まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

文字の大きさ
122 / 187
穂刈月の幽霊騒動

第121話

しおりを挟む
 ぼくが問うと、少年はびくりと体を強張らせた。年齢的にゼクレス子爵の三男、ギーナ・ゼクレスの可能性が高いと思って呼びかけたのだが、当たりのようだ。三本目の通路から広場へ戻ると、フレートが隣の通路から出て来るところだった。
「こちらには三人、囚人がおりました」
 フレートの言葉に、ルチ様を見やる。ルチ様は再び、首を横へ振って見せた。
「ご苦労様、囚人はそのままにして彼を連れ帰りましょう。数日前に食事を持って来たようですので、一日二日放っておいても死にません」
 ローデリヒが何か言いたげにぼくを横目で見た。片眉が上がっているから、どうせ「おっかねぇ」とかそういう感じだろう。
「……かしこまりました」
「わたくしたちは魔法で帰るから、馬車をよろしく」
 ルクレーシャスさんが早く帰りたいという気持ちを隠しもせず、フレートへ告げる。フレートは軽く頭を下げた。
「承知いたしました」
「それから、老人がここへ入ろうとするでしょう。見かけたらタウンハウスへ連れて来てください、ルチ様」
『……分かった』
 あからさまに不満顔でルチ様が唇を尖らせた。まだ拗ねてるなぁ。困った。
「お手柄ですよ、ルチ様。この子が居る時に折よく結界を張っていただいたおかげで、彼を保護できました。このまま結界は維持していただいていいですか?」
『うん。ヴァン』
「はい」
『褒めて』
 手を伸ばしたルチ様の腕へ移り、頭を撫でる。最近甘えん坊なんだよなぁ。よしよし。
「ルチ様、いいこ」
 ぎゅ、っとぼくを抱きしめて顔をくっつけているルチ様の頭を撫で続ける。これで機嫌が直ってくれればいいけど。数分の撫で撫でタイムを設けると、ルチ様はまだちょっと拗ねている素振りでルクレーシャスさんへ背を向けた。
『ヴァンは私が運ぶ』
「えっ? えっ? あっ」
 目を瞬かせる間に、ぼくはタウンハウスのコモンルームに居た。ルチ様はまるでぼくの顔へマーキングするように額を擦りつけている。
「んむ、ちょ、ルチ様……っ」
『早く』
 早く話し合え、と言うのだろう。なんだろうな、この精霊様はすっかり待てができない子になってしまっている。
「ちょっと! 置いて行かないでくれる?! スヴァンくん!」
「ぼくじゃありませんよ、ルチ様です」
 ぼくが答えると、ルクレーシャスさんの耳がぺたんと伏せた。
「……その精霊様、どんどん我儘になってやしないかい」
「……否定は、しませんよ……」
 ぎゅむぎゅむと頬を押し当てたままのルチ様のお手々を撫でて、ため息を吐く。
「ルチ様。ギーナ様をタウンハウス内から出られないようにできますか」
『できる。……できた』
「ありがとうございます」
 ベルを鳴らすとベッテが顔を出す。馬車で出かけたのに、馬車で戻って来なかったぼくらを眺めても不思議そうな顔はしない。
「ご用ですか、スヴァンテ様」
「うん。この子をお風呂に入れて、それが済んだらここで食事をさせてあげて。しばらくうちで預かるので、お部屋も準備してあげてください。それから、使用人の部屋も一つ、用意しておいてください」
「かしこまりました」
「オ、オレはお前らなんかに屈しないぞ!」
 ベッテが出て行ってしばらくすると、侍女が四人現れた。未だ魔法で宙づりのギーナが叫ぶ。
「オレに触るな!」
「面倒だろう? そのまま連れて行きなさい。湯船の上に来たら自動的に下すようにしたから」
 ルクレーシャスさんは、バタークリームを挟んだブッセを掴みながら侍女たちへ声をかけた。バタークリームはね、いくつか作り方があるんだけど今回のは卵と砂糖を湯せんしながら泡立てたものを、白っぽくなるまで泡立てたバターと混ぜ合わせるタイプのバタークリームだよ。ここにカスタードクリームを混ぜても美味しいんだ。ただいかんせん、色は黄色っぽくなる。スポンジを焼いてバタークリームでデコレーションしたら、前世みたいな見た目のケーキも作れるんじゃないかなって思ってる。
「あと、暴れると自動的に宙づりになるから無駄なことはお止めなさい」
