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冬の台風
第175話
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「ヴァンは、どんな顔が好み?」
その話、続けるんだ。でもはぐらかしてもずっと聞かれる気がしたので、ぼくは素直に答える。
「イェレ兄さまのお顔が、とっても好きです」
「とっても」のところで強く頷いておいた。
「……ふふ。この顔に生まれてよかったと、初めて思ったよ」
見よ! はにかんで笑ったこの笑顔の眩しさよ。自分の美貌に自覚はあれど、気にしたことはないこの堂々たる美少年っぷり。これが本物ですよ!
「……スヴェン……」
ジークフリードが何故か、大げさな仕草で頭を抱えた。ローデリヒは頭の後ろで手を組んで空へ吐き出した。
「あ~あ、オレもうしらね」
すかさずレンナルトが元気に告げる。
「レニーはにぃにのおかおすき! レニーはにぃにのおかお、だいすき!」
「ありがとう、レンくん。にぃにもレンくんが大好きだよ」
何と言っても皇国の白椿と称されたリヒテンベルク子爵令嬢に似ているのだから、将来はイェレミーアスとはまた方向の違う美少年になるだろう。中世的な美形になるのかなぁ。楽しみ楽しみ。美しい人に性別は関係ない。男だろうと女だろうと、美人は人類の宝。眼福なのである。
「でも、おかおじゃなくてにぃにだからすき!」
「……レンくん……」
やだ、ほろりとしちゃった。何この子かわいい。リアに抱っこされたレンナルトへ手を伸ばし、頭を撫でる。
「にぃにもレンくんが、レンくんだから好きだよ」
よすよす。エステン公爵が護衛に付けてくれた騎士たちも、微笑ましいものを見る表情でぼくら兄弟を見守っている。うんうん。うちの子たちみんなかわいい。
みんな。そう。みんな。
その中でも一際、美しい横顔へ目をやる。
イェレミーアスの美しさとは中性的な美ではなく、しっかり男性の骨格ながら造作が美しいのだ。性別関係なく、共通の美というか完璧な美がそこに顕現している。今は少年だからこその美しさがあり、きっとこの先は青年の美しさが宿り、そしてきっと美しい中年になるのだろう。
光り輝く美貌とか比喩があるけど、マジ内側から光るからね。美少年って発光するんだよ。毎日この光を浴びているぼくは、おそらくそのうち美少年日焼けする。するったら。多分。
過った思考をふざけて追い出す。
ご自分のお顔がお好きではないのですか、イェレ兄さま。
――それは何故?
考えないようにしながら、ぼくは別のことを口にした。
「ヴェルンヘル様の所へ、告げ口に行っちゃお」
ぼくの独り言にジークフリードが吹き出す。
「ぶはっ! あははっ! いいなそれ! 行こうではないかスヴェン!」
「同類……」
まだイェレミーアスはそこに引っかかっているのか。大した意味はないのになぁ。
ぼくはきちんとエステン公爵へボーレンダーがさぼっていることを告げ口し、タウンハウスへ帰ったのである。告げ口の効果でボーレンダーが少しでも大人しくなるといいな、という淡い期待を抱いていたのだが、見事にそれは打ち砕かれた。
三日後、再びイェレミーアスとレンナルトを伴い皇宮へ登宮すると、政宮から皇宮へ繋がる入口でボーレンダーに捕まった。
「フェー! 我だぞ!」
向かいから歩いて来る長身を認めてぼくはがっくりと肩を落とした。「我だぞ」じゃないよ、どうしてそんなに親し気なの。親しくないからね、ぼくら。
「マックス様。大きな体で道を塞がないでくださいまし。レンくんが怯えます」
「お? 怯えておるのか、ちびすけよ」
ボーレンダーは背が高いものの、がっちりという体躯ではないのでそこまで邪魔ではない。だが、何というかそこに居るだけで存在が暑苦しいタイプなのだ。
