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婚約破棄は滅亡の合図です
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私の名はリタリア・フォレス。
私の髪は国で一番長い。
比喩でなく、生まれた時から“髪の世話“専門のメイドが付けられ、切ることなく美しく健康な髪の状態を保つために毎日彼女たちに手入れされている。
この国では髪の色が濃いほど強い魔力が宿るとされる。
リタリアの髪は真っ黒だった。
故に、彼女の髪は帝国の至宝と呼ばれ、王家から手厚く保護されていた。
王太子との婚約も、その一環だった。
保護というより、囲い込みに近いが。
リタリアの魔力を宿す長い長い髪は当たり前だが年毎に伸びてゆき、今やお城の塔のてっぺんから地につく勢いだ。
長すぎる髪は生活に邪魔なのでリタリアは学園には引っ詰めたお団子で通っていた。
毎朝“髪専門“のメイドに結ってもらうのだが、不思議なことに、リタリアの髪はこれだけの長さがあっても重くない。
王太子であるザハルとの仲も悪くなかった。
熱愛されていたわけではないが、ザハルも祝福を受けた髪の持ち主であるリタリアをきちんと尊重していたからだ。
だが、最終学年の半ば頃、異世界からの乙女が降臨したことで、リタリアを取り巻く状況は一変した。
その異世界からの乙女が「私のいた世界では黒い髪なんて当たり前。黒が祝福された色だなんて迷信よ」と言ったからだ。
当の乙女“ナズナ“本人も長い黒髪をしていた。
最初こそ「全く魔法のない世界から来た人間のいうことなど」と周囲は取り合わなかった。
だが、「元々魔法に興味があった」というナズナが魔法を覚え、分厚い眼鏡がないと見えなかった視力を回復し、眼鏡を外して地味なおさげ髪を解くと、段々と周囲の態度が変わっていった。
視力が回復し、着飾ることを覚え、自信をつけたナズナは纏う雰囲気が華やかになってゆき、王太子であるザハルと堂々と会話するようになった。
そうなると、
「リタリア様の足下にも及ばない」
「比べることさえおこがましい」
「魔法のない世界から来た平民」
と嘲笑していた生徒たちが、
「……おろすと綺麗な髪ね」
「ええ。黒々としていて、リタリア様にも劣らない、かも?」
ナズナの髪は真っ黒で、おろすと腰まであった。
生まれた時から切っていないリタリアには及ばないが、おろして靡く様は人目を引いた。
こうなると、引っ詰めたお団子を一切取らないリタリアには分が悪かった。
「おろしたらボサボサなのよ、きっと」
「確かにねぇ、王太子殿下の婚約者なんだからもっと華やかになさったら良いのに」
「そうすれば髪飾りのひとつも、贈ってもらえるかもしれないのにねぇ?」
「ああ!そういえばナズナ様が先日王太子殿下に買ってもらったと可愛いらしい髪飾りをしてらしたわ」
「そうそう!王都で流行りのデザインだそうでよく似合ってらしたわ」
「同じ黒髪でも、リタリア様には似合わないでしょうねぇ……」
と今ではリタリアが陰口を言われている。
___聞こえているんだけどねぇ?
リタリアの髪を纏めている紐には魔法が掛かっていて、勝手に解くことはできない。
直接日差しを浴びるのもよくないから、いつも薄いベールを被っているため、顔もよく見えない。
だが、そうして覆っているからといって、聴覚が遮られるわけはない。
「ったく、人の気も知らないで好き勝手言ってくれちゃって……」
この髪は、王家の命令で切れないのに。
リタリアだって、お洒落に興味がないわけではない。
だが、これの保護のため、出来ない項目がやたらと多いのだ。
一方ナズナにはそういった制約が一切ない、羨ましい。
「王子は、知ってるはずなのに……」
リタリアがそういった制約に縛られた存在であることを。
子供の頃から知ってるはずなのに、あの子に髪飾りを贈った……?
