。レアだ」
「……はい?」
レア、さん?え、だってレアさんは茶髪の亜人だったはず……あ、でも言われてみれば顔立ちとか、あの小さな耳とか、声は同じ、かも?
「まあ、レアという名も普段使う偽名ではあるが」
「へ?」
「改めて自己紹介しよう。俺はレオン=アストラル。この国の現叡王だ」
「……………………マジで……?」
リュウが、いなくなった……?
息を切らしながらも懸命に伝えるエルに、オレは困惑のあまり、返す言葉が見つからずにいた。
まさか、誘拐事件に巻き込まれたとかじゃ……!
「どうしてそうなったか、状況説明をしろ」
焦るオレに代わって、隣にいたシンがエルに説明を求めた。
「はい……実は……」
私たちはさっきまでクマックという薬屋にいました。リュウくんは店主であるべアリーナさんのお孫さんにあたるベアドルさんと一緒に外の小さな薬草畑に行っていて、私はべアリーナさんと薬草について談笑していました。
「ケモノソウはこの国でしか採取できない貴重な薬草だと聞いたことがあるのですが、このお店ではどのように使っているんですか?」
「ああそうさね。ハクタク様の氣が色濃く流れるこの地でしか、ケモノソウは咲かないのさ」
クッキーをかじり、『よくできてるね。料理の才はあるんだろうな、ベアドルのやつは』と、べアリーナさんは口に残る甘い風味を味わっていました。
「ハクタク様、というのは……」
私はその名前にピンときませんでした。
「この国の守り神さ。初代叡王に力を授けた神獣で、亜人たちは皆、ハクタク様に畏敬の念を持ってるはずさ。私も含めてな」
「守り神ですか。そんなにすごい方が大昔にはいたんですね」
「少し違うよ、エル。実は、ハクタク様は今もご存命で、数年に一度、皆の前に姿を現し、祝福を与えてくださるのさ」
「……!そうなんですね。すみません、てっきりもうこの世界にはいないものと……」
「ふふふ。そう考えるのも無理ないね。神々はこの世界から去ったっていうのは、世界の共通認識だろうから。だけど、ハクタク様は私たち亜人のために、この世界に残る道を選択してくださったんだ」
べアリーナさんは、温かな表情でハクタク様について教えてくださりました。本当に敬愛しているのがよくわかります。
「なるほど……ハクタク様の力がないとケモノソウは自生しない……となると、ハクタク様の力がある種宿ったともいえるケモノソウという薬草は、相当効力の高い代物ではないでしょうか……」
「ふむ、賢いじゃないか、エル。ケモノソウにも成長段階があるんだが、それは花の色で判別可能だ。そして最終段階である金の模様が入った純白の花の場合、その効力は絶大だと言われている」
「言われている……ですか?」
そもそもケモノソウの色は一種類ではなかったよですね……。であれば先ほどの薬草畑に咲いていた花は、大半がケモノソウだったということです。成長段階という言葉を使われたということは、見た目だけではなくその効力も色によって違いそうです。
ますますケモノソウに興味が湧いてきました……!
「ああ。私も実際に見たことはないのさ。文献に記されていたのを知っているだけ。もう五十年以上薬師をやってるんだがね……」
「そう、なんですね。けどもし、それを人為的に生み出せたら……」
「そりゃ世紀の大発見になるに決まっとる。私もどうにか生きてるうちに最終段階になったケモノソウをこの目で見たくてね。研究を続けているんだよ」
やっぱりこの方は、薬草に対してとても熱心に取り組んでいらっしゃいます。スザンヌさんも、自分以外にも薬や病気に対して真摯に向き合っている薬師は大勢いるとおっしゃいっていましたけど、こんなにも早く出会えるなんて……!
