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第129話 “なんでもない”が、増えていく
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その日の午後は、やけに長く感じた。
数字の並んだ資料を眺めながら、私は何度も同じ行を目で追っていることに気づく。
(……集中しなきゃ)
なのに、頭の片隅から離れないのは、瑠奈の言葉だった。
──昨日より、顔色いいです。
自覚はなかった。
でも、否定できなかった。
「中谷さん」
会議室で、平田さんが私の名前を呼ぶ。
「ここ、どう思います?」
「……あ、はい」
慌てて資料に視線を戻す。
距離は、ちゃんとある。
仕事の話だけ。
余計な言葉も、視線もない。
(……なのに)
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
会議が終わり、解散の空気になったとき。
「中谷さん」
また、平田さんの声。
今度は、ほんの少しだけトーンが低い。
「さっきの提案、助かりました」
「いえ……こちらこそ」
それだけの会話なのに、心拍数が上がる。
(“なんでもない”はずなのに)
デスクに戻る途中、スマホが震えた。
田中美鈴からだ。
『今日、夜空いてる?』
私は、画面を見つめたまま立ち止まる。
(……美鈴に、話したい)
でも同時に、言葉にした瞬間、何かが変わってしまいそうで怖い。
『ちょっとだけなら』
送信して、胸をなで下ろす。
「朱里?」
背後から名前を呼ばれて、肩が跳ねた。
「はいっ」
振り返ると、平田さん。
「大丈夫ですか?顔、固まってましたけど」
「だ、大丈夫です」
反射的に言い切る。
平田さんは少しだけ眉を下げて笑った。
「無理してませんか」
その言葉に、心が揺れる。
(……優しくしないで)
私は、思わず口にしてしまった。
「平田さんって、そういうところ……」
言いかけて、止まる。
「……?」
続きを待つ視線。
「……いえ、なんでもないです」
逃げるように視線を逸らす。
平田さんは、少し困ったように笑った。
「最近、その“なんでもない”多いですね」
「……気のせいです」
即答すると、ますます怪しい。
平田さんは何も言わなかった。
けれど、その沈黙が、やけに重い。
仕事が終わり、帰り支度をしながら、私は思う。
(“なんでもない”が増えるたびに)
(本当は、隠してる気持ちが増えてる)
美鈴に、どこまで話そう。
瑠奈のこと。
平田さんのこと。
そして、あの帰り道の続きを。
私はバッグを肩にかけ、深く息を吸った。
今日こそは。
(少しだけ、本音を出そう)
数字の並んだ資料を眺めながら、私は何度も同じ行を目で追っていることに気づく。
(……集中しなきゃ)
なのに、頭の片隅から離れないのは、瑠奈の言葉だった。
──昨日より、顔色いいです。
自覚はなかった。
でも、否定できなかった。
「中谷さん」
会議室で、平田さんが私の名前を呼ぶ。
「ここ、どう思います?」
「……あ、はい」
慌てて資料に視線を戻す。
距離は、ちゃんとある。
仕事の話だけ。
余計な言葉も、視線もない。
(……なのに)
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
会議が終わり、解散の空気になったとき。
「中谷さん」
また、平田さんの声。
今度は、ほんの少しだけトーンが低い。
「さっきの提案、助かりました」
「いえ……こちらこそ」
それだけの会話なのに、心拍数が上がる。
(“なんでもない”はずなのに)
デスクに戻る途中、スマホが震えた。
田中美鈴からだ。
『今日、夜空いてる?』
私は、画面を見つめたまま立ち止まる。
(……美鈴に、話したい)
でも同時に、言葉にした瞬間、何かが変わってしまいそうで怖い。
『ちょっとだけなら』
送信して、胸をなで下ろす。
「朱里?」
背後から名前を呼ばれて、肩が跳ねた。
「はいっ」
振り返ると、平田さん。
「大丈夫ですか?顔、固まってましたけど」
「だ、大丈夫です」
反射的に言い切る。
平田さんは少しだけ眉を下げて笑った。
「無理してませんか」
その言葉に、心が揺れる。
(……優しくしないで)
私は、思わず口にしてしまった。
「平田さんって、そういうところ……」
言いかけて、止まる。
「……?」
続きを待つ視線。
「……いえ、なんでもないです」
逃げるように視線を逸らす。
平田さんは、少し困ったように笑った。
「最近、その“なんでもない”多いですね」
「……気のせいです」
即答すると、ますます怪しい。
平田さんは何も言わなかった。
けれど、その沈黙が、やけに重い。
仕事が終わり、帰り支度をしながら、私は思う。
(“なんでもない”が増えるたびに)
(本当は、隠してる気持ちが増えてる)
美鈴に、どこまで話そう。
瑠奈のこと。
平田さんのこと。
そして、あの帰り道の続きを。
私はバッグを肩にかけ、深く息を吸った。
今日こそは。
(少しだけ、本音を出そう)
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