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【第2章】 華麗なる社交界デビューと、愚か者たちへの断罪
第19話 蒼き衝撃と、絶望する愚か者たち
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巨大な扉が完全に開け放たれた瞬間。
会場に満ちていた喧騒と、私の実家が撒き散らしていた悪意ある噂は、瞬時にして凍りついたように沈黙した。
無数の視線が突き刺さる。
かつての私なら、恐怖で身を竦(すく)ませ、視線を足元に落としていただろう。
けれど、今は違う。
「……行くぞ、エリス」
「はい、あなた」
隣にはジークハルト様がいる。
漆黒の礼服を完璧に着こなし、その銀髪を照明の下で輝かせている彼は、まさに「氷の公爵」の名に相応しい、冷たくも神々しい美貌を放っていた。
彼が差し出した腕に、私は静かに手を添えた。
一歩、足を踏み出す。
カツン、というヒールの音が、静まり返った広間に響き渡る。
その瞬間、会場のあちこちから、息を呑む音と、抑えきれないどよめきが波紋のように広がった。
「あ、あれが……公爵夫人……?」
「なんという美しさだ……」
「女神か……?」
私が身に纏(まと)っているのは、リカルドさんが魂を込めて仕立てた「ミッドナイトブルー」のドレスだ。
深い夜空の色をしたシルクは、歩くたびに光を受けて濡れたような艶(つや)めきを見せる。余計なフリルやレースは一切ない。計算し尽くされたドレープが、私の体のラインを美しく浮き彫りにし、背中は大胆に、けれど上品に開けられている。
そして、そのドレスが引き立てるのは、北の厳しい寒さと、公爵家の豊かな生活で磨き上げられた「白磁の肌」だ。
透き通るような白さと、ドレスの深い青のコントラスト。
髪には、ジークハルト様から贈られた「青い魔石の髪飾り」が、シャンデリアの光を反射して星のように煌めいている。
「嘘だろう……。あれが『地味で魅力がない』と噂されていた娘か?」
「誰だ、そんなデマを流したのは! 国一番の美女ではないか!」
囁き声が聞こえる。
リカルドさんの言った通りだ。このドレスは、私を「氷の女王」へと変える最強の戦闘服だった。
私たちはゆっくりと、赤絨毯の上を進んでいく。
ジークハルト様は、周囲の視線を氷のような冷たい瞳で一瞥(いちべつ)しつつ、私に対してだけは、とろけるような甘い眼差しを向けていた。
彼が私の腰に回した手は、所有欲を隠そうともせず、しっかりと私を抱き寄せている。
「顔を上げろ、エリス。……今の私は、世界で一番、妻を自慢したい男の顔をしているはずだ」
「ふふっ。はい、存分に見せつけてくださいませ」
余裕を持って微笑み返すと、周囲の令嬢たちが「きゃああっ!」と黄色い悲鳴を上げて顔を赤らめた。
「不器用」「冷酷」と恐れられていた公爵が、妻の前でだけ見せる極上のデレ。そのギャップの破壊力は凄まじかったようだ。
そして。
私たちの進行方向、人垣の最前列に、呆然と立ち尽くす「四人の影」があった。
私の父、継母、異母妹のミリア、そして元婚約者のカイルだ。
彼らの表情は、まさに傑作だった。
父は、持っていたグラスを床に落とし、口をパクパクと開閉させている。
継母は、信じられないものを見るように目を見開き、厚化粧の顔を引きつらせている。
ミリアは、嫉妬と混乱で顔を真っ赤にし、カイルに至っては、私の姿に釘付けになり、魂が抜けたような顔をしていた。
「な……ば、馬鹿な……」
私たちが近づくと、父のかすれた声が聞こえた。
「エリス、なのか……? 本当に……?」
「あ、ありえないわ! あんなの、お姉様なわけがない!」
ミリアがヒステリックに叫んだが、ジークハルト様が鋭い視線を向けると、喉が凍りついたように声を詰まらせた。
私たちは彼らの目の前で、悠然と足を止めた。
私はゆっくりと扇子を開き、口元を隠して優雅に微笑んだ。
リカルドさんに叩き込まれた、「貴族としての完璧な淑女の礼」を見せるために。
「ごきげんよう、お父様、お母様。そしてミリアにカイル様」
凛とした声で呼びかける。
以前の、自信なさげに震えていた私の声ではない。
「久しぶりですわね。……あら? どうなさいましたの? まるで、幽霊でも見たようなお顔ですけれど」
私の言葉に、周囲の貴族たちがクスクスと笑い始めた。
彼らは散々、「娘は死んだ」と吹聴していたのだ。生きている私が、しかもこれほど幸せそうな姿で現れたことで、彼らの嘘は白日の下に晒された。
「そ、そんな……。お前、生きて……いや、その格好はなんだ!?」
「あ、あのドレス、最高級の『東方シルク』じゃない!? それにあの宝石、王家級の魔石よ!?」
ミリアが私の装飾品を凝視し、ギリギリと歯ぎしりをする。
彼女が着ているピンクのドレスも高価なものだろうが、今の私の隣では、安っぽい子供服にしか見えなかった。
カイルは、私の顔を食い入るように見つめ、ふらりと一歩前に出ようとした。
「エリス……君、そんなに綺麗だったのか……? 俺は……」
彼が手を伸ばしかけた瞬間。
ヒュオオォッ――!!
