婚約破棄が国を滅ぼす ~そして誰もいなくなった~

みやび

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第五話 真実の愛は何よりも尊い

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ハーベリア公家が軍を起こすと同時に、ハーベリア公家側の渾身の謀略が発動した。
一つは教会の反応である。
教会はロクロア公と前ハーベリア公の婚姻無効の申請を却下し、ロクロア公とリリスの母親の関係を不貞であるとしたのだ。
嫡子、つまり父親の相続の権利が発生する地位になるには、生まれたときに両親が婚姻関係にある必要がある。だからこそ、王家とロクロア公家は婚姻を司る教会側に働きかけ、どうにかロクロア公とリリスの母親が結婚状態であったと認めてもらおうとしたのだ。
政略常道してもそういったことが必要になることは多い。だからこそ、婚姻関係の過去の改竄というのは珍しくなかったし、通常教会もそれなりの金銭を受け取ることでそれに応じていた。
だが今回、教会はそれを拒否したのだ。

これは一つはハーベリア公家側が事件直後から手を回して教会に働きかけをしていたのも一つの理由だが、事件自体が教会に喧嘩を売っていた、という点も教会の態度を硬化させた理由の一つであった。
王太子ジャンとリリスの婚約を認定したのは王太子側近である無所司祭であったらしい。
婚約破棄の宣言の儀と婚約の儀自体は司祭以上の格があれば確かに可能である。
しかしそれは経典上可能というだけであり、今までの慣習を全く無視していた。

王太子など、国家元首に連なる者たちの婚姻となればそれなりの格が必要になる。
現に王太子ジョンとマリアの婚約の儀はガリア王国内で一番歴史と権威のあるカンタベリー大司教により行われており、その婚約の儀の前には教会組織のトップである教皇にも認可状を得るという格式上最上級の扱いをされていた。

一方今回破棄の儀を行ったのは、無所司祭である。
聖職者として最下位であり、侍る教会すら持たず、跡継ぎでない貴族子息が名誉のために金で購入した地位でしかないのが無所司祭である。
名目だけの地位であり、貴族側もそれをわかった上で通常教会の儀式などは行わないように行動していたが、今回をよりにもよって、そんな地位の者が教皇が認可した婚約の破棄を行ったのである。
当然教会のメンツをつぶす行為であり、教会はこの件を全く許すつもりはなかったようである。

教会が悪辣だったのは、ロクロア公とリリスの母親との関係を不貞と断じたにもかかわらず、王太子ジャンとリリスの婚約を有効とし、教皇直筆の勅許状を送って婚約を保証したことである。
こうなると王太子はロクロア公の地位も引き継げない平民の小娘と結婚するしか選択肢がなくなってしまった。

教皇からの勅許状にはこのようなことが書かれていたという。

「ガリア国王太子ジャンと平民リリスの愛は、真実の愛である。
ジョンは万人の前でそう宣言し、前教皇の認めた婚約を破棄したという。
婚姻とは神の与えたもう秘跡であり、婚約もまた、神の与えたもう秘跡の一つである。
それを破棄するというのは神の教えに反するものであり本来許されるものではない。
しかし、信徒たちは迷える子羊故、一度は誤ることもあるであろう。
そして、たしかに



第五話 真実の愛は何よりも尊い



ものである。
それを貫くという信徒ジャンの想いは尊重されるべきである。
ここに二人の愛が真実であるという信徒ジャンとリリスの宣言を尊重し、二人の婚約を認めるものである」

これの意味はすなわち、この婚約の破棄は絶対に許さないというものである。
この婚約を破棄するということは二人の関係は真実の愛ではなかったということに他ならない。
とすると最初の婚約を破棄した理由である真実の愛に気づいたから、という点が虚偽になってしまう。
そうなればたとえ国王といえども教会側は絶対に許さず、異端の宣言をもってこの世から排除しようとするだろう。

この時点まで、王家側は婚約が無効であることを前提として王太子の政略に基づく婚約や結婚も検討していた。
だが、教皇からの勅許により王家側は、王太子妃、未来の王妃の地位をもって、貴族を懐柔するという手を封じられたのである。
だが、この教会の行動の影響はちょっとした嫌がらせにとどまらなかったのであった。

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