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第70話 告白じゃない、けれど
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翌朝、朱里はいつもより早く出社した。
まだオフィスには数人しかいない。蛍光灯の白い光が少しだけ冷たく感じる。
デスクにコーヒーを置きながら、朱里は昨夜の言葉を思い出していた。
> 「100回言う前に、俺の方が“好き”って言いそうだけど?」
──あれは、冗談だったのか。それとも、少しだけ本音だったのか。
(いや、きっと冗談だよね……。だってあの人、そういうのサラッと言えるタイプだし)
頭ではそう思っても、胸の奥のもやもやは晴れなかった。
メールを打ちながらも、文字が視界の端で揺れて見える。
「おはようございます!」
明るい声がして顔を上げると、瑠奈が笑顔で立っていた。
その手にはコンビニの袋。
「コーヒー、買ってきたんです。先輩の分もありますよ」
「え? あ、ありがとう」
「昨日、平田さんと打ち合わせの帰りに話したんです。朱里さん、ブラック派ですよね?」
(……昨日? やっぱり二人でいたんだ)
朱里は微笑みを浮かべながら、心の中でそっとため息をついた。
瑠奈の無邪気さが、余計に胸をチクリと刺す。
「ありがと。気が利くね」
「いえいえ! あ、今日の午後の会議、私も同席することになりました。がんばります!」
「……うん。がんばろうね」
そう言いつつも、朱里の視線は無意識に嵩の席を探していた。
まだ出社していない。机の上には昨日の資料がそのまま置かれている。
(……また資格の勉強してるのかな)
彼が夜遅くまで図書館に通っていることを、朱里は知っていた。
“努力家”という言葉がこれほど似合う人を、彼女は他に知らない。
けれど──それが余計に遠く感じる。
仕事が始まり、午前中はあっという間に過ぎていった。
昼休み、朱里が資料をまとめていると、ふいに背後から声がした。
「中谷さん、ちょっと時間ある?」
振り向くと、そこに嵩が立っていた。
白いシャツの袖をまくり、穏やかに微笑んでいる。
「……あ、はい」
心臓が一拍遅れて跳ねた。
瑠奈の視線がちらりと二人に向くのが見えたが、朱里は気づかないふりをした。
「昨日のモール、楽しかったな」
「……っ!? ちょ、ちょっと声小さくしてください!」
周囲を見渡す朱里に、嵩は笑いを堪える。
「なんだよ、別に変な意味じゃない」
「こ、こっちはそう聞こえます!」
そのやりとりを見ていた同僚が「仲いいなぁ」と冷やかすように笑った。
朱里は顔を真っ赤にして資料を抱え直す。
「ち、違います! べつにそういうんじゃ……っ!」
「そういうんじゃ?」
「……もう、知らないっ!」
逃げるように会議室へ向かう朱里の背中を、嵩は少し困ったように、でもどこか嬉しそうに見送った。
そして彼女がいなくなったあと、小さく呟く。
「“嫌い”って、言わなくなったな……」
その言葉を聞く者は誰もいなかった。
けれど朱里の心には、確かに小さな変化が芽生えていた。
まだオフィスには数人しかいない。蛍光灯の白い光が少しだけ冷たく感じる。
デスクにコーヒーを置きながら、朱里は昨夜の言葉を思い出していた。
> 「100回言う前に、俺の方が“好き”って言いそうだけど?」
──あれは、冗談だったのか。それとも、少しだけ本音だったのか。
(いや、きっと冗談だよね……。だってあの人、そういうのサラッと言えるタイプだし)
頭ではそう思っても、胸の奥のもやもやは晴れなかった。
メールを打ちながらも、文字が視界の端で揺れて見える。
「おはようございます!」
明るい声がして顔を上げると、瑠奈が笑顔で立っていた。
その手にはコンビニの袋。
「コーヒー、買ってきたんです。先輩の分もありますよ」
「え? あ、ありがとう」
「昨日、平田さんと打ち合わせの帰りに話したんです。朱里さん、ブラック派ですよね?」
(……昨日? やっぱり二人でいたんだ)
朱里は微笑みを浮かべながら、心の中でそっとため息をついた。
瑠奈の無邪気さが、余計に胸をチクリと刺す。
「ありがと。気が利くね」
「いえいえ! あ、今日の午後の会議、私も同席することになりました。がんばります!」
「……うん。がんばろうね」
そう言いつつも、朱里の視線は無意識に嵩の席を探していた。
まだ出社していない。机の上には昨日の資料がそのまま置かれている。
(……また資格の勉強してるのかな)
彼が夜遅くまで図書館に通っていることを、朱里は知っていた。
“努力家”という言葉がこれほど似合う人を、彼女は他に知らない。
けれど──それが余計に遠く感じる。
仕事が始まり、午前中はあっという間に過ぎていった。
昼休み、朱里が資料をまとめていると、ふいに背後から声がした。
「中谷さん、ちょっと時間ある?」
振り向くと、そこに嵩が立っていた。
白いシャツの袖をまくり、穏やかに微笑んでいる。
「……あ、はい」
心臓が一拍遅れて跳ねた。
瑠奈の視線がちらりと二人に向くのが見えたが、朱里は気づかないふりをした。
「昨日のモール、楽しかったな」
「……っ!? ちょ、ちょっと声小さくしてください!」
周囲を見渡す朱里に、嵩は笑いを堪える。
「なんだよ、別に変な意味じゃない」
「こ、こっちはそう聞こえます!」
そのやりとりを見ていた同僚が「仲いいなぁ」と冷やかすように笑った。
朱里は顔を真っ赤にして資料を抱え直す。
「ち、違います! べつにそういうんじゃ……っ!」
「そういうんじゃ?」
「……もう、知らないっ!」
逃げるように会議室へ向かう朱里の背中を、嵩は少し困ったように、でもどこか嬉しそうに見送った。
そして彼女がいなくなったあと、小さく呟く。
「“嫌い”って、言わなくなったな……」
その言葉を聞く者は誰もいなかった。
けれど朱里の心には、確かに小さな変化が芽生えていた。
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