会場の気温が一気に五度は下がった。
ジークハルト様から放たれた冷気が、カイルの足元を凍らせ、見えない壁となって彼を弾き飛ばしたのだ。
「――気安く私の妻に近づくな、下郎」
地獄の底から響くような低い声。
ジークハルト様は、私を背に庇うように立ち、ゴミを見るような目でかつての家族たちを見下ろした。
「よくもまあ、私の留守中に好き勝手な妄言を吐いてくれたものだ。『娘は不幸な生贄』? 『慰謝料をよこせ』だと?」
彼は冷ややかに鼻で笑い、会場中の貴族に聞こえる声ではっきりと言い放った。
「見ての通り、妻エリスは私の最愛の女性であり、公爵家の至宝だ。……彼女を捨て、あまつさえその死を願うような発言を繰り返した罪、万死に値すると思え」
その言葉は、公爵家からの「絶縁宣言」であり、同時に「宣戦布告」だった。
周囲の貴族たちは一斉に掌を返した。
「なんてひどい家族だ」「公爵様が激怒するのも無理はない」「嘘つきの男爵家など、社交界から追放すべきだ」という囁きが、波のように押し寄せる。
父の顔からは血の気が失せ、土気色になっていく。
継母は震え出し、ミリアは悔し涙を浮かべ、カイルは腰を抜かしてへたり込んだ。
私はその様子を、冷めた目で見つめていた。
かつては、この人たちに愛されたいと願っていた。認められたいと必死だった。
でも今は、彼らがどれだけ滑稽で、小さな存在かよく分かる。
「行きましょう、あなた。……空気が悪いですわ」
私は彼らに背を向け、ジークハルト様に微笑みかけた。
彼らにかける言葉など、もう何もない。
無視こそが、最大の復讐だから。
「ああ、そうだな。陛下の元へ挨拶に行こう」
ジークハルト様は優しくうなずくと、再び私の腰を抱き、エスコートを再開した。
私たちは呆然とする家族を残し、モーゼが海を割るように開けた貴族たちの道を、王座に向かって優雅に歩き出した。
背後からは、まだ彼らの混乱した声が聞こえてくる。
けれど、その声が私に届くことは二度となかった。
これが、私の「華麗なる社交界デビュー」。
そして、愚かな家族への「終わりの始まり」だった。
会場に満ちていた喧騒と、私の実家が撒き散らしていた悪意ある噂は、瞬時にして凍りついたように沈黙した。
無数の視線が突き刺さる。
かつての私なら、恐怖で身を竦(すく)ませ、視線を足元に落としていただろう。
けれど、今は違う。
「……行くぞ、エリス」
「はい、あなた」
隣にはジークハルト様がいる。
漆黒の礼服を完璧に着こなし、その銀髪を照明の下で輝かせている彼は、まさに「氷の公爵」の名に相応しい、冷たくも神々しい美貌を放っていた。
彼が差し出した腕に、私は静かに手を添えた。
一歩、足を踏み出す。
カツン、というヒールの音が、静まり返った広間に響き渡る。
その瞬間、会場のあちこちから、息を呑む音と、抑えきれないどよめきが波紋のように広がった。
「あ、あれが……公爵夫人……?」
「なんという美しさだ……」
「女神か……?」
私が身に纏(まと)っているのは、リカルドさんが魂を込めて仕立てた「ミッドナイトブルー」のドレスだ。
深い夜空の色をしたシルクは、歩くたびに光を受けて濡れたような艶(つや)めきを見せる。余計なフリルやレースは一切ない。計算し尽くされたドレープが、私の体のラインを美しく浮き彫りにし、背中は大胆に、けれど上品に開けられている。
そして、そのドレスが引き立てるのは、北の厳しい寒さと、公爵家の豊かな生活で磨き上げられた「白磁の肌」だ。
透き通るような白さと、ドレスの深い青のコントラスト。
髪には、ジークハルト様から贈られた「青い魔石の髪飾り」が、シャンデリアの光を反射して星のように煌めいている。
「嘘だろう……。あれが『地味で魅力がない』と噂されていた娘か?」
「誰だ、そんなデマを流したのは! 国一番の美女ではないか!」
囁き声が聞こえる。
リカルドさんの言った通りだ。このドレスは、私を「氷の女王」へと変える最強の戦闘服だった。
私たちはゆっくりと、赤絨毯の上を進んでいく。
ジークハルト様は、周囲の視線を氷のような冷たい瞳で一瞥(いちべつ)しつつ、私に対してだけは、とろけるような甘い眼差しを向けていた。
彼が私の腰に回した手は、所有欲を隠そうともせず、しっかりと私を抱き寄せている。
「顔を上げろ、エリス。……今の私は、世界で一番、妻を自慢したい男の顔をしているはずだ」
「ふふっ。はい、存分に見せつけてくださいませ」