リアの腕を覗き込んだボーレンダーへ、レンナルトはきっちりと挨拶をした。
「かこわるいおじさん、おはよございます」
「……我、かっこ悪くないもん」
唇を突き出してレンナルトへ答えたボーレンダーの表情を見て、吹き出しそうになるのを堪え、ぼくは顔を背けた。だが肩は揺れてしまう。しょんぼりしているボーレンダーは、少々コミカルである。
「おはよございますは? ごあいさつできないの、メッよ? かこいいおじさん、ちゃんとおはよございますするのよ? だからかこいいのね?」
「……おはよう」
「んっ」
強く頷いたレンナルトに笑いを堪える。どうにもボーレンダーは、レンナルトに弱いらしい。
「んんっ。今日はな、主に伝えることがあって来たのだ」
「ということは、いつもは特に用もないのに来ていたんですね?」
「主、我に厳しすぎないか? ……まぁよい。先日、ジークが言うておったであろう」
何を? 首を傾げると、前へ流した髪からぽろん、と亜麻の花が零れ落ちた。そのままイェレミーアスがぼくへ頭をくっつけて来る。ボーレンダーが何とも言えない表情をした。
「小ホールを貸してやると、ジークが言ったではないか。主はそこで主が興行しておる演劇で我をもてなすと約束したじゃろ」
約束はしてないよ。本気だと思ってなかったもん。とりあえず続きを聞こうと、ボーレンダーを見つめた。次第にボーレンダーはもじもじし始め、頬を染めて頭を掻いた。
「なんじゃ、どうした。今さら我が美形だと気づいたのか? そんなに見つめられたら照れてしまうじゃろ」
何言ってんだこいつ。ぼくは今までしたことがないほどの真顔になった。
「……美形は毎日、イェレ兄さまを見ているので。マックス様は普通です」
確かに何だか不思議な雰囲気はあるけど、美形かと問われれば否である。好みの問題でボーレンダーを好きだという人間は居るかもしれないが、万人共通の美形かといえば断じて否である。
「ごほっ」
イェレミーアスが小さく咳き込んだ。いつも通りに抱っこされているぼくの体へ、振動が伝わる。ボーレンダーが大声で騒いだ。
「んなっ?! 我、美形じゃぞ?!」
「普通です。普通ですよ。皆さん気を遣っておられるのです、閣下。イェレ兄さまのような本物の美形の前でそういうの、恥ずかしいですよ」
ぼくも恥ずかしいもん。イェレミーアスが常に抱っこしてくれてる状態で妖精姫とか言われるの。隣の美形が目に入らないのか、って。
「ぶわははははは、あっは、ひぃ、うくっ……!」
ボーレンダーの後ろからジークフリードが現れたが、ぶるぶる震えながら涙目で腹を抱えている。腰が抜けてしまったジークフリードを、ローデリヒが支えながら可哀想なものを見る目でボーレンダーへ微笑みかけている。
「マクシミリアン様、もうやめてくれよ。マクシミリアン様が可哀想でオレ、泣けてきた」
「なっ……!」
「あひぃ、もうやめてくれリヒ……! 腹、腹が……っ腹、よじ切れるぅ……っ」
「……えっと……このままだとマックス様があまりにお可哀想なので、まぁ……予定が調整できたら、小ホールでやりましょうか……『ピンクサファイアの聖譚曲』……」
「あ、うん。……主、我のことがそんなに嫌いか?」
しょんぼりしたままぼくへ尋ねたボーレンダーに、ちょっとだけ罪悪感を覚えてしまった。手を伸ばしてしょんぼり俯いたボーレンダーの頭を撫でる。
「嫌いじゃありませんよ。でもね、言ってはいけないことを言ったり、身勝手な振る舞いは困ります。連日の待ち伏せもお控えください。いいですね?」
「……うん」
何だろうな、無邪気と言えば無邪気なんだよな、この人。無邪気と無害はイコールではない、を体現しているだけで。
