135 / 153
第135話 金曜までの三日間が長すぎる
しおりを挟む
火曜日の朝。
朱里は、出社した瞬間から妙な疲労感を覚えていた。
(まだ一日も経ってないのに……)
デスクにバッグを置き、パソコンを立ち上げる。
いつもと同じオフィス、同じ空気。なのに、落ち着かない。
「おはようございます」
背後から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。
嵩だった。
「……おはよう」
声が、少しだけ硬くなる。
嵩はそれに気づいたのか気づいていないのか、いつも通りの距離感で席に着いた。
「昨日は、雨上がりだったな」
「……そうだね」
それだけ。
それだけなのに、胸の奥がざわっとする。
(普通の会話、普通のはずなのに)
画面に視線を落としながら、朱里は自分に言い聞かせる。
(仕事中。切り替え、切り替え)
けれど──。
「朱里さん」
今度は別の声。
望月瑠奈が、すぐ横に立っていた。
「昨日、珍しく定時でしたよね」
柔らかい笑顔。
でも、その目は探るように細められている。
「……まあ、たまたま」
「へえ」
瑠奈は、嵩の方をちらりと見た。
「平田さんも、ですよね?」
空気が、一瞬止まる。
嵩は少しだけ間を置いて答えた。
「そうですね。珍しく」
それだけで済ませたのは、きっと配慮だ。
(ありがとう……)
朱里は内心でそう思ったが、同時に胸がちくりと痛む。
“配慮される関係”になってしまったことが、嬉しくもあり、怖くもある。
「そうなんだ」
瑠奈はにこりと笑い、何事もなかったように去っていった。
その背中を見送りながら、朱里は小さく息を吐く。
(やっぱり、気づかれてる)
午前中は、集中しようとすればするほど、時間が進まなかった。
キーボードを打つ音。
電話の呼び出し音。
コピー機の低い唸り。
すべてが、やけに鮮明だ。
(……金曜まで、長い)
昼休み。
朱里は一人で席を立ち、社外のコンビニへ向かった。
人混みを避けるように歩きながら、スマホを取り出す。
(連絡、来てないよね)
分かっているのに、画面を確認してしまう。
──通知なし。
(仕事中に来るわけないのに)
自嘲気味に笑い、ポケットにしまった、その瞬間。
メッセージが表示された。
『無理してない?』
嵩だった。
タイミングが良すぎて、思わず足を止める。
(……見てた?)
いや、そんなわけない。
朱里は一度深呼吸してから、短く返した。
『大丈夫
仕事してます』
すぐに返事は来なかった。
それなのに、心が勝手に待ってしまう。
数分後。
『ならよかった
金曜、無理なら言って』
その一文に、胸が締めつけられた。
(優しすぎるんだよ……)
朱里は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
──無理じゃない。
むしろ、行きたい。
でも、その気持ちを素直に認めてしまったら、もう戻れない気がした。
『大丈夫です
行きます』
送信。
それだけで、心拍数が上がる。
午後の仕事は、午前中よりさらに長く感じられた。
嵩と視線が合えば、すぐに逸らす。
逸らしたあとで、少し後悔する。
瑠奈の笑顔が、どこか意味深に見えてしまう。
(私、気にしすぎ)
そう思っても、感情は言うことを聞かない。
退勤時。
エレベーター前で、嵩と二人きりになった。
沈黙。
妙に重い。
「……金曜」
嵩が、ぽつりと言う。
「はい」
「雨、降らないといいな」
それだけ。
でも朱里は、少しだけ笑ってしまった。
「そうですね」
エレベーターが到着し、扉が開く。
(金曜まで、あと二日)
長すぎるはずなのに。
気づけば、指折り数えている自分がいた。
朱里は、出社した瞬間から妙な疲労感を覚えていた。
(まだ一日も経ってないのに……)
デスクにバッグを置き、パソコンを立ち上げる。
いつもと同じオフィス、同じ空気。なのに、落ち着かない。
「おはようございます」
背後から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。
嵩だった。
「……おはよう」
声が、少しだけ硬くなる。
嵩はそれに気づいたのか気づいていないのか、いつも通りの距離感で席に着いた。
「昨日は、雨上がりだったな」
「……そうだね」
それだけ。
それだけなのに、胸の奥がざわっとする。
(普通の会話、普通のはずなのに)
画面に視線を落としながら、朱里は自分に言い聞かせる。
(仕事中。切り替え、切り替え)
けれど──。
「朱里さん」
今度は別の声。
望月瑠奈が、すぐ横に立っていた。
「昨日、珍しく定時でしたよね」
柔らかい笑顔。
でも、その目は探るように細められている。
「……まあ、たまたま」
「へえ」
瑠奈は、嵩の方をちらりと見た。
「平田さんも、ですよね?」
空気が、一瞬止まる。
嵩は少しだけ間を置いて答えた。
「そうですね。珍しく」
それだけで済ませたのは、きっと配慮だ。
(ありがとう……)
朱里は内心でそう思ったが、同時に胸がちくりと痛む。
“配慮される関係”になってしまったことが、嬉しくもあり、怖くもある。
「そうなんだ」
瑠奈はにこりと笑い、何事もなかったように去っていった。
その背中を見送りながら、朱里は小さく息を吐く。
(やっぱり、気づかれてる)
午前中は、集中しようとすればするほど、時間が進まなかった。
キーボードを打つ音。
電話の呼び出し音。
コピー機の低い唸り。
すべてが、やけに鮮明だ。
(……金曜まで、長い)
昼休み。
朱里は一人で席を立ち、社外のコンビニへ向かった。
人混みを避けるように歩きながら、スマホを取り出す。
(連絡、来てないよね)
分かっているのに、画面を確認してしまう。
──通知なし。
(仕事中に来るわけないのに)
自嘲気味に笑い、ポケットにしまった、その瞬間。
メッセージが表示された。
『無理してない?』
嵩だった。
タイミングが良すぎて、思わず足を止める。
(……見てた?)
いや、そんなわけない。
朱里は一度深呼吸してから、短く返した。
『大丈夫
仕事してます』
すぐに返事は来なかった。
それなのに、心が勝手に待ってしまう。
数分後。
『ならよかった
金曜、無理なら言って』
その一文に、胸が締めつけられた。
(優しすぎるんだよ……)
朱里は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
──無理じゃない。
むしろ、行きたい。
でも、その気持ちを素直に認めてしまったら、もう戻れない気がした。
『大丈夫です
行きます』
送信。
それだけで、心拍数が上がる。
午後の仕事は、午前中よりさらに長く感じられた。
嵩と視線が合えば、すぐに逸らす。
逸らしたあとで、少し後悔する。
瑠奈の笑顔が、どこか意味深に見えてしまう。
(私、気にしすぎ)
そう思っても、感情は言うことを聞かない。
退勤時。
エレベーター前で、嵩と二人きりになった。
沈黙。
妙に重い。
「……金曜」
嵩が、ぽつりと言う。
「はい」
「雨、降らないといいな」
それだけ。
でも朱里は、少しだけ笑ってしまった。
「そうですね」
エレベーターが到着し、扉が開く。
(金曜まで、あと二日)
長すぎるはずなのに。
気づけば、指折り数えている自分がいた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる