まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

文字の大きさ
138 / 187
はじまりの

第137話

しおりを挟む
「……えっと、ご先祖様に恋したのは、精霊の王様、ですか?」
 ちらり、とルチ様へ視線を投げかけたが、明星の精霊は目を閉じて顔を背けた。
 これは聞いても答えないヤツだな。
 ぼくは諦めつつ、肝心な時にはだんまりを決め込む美しいが駄々っ子の精霊を睨む。
「明星様は何と?」
「フリュクレフのご先祖様が、精霊王と結婚したそうです。だからフリュクレフの王族だけ、妖精や精霊にとって特別みたいです」
「それは皆、そうだろうなと思っていたぞ、スヴェン」
 ジークフリードがソファへ深く凭れ、天井へ向けて吐き出した。
「ぼくもそうだろうなって思ってたんで、これで確証が持てて良かったです」
「……それだけかい? ヴァン」
「……?」
 耳元で囁かれて首を捻ってイェレミーアスの目を見つめる。なんだろう、なんかちょっと、責められている気がする。
「……? イェレ兄さま? 怒ってらっしゃいます?」
「――~っ! どうしてこの弟子はこうもクソ鈍いんだろうねッ!」
 唐突に叫んだ珍しくお菓子を口に詰め込んでいない師匠の顔を見る。ぼくがもう一度首を傾げると、激しく耳をパタパタと動かしながらルクレーシャスさんは頭を抱えてため息を吐いた。
「わたくしは、精霊になる予定の弟子を持っているが?」
「……あ~……。だからぼくのことを、ユッシは『デュードアンデ』と呼んだのですね」
 それそんなに重大なことかな。疑問は解消したので満足して頷く。イェレミーアスは甘やかな勿忘草色の瞳を潤ませ、ぼくへ顔を寄せた。
「どうしてヴァンは自分を大事にしないんだ。みんなはヴァンが精霊になってしまうことを、悲しいと言っているんだよ」
「……う~ん、でもそれはフリュクレフの民にとっては光栄なことなのですよ?」
 そう、文化の違いだ。さらにぼくはこの世界の人間ではなかったという、前世の記憶まであるからそれがどれほど悲しいことなのか分からない。
「……私たちは、何度でも生まれ変わってまた君に会えると、信じたいんだ。その希望を、持っていたいんだ」
 でも君は、そんな希望さえ与えてはくれない。
 耳の後ろへ唇を当てたまま囁かれ、くすぐったさに身を捩る。
「……魂は、一度出会えば結びつく。その結びつきが強ければ強いほど、来世でも親しい仲として出会えるとされている。だから……寂しいのだ、スヴェン」
 デ・ランダル神教では一度強く結びついた魂はその後何度でも出会うことができる、という考えが根付いている。出会いたい人とは、行い正しく生きる限り何度でも出会える。人は何度でも生まれ変わるという考えのデ・ランダル神教に於いて、「死」は終わりではない。「死」とは、次の生の始まりなのだ。
 だから騎士は死を恐れない。勇敢に戦って死ぬことは、次の生でよりよい人生を約束されることに他ならないからだ。それは侵略で国を大きくして来た、この皇国と皇族にとって都合がいい通念である。
 それがどんなに矛盾したものでも、信仰とはその人の中に深く刻み込まれるものだ。そう簡単に「文化の違い」と受け入れることなどできないだろう。
「……ジーク様……。ごめんなさい。ぼく、ちょっと無神経でしたね」
「そうではなく君の一番の問題はね、スヴァンくん……」
「?」
「……もういい。きっと君に言っても理解しないだろう」
 ルクレーシャスさんは、口へお菓子を詰め込むこともせずに自分の膝で手を組んだ。
 まるで、勇者の話をしてくれた時みたいな色で揺れる金色の双眸をぼくはただ、見つめた。

