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宴の終わり
第79話
しおりを挟む「となると悪意も害意もなくとも、ハグマイヤー侯爵やアイゼンシュタット辺境伯は警戒するに越したことはないですね」
っていうか、中立派の高位貴族はなんか変な人ばかりじゃないか。中立派の貴族とは関わり合いにならない方がいいかもしれない。アイゼンシュタット辺境伯、悪意はないらしいけど変な人だったもんな。
ヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスも戻って来て夕食を済ませた後、コモンルームでお茶を飲みながら今日のおさらいをした。ヨゼフィーネ伯爵夫人が顎へ指を当てながら頷く。
「アイゼンシュタット様の母君がハグマイヤー侯爵家から嫁いでおられるはずですわ。アイゼンシュタット様とメスナー伯爵夫人は従兄妹ですわね。今日もサロンでご一緒いたしましたのよ」
「でもアイゼンシュタット様のご令嬢のマルグレート様は、メスナー伯爵とはあまり交流がないとおっしゃっていましたわ」
ああ、ぼくに婿に来いって言ってた娘さんか。娘さんも変わった子なんだろうか。ちょっと怖い。
「メグが言うには、メスナー伯爵がアイゼンシュタット様を避けているようだ、と……」
分かる。ちょっと予測不能な人だもんなぁ。意図して狂人を演じている感じがする。何を考えているのかが分からないから、こちらからの接触は避けたい。
「なんでだろうな、ルーヘン様すっげぇおもしろいのにみんな何でか避けてるんだよなぁ。オレは好きだけど」
ローデリヒがそれだけ言うと、ソーセージをパイ生地で挟んだホットドッグ風パイを貪った。甘いものが好きではない様子のイェレミーアス用に作ったのに、もう三つめだ。
「ベアトリクス様、アイゼンシュタット令嬢と仲がよろしいのですか?」
「ええ、辺境伯家で令嬢は、わたくしと、メグと、テスしかいませんの」
「テス?」
「テレージア・ヴァルター伯爵令嬢ですわ」
ああ、ライオンみたいな赤毛のヴァルター伯か。人の良さそうな武人を思い出す。何となく、娘を溺愛していそうだ。
「ハグマイヤーおじさんとこの奥さんは、とーちゃんの妹だよ。ハグマイヤーおじさんが惚れて、婚約者が決まってたのにどうしてもって日参したんだって。おばちゃんを嫁にするためにとーちゃんと決闘したって言ってた。負けちゃったけど、それでも諦めずに再戦しようとしたからおばちゃんが根負けしたって言ってた」
思い出した、という素振りでローデリヒが言う。バリバリ良家の令息なんだよ、ローデリヒはね。こういう時思い知るけど。ただいかんせん、本人の態度がいけない。ぼくにとっては親しみやすいんだけども。
「つまり、ハグマイヤー侯爵夫人とエステン公爵はご兄妹で、ハグマイヤー侯爵の妹がメスナー伯爵夫人で、ハグマイヤー侯爵とメスナー伯爵夫人は兄妹で、アイゼンシュタット様とハグマイヤー侯爵とメスナー伯爵夫人は従兄妹、と」
「訳わかんね。アス、分かる?」
「……とりあえず、リヒは黙って最後まで聞いてなよ」
イェレミーアスはローデリヒに容赦がない。まぁ、親友だからこその気安さなのだろう。多分。
「重ねてお尋ねしますが、ミレッカー宮中伯の夫人の生家はどちらですか?」
「メッテルニヒ伯爵の、お姉さまだったはずですわ」
「ロンの伯母さんってわけだ」
「つまりメッテルニヒ令息とバルタザールは従兄弟、ということですね」
「ロンのかーちゃんは子爵の令嬢だったって言ってたぞ」
「もうそこまで行くと辿るのが大変だ……」
紅茶を飲んで、ふう、とため息を吐く。
「今のところミレッカー宮中伯かシェルケ辺境伯、そこがどうやってハンスイェルクと繋がったのかが知りたいですね……」