 目もくれずに言い置いたルクレーシャスさんは、もうギーナに興味はないとばかりにブッセを口へ詰め込む。ギーナは顔を真っ赤にして足をばたつかせた。
「……っ! ……っ!」
 うちの侍女たち、大抵のことに驚かなくなってるけどいいのかなぁ。あと、突然捕まえられてずっと宙づりのギーナにちょっと同情を禁じ得ない。
「ギーナ様。ぼくらはきっと、敵ではありません。ですが、ぼくらの敵は共通である可能性が高いのです。まずはゆっくり、お風呂で温まってください。戻られたら、ここで食事をしてくださいね」
 ぼくの言葉に、ギーナは暴れるのを止めた。静かに床へ体が降りると、ぼくを振り返りながら侍女たちに付いて行く。ぼくは何故かその姿が、本来ならここに居たはずの幼子と重なって見えた。
 不安げに瞳を揺らす、スヴァンテ・フリュクレフに。あの子もそうであるならば、助けたい。
「……やっぱ、あいつがゼクレス子爵の末っ子か?」
「おそらく。しかし彼が今まで一人で過ごしていたとは思えません。誰か、大人の協力者が居るはずです。きっと彼を心配して探しに来るでしょう。そちらはゼクレス子爵邸で待てばいい」
「スラムの子供たちに噂を流せと依頼した、老人の可能性が高いね」
 ルチ様の膝に乗っているぼくの向かいに座ったイェレミーアスは、組んだ足の上へ肘をついた。
「ええ。おそらくゼクレス子爵の使用人の誰かなのではないでしょうか……」
 真剣な眼差しをぼくへ向けつつ、ローデリヒはブッセを飲み込んだ。イェレミーアスが一瞬、ローデリヒを睨む。
「では、あの枯れ井戸の牢に居た囚人たちは……」
「想像の域を出ませんが何か重大な証言をできる、証人なのではないでしょうか。それもおそらく、犯罪者側の」
「だからわざわざ生かしておいた」
 イェレミーアスは長い指を顎へ当てた。甘い美貌と裏腹にその姿はどこか冴え冴えと冷えていて、少年神の彫像のように美しく怜悧で完璧だ。
「ええ。ギーナ様と協力者の老人はそのために、三日か四日おきに食事を与えに足を運んでいたのだと思います」
 ブッセをもう一つ飲み込み、ローデリヒはぽん、と手を打った。
「見られたくないから夜に忍び込む。夜だからランプを使う。それが鬼火の正体か!」
 ローデリヒへ視線を送りながら、ぼくは逡巡を見抜かれぬように気遣った。悪知恵の回るミレッカーが、それを見逃すとは思えない。だとすれば、ローデリヒの知り合いだという、肝試しを始めた騎士はミレッカー側の人間である可能性が高いのではないだろうか。
 疑念を飲み込み、ローデリヒへ頷く。
「……そんなところでしょうね。同時に二ヶ所で目撃されたのは、ギーナ様と老人が同時に別々の場所でランプを掲げたから。噂を利用して、囚人へ食事を運んでいたんです。そこまでして囚人たちを生かしておく必要があった。だからあらかじめ、幽霊の噂を流しておいたのでしょう」
 ルクレーシャスさんとブッセを取り合い、勝利したローデリヒが大きく頷いた。
「つまり、あのチビは自分の親を殺したヤツを知ってる!」
「その可能性が高いでしょう。もしくはゼクレス子爵を追い込んだ人間の、悪事の証拠を握っている。誰が企んだかも分かっていて、証人も手の内にある。しかし、それを告発するための味方がいない。そんなところじゃないでしょうか」
 イェレミーアスの虹彩が鋭く光を帯びた。ぼくは二人へ、頷いて見せる。
「告発するための味方が居ないのなら、ぼくらがなればいい。彼の信頼を得られれば、ですが」
 それが一番難しいのだ、とぼくは情けなく眉尻を下げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

転生魔法伝記〜魔法を極めたいと思いますが、それを邪魔する者は排除しておきます〜

凛 伊緒
ファンタジー
不運な事故により、23歳で亡くなってしまった会社員の八笠 美明。 目覚めると見知らぬ人達が美明を取り囲んでいて… (まさか……転生…?!) 魔法や剣が存在する異世界へと転生してしまっていた美明。 魔法が使える事にわくわくしながらも、王女としての義務もあり── 王女として生まれ変わった美明―リアラ・フィールアが、前世の知識を活かして活躍する『転生ファンタジー』──

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

処理中です...