「ムカつく……」
以前は優しかった王子も最近は用事があるだなんだのと言って婚約者との交流さえまともにしていない。
ついでに王子の側近もそれに習うようにリタリアに近づかない。
学園でのストレスを溜めに貯めて、
「もうこんな手間のかかる髪は嫌だわ!切りたい!」
ある日、学園から帰ったリタリアがそう叫んだら、気が触れたと思われて散々色んな医師や術師に診られたあと、塔に監禁された。
何故に?
「落ち着くまでこちらでお過ごしください」
と入れられた部屋には人が暮らせる程度のものは揃っていたが、窓は高い場所にひとつだけ、そして何かを切れるようなものが一切なかった。
食器も全て木製だ。
「森の民かよ……」
リタリアはコツン、とスープボウルの淵を叩いた。
ここに来てから二週間。
衣食住は保証されてるとはいえ、王子はおろか家族や友人からの面会どころか手紙の一通すらない。
面会や差し入れは禁止されていないとここに案内された時に言われたのだが。
「私って、大事な存在なんじゃなかったのかしら……?」
いなくなっても誰も気にしないんなら、こんなとこにいなくてもよくない?
高い場所にある窓を見上げて、リタリアは一考する。
「ここ、ロープ的なものは何もないけど……」
___編んだ髪って、結構強度あるんだよねぇ?
リタリアはお団子を解いて、一本の三つ編みにして結び直し、その紐に浮遊魔法をかけた。
人を浮かせるような強力魔法ではないが、元々魔法アイテムとして用意された紐にかけるなら?
と賭けてみたのが功を奏した。
髪はその結び目から浮き上がり、窓に向かって伸びていく。
「よしっ!そのまま!」
リタリアのコントロール通りに髪は頑丈な窓枠を掴むように絡みついた。
リタリアはその髪をロープ代わりに登っていく。
上がってみると、やはり窓の格子の枠は大きい。
成人男性では厳しいだろうが、女性一人なら抜けられそうな広さだ。
多分登って来られるのを想定していないからだろう。
大きな窓枠に腰掛けてひと休みしたリタは、
「さあ、行きますか」
と今度は髪を格子の一本に引っ掛け通すとその先を自分で持った。
これで少しずつ持つ位置をずらしていけば降りられるはず……塔の外へと。
リタリアは慎重に、少しずつ髪を持つ位置をずらして自分の体を降ろしていく。
半ばを過ぎたあたりで、汗ばんできた手が滑り、
「あっ……」
まともに叫ぶ間もなく、リタリアの体は落下してしまい、そのまま気を失って__いた、らしい。
目覚めると降るような星空だった。
(あぁ、綺麗だな……昔天体観測で見た星空みたい……え?)
「天体観測?」
そんなもの、この世界にはない。
「あ……」
降って湧いたように流れ込んでくる記憶と知識。
「あ、そっか……私、」
あのナズナと同じ、日本人だったんだ___。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そして今日は、卒業パーティーの日。
あの後、ぼーっと空を見上げていたら見回りの兵に発見されて塔に連れ戻された。
そして、今度は窓のない部屋に移されたけど絶望はしなかった。
だって、知っていたから。
黒髪の乙女、福音の髪、異世界から降り立つ少女……。
「この展開って……」
あ、そっか。
テンプレか。
蘇った記憶の中に、この乙女ゲームのシナリオがあった。
そんなに好きだったわけでもないからよく覚えていないけど、この髪を切ったら災いがおきるとか言われてたんだっけ?
で、この髪を切らせてはならないけど王太子は異世界から降りて来た女子高生にホレちゃって、自分の立場と恋心の狭間で葛藤して__て、阿呆か。
悲劇に浸って独白してたけど、肝心の婚約者だって好きでそんな立場になったわけじゃないでしょうよ。
リタリアって乙女ゲームでは悪役令嬢として描かれてたけど、一番の被害者では?
子供の頃から好きな髪型ひとつ出来ず、淑女教育と勉学と妃教育だけを詰め込まれた魔力の高い令嬢を洗脳教育した挙句、捨てただけなのでは?
ああいった乙女ゲームの中では悪役令嬢の言い分を語る場面なんてないから考えたことなかったけど……控えめに言って最低では?
