妹に婚約者を奪われたので、怪物と噂の「冷徹公爵」に嫁ぎます。~どうやら彼は不器用なだけだったようで、今さら実家に戻れと言われても困ります~

みやび

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【第2章】 華麗なる社交界デビューと、愚か者たちへの断罪

第20話 王妃様のお茶会と、流行の発信源

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 ジークハルト様と共に国王陛下への挨拶を済ませた後。
 私たちは、瞬く間に貴族たちの輪に包囲されていた。

「まあ、なんて美しいドレス!」
「その輝き……王都では見たことがない深い青ですわ。どこの工房のものですの?」
「奥様、その透き通るような白い肌、一体どんな秘薬を使っておられるのですか?」

 押し寄せてきたのは、高位貴族の夫人や令嬢たちだった。
 彼女たちの目は、獲物を狙う狩人のように真剣そのもの。
 それもそのはず。社交界において「美」と「流行」は最大の武器であり、今夜の私の姿は、彼女たちにとって衝撃的な「新兵器」に見えているのだ。

「え、えっと……」

 私が戸惑ってジークハルト様を見上げると、彼は苦笑して私の腰をポンと叩いた。

「私の妻が人気者で誇らしいが、あまり囲まれるとエリスが困ってしまう。……手加減してやってくれ」
「あらやだ、独占欲がお強いこと!」
「氷の公爵様がこれほどデレデレだなんて、噂以上ですわね!」

 ジークハルト様の言葉に、夫人たちがキャアキャアと盛り上がる。
 かつて彼を恐れていた空気はどこへやら。愛妻家という属性がついただけで、彼は「近寄りがたい怪物」から「憧れのスパダリ」へと評価を反転させていた。

 その時。
 人垣がさっと割れ、一人の気品あふれる老婦人が歩み寄ってきた。
 豪奢な深紅のドレスに、銀髪を結い上げたその姿。

「――騒がしいと思えば。……ジークハルト、それに新しい公爵夫人はこちらね?」

 その場にいた全員が、慌てて最敬礼の姿勢を取る。
 現国王の母であり、社交界の頂点に君臨する王太后(おうたいこう)陛下その人だった。

「お久しぶりでございます、王太后陛下」
「ふふ。顔をお上げなさい」

 王太后陛下は、ジークハルト様には目もくれず、私の手を取ってまじまじと顔を覗き込んだ。

「……なるほど。あの氷の塊のような男が、骨抜きになるわけだわ」
「へ、陛下?」
「澄んだ瞳に、雪のような肌。そして何より、芯の強さが立ち居振る舞いに表れている。……わたくし、気に入ったわ」

 王太后陛下はパチリと扇子を鳴らすと、周囲に宣言した。

「エリスと言ったわね。明日の午後、わたくしの離宮へいらっしゃい。お茶を飲みながら、北での暮らしや、その美しさの秘訣をゆっくり聞かせてもらいたいものだわ」
「は、はい! 光栄でございます!」

 それは、社交界における「合格通知」以上の意味を持っていた。
 王太后陛下のお茶会に招かれる=(イコール)、この国の社交界のトップグループ入りが確定したことを意味するからだ。

 周囲の夫人たちの目の色が、好奇心から「崇拝」へと変わったのが分かった。

「エリス様! 私にもぜひ、そのドレスのデザイナーをご紹介くださいませ!」
「北の領地では、美容に良いハーブが採れると聞きました。もしやその肌も……?」

 質問攻めにあう中、私はリカルドさんに叩き込まれた笑顔で答えた。

「このドレスは、王室御用達のリカルド先生の作品ですわ。『自信は装いから生まれる』という彼の哲学に、私は救われましたの」
「まあ、あのリカルドが!?」
「そしてこの肌は……そうですね。北の清らかな雪解け水と、夫が用意してくれる温かいスープのおかげかしら」

