月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

使徒からの接触

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 怪我をしている。
 トアは正面に座る化け物を比較的冷静に観察していた。
 きっと既に同様の存在を幾人も目にしてきたからだろう。
 経験が彼女を助けている。

「初めましてトア。呼び出しに応じてくれて嬉しいわ。私はユエ。今はアイオンの客分よ」

「ユエさん?」

「? ええ」

「失礼しました。ウチのギルド長から今回の遠出にあたって気を付ける様言われた人物にアルテ=バレットという貴女に酷似した方がいらっしゃったので、つい確認を。呼び出しの事でしたらお気になさらず。王国からの正式な書状も添えられていましたし会場はこうして我々の希望通り冒険者ギルドにして頂きました。私ども冒険者は根なし草、自由人の如き存在ではありますが、決して国家を軽視している訳でもありません」

 想定された問答からスラスラとトアは応じる。
 今回トアが中心となるパーティ、アルパインは表向き戦争に関与するような依頼を受けてはいない。
 もちろん関与を疑われるような依頼も、だ。
 レンブラントはアイオンと冒険者を分離させる事でツィーゲの有利をも生み出そうとしている。
 国家に在って国家に従属しない冒険者ギルドを戦時にどう活用するのか。
 これまでの大国は基本的に冒険者を使用しない方法を選んできた。
 だがツィーゲは可能な限り利用する方法を考えている。
 両者への冒険者たちの好感度の差を使わない手はないと思ったからだ。
 アルパインなどは設定としてはアイオンを通り抜けるルートで移動しながらドワーフとエルフの里、それにロッツガルドの方(ハザル談)に顔を出しに行くところ。
 レンブラントに言わせれば大変世話になっている冒険者パーティに余禄としてのんびり里帰りを贈った、といった所か。
 そんな建前と本音が両者の間で通る程の間柄ではある。
 これは世界的にも実は珍しい状態だ。見方によってはツィーゲ独自の強みにもなる。
 ゆく先々でツィーゲドリームや荒野ドリームを語り聞かせもするけれど、それは単にホーム自慢。
 どこの冒険者だってしている事だ。
 アイオン王国の立場からすればツィーゲは独立などしていない訳で、外国をホームとする冒険者が国内を好きに動き回っている訳でもない。
 騎馬部隊や歩兵部隊に奇襲を掛けたり待ち伏せしたりした冒険者ならともかく、どれだけ目立とうとトアらに直接手を出す事はアイオンには出来ない。
 ツィーゲ側の戦力として活動している証拠が掴めていない以上、そんな事をしてしまえば冒険者ギルドがアイオンへの報復と粛清に動く。
 粛清と聞くと大袈裟に聞こえもするが、冒険者ギルドにはそれを可能にするだけの組織の規模と戦力がある。
 仮に撃退できたとてアイオンは確実に冒険者が寄り付かない国になってしまう。
 下手をすればどんな姿になるかわからないが新ツィーゲ以外には冒険者が殆ど定住しなくなる可能性すらあった。

「……」

「国からの呼び出しは実は私達初めての経験で。不作法な所もあるかもしれませんがご容赦下さい。それでユエさん、お話は何でしょう?」

「そういう腹の探り合いは時間の無駄でしょう。貴女方はツィーゲのエース級冒険者、私はアイオン王国の客分。話など戦争の事以外にはありません」

「戦争、ですか。確かに今ツィーゲとお国は揉めていらっしゃるようですが……あの街は冒険者が治めている訳ではありません。どちらかと言えば商人たちが街の運営を積極的に行っています」

「知っています」

「では戦争のお話はそちらと。一つ我々アルパインのアイオン王国への誠意として申し上げますが、今回の戦争において私達は一切ツィーゲの戦力として参加しておりませんし、しません。後でギルドでもご確認下さい。アルパインについては開示請求に応じるようお願いしてあります」

「……本気で仰っていますか?」

「当然です。どちらが勝とうと荒野が無くなる訳ではありませんから正直私達にとってはどうでも良い事なんですよ戦争なんて」

 如何にも戦争や国家間のパワーゲームに興味が無さそうな口ぶりで少々危険な物言いをするトア。
 荒野で磨いた実力通りの強者のオーラを纏い、大国アイオンの客分を名乗るユエことアルテ=バレットに怖気づいた様子はない。
 個室でもなく、衆目を集めるギルドのホールでの面会。
 アルパインとユエが座るテーブルは周囲の視線を集め、また妙な緊張感が張り詰めてもいた。

「それが……冒険者というものですか」

「全てではありません。ご興味がお有りなら周囲の彼らに話を聞いてみるのも新鮮かと思います」

「アイオン王国はアルパイン以下幾つかのツィーゲをホームとするパーティを非常に高く評価しています。例えばこのまま王国軍と合流してツィーゲの内乱を鎮めるのに協力してもらえれば……再編したツィーゲではそれ相応の地位を約束しましょう」