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そしてその最低野郎は今ナズナの肩を抱いて私を一方的に罵っている。
これを“断罪“とは言わない、言わせない。
だってリタリアには何の罪もないから。
「私の婚約者であることを傘に着て数々の傲慢な振る舞いを行ない、学園の和を乱した罪は重い。本来ならば極刑に問うところだが__、」
お前がな。
「諸々の立場を考慮し、離宮に下級側妃として居ることを許そう。祝福された髪の王妃として立つナズナを助け、慈悲を請いながら生きるがいい」
ふざけんな。
本来なら飽きた婚約者に冤罪被せた後は国外追放がセオリーだ。
だが、
“祝福された髪を切ると災いが起きる“
という伝説が浸透したこの国でそれは難しい__というより、つまり「妃にはしたくないけど他国に渡すのは惜しい」というなんとも腐った理由である。
あの夜、芝生の上で目覚めて夜空を見上げた私は、「幸せは、自分で掴まないと」と呟いて決心したのだ。
「お断りします」
固いお団子のまま、塔の中で言われるまま着せられた趣味じゃないお仕着せのまま、私はザハルに言い放った。
「__は?」
目の前の私を信じられない、と見つめる馬鹿だけではない、ここには国王も王妃も、リタリアの家族もいたが全員が呆けてリタリアを見つめていた。
「お断り、て言ったのよ馬っ鹿じゃないの?」
「なっ……」
今まで全く口答えをして来なかった婚約者の反応に驚きつつも馬鹿にされたことだけは分かったのだろう、カッと怒りに顔を歪め、
「お前、今なんと言った?」
「お断りと、馬鹿?なに耳も悪いの?」
「バッ……な、」
「はいはーい、言いたいことがあったら後でそこの可愛こぶりっ子してる偽物乙女にでも聞いてもらって?私はもううんざりなの」
「うんざり……?」
「そ。生まれた時に勝手に祝福の乙女だの婚約だのって色々な制約で縛り付けておいて他に好きな女ができたから婚約破棄したいけど他国に行かせるわけにも行かないから一生飼い殺しにしようって魂胆が最悪。普通に謝って解消すればいいのに悪評流して自分の良いように情報操作してタダで一生こき使おうとか最低。それを止めずに協力するアンタの周囲も腐りすぎ。私が好きでこんな格好してると思う?私は保護って名目で髪型も服装も決められててそれに従うしかなかっただけよ。貴方だって子供の頃から知ってたでしょう?ナズナみたいにいかないのは当たり前なのよ?」
そう言って周囲を見渡すと殆ど全員がばつが悪そうに視線を逸らしたり、「え?そうなの?」と言い合ったりしていた。
ザハル本人も苦い顔だ。
「それから勘違いしてるみたいだから言っとくけど、私アンタの妃になりたいなんて思ったことないから」
「なっ!」
「“義務で娶らないといけない“とか“リタリアは俺に夢中だから“とか勘違いしてるといけないからはっきり言っとくね?」
「リタリア!塔にいた間におかしくなったのか?「__義務で婚約させられたのはアンタだけじゃないんだよ!」!」
騒ぐザハルの言葉に被せるように低い声で言ってやるとシン……と辺りに静寂が満ちた。
「大体、考えてみたらわかるでしょ?生まれた時からそんな義務や役割を押し付けられて監視されてたのよ?それで結婚相手が誠実で大事にしてくれるならまだしもポッと出の女に入れあげて冤罪被せて監禁の挙げ句一生タダ働きさせようなんてヤツに好感持つ女がどこにいるのよ?自分の身に置き換えて考えてみたらわかるでしょ?普通、大っ嫌いでしょ?」
「____」
「…………」
「……それは……」
自分に置き換えてみたのだろう、サワサワとざわめいた後、潮が引くようにザハルとナズナの周囲から人が引いていった。