「あの、ここに滞在してる間、クマックに顔を出してもいいですか?べアリーナさんからいろんなことを学びたいんです」
「ほう……それはつまり、私の薬草に関する知識や技術を盗みたいってことかい?」
私の心を見透かすような鋭い目つきで、べアリーナさんは私の目を見ました。
「け、決してそんなことは……!私はただ……」
私は動揺して机にドンッと両手を置き、大きな声を出してしまいました。
確かに私がしようとしていることは、べアリーナさんが何十年も積み重ねてきた研究を踏みにじることと同義かもしれません……。
私はべアリーナさんの顔がまともに見れず、下を向きました。ですが……。
「はははは……!」
なぜかべアリーナさんは高笑いをしました。その声に私は顔を上げ目を丸くしました。
「冗談さ、冗談。エルが本気で薬を学びたいのはもう十分伝わってるさ。意地悪して悪かったね」
「いえ、全然……ほんとのことですし……」
私は自分の軽はずみな言動に恥ずかしくなり、顔を俯かせました。
「カーッ。なんだいこのピュアッピュアな子は。どっかのバカ孫とは大違いじゃないか」
「あわわ……」
べアリーナさんは私の頬に手を当てて、私の顔を前に向かせました。私はべアリーナさんと目線が合い、思わず逸らしてしまいました。
「ふふん。私ゃ素直な子は大好きさ」
べアリーナさんはそっと手を離すと、椅子に浅く座って少し前のめり気味な体勢をとり、テーブルに組んだ手を置きました。私も話を続けようと椅子に座ったその時でした。
「さてと、早速少し薬草について話してやろうかね。先に聞いておくが、エルが学びたいものってのはーーー」
「ガタン!」
突然大きな物音が後ろから聞こえてきて、私は慌てて振り返りました。そしてそこには、焦った顔をしたベアドルさんがいました。
「なんだい、ベアドル。そんなに勢いよく開けたら、扉が壊れちまうだろうが」
「リュウが……リュウが消えちまったんだよ、ばあちゃん……!」
「……そして今の今まで私とベアドルさん、べアリーナさんとで手分けしてリュウくんを捜索しているんですが、全然見つからなくて……」
エルは唇を固く結んだ。その顔はひどく青ざめているように見えた。エルの話を聞いている間に冷静さを取り戻していたオレは、少しかがみながらエルの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫だ、エル。オレたちも一緒に探すから」
「俺も手伝おう」
その低音に振り向けば、半月型の小さな耳のある茶髪の男……レアさんがいた。
「あれ、もうとっくにいなくなってるもんだと……」
「その少女の焦燥感に苛まれた表情を見てしまっては、ほっとけないと思ってな。それに俺は誰よりもこの地に詳しく、知り合いも多い。自分で言うのもおかしな話だが、力になれることは多いと思うぞ」
確かに。この人は国を運営する側の人だし、現地の人でもあるから土地勘もある。行方不明の誰かを探すには、レアさんほどうってつけな人もいないか。
「そういうことならレアさんにも協力してもらおう。こっちとしてもありがたいし」
「それで、リュウという者の特徴は?」
「純白の髪に、灰色の目の子ども。歳は九つ。あとは……美少年とか?」
あ、最後のはいらんかったかも。本当のことだからつい口走っちった。
「ふむ、了解した」
レアさんは、取り出した紙にペンでささっとメモ書きした。そして紙が柔らかな白い光を帯びたかと思うと、それは白い小さな鳥へと変化し、翼を羽ばたかせて空へと飛んでいった。
「おお、すご……」
「伝書鳩だ。レグルスではよく使われている伝達手段だ。雨の日などは遠くまでは飛ばせないが、それなりに重宝する」
へぇー。伝えたい情報自体が伝達媒体になるって、なんか面白いな……って、感心してる場合じゃないっての。
「助かるよ、レアさん。オレたちも足を使ってできるかぎり探し回ろうと思ってるから、これで……」
「少し待て」
レアさんは急ごうとするオレたちを呼び止めた。そして懐から一枚の小さな木札を取り出した。木札は本に挟む栞のように、上に短めのひもがつけられている。
「これを持っていけ。情報が掴め次第、伝書鳩をお前たちに飛ばす。これはそのための氣道具だ」
小さな木札の中心には、金色に輝くひし形の鉱物が埋め込まれていた。たぶん、氣晶石ってやつだな。氣道具にはよく使われてるって聞いたことあるし。
「サンキュー、レアさん」
side リュウ
リュウとベアドルは、薬屋の隣にある小さな薬草畑にやってきた。ベアドルが勝手にリュウを連れ出したのだが、リュウは特に不満はなさそうである。
「ベアドルおじさん。なんでこの花とこの花は、形が同じなのに、色は違うの?」
薬草畑の前で膝を抱えてしゃがんでいたリュウは、並ぶ薬草たちを観察し、近くで別作業をしていたベアドルへと問いかけた。