「あら、だってハンスイェルクの婿入り先であるヘーゲン子爵夫人とシェルケ伯爵夫人はメルヒャー子爵家の姉妹ですもの。シェルケ辺境伯の娘と、ヘーゲン子爵の娘は従姉妹ですわ」
「シェルケ辺境伯の妻と、ハンスイェルクの妻は従姉妹、ということですか」
「ええ。メルヒャー子爵姉妹は頻繁にお互い行き来するほどで、その娘たちもとても仲が良かったはずですわ」
「待ってください、でも現シェルケ辺境伯も入り婿なんですよね?」
「ええ。前シェルケ辺境伯令嬢だったエステール様は、お体が弱く結婚して三年ほどで亡くなったのです。お子にも恵まれず、メルヒャー子爵令嬢を後妻として迎えることになったのですわ……」
「前シェルケ辺境伯は?」
「確か、エステール様のご結婚を見届けてお亡くなりになられたと記憶しておりますわ」
「……」
疑ったらきりがないが、何となくその一連の死も怪しく思えてしまう。
ローデリヒがなるほど分からん、という顔でパイを口へ放り込んだ。イェレミーアスは頭の中で家系図でも書いているのか、目を閉じて静かにしている。
「つまりハンスイェルクの妻とシェルケ辺境伯の妻は仲が良く、シェルケ辺境伯とミレッカー宮中伯は従兄弟……」
「ミレッカー宮中伯は正直、誰もが付き合いを避けておりますけど、唯一付き合いが固いのがシェルケ辺境伯だったと思いますわ」
ああ、やっと繋がった。しんどかった。ぼくも理解に時間がかかったのだ。ローデリヒなど完全に思考を放棄した顔でこちらを見ている。ぼくかイェレミーアスが説明するのを待っている顔だ。ローデリヒは十歳で、ぼくより歳上なのになぜ君がぼくからの説明を待ってるんだ……。そしてこれ以上どう簡略化して説明しろというのだ。
「つまりですね、リヒ様。シェルケ辺境伯とハンスイェルク、シェルケ辺境伯とミレッカー宮中伯が、知り合いなのです。だからシェルケ辺境伯を通じて、ハンスイェルクとミレッカーが知り合った可能性が高い」
「……ほへぇ~」
絶対分かってないだろ。ローデリヒの何も考えていない顔を見たら腹が立って来た。そんなぼくの気持ちなど知らず、ローデリヒはフレートに尋ねる。
「なぁ、フレート。今日の夕飯、何?」
「メインはロールキャベツのデミグラスソース仕立てと白身魚のアヒージョからお選びいただけます」
「やったぁ! オレ両方食うから!」
ローデリヒはすっかり餌付け完了で、ほぼ毎日ぼくの家でご飯を食べている。気を取り直して、イェレミーアスとヨゼフィーネ伯爵夫人へ顔を向けた。
「イェレ様、ヨゼフィーネ伯爵夫人。シェルケ辺境伯だけ、薬学士の派遣が優遇されているとかそんな話をお父上から聞いたことがありませんか」
「……!」
「……!」
「あります!」
「ございましたわ!」
二人は同時に、同じ顔で同じタイミングで叫んだ。ローデリヒが驚いて軽く飛び上がったほどである。
「シェルケとアイゼンシュタットだけ、薬学士の派遣が早くて。でも、皇都から近いからだとか要請が早かったからだとか、色々理由を付けて公平に派遣しているとミレッカー宮中伯には聞き入れてもらえなかったと父上が何度も愚痴を言っていました……」
「その通りですわ」
「……アイゼンシュタット……アイゼンシュタット辺境伯の領地には、元フリュクレフ王国があったヴィカンデル連峰が含まれていますよね……、イェレ様」
「今は西のウォズロニシュとの国境ですね」
イェレミーアスの返事を聞きながら考える。元フリュクレフ王国の国土を抱える辺境伯、アイゼンシュタット。シェルケ辺境伯は間違いなく、クロ確定だろう。しかしアイゼンシュタット辺境伯はどうだろう。分からない。疑問が臓腑に落ちても、消化されなくて重たく圧迫している。ぼくは覚えず、胃の辺りを押さえた。
ノックに答えると、フレートがトレイを持って入って来た。
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