「おわかりいただいて何よりだわ。というわけで__「許さんっ!」」
漸く幕引きというところで怒鳴り込んで来たのは今まで全く息子の暴挙を止める素振りのなかった国王陛下。
「リタリアとザハルの結婚は確定事項だ!そん「五月蝿い」な?!」
今度は私がお返しに国王の言を遮る。
長引かせるつもりはない。
「うるさいっつってんの。今まで息子の暴挙を止めなかったくせに今さら責任者ヅラすんじゃないわよ、アンタの許可なんかいらない。っていうか人をあんなとこに監禁しておいてよくこれからも国に尽くせなんて言えるね?尽くしたいと思えるような国だと思ってんのここが?」
どんどんリタリアより前世の人格の方が濃くなっていくリタの胸には怒りだけが沸々と湧いてくる。
「アンタら的には王妃にしてやるんだから国に尽くせ、とか思ってんでしょうけど、私御免だから。ねぇザハル?ナズナさえいれば良いんでしょ?だったらコレはもう__いらないわよね?」
私は髪紐を解くと、髪が床に降りきる前にばっさり切り落とした。
肩口で。
「「なっ……」」
「馬鹿な……!」
「なんてことを……!!」
一瞬の絶句の後、広間は喧騒に包まれた。
誰がどの台詞を言ったかもわからないがどうでもいい。
この隙に乗じて、この国を去るつもりでやっているのだから。
「あぁ、軽くなりましたわ。いくらなんでも長すぎですわよね。身の丈より更に長いなんて体に負担ありすぎですわ」
清々した、と短くなった髪先を弄びながら微笑んだリタはまだ目の前で固まっているザハルを一顧だにせず、広間から去って行った。
広間から出たリタはそのまま国外に転移したので兵たちが追うにおえず、最低最悪の烙印を押された王家の動きも鈍く、また招待されていた各国要人もことの次第を見ていたので、この国を助けようとする諸外国は皆無だった。
そして、国は滅びた。
遠い外国でその噂を聞いたリタは、
「ふーん。まあ自業自得だよね」
とだけ呟いた。
伝説が本当だろうと、嘘だろうと。
本気で祝福を受けたいなら手抜きや裏切りなどしなければよかったのだ。
私の髪は国で一番長い。
比喩でなく、生まれた時から“髪の世話“専門のメイドが付けられ、切ることなく美しく健康な髪の状態を保つために毎日彼女たちに手入れされている。
この国では髪の色が濃いほど強い魔力が宿るとされる。
リタリアの髪は真っ黒だった。
故に、彼女の髪は帝国の至宝と呼ばれ、王家から手厚く保護されていた。
王太子との婚約も、その一環だった。
保護というより、囲い込みに近いが。
リタリアの魔力を宿す長い長い髪は当たり前だが年毎に伸びてゆき、今やお城の塔のてっぺんから地につく勢いだ。
長すぎる髪は生活に邪魔なのでリタリアは学園には引っ詰めたお団子で通っていた。
毎朝“髪専門“のメイドに結ってもらうのだが、不思議なことに、リタリアの髪はこれだけの長さがあっても重くない。
王太子であるザハルとの仲も悪くなかった。
熱愛されていたわけではないが、ザハルも祝福を受けた髪の持ち主であるリタリアをきちんと尊重していたからだ。
だが、最終学年の半ば頃、異世界からの乙女が降臨したことで、リタリアを取り巻く状況は一変した。
その異世界からの乙女が「私のいた世界では黒い髪なんて当たり前。黒が祝福された色だなんて迷信よ」と言ったからだ。
当の乙女“ナズナ“本人も長い黒髪をしていた。
最初こそ「全く魔法のない世界から来た人間のいうことなど」と周囲は取り合わなかった。
だが、「元々魔法に興味があった」というナズナが魔法を覚え、分厚い眼鏡がないと見えなかった視力を回復し、眼鏡を外して地味なおさげ髪を解くと、段々と周囲の態度が変わっていった。
