まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

文字の大きさ
43 / 187
ひととせ明けの咲く花月の終わり

第43話

しおりを挟む
 庭へ目を向けると目に柔らかな新緑の中、ラルクが駆けて来るのが見えた。
「スヴェェェェェェン! フリューやろうぜ!」
 小心者のぼくはバドミントンをバドミントンの名称のまま使うのは憚られて、皇国語で「羽」とか「飛ばす」という意味のある言葉を混ぜて名付けたんだ。ラルクはこのフリューが気に入ったらしく、暇さえあれば誘いに来る。ぼくとラルクがフリューをしているのを見たジークフリードも、気分転換などと言ってぼくらを誘いに来るようになった。元々ジークフリードもラルクも、体を動かすことが得意な者同士だ。あっという間にぼくより上達してしまった。おまけに「体力作りと、体重管理に効果的」と説明したらジークフリードがそのまま伝えたらしく、皇后が強く興味を示したらしい。
 というわけで今日は、皇后が離宮にやって来るのだ。
 まったりいつも通りお茶しているように見えて、実は緊迫している。ぼくとルクレーシャスさん以外が。フレートとベッテが忙しいから、せめて迷惑をかけないようにテラスで大人しくしているというわけである。
「フリューは後で、皇后陛下にお見せする時にやってもらうよ? ラルク」
「うん。でも今やろうぜ、スヴェン」
 大型犬が飼い主とボール遊びしてもらうのを待っているみたいだ。体力がないへっぽこのぼくを相手にするより、ジークフリードの方がラリーも続くし楽しいだろうに、それでもラルクはぼくに遊んでほしいらしい。かわいい。癒し。となれば主人としては応えねばなるまい。
「じゃあ、少しだけ付き合ってもらおうかな」
「うんっ!」
 そんなわけで今日は、皇后の前でフリューをやって見せるためという名目で少しラフな格好をしている。いつものブリーチズにジレやジュストコールではなく、淡いブルーの半ズボンに白いスタンドカラーのドレスシャツなのだが。
 シャツの襟は顔を縁取るようにレースとフリルが付いているし、たっぷり幅広のボウタイが付いていてふんわり大きくリボンを結ぶようになっている。そのボウタイの縁にもフリルが付いているし、シャツの前はボタンに沿ってフリルがこれでもかと付いている。普段はジレだのジュストコールだの着てしまうから気にしてなかったけど、ベッテの選ぶシャツって全部襟とか袖とかフリル付きなんだよね。
 いくらヨーロッパ系の彫りの深い顔立ちだからって、やり過ぎるとちょっと間抜けじゃない? でもベッテが「お似合いです、スヴァンテ様。絶対にこれです。これでなくてはいけません」って譲らなかったんだよ。普段から服装はベッテに任せきりだから嫌だとは言えなくて、仕方なく着ているけどどうにも前世日本人には恥ずかしい。
 分かるよ。宗教画の天使みたいな欧米系の子供がこういうの着てたらかわいいよね。ステキ。でもぼくじゃなくてよかったんじゃないかな。例えばラルクでよかったんじゃない? 控えめに抗議はしてみた。
「ラルクがこっちで、ぼくはもう少し質素なものが……」
「いいえ、お坊っちゃまがこちらで。それともこちらのセーラーカラーの愛らしいお洋服はいかがでしょうか」
 ベッテが指をさしたスケッチを見る。半ズボンとAラインの腰が隠れる長さのセーラー服だ。おまけにプリムっていう、ツバの部分が上へ反り返ってるタイプのセーラー・ハットが揃いになっている。
 ああ~、分かるぅ。こういうの小さい子が着てるとかわいいよね。でもぼくじゃない。ぼくは着たくない。だけどベッテと仕立て屋の女性は笑みを崩さぬまま、デザインのスケッチをぼくの眼前へ広げてみせた。
「お色はピンクなどいかがでしょう。今の髪の色にもよくお似合いです」
「……こっちのひらひらしたシャツでいいです……」
 何故だか分からないけど、迫力に押し負けた。ピンクに襟へ赤のワンポイントが入ったセーラー服よりはヒラヒラの方がまだマシだ。
