歩く15億の花嫁~契約婚約から始まるオフィス・シンデレラ~

YOR

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第2章:公の役割(オフィシャル・ロール)

第17話:届かなかった指輪(幼馴染・健太視点)

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あんまり登場シーンのない俺だけど、今日は少しだけ、主人公に代わって話をさせてほしい。

俺の名前は、健太。

奈月とは生まれた時からの付き合いで、家族同然に育ってきた。幼馴染。正直に言えば、ずっと前からアイツのことが好きだ。

子供の頃なんて、奈月と喧嘩するたびに俺はボコボコにされて、いつも泣かされていた。そのたびにおばさんが慌てて謝りに来ていたっけ。アイツ、本当に喧嘩が強かったんだ。恥ずかしい話だけど、俺がいじめられていると、自分より断然体格のいい奴にだって、迷わず飛び蹴りしてなぎ倒すような奴だった。

俺にとってのヒーローは、いつだって奈月だった。

成長して大人になった頃には、奈月もさすがに飛び蹴りはしなくなった。世間一般の「女性らしい」とは少し違うかもしれないけど、俺にとっては、誰よりも綺麗で、自慢の女だ。

アイツ、ああ見えて、とにかく甘いものが好きでさ。ケーキ屋に連れて行くと、「三つも買ってもいいの?」なんて、子供みたいに目をキラキラさせて飛び跳ねて喜ぶんだ。買ったケーキは毎回、全部、本当に幸せそうに平らげる。あの食いっぷりの良さを見ている時間が、俺は一番好きだった。

だから、よくコンビニの新作スイーツを半分こして笑い合ったり、進路のことで悩んで一緒に夜道を歩いたり。

そうそう、半分こ、とは言っても、奈月はいつも『足りない』と言わんばかりにじっと俺の手元を見つめてくるから、結局は俺の取り分の方がずっと少なくなるんだ。幸せそうに頬張るあいつを見てると、文句を言う気なんて失せてしまう。

たまに俺だって「これはどうしても食べたい新作だから、今日はきっちり半分ずつだぞ」なんて意地を張った日は、露骨に機嫌を悪くしてしばらく口をきいてくれなかったっけ。結局、俺が折れて自分の分を一口差し出すと、さっきまでの不機嫌が嘘みたいにパッと顔を輝かせる。「女の人は、きっとみんなこんなもんだろうな」なんて苦笑いしながら、結局、俺が折れて自分の分を一口差し出す。現金なやつだ。でも、そんな顔が見たくて、俺はいつも最後には負けてしまうんだ。そんな、なんてことないやり取りさえ、今の俺には手の届かない贅沢になってしまった。

……あの日、本当はプロポーズする予定だったんだ。

奈月がずっと行きたがってたケーキバイキングで。プロポーズするにはおしゃれ感も何もないって、自分でも分かってる。指輪の箱を開けるには、周りは少し騒がしすぎるかもしれない。

それなのに、予約したランチの時間は、空っぽのまま過ぎていった。

奈月から届いたSMSには、短い拒絶と、謝罪の言葉。

「多分、会えなくなると思う」

そんなの、納得できるわけがないじゃん。だから、自分の親に聞くより、奈月のお母さんに直接聞いた方が早いと思って、俺は震える指で電話をかけた。そこで聞かされたのは、耳を疑うような話だった。膨れ上がった膨大な借金。それを肩代わりする条件としての、神谷というわけのわからない財閥への嫁入り。

「……15億?」

おばさんの泣き声と一緒に受話器からこぼれたその数字は、俺が一生かかっても稼げない、天文学的な金額だった。俺が一生懸命貯めた金で買った指輪、予約したケーキバイキングの、数百円のキャンセル料を気にしていた自分が馬鹿みたいだ。

お前が、あんな冷たい男のところへ行くのも、俺にごめんなんて謝るのも、どっちも本心なわけないよな。本当は、嫌だって叫びたいんだろ?俺と一緒にケーキを食べて、バカみたいに笑ってたいんだろ?

金の力で、あの自由な奈月を黙らせていいはずがないんだ。居ても立ってもいられず、俺は神谷の屋敷へ車を飛ばした。

門越しに再会した奈月は、俺の知らない高価な服を着せられて、震えていた。鉄格子越しに触れたアイツの頬は、死人みたいに冷たかった。あんなに強かったアイツが、俺の前で初めて涙を見せたんだ。奈月の泣き顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

「その男は誰だ。離れろ」

そこに現れたのは、アイツの許嫁の神谷瑛斗だった。あの男の目は、俺を人間としてすら見ていなかった。路傍の石ころをどかすような、退屈そうな眼差し。これだから財閥っていうの奴は嫌いなんだ。

――その冷え切った心を温めるのは、今度こそ、俺の役目だ。

「奈月……ごめん。……ごめんな」

……そういえば、一つだけ引っかかることがある。あのバカみたいにデカい屋敷に、どうしてあんなにすんなり近づけたんだ?

(……裏口で電話していた男、誰だったんだ)

俺を見ても騒ぎ立てることもなく、ただ顎で「行け」と門を指した。おかげで俺は、門番たちに気づかれずにあそこまで辿り着けた。そのこと自体は、ありがたいとは思う。

だが、思い返すと背筋が寒くなる。あの男の目は、俺を助けようとした親切心から出たものじゃない。……何か面白い見世物でも眺めているような、そんな冷ややかな、実験動物でも見るような目をしていた気がする。

暗かったし、俺の憶測でしかないのかもしれないけどさ。どうしても、あの無機質な視線が頭から離れない。せっかく作られた隙だったのに。わざわざ用意してくれた「チャンス」だったはずなのに、俺は奈月を連れ出すどころか、鉄格子を掴んで叫ぶことしかできなかった。

(誰だったんだ?)

健太の話を最後まで聞いてくれて、本当にありがとう。正直、あのアスファルトみたいな男(瑛斗)に勝てる気がしないけど……俺のことを推しだって言ってくれる人が一人でもいたら、それだけで救われる。

――さて。

それでは、皆さんが今か今かとお待ちかねの、あの男に場所を譲るとしよう。

そう、奈月の許嫁であり、神谷の若き副社長、神谷瑛斗。どうやら「俺だけのシーンが少なすぎる」と、完璧な仮面の裏でお怒りだったみたいだから。

皆さん、瑛斗の本性に飲み込まれないよう、気をつけて。


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