視力が回復し、着飾ることを覚え、自信をつけたナズナは纏う雰囲気が華やかになってゆき、王太子であるザハルと堂々と会話するようになった。
そうなると、
「リタリア様の足下にも及ばない」
「比べることさえおこがましい」
「魔法のない世界から来た平民」
と嘲笑していた生徒たちが、
「……おろすと綺麗な髪ね」
「ええ。黒々としていて、リタリア様にも劣らない、かも?」
ナズナの髪は真っ黒で、おろすと腰まであった。
生まれた時から切っていないリタリアには及ばないが、おろして靡く様は人目を引いた。
こうなると、引っ詰めたお団子を一切取らないリタリアには分が悪かった。
「おろしたらボサボサなのよ、きっと」
「確かにねぇ、王太子殿下の婚約者なんだからもっと華やかになさったら良いのに」
「そうすれば髪飾りのひとつも、贈ってもらえるかもしれないのにねぇ?」
「ああ!そういえばナズナ様が先日王太子殿下に買ってもらったと可愛いらしい髪飾りをしてらしたわ」
「そうそう!王都で流行りのデザインだそうでよく似合ってらしたわ」
「同じ黒髪でも、リタリア様には似合わないでしょうねぇ……」
と今ではリタリアが陰口を言われている。
___聞こえているんだけどねぇ?
リタリアの髪を纏めている紐には魔法が掛かっていて、勝手に解くことはできない。
直接日差しを浴びるのもよくないから、いつも薄いベールを被っているため、顔もよく見えない。
だが、そうして覆っているからといって、聴覚が遮られるわけはない。
「ったく、人の気も知らないで好き勝手言ってくれちゃって……」
この髪は、王家の命令で切れないのに。
リタリアだって、お洒落に興味がないわけではない。
だが、これの保護のため、出来ない項目がやたらと多いのだ。
一方ナズナにはそういった制約が一切ない、羨ましい。
「王子は、知ってるはずなのに……」
リタリアがそういった制約に縛られた存在であることを。
子供の頃から知ってるはずなのに、あの子に髪飾りを贈った……?
「ムカつく……」
以前は優しかった王子も最近は用事があるだなんだのと言って婚約者との交流さえまともにしていない。
ついでに王子の側近もそれに習うようにリタリアに近づかない。
学園でのストレスを溜めに貯めて、
「もうこんな手間のかかる髪は嫌だわ!切りたい!」
ある日、学園から帰ったリタリアがそう叫んだら、気が触れたと思われて散々色んな医師や術師に診られたあと、塔に監禁された。
何故に?
「落ち着くまでこちらでお過ごしください」
と入れられた部屋には人が暮らせる程度のものは揃っていたが、窓は高い場所にひとつだけ、そして何かを切れるようなものが一切なかった。
食器も全て木製だ。
「森の民かよ……」
リタリアはコツン、とスープボウルの淵を叩いた。
ここに来てから二週間。
衣食住は保証されてるとはいえ、王子はおろか家族や友人からの面会どころか手紙の一通すらない。
面会や差し入れは禁止されていないとここに案内された時に言われたのだが。
「私って、大事な存在なんじゃなかったのかしら……?」
いなくなっても誰も気にしないんなら、こんなとこにいなくてもよくない?
高い場所にある窓を見上げて、リタリアは一考する。
「ここ、ロープ的なものは何もないけど……」
___編んだ髪って、結構強度あるんだよねぇ?
リタリアはお団子を解いて、一本の三つ編みにして結び直し、その紐に浮遊魔法をかけた。
人を浮かせるような強力魔法ではないが、元々魔法アイテムとして用意された紐にかけるなら?
と賭けてみたのが功を奏した。
髪はその結び目から浮き上がり、窓に向かって伸びていく。
「よしっ!そのまま!」
リタリアのコントロール通りに髪は頑丈な窓枠を掴むように絡みついた。
リタリアはその髪をロープ代わりに登っていく。
上がってみると、やはり窓の格子の枠は大きい。
成人男性では厳しいだろうが、女性一人なら抜けられそうな広さだ。
多分登って来られるのを想定していないからだろう。
大きな窓枠に腰掛けてひと休みしたリタは、
「さあ、行きますか」
と今度は髪を格子の一本に引っ掛け通すとその先を自分で持った。
これで少しずつ持つ位置をずらしていけば降りられるはず……塔の外へと。
リタリアは慎重に、少しずつ髪を持つ位置をずらして自分の体を降ろしていく。
半ばを過ぎたあたりで、汗ばんできた手が滑り、
「あっ……」
まともに叫ぶ間もなく、リタリアの体は落下してしまい、そのまま気を失って__いた、らしい。
目覚めると降るような星空だった。
(あぁ、綺麗だな……昔天体観測で見た星空みたい……え?)