 以前は皇后が衣装を作る時、ついでに声をかけてもらって一緒にぼくの服を作ってもらっていたんだ。この世界って貴族の服は基本、屋敷に呼んで仕立ててもらうんだよね。自分で店へ出向いたり、選んだりしない。ぼくが三歳くらいまでは皇后が仕立て屋を離宮へ連れて来て、服を選んでくれてたんだ。ぼくが大きくなって、サイズを計るのも頻度が増してしまったから「次に仕立て屋さんが来る時は離宮にもお声かけてください」って連絡して離宮で注文して終わり、になってた。だから皇后と最後に顔を合わせたのは半年くらい前だ。
 テラスと噴水の間にある、芝生の上でバドミント……フリューを始める。マウロさんにお願いしたラケットもいい仕上がりだ。羽の付いたシャトルをラルクへ渡して距離を取る。今日は皇后へ見せるために、女性用の運動着も準備してあるから、後で着替えなければならない。そう。ベッテは忙しいし、ラルクに着せるのはさすがに気が引けたのでぼくが着るのだ。女性用の運動着を。このひらひらしたシャツと、ズボンの腰回りにスカートを付けて足の形を隠した運動着と、どちらが恥ずかしいだろう。
 どっちもだ。だってスカート部分はレースだのフリルだのリボンだのがこれでもかってほど付いているから、フリフリのシャツと何ら変わりがない。だがこれも、皇后にバドミントンと女性用運動着を広めてもらうためだ仕方ない。だって皇后は社交界のまさにトップ。その皇后が広めてくれれば、どんな宣伝より効果抜群だ。
 ラルクと軽く何セットか打ち合って、少し汗ばんで来たところでベッテが冷たい紅茶を持って来てくれた。テラスの縁、地べたへ座り込んでラルクと一緒にグラスを仰ぐ。
「ベッテ、汗をかいたのでもう、女性用運動着に着替えようかと思うんですが」
「ダメです。いけません。皇后陛下にもぜひ、妖精のように可憐なスヴァンテ様を見ていただかなければなりません」
 いや妖精て。確かに前世の平ぺったい日本人顔から考えればそうかもしれないけど、ベッテは愛情ゆえに目が曇っているのではないだろうか。
「……いや、それはベッテの乳母の欲目というか、気のせいなので」
「なりません。デザインを見て皇后陛下は大変楽しみになさっておりましたので、お見えになるまでそのままで」
「……うん?」
 デザインを見て? このフリフリひらひらのシャツの? 何で? 疑問符を頭に浮かべたまま固まったぼくの頬を、ラルクが撫でた。
「スヴェンがいっちばんかわいく見える服を選んだって、かあちゃんが言ってた!」
 うわん、親バカならぬ乳母バカ! ぼくはこの世界じゃ至って凡顔ですよ! 凡顔なのに身内にはかわいいかわいいってちやほやされてるなんて一番イタい子じゃないですかやだぁ。でもラルクかわいいな。かわいいラルクにかわいいって言われちゃったので悪い気はしない。汗を拭いて、皇后を迎える準備をするために立ち上がる。ラルクもぼくの従童として同席させるつもりなので、庭仕事用のサロペットのままでは困るのだ。着替えさせなければならない。
 皇后を交えての早めの軽い昼食を兼ねたブランチだから、ローストビーフとレタスをパンに挟んだサンドウィッチを出そうと思っている。レタスって西洋の野菜かと思うじゃない? 意外にも平安時代から存在するんだよ。萵苣ちしゃって呼ばれてたんだって。というわけで、この世界にレタスに似た植物は存在する。元フリュクレフ王国領ではよく食べられていたんだって。この世界ではレタスって名前ではないけど、ぼくも混乱するのでレタスと呼ぶことにしている。フレートもベッテもラルクもダニーも、慣れっ子なのか気にしないし。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

転生魔法伝記〜魔法を極めたいと思いますが、それを邪魔する者は排除しておきます〜

凛 伊緒
ファンタジー
不運な事故により、23歳で亡くなってしまった会社員の八笠 美明。 目覚めると見知らぬ人達が美明を取り囲んでいて… (まさか……転生…?!) 魔法や剣が存在する異世界へと転生してしまっていた美明。 魔法が使える事にわくわくしながらも、王女としての義務もあり── 王女として生まれ変わった美明―リアラ・フィールアが、前世の知識を活かして活躍する『転生ファンタジー』──

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

処理中です...