「おじさん……ゴホン。それはケモノソウと言ってな、段階によって色とか模様が変わるんだ。例えば……」
ベアドルはリュウの隣にしゃがみこんだ。
「この青色の花とあっちの黄色の花、形は同じだが色は全然違う。しかも見た目だけじゃなく、その性質も変わってるから、成長の仕方によって用途が千差万別なんだぜ。実はリュウが食べたクッキーにも、ケモノソウを混ぜ込んであったんだよ」
「そうなの……?」
「おうよ。俺だって一応薬師を目指してるからな。薬草の知識は大方、この脳みそに入ってる。料理と掛け合わせるなんざ、楽勝さ。んでもって、なぜここにきたかっつうと、まさにこの薬草を取りたかったからだ。食材の甘さを引き立てつつも、身体を温める作用をもったやつがあってな。オレンジのやつなんだが……お、あったあった」
ベアドルは目的の薬草をみつけ、持ってきたハサミで花の部分より少し下の茎を切った。
「こうしときゃ、またケモノソウは花を咲かす。ま、もっかいオレンジになるかどうかはわからんが」
ベアドルはハサミを使い、三つのオレンジ色のケモノソウを採取した。
「きれいな色してる」
「まあな。そういや、観賞用としてもケモノソウは結構人気だって、花屋のダチが言ってたな。……お次は卵を取ってこないとな。裏手の鶏、もう産んでっかな……」
ベアドルは、首の後ろに手を当てながら店の後ろ側へと行ってしまった。リュウは薬草畑に一時的にひとり残された。
このお花とこのお花、色同じたけど、模様が違う……。
リュウは薬草畑をじっと観察していた。すると、視界の端を何かが横切った。
「うさぎさん……?」
そこには桃色の身体をした小さなウサギがいた。頭部にツノが三本生えており、その長さはまちまちである。
「足、怪我してる……」
そのウサギの足からは、ポタポタと血が垂れていた。リュウはそれに気づき、ウサギに手を伸ばすが、ウサギはピョンッとジャンプして逃れた。そして、血をぽつぽつと落としながら、軽快に走り去っていく。
「あ、待って……!」
ケガ、治してあげないと……。
リュウは急いでウサギを追いかけた。ウサギは壁伝いに駆けたり、障害物を軽々と越えたりと、とても怪我をしているような動きではなかった。それでもリュウは、ウサギを心配して懸命に追いかけた。木々の隙間など、とても人が通れるような場所ではないところもあったが、リュウの身体能力もあり、見失うことはなかった。
「捕まえた……!」
ウサギとリュウは、追いつくか否かのぎりぎりの追いかけっこを続けていたが、ようやく決着がついたようだ。リュウがツタに足を取られてしまったウサギを助けだし、優しく抱っこした。
「もう、大丈夫だよ。はやくエルお姉ちゃんのとこに……」
リュウはウサギから周りに目を向ける。そしてようやく気づいた。
……ここ、どこ?
リュウの周りの風景は、先ほどまでとは様相が違っていた。景観を壊さない程度に舗装されていた道はなく、あるのは獣道くらいなものであった。加えて、追いかける前までは道の両側には建物がいくつか立っていたはずだが、今は見る影もない。森の中にある街ではなく、自然の森そのものに迷い込んでしまったかのようであった。
リュウは一気に不安になった。迷子になってしまったこともそうだが、これでは今抱いているウサギの怪我をすぐに治すことができないと、幼心ながらに悟ったのである。
「どうしよう……」
「キュイ!」
リュウの懐で休むウサギが、リュウを励ますような元気な鳴き声を上げた。
「ごめんね、うさぎさん。もう少しだけ、我慢してね……」
あっちに行ってみよう……。
リュウは不安に駆られながらも、その場に止まるのではなく、とりあえず行動することに決めた。葉や枝が散乱する道を歩き、前へ前へと足を運んでいく。
「キュイ!」
すると突然、ウサギがリュウの懐から飛び出して駆け出した。
「あ……!」
リュウは再びウサギを追いかける。足場の悪さから、リュウは足を取られて転んでしまうこともあった。それにスピードが先ほどよりも落ちてしまっていた。そのためリュウがウサギを見失いそうになると、その度にウサギは時折立ち止まって振り返りながら、追いつかれないように走った。それはまるで、追いかけっこを心から楽しむ子どものようだった。
『ビー、ビー、ビー!』
突然、大きな警報音が鳴った。リュウはビクッと肩を震わせ、その場に立ち止まる。ウサギも驚いたのか、その場でピョンッ、と思い切り跳ねた。
『侵入者を発見。ただちに排除します』
冷たい無機質な音声が響き渡った。そしてその直後、リュウに対して数本の矢が降り注いだ。空からの攻撃にリュウは即座に反応してかわしていく。
攻撃してきた場所を見上げると、木々の隙間から鳥のようなものが数体飛んでいるのが目に映った。色は全体的に茶色だ。
……うさぎさん、守らないと……!