「劇団の主宰と相談して、候補日をいくつかお伝えしますので。マックス様には、お招きいただける方々へのお知らせをお願いしてもいいですか?」
ぱぁっと表情を明るくして、ボーレンダーが顔を上げた。
「うむ! 任せておけ! 我、人望があるのだぞ、フェー!」
「ええ。楽しみにしておりますね」
「うむ! ではな! ヴェルンヘルには我がさぼっていたこと、内緒にしておけ!」
やっぱりさぼってたのか。もう告げ口した後だよ遅いよボーレンダー。エステン公爵にニンニクマシマシ背脂特盛豚骨スープくらいこってり濃厚に絞られてくれ。
「台風みたいな人だな……」
ぼくが漏らすと、ローデリヒが首を傾げた。
「タイ、フウ?」
元々台風、ハリケーン、タイフーンの違いって発生場所の違いらしいんだけど、皇国には台風を示す言葉がない。だからずばり、日本語で「台風」って言っちゃったんだ。だからローデリヒの反応は正しい。皇国では精々、「雷がごろごろ鳴るような天気」みたいな意味の言葉か、強風、激風、暴風、みたいな言葉しかないのだ。
皇国には台風が来ないというか、来たらすごく大騒ぎになる滅多に起らない自然災害なんだよ。熱波とか、洪水はある。大雪はね、もうこれ冬の通常運転なんだよね。あと熱波って言っても、日本の夏くらい熱いだけでもう災害級認定だから。
「フェイア語です。暴風のことですよ」
「へぇ~、そうなんだ。やっぱスヴェンは賢いな」
ぼくの適当な嘘を信じ切って、納得したローデリヒへぼくは思わず憐みの目を向けてしまった。
「リヒ様、大事な契約をする時は必ずぼくに相談してくださいね。誰に何と言われても、その場でサインしてはいけませんよ」
「おう! そーする!」
「リヒ……」
「うん……リヒが一番騙されるのはスヴェンに、だろうがな……」
酷い言われようだな。ぼくはローデリヒを思って訂正しないでいるだけなのに。
「リヒ様。ぼくは常に、リヒ様のためを思っていますよ」
にっこり微笑むと、ローデリヒもにかっと笑って答える。
「おう。腹真っ黒だけど、スヴェンはいいヤツだからな!」
信じたぼくがバカだったよ! 悪かったな、腹黒で!
「リヒ様は今日のおやつ抜きですね、ハンス」
「……かしこまりました。ふふっ」
「ちょ! なんだよ! ほんとのことだろ! ずりぃぞ、スヴェン!」
「リヒ様。ぼく以外の人間に騙されないようにしてさしあげますからね」
バカな子ほどかわいいんだよ。本当だよ。ローデリヒの頭を撫でると、イェレミーアスが一歩後ろへ下がってしまい、手が離れた。ジークフリードがにやにやと笑いながら呟く。
「結局スヴェンには騙されるんだな、リヒ……」
「まぁ、スヴェンだからしかたねぇか……」
「ヴァンに騙されるなら本望だろ、リヒ。ありがたく、疑問も持たず、騙されておけ」
イェレミーアスの妄信が怖い。ローデリヒの鼻の頭へちょん、と指で触れる。
「ぼくがマックス様を嫌いになれないのは、リヒ様に似ているからですよ。困ったなぁ」
大人になったローデリヒは、あんな風に憎めない感じになるのかもしれない。そう思うと何だか強く拒絶できないんだよね。
「お……? へへっ、なんだぁ、スヴェンはオレにも甘ぇな!」
「乱暴につつくなと何度言ったら分かるんだ、リヒ」
ぼくの頬をつついたローデリヒの指を、へし折る勢いでイェレミーアスが掴んだ。
「あ゛――ッ!!!!!!!! アス! 折れる! 折れるってぇ!!!!!!」
その話、続けるんだ。でもはぐらかしてもずっと聞かれる気がしたので、ぼくは素直に答える。
「イェレ兄さまのお顔が、とっても好きです」
「とっても」のところで強く頷いておいた。
「……ふふ。この顔に生まれてよかったと、初めて思ったよ」
見よ! はにかんで笑ったこの笑顔の眩しさよ。自分の美貌に自覚はあれど、気にしたことはないこの堂々たる美少年っぷり。これが本物ですよ!