「天体観測?」
そんなもの、この世界にはない。
「あ……」
降って湧いたように流れ込んでくる記憶と知識。
「あ、そっか……私、」
あのナズナと同じ、日本人だったんだ___。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そして今日は、卒業パーティーの日。
あの後、ぼーっと空を見上げていたら見回りの兵に発見されて塔に連れ戻された。
そして、今度は窓のない部屋に移されたけど絶望はしなかった。
だって、知っていたから。
黒髪の乙女、福音の髪、異世界から降り立つ少女……。
「この展開って……」
あ、そっか。
テンプレか。
蘇った記憶の中に、この乙女ゲームのシナリオがあった。
そんなに好きだったわけでもないからよく覚えていないけど、この髪を切ったら災いがおきるとか言われてたんだっけ?
で、この髪を切らせてはならないけど王太子は異世界から降りて来た女子高生にホレちゃって、自分の立場と恋心の狭間で葛藤して__て、阿呆か。
悲劇に浸って独白してたけど、肝心の婚約者だって好きでそんな立場になったわけじゃないでしょうよ。
リタリアって乙女ゲームでは悪役令嬢として描かれてたけど、一番の被害者では?
子供の頃から好きな髪型ひとつ出来ず、淑女教育と勉学と妃教育だけを詰め込まれた魔力の高い令嬢を洗脳教育した挙句、捨てただけなのでは?
ああいった乙女ゲームの中では悪役令嬢の言い分を語る場面なんてないから考えたことなかったけど……控えめに言って最低では?
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そしてその最低野郎は今ナズナの肩を抱いて私を一方的に罵っている。
これを“断罪“とは言わない、言わせない。
だってリタリアには何の罪もないから。
「私の婚約者であることを傘に着て数々の傲慢な振る舞いを行ない、学園の和を乱した罪は重い。本来ならば極刑に問うところだが__、」
お前がな。
「諸々の立場を考慮し、離宮に下級側妃として居ることを許そう。祝福された髪の王妃として立つナズナを助け、慈悲を請いながら生きるがいい」
ふざけんな。
本来なら飽きた婚約者に冤罪被せた後は国外追放がセオリーだ。
だが、
“祝福された髪を切ると災いが起きる“
という伝説が浸透したこの国でそれは難しい__というより、つまり「妃にはしたくないけど他国に渡すのは惜しい」というなんとも腐った理由である。
あの夜、芝生の上で目覚めて夜空を見上げた私は、「幸せは、自分で掴まないと」と呟いて決心したのだ。
「お断りします」
固いお団子のまま、塔の中で言われるまま着せられた趣味じゃないお仕着せのまま、私はザハルに言い放った。
「__は?」
目の前の私を信じられない、と見つめる馬鹿だけではない、ここには国王も王妃も、リタリアの家族もいたが全員が呆けてリタリアを見つめていた。
「お断り、て言ったのよ馬っ鹿じゃないの?」
「なっ……」
今まで全く口答えをして来なかった婚約者の反応に驚きつつも馬鹿にされたことだけは分かったのだろう、カッと怒りに顔を歪め、
「お前、今なんと言った?」
「お断りと、馬鹿?なに耳も悪いの?」
「バッ……な、」
「はいはーい、言いたいことがあったら後でそこの可愛こぶりっ子してる偽物乙女にでも聞いてもらって?私はもううんざりなの」
「うんざり……?」
「そ。生まれた時に勝手に祝福の乙女だの婚約だのって色々な制約で縛り付けておいて他に好きな女ができたから婚約破棄したいけど他国に行かせるわけにも行かないから一生飼い殺しにしようって魂胆が最悪。普通に謝って解消すればいいのに悪評流して自分の良いように情報操作してタダで一生こき使おうとか最低。それを止めずに協力するアンタの周囲も腐りすぎ。私が好きでこんな格好してると思う?私は保護って名目で髪型も服装も決められててそれに従うしかなかっただけよ。貴方だって子供の頃から知ってたでしょう?ナズナみたいにいかないのは当たり前なのよ?」