余裕を持って微笑み返すと、周囲の令嬢たちが「きゃああっ!」と黄色い悲鳴を上げて顔を赤らめた。
「不器用」「冷酷」と恐れられていた公爵が、妻の前でだけ見せる極上のデレ。そのギャップの破壊力は凄まじかったようだ。
そして。
私たちの進行方向、人垣の最前列に、呆然と立ち尽くす「四人の影」があった。
私の父、継母、異母妹のミリア、そして元婚約者のカイルだ。
彼らの表情は、まさに傑作だった。
父は、持っていたグラスを床に落とし、口をパクパクと開閉させている。
継母は、信じられないものを見るように目を見開き、厚化粧の顔を引きつらせている。
ミリアは、嫉妬と混乱で顔を真っ赤にし、カイルに至っては、私の姿に釘付けになり、魂が抜けたような顔をしていた。
「な……ば、馬鹿な……」
私たちが近づくと、父のかすれた声が聞こえた。
「エリス、なのか……? 本当に……?」
「あ、ありえないわ! あんなの、お姉様なわけがない!」
ミリアがヒステリックに叫んだが、ジークハルト様が鋭い視線を向けると、喉が凍りついたように声を詰まらせた。
私たちは彼らの目の前で、悠然と足を止めた。
私はゆっくりと扇子を開き、口元を隠して優雅に微笑んだ。
リカルドさんに叩き込まれた、「貴族としての完璧な淑女の礼」を見せるために。
「ごきげんよう、お父様、お母様。そしてミリアにカイル様」
凛とした声で呼びかける。
以前の、自信なさげに震えていた私の声ではない。
「久しぶりですわね。……あら? どうなさいましたの? まるで、幽霊でも見たようなお顔ですけれど」
私の言葉に、周囲の貴族たちがクスクスと笑い始めた。
彼らは散々、「娘は死んだ」と吹聴していたのだ。生きている私が、しかもこれほど幸せそうな姿で現れたことで、彼らの嘘は白日の下に晒された。
「そ、そんな……。お前、生きて……いや、その格好はなんだ!?」
「あ、あのドレス、最高級の『東方シルク』じゃない!? それにあの宝石、王家級の魔石よ!?」
ミリアが私の装飾品を凝視し、ギリギリと歯ぎしりをする。
彼女が着ているピンクのドレスも高価なものだろうが、今の私の隣では、安っぽい子供服にしか見えなかった。
カイルは、私の顔を食い入るように見つめ、ふらりと一歩前に出ようとした。
「エリス……君、そんなに綺麗だったのか……? 俺は……」
彼が手を伸ばしかけた瞬間。
ヒュオオォッ――!!
会場の気温が一気に五度は下がった。
ジークハルト様から放たれた冷気が、カイルの足元を凍らせ、見えない壁となって彼を弾き飛ばしたのだ。
「――気安く私の妻に近づくな、下郎」
地獄の底から響くような低い声。
ジークハルト様は、私を背に庇うように立ち、ゴミを見るような目でかつての家族たちを見下ろした。
「よくもまあ、私の留守中に好き勝手な妄言を吐いてくれたものだ。『娘は不幸な生贄』? 『慰謝料をよこせ』だと?」
彼は冷ややかに鼻で笑い、会場中の貴族に聞こえる声ではっきりと言い放った。
「見ての通り、妻エリスは私の最愛の女性であり、公爵家の至宝だ。……彼女を捨て、あまつさえその死を願うような発言を繰り返した罪、万死に値すると思え」
その言葉は、公爵家からの「絶縁宣言」であり、同時に「宣戦布告」だった。
周囲の貴族たちは一斉に掌を返した。
「なんてひどい家族だ」「公爵様が激怒するのも無理はない」「嘘つきの男爵家など、社交界から追放すべきだ」という囁きが、波のように押し寄せる。
父の顔からは血の気が失せ、土気色になっていく。
継母は震え出し、ミリアは悔し涙を浮かべ、カイルは腰を抜かしてへたり込んだ。
私はその様子を、冷めた目で見つめていた。
かつては、この人たちに愛されたいと願っていた。認められたいと必死だった。
でも今は、彼らがどれだけ滑稽で、小さな存在かよく分かる。
「行きましょう、あなた。……空気が悪いですわ」
私は彼らに背を向け、ジークハルト様に微笑みかけた。
彼らにかける言葉など、もう何もない。
無視こそが、最大の復讐だから。
「ああ、そうだな。陛下の元へ挨拶に行こう」
ジークハルト様は優しくうなずくと、再び私の腰を抱き、エスコートを再開した。
私たちは呆然とする家族を残し、モーゼが海を割るように開けた貴族たちの道を、王座に向かって優雅に歩き出した。
背後からは、まだ彼らの混乱した声が聞こえてくる。
けれど、その声が私に届くことは二度となかった。
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