「……スヴェン……」
ジークフリードが何故か、大げさな仕草で頭を抱えた。ローデリヒは頭の後ろで手を組んで空へ吐き出した。
「あ~あ、オレもうしらね」
すかさずレンナルトが元気に告げる。
「レニーはにぃにのおかおすき! レニーはにぃにのおかお、だいすき!」
「ありがとう、レンくん。にぃにもレンくんが大好きだよ」
何と言っても皇国の白椿と称されたリヒテンベルク子爵令嬢に似ているのだから、将来はイェレミーアスとはまた方向の違う美少年になるだろう。中世的な美形になるのかなぁ。楽しみ楽しみ。美しい人に性別は関係ない。男だろうと女だろうと、美人は人類の宝。眼福なのである。
「でも、おかおじゃなくてにぃにだからすき!」
「……レンくん……」
やだ、ほろりとしちゃった。何この子かわいい。リアに抱っこされたレンナルトへ手を伸ばし、頭を撫でる。
「にぃにもレンくんが、レンくんだから好きだよ」
よすよす。エステン公爵が護衛に付けてくれた騎士たちも、微笑ましいものを見る表情でぼくら兄弟を見守っている。うんうん。うちの子たちみんなかわいい。
みんな。そう。みんな。
その中でも一際、美しい横顔へ目をやる。
イェレミーアスの美しさとは中性的な美ではなく、しっかり男性の骨格ながら造作が美しいのだ。性別関係なく、共通の美というか完璧な美がそこに顕現している。今は少年だからこその美しさがあり、きっとこの先は青年の美しさが宿り、そしてきっと美しい中年になるのだろう。
光り輝く美貌とか比喩があるけど、マジ内側から光るからね。美少年って発光するんだよ。毎日この光を浴びているぼくは、おそらくそのうち美少年日焼けする。するったら。多分。
過った思考をふざけて追い出す。
ご自分のお顔がお好きではないのですか、イェレ兄さま。
――それは何故?
考えないようにしながら、ぼくは別のことを口にした。
「ヴェルンヘル様の所へ、告げ口に行っちゃお」
ぼくの独り言にジークフリードが吹き出す。
「ぶはっ! あははっ! いいなそれ! 行こうではないかスヴェン!」
「同類……」
まだイェレミーアスはそこに引っかかっているのか。大した意味はないのになぁ。
ぼくはきちんとエステン公爵へボーレンダーがさぼっていることを告げ口し、タウンハウスへ帰ったのである。告げ口の効果でボーレンダーが少しでも大人しくなるといいな、という淡い期待を抱いていたのだが、見事にそれは打ち砕かれた。
三日後、再びイェレミーアスとレンナルトを伴い皇宮へ登宮すると、政宮から皇宮へ繋がる入口でボーレンダーに捕まった。
「フェー! 我だぞ!」
向かいから歩いて来る長身を認めてぼくはがっくりと肩を落とした。「我だぞ」じゃないよ、どうしてそんなに親し気なの。親しくないからね、ぼくら。
「マックス様。大きな体で道を塞がないでくださいまし。レンくんが怯えます」
「お? 怯えておるのか、ちびすけよ」
ボーレンダーは背が高いものの、がっちりという体躯ではないのでそこまで邪魔ではない。だが、何というかそこに居るだけで存在が暑苦しいタイプなのだ。
リアの腕を覗き込んだボーレンダーへ、レンナルトはきっちりと挨拶をした。
「かこわるいおじさん、おはよございます」
「……我、かっこ悪くないもん」
唇を突き出してレンナルトへ答えたボーレンダーの表情を見て、吹き出しそうになるのを堪え、ぼくは顔を背けた。だが肩は揺れてしまう。しょんぼりしているボーレンダーは、少々コミカルである。