「ユエさんにはそんな権限があるんですか?」

 既にアルテ=バレットの偽名だと看破しながらも茶番に付き合うトア。
 女神の使徒として名乗りを上げない以上、アイオンの客分として扱って問題はない。
 そもそも相手がそう名乗っているのだから。

「はい。どうでしょう、お仲間と話をして王国に協力してもらえませんか?」

「内応せよと?」

 黙っていたエルフのルイザが不機嫌な表情のまま口を挟む。
 ツィーゲの冒険者仲間と話して寝返れとは、そういう事だ。

「このままでは王国軍によってツィーゲは蹂躙されてしまう。皆さんのホームだって無事では済みません。でも今なら最小限の被害でツィーゲを鎮圧できます。魔族との戦いも先が見えぬ中、四大国が揺れている場合ではありません、そうは思われませんか?」

「あー、少し疑問があるんだが良いか?」

 ドワーフのラニーナがユエの言葉に続けて疑問を口にする。

「どうぞ」

「そう考えているなら、何故さっさとツィーゲの独立を認めてしまわない? さすれば戦い自体が無くなろう?」

「論外です。領土の割譲は国家の凋落の始まり。何事もせずツィーゲの独立を認めたりすれば、それこそアイオンという大国そのものが崩れてしまうかもしません」

「……だが、既に革命だか内戦だかは別口で起こっていた。ツィーゲはその隙を利用したと聞いておるが」

「あれは神に弓引く愚か者どもと結託した身の程知らずが起こした事。既にそちらの決着が見えたからこそ、軍が今ツィーゲに向かっています」

「なんと! 既に軍が向かっているのですか!? で、ではツィーゲとの間で大きな戦いが近々!?」

 アルパインで見た目は一番落ち着いて知的に見える唯一の男性、ハザルが一番狼狽した様子でユエに確認した。
 そのギャップに一瞬面くらった様子になったユエだが、表情を整えてハザルに頷いて見せる。
 密談の条件などまるで整っていないホールでの会話だ。
 もう少し声量を抑えろとハザルに言ってやりたい気持ちもあったが、今は空気を読んで抑える。

「はい。私も客分の身ながら気持ちは王国と同じ、優れた冒険者の方が一人でも多く救われる事を願っているのです」

『……』

 優れた冒険者、というフレーズにトアらがそれぞれに複雑な感情を一瞬浮かべたがすぐに消え去る。
 
「しかし参りました。冒険者として戦争になど参加したくありませんし。どうでしょう、このまま私達は街を通過します。王国にもツィーゲにも肩入れしません。それで協力した事にしてもらうというのは」

「……どう協力していると?」

「ツィーゲ側で戦わない、という点です。敵の味方にならないと約束するんですから、これは協力では?」

「で、王国が勝利した暁には相応に扱ってほしいと望むのですか?」

「それはもちろん。よろしくお願いします!」

 清々しい笑みを浮かべて迷い無く返事を返すハザル。
 意図的に空気を読まないという芸当は、アルパインではある意味彼にしか出来ない。
 彼がこの場でわざと道化の様に振舞っていると知っているトアらも思わず苦笑いしてしまうほどだ。
 ユエは呆れて首を横に振る。

「話になりません。大体、トア。貴女はあの街で力を付け始めている胡散臭い商人、ライドウ。そう、クズノハ商会のライドウ。アレの事をご存知ですね?」

「ライドウさんですか? もちろん。ツィーゲの商人の中でも私たち側に近い方ですし。友人でもありますから彼の事をアレ呼ばわりされるのは不愉快ですけれど……何か?」

 トアはユエの言い様に嫌悪を隠さずに彼女を真っすぐ見据える。
 同時にルイザ、ラニーナ、ハザルも冷ややかな視線を故に浴びせる。
 アルパインとクズノハ商会は相当親密な関係にある。
 彼女らの態度から情報の精度はかなり高いものだとユエは確信する。
 だからこそ、先を話す意味がある。
 クズノハ商会の暗躍と彼らの不自然さを。

「彼の本性を知っていて尚親しく付き合いを持っているのなら私の見当違いです。でも……私が把握している情報ではクズノハ商会は貴女方アルパインに対しとても友人にすべきでない行動を幾つも取っているようですよ?」