 案の定、汗を掻きながら勉強部屋へやって来たオーベルマイヤーさんは、汗を掻きながらぼくらを星嬰宮せいえいぐうへ案内してくれた。
 意外なことに、星嬰宮への入口は断崖絶壁の海側への出口になっている扉だった。まさか皇太子宮への入口が断崖絶壁に繋がるだろう場所にあるとは誰も考えないだろう。扉を空けて一歩中へ踏み出すと、そこは海ではなく緑の生垣に囲まれた庭だった。分かっていても変な気分だ。
「メシの前にみんなで風呂で遊ぼうぜ! 今日はスヴェンちのコックが料理すんだろ?」
「ええ。料理長のダニーを連れて来ていますよ、リヒ様」
 ジークフリードがダニーの料理を食べたがったのもあるが、珍しくフレートが強くダニーの同行を希望したのだ。
「ベステル・ヘクセ様がご一緒してくださるので安心とはいえ、スヴァンテ様にとっては敵となる人間の出入りも可能な場所です。どうか、ダニーもお連れください。ハンス、命に代えてもスヴァンテ様をお守りしろ」
「はい」
「――!」
 至極真面目に腰を折ったハンスの腰へ横から抱きつき、ぼくは首を左右へ激しく振った。
「ダメですよ、命に代えちゃ。ぼくのせいでハンスやラルクやフレートが死んじゃうくらいなら、ぼくが死んだ方がマシです」
「……っ、そんなこと、言わないでください、スヴァンテ様」
「そんなこと言うもんじゃないよ、スヴァンくん」
 ハンスとルクレーシャスさん、同時に諫められてぼくは唇をへの字に曲げた。これだけは譲れない。
「いいえ。言います。ぼくのために死ぬなんて絶対にダメです。そんな忠誠心は要りません。ぼくのために、何が何でも生きてください。生きて、傍に居てくれなくちゃダメです。その方が難しいでしょう? ぼくは横暴な主ですから、困難なことを命じます。誰も、ぼくのために死んではいけません」
「スヴェンならそう言うにきまってんじゃん。フレートが悪いよ。な、スヴェン」
 ラルクがぼくの頭を撫でた。小さな手から仄かに、お日様と土の匂いがした。
「オレはいつだって、スヴェンのところに戻ることだけ考えてる。だって、じゃないとスヴェンが泣いちゃうもんな?」
「そうだよ、泣いちゃうんだからね。みんなちゃんとぼくのところに戻って来てくれなくちゃダメ」
 人生はおとぎ話ではない。だからおとぎ話のように「それからみんなは幸せに暮らしました」なんてのは、無理だと分かっている。けれど。
 ラルクに抱きついて、ハンスのリヴレアの裾を握り締める。フレートがその場へ膝をついて頭を下げた。
「私の心得違いでございました、スヴァンテ様」
「私も、もう二度と命に代えてなどとは申しませんスヴァンテ様」
「オレが一番、スヴェンのこと分かってるだろ?」
「……うん」
 お日様の匂いがぼくの頭を撫でる。命を懸ける忠義など要らない。ぼくの幸せを願ってくれるように、ぼくもぼくの大切な人たちの幸せを願っている。誰一人、欠けることなく。だから。
「もう二度と、誰にもそんなこと言わないで、フレート」
「はい、スヴァンテ様。精霊に誓って」
 ぼくは勝手に込み上げて来る涙を必死で我慢した。その後、ぼくはハンスとフレートにかわるがわる抱っこされることで二人を許したのだった。
 出かける前の一悶着を思い出していると、ラルクがぼくの手へ触れた。
「?」
 視線だけで問いかけると、ラルクは首を軽く横へ振って笑って見せる。
「ラルクが一番、ぼくのことを分かってるんだよ?」
 ラルクの手を握って揺らす。ラルクは頷いてにっこりと笑みを浮かべた。
 侍従は身分の高い人間に囲まれている中で、勝手に発言したりしない。ラルクはすっかり、侍従としての作法が身に付いている。近いうちにラルクもリヴレアを着る日が来るだろう。それはラルクが、対外的に「兄弟のように育ったラルク」ではいられなくなった証だ。
 だからこそ、ぼくはぼくの大切な人たちを守らなくてはならない。望まない貴族の作法を使ってでも、寂しくて心苦しくても、それがこの世界のやり方ならば全力で。
 そのためにも、うちの子たちをうんと着飾らせなければなるまい。フレート、ハンス、ラルクに似合うリヴレアを一揃え。ルクレーシャスさんの象徴色である青を使い、最高級の布で、細部まで凝った作りにしようじゃないか。
 ぼくが一人で頷いている間に、ぼくらは星嬰宮に辿り着いた。
「スヴェンはまたなんか考え事してただろう」
「えへへ。ラルクにお仕着せのリヴレアを作るなら、最高に凝ったものを作らなくちゃなぁって考えてました、ジーク様」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

転生魔法伝記〜魔法を極めたいと思いますが、それを邪魔する者は排除しておきます〜

凛 伊緒
ファンタジー
不運な事故により、23歳で亡くなってしまった会社員の八笠 美明。 目覚めると見知らぬ人達が美明を取り囲んでいて… (まさか……転生…?!) 魔法や剣が存在する異世界へと転生してしまっていた美明。 魔法が使える事にわくわくしながらも、王女としての義務もあり── 王女として生まれ変わった美明―リアラ・フィールアが、前世の知識を活かして活躍する『転生ファンタジー』──

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

処理中です...