 私が少し照れながらジークハルト様を見ると、彼は愛おしそうに私の髪を撫でた。
 その瞬間、周囲から「はぁ~っ」という羨望の溜息が漏れる。

「北の雪解け水……! それが美肌の秘訣なのね!」
「ジークハルト公爵領の特産品を取り寄せなきゃ!」
「リカルドの店も予約しなきゃだわ!」

 こうして、この夜を境に、王都では「北国ブーム」と「リカルド旋風」が巻き起こることになる。
 私が何気なく使っていた化粧水や食材が、高値で取引されるようになり、ジークハルト様の領地には莫大な経済効果がもたらされることになるのだが――それはまた、後のお話。

 ◇

 一方その頃。
 華やかな中心部から弾き出され、会場の隅にある柱の陰には、お通夜のような空気を纏(まと)う四人の姿があった。

「……くそっ。誰も俺たちと目を合わせようとしない」

 父がグラスを握りしめ、憎々しげに呟く。
 彼らは何度か、知り合いの貴族に話しかけようと試みた。
 しかし、誰もが「あ、あちらに知人がいますので」と露骨に目を逸らし、蜘蛛の子を散らすように逃げていくのだ。
 エリスへの暴言と、公爵による絶縁宣言。
 それを見た貴族たちにとって、男爵家に関わることは「公爵家への反逆」と同義だった。

「なんでよ……なんであのお姉様が、あんなにチヤホヤされてるのよ!」

 ミリアがヒステリックに足を踏み鳴らす。

「あのドレスも宝石も、本当なら私が着るはずだったのに! 私が公爵夫人になるべきだったのに!」
「ミリア、声が大きいわ。……見なさい、皆が笑っているわよ」

 継母が青ざめた顔で娘を諌(いさ)める。
 ミリアのピンク色のドレスは、エリスの洗練された装いの後では、あまりに子供っぽく、安っぽく見えた。
 カイルに至っては、遠くで幸せそうに微笑むエリスを見つめたまま、抜け殻のようになっていた。

「俺は……なんてものを逃してしまったんだ」

 彼の脳裏に、かつてのエリスの姿が浮かぶ。
 地味な服を着て、黙々と書類仕事を片付けていた彼女。
 あれは、彼女自身が輝いていなかったのではない。男爵家の劣悪な環境と、カイル自身の無関心が、彼女の輝きを埃(ほこり)で隠してしまっていただけなのだ。
 磨けば国一番の宝石になると知っていたら、絶対に手放さなかったのに。

「ええい、泣き言を言っている場合か!」

 父が焦ったように叫んだ。

「まずいぞ。このまま誰も味方になってくれなければ、俺たちは……」

 その時、会場の入り口付近にいる、黒服の男たちと目が合った。
 彼らは招待客ではない。
 男爵家にツケでドレスや宝石を売った、商人たちだ。
 彼らは腕を組み、獲物を逃がさない猛獣のような目で、父たちを睨みつけていた。

 ――『公爵家の親族』という看板が嘘だとバレた今、彼らが会場から出てくるのを待ち構えているのだ。

「ひっ……!」
「あ、あなた、どうしましょう!? 今すぐ支払えと言われても、もう一文もありませんわよ!?」
「逃げるぞ! 裏口からこっそり……」

 こそこそと動き出した彼らの前に、冷ややかな影が立ちはだかった。

「おや、もうお帰りですか?」

 そこに立っていたのは、公爵家執事のハンスだった。
 いつもの穏やかな笑みだが、その目は全く笑っていない。

「て、手洗いに行くところだ!」
「そうですか。ですが、正面玄関以外は封鎖されております。……それに、外のお客様方が首を長くしてお待ちですよ」

 ハンスは楽しそうに、商人たちが待ち構える出口を指差した。

「旦那様からの伝言です。『私の妻を捨てた代償、まずは金銭で払ってもらおうか』と」
「そ、そんな……殺す気か!?」
「いえいえ。借金を返すまでは、死ぬことすら許されませんよ。……たっぷりと、労働で返していただきますから」

 ハンスの背後には、衛兵たちが控えていた。
 逃げ場はない。
 煌びやかな夜会の片隅で、愚かな一家は絶望の底へと突き落とされた。

 スポットライトを浴びて輝くエリスと、闇に沈んでいく家族。
 その対比はあまりに残酷で、けれどあまりに鮮やかな「因果応報」の結末だった。
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