 そうしてユエはトア達に自らが掴んだクズノハ商会の裏情報とでもいうべき代物を次々に暴露していく。
 確たる事実を誰も知らない事柄を都合よく、聞かされる側が思わず鵜呑みにしそうなほどわかりやすく、ミスリードを誘う内容。
 八割の真実に二割の嘘を上手に混ぜ込むような、毒々しい疑念の種子だった。
 成功の実績もある。
 クズノハ商会は蜃気楼都市の出先機関で、そのトップは革命軍と付き合いがある。
 そんな内容で尾びれ背びれがついてツィーゲの街に広く蔓延した悪意ある噂がそれだ。
 だがユエの誤算は、クズノハ商会とアルパインの関係は普通の冒険者、商人、そして住民たちよりもずっと濃かった事だ。
 アイオンの優れた間諜ですら彼女たちとクズノハ商会との関係を全ては掴めていなかった。
 街で通用したから応用次第でアルパインにも通用すると思うのはやや楽観的だったと言えるだろう。
 更に……今のトアは世界で一人目の凄腕忍者のジョブを有している。
 高い補正がかかった観察眼は嘘や騙しを見抜きやすくする。
 他に幾つかの助言、出発前に打ち明けられた事実など。
 さした迷いの時間も無く、トアの決断は下った。

「そうですか……クズノハ商会にはそんな噂が。知りませんでした」

「彼らへの義理立ては不要です。女神様の子として、祝福された民ヒューマンとして。欲と金に魅入られたツィーゲをどうか共に救いましょう」

「お断りよ」

 怜悧で確たる意思を持った言葉はトアから放たれた。
 ユエの思惑が外れるのは両者が出会った時から定まっていた結末だったかもしれない。

「なんですって?」

「ユエさん、いえユエ。貴女の先ほどのクズノハ商会に関する話、八割から九割は本当でしょう、でも残り一割は全くの推論と嘘で都合よく固めたものだった」

「っ、何を根拠に」

「ついでに名前も嘘。まあそれはこちらにも好都合だから別に良いわ。私達はあくまでアイオン王国の客分ユエと話しただけ。女神の使徒アルテ=バレットとは一言も話していない」

「……」

「もう少しきちんと下調べをしてから人を騙しに来なさいね。どこの三流軍師が策を弄しているかは知らないけど――」

 トアは一度言葉を区切り、そして続ける言葉についてメンバーに確認する。
 誰もが続く内容を察していて一様に力強い首肯が彼女に返される。

「ライドウさんは私たちの命の恩人。誰がどう歪曲しようとこれは決して変えられない事実。そして私たちは……ツィーゲは裏切ってもクズノハ商会は裏切らない。ついでにね、冒険者を全員金次第のごろつきだと思ってるような国、誰が助けるもんですか……舐めるのも大概にしなさい」

 瞬間。
 冒険者ギルド内をトア達の怒りと殺気が満たした。
 超人の領域に踏み込んだヒューマンの放つ気勢に多くの冒険者と職員たちがあてられ、ある者は気絶、ある者は腰を抜かし、ある者は反射的に武器に手を伸ばそうとして己の身体が震えて動かない事を知った。
 そんな中、最も強烈にその視線と気勢を向けられているユエは。
 腰掛けたまま、能面の様な表情を細かくひくつかせていた。
 彼女から放たれている感情は恐怖でも怯えでもなかった。
 こちらも怒りだ。
 人前だから辛うじて抑えているが、深く苛烈な怒りだった。
 ユエ、いやアルテ=バレットもまた確かな強者の一人だという証左でもある。

「悪いけど、交渉は決裂。ごめんなさい、ウチの色男はロッツガルドの方まで里帰りでね、急ぐの。じゃ王様によろしくどうぞ……ユエ」

 トアはアルテ=バレットの力量をここまでの観察である程度把握していた。
 まずい相手だと。
 怪我をしていても全員で、かつ万全の体勢で挑んで勝負になるかどうか。
 気配としては恩人であるクズノハ商会の二人の女性を思わせる、とびっきりのヤバイ相手。
 
(……ふふ、何考えてんだろ私。これで仕掛けてくるかは五分五分だけど……相手は女神の使徒なのに。勝負になるかどうかを考えてる。巴さんと澪さんと比較してる。真正面から戦うならともかく、逃げ切る位なら出来るかなーとか。とんでもない事してるわ……)

 元々一冒険者に過ぎなかったトア。
 それが今や戦争のキーマンの様にみなされ、こうして世界の重鎮というべき人物から呼び出される位置にいる。
 レンブラントから依頼の後にこっそり頼まれた女神の使徒探し。
 少しだけはみ出して力量の一部位は報告してみようかと思う程に、トアは力を付けていた。
 英雄ならざる身だというのに。
 冒険者ギルドでドンパチが始まらない事は互いに承知の上。
 ならばこの先はどうなるか。
 今、名の通り冒険者となったアルパインは未だ細かに震えるユエを残し、ギルドを後にしたのだった。
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