「おはよございますは? ごあいさつできないの、メッよ? かこいいおじさん、ちゃんとおはよございますするのよ? だからかこいいのね?」
「……おはよう」
「んっ」
強く頷いたレンナルトに笑いを堪える。どうにもボーレンダーは、レンナルトに弱いらしい。
「んんっ。今日はな、主に伝えることがあって来たのだ」
「ということは、いつもは特に用もないのに来ていたんですね?」
「主、我に厳しすぎないか? ……まぁよい。先日、ジークが言うておったであろう」
何を? 首を傾げると、前へ流した髪からぽろん、と亜麻の花が零れ落ちた。そのままイェレミーアスがぼくへ頭をくっつけて来る。ボーレンダーが何とも言えない表情をした。
「小ホールを貸してやると、ジークが言ったではないか。主はそこで主が興行しておる演劇で我をもてなすと約束したじゃろ」
約束はしてないよ。本気だと思ってなかったもん。とりあえず続きを聞こうと、ボーレンダーを見つめた。次第にボーレンダーはもじもじし始め、頬を染めて頭を掻いた。
「なんじゃ、どうした。今さら我が美形だと気づいたのか? そんなに見つめられたら照れてしまうじゃろ」
何言ってんだこいつ。ぼくは今までしたことがないほどの真顔になった。
「……美形は毎日、イェレ兄さまを見ているので。マックス様は普通です」
確かに何だか不思議な雰囲気はあるけど、美形かと問われれば否である。好みの問題でボーレンダーを好きだという人間は居るかもしれないが、万人共通の美形かといえば断じて否である。
「ごほっ」
イェレミーアスが小さく咳き込んだ。いつも通りに抱っこされているぼくの体へ、振動が伝わる。ボーレンダーが大声で騒いだ。
「んなっ?! 我、美形じゃぞ?!」
「普通です。普通ですよ。皆さん気を遣っておられるのです、閣下。イェレ兄さまのような本物の美形の前でそういうの、恥ずかしいですよ」
ぼくも恥ずかしいもん。イェレミーアスが常に抱っこしてくれてる状態で妖精姫とか言われるの。隣の美形が目に入らないのか、って。
「ぶわははははは、あっは、ひぃ、うくっ……!」
ボーレンダーの後ろからジークフリードが現れたが、ぶるぶる震えながら涙目で腹を抱えている。腰が抜けてしまったジークフリードを、ローデリヒが支えながら可哀想なものを見る目でボーレンダーへ微笑みかけている。
「マクシミリアン様、もうやめてくれよ。マクシミリアン様が可哀想でオレ、泣けてきた」
「なっ……!」
「あひぃ、もうやめてくれリヒ……! 腹、腹が……っ腹、よじ切れるぅ……っ」
「……えっと……このままだとマックス様があまりにお可哀想なので、まぁ……予定が調整できたら、小ホールでやりましょうか……『ピンクサファイアの聖譚曲』……」
「あ、うん。……主、我のことがそんなに嫌いか?」
しょんぼりしたままぼくへ尋ねたボーレンダーに、ちょっとだけ罪悪感を覚えてしまった。手を伸ばしてしょんぼり俯いたボーレンダーの頭を撫でる。
「嫌いじゃありませんよ。でもね、言ってはいけないことを言ったり、身勝手な振る舞いは困ります。連日の待ち伏せもお控えください。いいですね?」
「……うん」
何だろうな、無邪気と言えば無邪気なんだよな、この人。無邪気と無害はイコールではない、を体現しているだけで。
「劇団の主宰と相談して、候補日をいくつかお伝えしますので。マックス様には、お招きいただける方々へのお知らせをお願いしてもいいですか?」
