婚約者の前で奪われる!?王太子が僕の番だった夜

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今ここに、いる

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 時間が経つにつれて、朝の眩しさは少しずつやわらいでいった。

 窓から射し込む光は柔らかく変わり、部屋の中を淡い金色に染めていく。

 殿下は静かに筆を走らせ、書類の上に細かな文字を並べていた。

 僕は向かいのソファで本を開き、ようやく落ち着いて文字を追えるようになっていた。

 ページをめくる音と、殿下のペンの音。

 それだけが穏やかに混ざり合い、心をくすぐるような静けさが広がっていた。

 殿下が用意してくれた本の中に、ひとつの短編があった。

 “遠く離れても、魂は巡り逢う”そんな題のついた物語。

 生まれ変わっても、何度でも惹かれ合う二人の恋人。

 名前を忘れても、記憶を失っても、心だけは繋がっている。

 その一文を読み返すたび、なぜか胸の奥が静かに熱を帯びた。

 ……どこか、殿下とのことに似ている気がした。

 印のあたりが、じんわりと温かくなる。
 まるで、それが“答え”のように。

 そのとき、殿下が筆を置いた。
 「……ずっと読んでいたな。どんな話だ?」

 穏やかな声に顔を上げると、紫の瞳がまっすぐこちらを見ていた。

 「えっと……遠く離れても惹かれ合う恋人たちの話です。記憶を失っても、お互いを思い合うんです。名前も姿も変わってしまっても、心だけは……繋がっている」

 殿下は少しのあいだ黙っていた。
 それから、ゆるやかに微笑んで言った。

 「……まるで“番”のようだな」

 その言葉に、胸の奥がふっと熱くなる。

 「……はい。僕も、少しそう思いました」

 「記憶を失っても惹かれ合う……それは、祝福された魂の縁なのだろうな」

 殿下の声は穏やかで、けれどどこか遠くを見るようだった。

 その表情を見ていたら、自然と口が動いた。

 「……殿下は、恋をされたことがありますか?」

 言ってから、はっと息を飲む。
 けれど、もう引き返せなかった。

 殿下はペンを完全に置き、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 紫水晶のような瞳が、まっすぐに僕を映す。

 「……あった」

 短い一言。
 けれど、それだけで胸の奥が大きく波打った。

 「……今、その方は?」

 気づけば、声が掠れていた。
 殿下はほんの一瞬、目を伏せて……そして穏やかに笑う。

 「今ここに、いる」

 空気が、震えた。
 その瞳の奥に宿る熱が、真っすぐに僕を貫いた。

 ……あ。

 ゆっくりと意味が追いついていく。

 “今ここにいる”それはつまり、僕のことだと。

 理解した瞬間、息が詰まった。
 喉が鳴るのに、声が出ない。

 頬がじんわりと熱を帯び、指先まで火照っていく。

 印のあたりが脈を打った。
 まるで、その想いに呼応するように。

 殿下の唇が、かすかに弧を描く。

 「……顔が赤いな」

 その声音は、やわらかく胸を撫でていくようだった。

 息をすることさえ、忘れてしまいそうだった。
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