そう言って周囲を見渡すと殆ど全員がばつが悪そうに視線を逸らしたり、「え?そうなの?」と言い合ったりしていた。
ザハル本人も苦い顔だ。
「それから勘違いしてるみたいだから言っとくけど、私アンタの妃になりたいなんて思ったことないから」
「なっ!」
「“義務で娶らないといけない“とか“リタリアは俺に夢中だから“とか勘違いしてるといけないからはっきり言っとくね?」
「リタリア!塔にいた間におかしくなったのか?「__義務で婚約させられたのはアンタだけじゃないんだよ!」!」
騒ぐザハルの言葉に被せるように低い声で言ってやるとシン……と辺りに静寂が満ちた。
「大体、考えてみたらわかるでしょ?生まれた時からそんな義務や役割を押し付けられて監視されてたのよ?それで結婚相手が誠実で大事にしてくれるならまだしもポッと出の女に入れあげて冤罪被せて監禁の挙げ句一生タダ働きさせようなんてヤツに好感持つ女がどこにいるのよ?自分の身に置き換えて考えてみたらわかるでしょ?普通、大っ嫌いでしょ?」
「____」
「…………」
「……それは……」
自分に置き換えてみたのだろう、サワサワとざわめいた後、潮が引くようにザハルとナズナの周囲から人が引いていった。
「おわかりいただいて何よりだわ。というわけで__「許さんっ!」」
漸く幕引きというところで怒鳴り込んで来たのは今まで全く息子の暴挙を止める素振りのなかった国王陛下。
「リタリアとザハルの結婚は確定事項だ!そん「五月蝿い」な?!」
今度は私がお返しに国王の言を遮る。
長引かせるつもりはない。
「うるさいっつってんの。今まで息子の暴挙を止めなかったくせに今さら責任者ヅラすんじゃないわよ、アンタの許可なんかいらない。っていうか人をあんなとこに監禁しておいてよくこれからも国に尽くせなんて言えるね?尽くしたいと思えるような国だと思ってんのここが?」
どんどんリタリアより前世の人格の方が濃くなっていくリタの胸には怒りだけが沸々と湧いてくる。
「アンタら的には王妃にしてやるんだから国に尽くせ、とか思ってんでしょうけど、私御免だから。ねぇザハル?ナズナさえいれば良いんでしょ?だったらコレはもう__いらないわよね?」
私は髪紐を解くと、髪が床に降りきる前にばっさり切り落とした。
肩口で。
「「なっ……」」
「馬鹿な……!」
「なんてことを……!!」
一瞬の絶句の後、広間は喧騒に包まれた。
誰がどの台詞を言ったかもわからないがどうでもいい。
この隙に乗じて、この国を去るつもりでやっているのだから。
「あぁ、軽くなりましたわ。いくらなんでも長すぎですわよね。身の丈より更に長いなんて体に負担ありすぎですわ」
清々した、と短くなった髪先を弄びながら微笑んだリタはまだ目の前で固まっているザハルを一顧だにせず、広間から去って行った。
広間から出たリタはそのまま国外に転移したので兵たちが追うにおえず、最低最悪の烙印を押された王家の動きも鈍く、また招待されていた各国要人もことの次第を見ていたので、この国を助けようとする諸外国は皆無だった。
そして、国は滅びた。
遠い外国でその噂を聞いたリタは、
「ふーん。まあ自業自得だよね」
とだけ呟いた。
伝説が本当だろうと、嘘だろうと。
本気で祝福を受けたいなら手抜きや裏切りなどしなければよかったのだ。
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今さら責任者ヅラ、サイコーでした。言ってやれ言ってやれ!
おもしろかったです!
ざまぁみろ〜ですね
ほんとに男ってバカですね。
スッキリ☺
面白かったデス!! リタがかっこいい!!
もっと読みたくなるくらい好きになりました!!!