ぱぁっと表情を明るくして、ボーレンダーが顔を上げた。
「うむ! 任せておけ! 我、人望があるのだぞ、フェー!」
「ええ。楽しみにしておりますね」
「うむ! ではな! ヴェルンヘルには我がさぼっていたこと、内緒にしておけ!」
やっぱりさぼってたのか。もう告げ口した後だよ遅いよボーレンダー。エステン公爵にニンニクマシマシ背脂特盛豚骨スープくらいこってり濃厚に絞られてくれ。
「台風みたいな人だな……」
ぼくが漏らすと、ローデリヒが首を傾げた。
「タイ、フウ?」
元々台風、ハリケーン、タイフーンの違いって発生場所の違いらしいんだけど、皇国には台風を示す言葉がない。だからずばり、日本語で「台風」って言っちゃったんだ。だからローデリヒの反応は正しい。皇国では精々、「雷がごろごろ鳴るような天気」みたいな意味の言葉か、強風、激風、暴風、みたいな言葉しかないのだ。
皇国には台風が来ないというか、来たらすごく大騒ぎになる滅多に起らない自然災害なんだよ。熱波とか、洪水はある。大雪はね、もうこれ冬の通常運転なんだよね。あと熱波って言っても、日本の夏くらい熱いだけでもう災害級認定だから。
「フェイア語です。暴風のことですよ」
「へぇ~、そうなんだ。やっぱスヴェンは賢いな」
ぼくの適当な嘘を信じ切って、納得したローデリヒへぼくは思わず憐みの目を向けてしまった。
「リヒ様、大事な契約をする時は必ずぼくに相談してくださいね。誰に何と言われても、その場でサインしてはいけませんよ」
「おう! そーする!」
「リヒ……」
「うん……リヒが一番騙されるのはスヴェンに、だろうがな……」
酷い言われようだな。ぼくはローデリヒを思って訂正しないでいるだけなのに。
「リヒ様。ぼくは常に、リヒ様のためを思っていますよ」
にっこり微笑むと、ローデリヒもにかっと笑って答える。
「おう。腹真っ黒だけど、スヴェンはいいヤツだからな!」
信じたぼくがバカだったよ! 悪かったな、腹黒で!
「リヒ様は今日のおやつ抜きですね、ハンス」
「……かしこまりました。ふふっ」
「ちょ! なんだよ! ほんとのことだろ! ずりぃぞ、スヴェン!」
「リヒ様。ぼく以外の人間に騙されないようにしてさしあげますからね」
バカな子ほどかわいいんだよ。本当だよ。ローデリヒの頭を撫でると、イェレミーアスが一歩後ろへ下がってしまい、手が離れた。ジークフリードがにやにやと笑いながら呟く。
「結局スヴェンには騙されるんだな、リヒ……」
「まぁ、スヴェンだからしかたねぇか……」
「ヴァンに騙されるなら本望だろ、リヒ。ありがたく、疑問も持たず、騙されておけ」
イェレミーアスの妄信が怖い。ローデリヒの鼻の頭へちょん、と指で触れる。
「ぼくがマックス様を嫌いになれないのは、リヒ様に似ているからですよ。困ったなぁ」
大人になったローデリヒは、あんな風に憎めない感じになるのかもしれない。そう思うと何だか強く拒絶できないんだよね。
「お……? へへっ、なんだぁ、スヴェンはオレにも甘ぇな!」
「乱暴につつくなと何度言ったら分かるんだ、リヒ」
ぼくの頬をつついたローデリヒの指を、へし折る勢いでイェレミーアスが掴んだ。
「あ゛――ッ!!!!!!!! アス! 折れる! 折れるってぇ!!!!!!」
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