リュウはウサギを保護しようと、目線をウサギの方へと戻した。だがそこにはもうウサギはいなかった。
……っ!うさぎさん、どこに……。
「わ……!」
リュウが辺りを見回した瞬間、左側方から謎の力がリュウを襲った。リュウはそのまま右に軽く飛ばされ、地面に倒れた。状況を把握しようと、リュウは慌てて立ち上がる。
「うさぎさん……!」
先ほどまでリュウが立っていた位置には、血を流して倒れ伏すウサギの姿があった。その小さな身体には数ヶ所新たな傷ができており、付近の地面には数本の矢が突き刺さっている。
リュウは急いでウサギに駆け寄り、地面に座り込んだ状態で、負傷したウサギ抱き上げた。そして自分の耳を血に濡れたウサギの身体に密着させる。
……よかった、生きてる……!
ドクドクと伝わってくる心音に、リュウは心からほっとした。だがまだ脅威が去ったわけではなかった。
木々の合間を縫って上空から迫り来る数本の鋭い矢が、リュウ目掛けて放たれた。動き出しが遅れたリュウは、ウサギを抱えたまま避けるのは不可能と判断したのか、ウサギを包み込むようにその場で丸くなった。
「キュィ……」
ぐったりとしたウサギから、掠れた弱々しい鳴き声が発せられた。それはまるで、リュウに「逃げろ」と伝えているようだった。
side ノア=オーガスト
どこ行ったんだ、リュウ……!
オレ、シン、エルはレアさんと別れた後手分けしてリュウを探し回っていた。オレが今いるところは聖樹の先っちょの葉蔭の下辺りで、他よりも暗く感じると思う。それに今は夕暮れも近づいてきてるから、ここはますます暗くなってる。
「そろそろ集合場所に戻ったほうがいいか……」
オレたちは事前に夜になる前にはふれあいパークに集ろうという話をした。適当に走り回って、自分たちも迷子になっていたら本末転倒だからな。
「くそ、一体どこに……ん?」
……金眼の、白猫?
行儀良く座る白猫。オレの目の前にはいつのまにか、見知らぬ猫がいたのである。
「え、お前さっきもいたか?」
オレが足を踏み出すと、白猫はオレから逃げるように歩き始めた。そしてオレが足を止めると、白猫は振り返ってオレを見つめてくる。
……ついてこいってことか。
オレは直感から、この不思議な白猫についていくことにした。白猫は、狭い道をするすると通り抜けていく。木々の隙間なんかも通り抜けていくから、仕方なく木の枝から枝へと飛び乗ったり、家伝いに走ったりして、白猫とともにオレはどんどん聖樹へと近づいていった。そしてその道中、伝書鳩が飛んできた。
伝書鳩はオレの手のひらに留まったかと思うと、一枚の紙へと変化した。そこには達筆な文字が書かれている。
『守護叡団の調査から、白髪の少年が聖樹がある方角へと走っていく姿が、複数の住民から目撃されたとのことだ。その後の足取りはまだ掴めないが、まずはこの情報だけでも共有しておく』
書状の右端には朱印が押されており、その朱印は獅子が吠えているように見えた。
とりあえず、リュウが誘拐事件に巻き込まれた線はなさそうだな……。良かった。
ていうか聖樹がある方って、ちょうどこの白猫が向かってる方角じゃないか。……これはもしかしなくても、この白猫、オレをリュウのところに案内してくれるんじゃないか……?
「白猫様、悪いけどもう少しスピードを上げてくれないか。オレの大事な仲間を早く見つけたいんだ」
オレは白猫のキラキラと美しい金眼をじっと見つめた。白猫は軽くうなづいたかと思うと、聖樹の方に身体を向けて再び走り出した。
屋根伝い、木の枝伝いにぴょんぴょんと軽快に跳んでいく白猫。オレは白猫から目を離さないように注意しながら後を追った。そして、オレと白猫は聖樹の真下あたりに広がる広大な森の中へと入った。
……まさに樹海だな、これ。さっきまでとは明らかに違う。人の手が全く加えられていない、まさに自然界の森そのもののように見える。
それにこの森はさっきまでとは違い何の整備もされてないため、かなり足場が悪い。白猫もオレもほぼ走ることができずにいたが、なるべく速い足取りで進んで行っている。
「おいおいマジか。こんなとこに本当にリュウがいるのか……?」
草に紛れながらもどんどん進んでいく白猫に、オレは今さら不信感を抱いていた。
リュウが何かしらの理由で迷子になってるとはいえ、こんな奥深くまでくるか?普通に考えてさ。明らかに雰囲気が異なるから、近づく理由もないと思うんだけどな……。それとも、何かここに来ざるを得なかった理由がリュウの身に起きたのか……。
「あーダメだ。考えてても埒があかないやつだな、これ。とにかくリュウを見つけることに専念しないと」
リュウがどうして迷子になったのかなんてのは、リュウ本人を見つけ出して直接聞けばいいことだ。だから今考える必要はない。集中しろ……!
オレは周囲に神経を尖らせ、ここにいると思われるリュウの気配を辿ろうとする。
『ビー、ビー、ビー!』
……何だこの音は?
警報音のような音が三回、かすかにオレの耳に届いた。オレは立ち止まり、パッとその方向へと顔を向ける。だが、視界内に特別な何かが映りはしなかった。何の変哲もない木々や草花が広がるのみだ。
黎明之眼……!
オレは自身の眼に宿る特殊な力を解放した。オレの目が金から美しい青色へと変わっていく。この状態のオレは、まさに神の如く全てを見通す力を使うことができる。
……木々のすぐ上付近の空中に浮かんでるのは、茶色の鳥か?それも複数体いる。木目っぽいのも見えるし、たぶん生き物じゃないな。それに口から矢のようなものを一定の間隔を空けて発射しづけている。その先にいるのは……リュウ?!
オレは足に力を込めて走り出す。あれは明らかにリュウが木の鳥たちに襲われている状況だった。怪我した兎っぽいのも近くにいたけど、狙われているのはリュウだけっぽい。
「間に合え……!」
オレは全力で森の中を駆け抜けていく。飛び出た木の枝で頬や腕、足なんかに切り傷ができるが、そんなものはおかまいなしだ。
いた、リュウ!
オレは黎明之眼の力を切る。目はもとの金色へと戻った。
……届け!
オレはリュウ目掛けて思い切りダイブした。手をめいいっぱい伸ばし、少しでも距離を詰める。
うずくまるリュウに複数の矢が放たれた。その矢が届く寸前、オレの伸ばした手と飛び込んだ身体がリュウへと触れた。
「……っ……イテ……」
オレはリュウを包み込んだ状態でゴロゴロと地面を転がった。勢い余ったのか、オレは木に背中を思い切りぶつけてしまった。
「無事か!リュウ!」
オレはすぐに上体を起こして、抱えたリュウの安否を確認した。
「……ノア、兄ちゃん……」
地面を転がったせいで土埃まみれになってしまったリュウは、薄く目を開けながら返事をした。
「ふぅ……良かった無事で……。あーあー、こんなに汚れちゃって、もう……」
オレはリュウの服や髪、顔なんかについた土埃を優しく払っていく。
「ノア兄ちゃんも、汚れてるよ?」
リュウはめいいっぱい手を伸ばし、オレの頭の横あたりについた枯葉を一枚取った。
「ははは。こりゃあとで風呂に入らないとな」
「うん……」
オレは安堵のあまり気の抜けた笑顔をした。要するに、リュウを攻撃してきたやつや白猫のことをすっかり忘れていたのである。
「うさぎさん……!」
リュウははっとしたように自分の懐を見た。オレも後ろから覗き込むと、そこには小さな桃色の兎がいた。頭部に角が三本あるところをみるに、ただの兎じゃなさそうだけど。
「大丈夫?」
「キュイ!」
リュウにしっかり抱き抱えられていたらしい兎は、リュウの問いかけに元気よく応えた。
これで一件落着か、と思いきや……。
『ビー、ビー、ビー!』
再びあの警報音が鳴り響いた。
『直ちに侵入者の排除を………………』
無機質な音声が流れたかと思えば、突然その音声がなくなった。木々の合間から空を見ると、さっきまでいたはずの襲撃者たちはいつのまにか消えていた。
「遅くなってすまんな、ノア」
突如聞こえた低音に正面を向けば、豪奢な衣装に身を包んだ金髪の男がいた。
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「まあ、レアという名も普段使う偽名ではあるが」
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「……………………マジで……?」
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