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わたしは、セリーヌ・フォンティーヌ。フォンティーヌ伯爵家の長女でお父様とお母様、妹のアリサと四人家族だ。
今年十七歳になる戸籍上は立派な貴族令嬢である。
ただし……
「あんたねぇ、掃除がなってないじゃない!やり直しなさい」
「申し訳ありませんお嬢様。今すぐやり直します」
この発言からも分かるように、家では虐げられている。使用人のように扱われ、暴言を吐かれまくっているのだ。でもそんなことは全く気にしていない。こんなの前世でも経験してきたもの。
そう、わたしには前世の記憶がある。こことは全く文化の違う日本という国で生きた記憶が。こういう人たちは反抗すればするほどヒートアップしてしまうので、大人しくやり過ごすしかない。
教養があれば外で働くこともできるのだが、両親は妹が生まれてからわたしに見向きもしなくなったので教育を一切受けてこなかった。
代わりに不憫に思った使用人たちが文字や計算、生活に関するいろいろな知識をこっそりと教えてくれていた。こんな扱いが耐えられるのも周りに恵まれているからだ。
それに近いうちにわたしはこの家を追い出されるだろう。結婚もせず、ただずっと家にいる娘がいるなど貴族たちにとっては醜聞だ。その時に備えてコツコツと下準備を始めていた。
今日は買い出しの係を頼まれた。この時間が一番好きで、気分が上がる。目的のものを買い、とあるおじいさんのところによっていった。
「おお、お嬢ちゃん。また来てくれたんだね。今日も野菜がよく育っているよ」
おじいさんとはたまたま出会ってから仲良しだ。野菜を育てていて時々おすそわけをしてくれる。
そのお礼に……
「今日はこいつを頼んでもいいかな」
おじいさんが案内してくれたのはトマトが植えられている畑だ。すっと土に手をかざすとうっすらと手が光り、にょきにょきと成長する苗。やがて花が咲き、赤い身がたくさんできていた。
なぜかわたしには謎の力があるらしい。多分、土をいいものにしている感じなのかな?おじいさん曰く一回手をかけると、しばらく成長が早い状態が続くらしい。
おじいさんに初めて出会った頃、畑に案内してくれて野菜についていろいろ教えてもらってたんだけど、ずっとしゃがんでたので足が痺れてしまった。その拍子に転んでしまい、手をついたら手が淡く光って野菜が一気に成長したのだ。
魔法なんて存在しないこの世界でなぜこんな力があるのかは謎だけど、おじいさんにはいつもお世話になっているからと新鮮な野菜と交換で力を使っていた。
そういえば前世で流行っていた聖女ものの小説で、こんな力を持った人がいたような気がする。けれど、この世界では聖女なんて存在しないので多分気のせいだろう。
おじいさんからもらった野菜も持って、家へ戻った。
そのまま厨房へ行くと「おかえり」とみんなが声をかけてくれた。
さっそく料理長におじいさんからもらった野菜を手渡すと、張り切って調理してくれた。
あんな扱いをされているので食事はほとんどもらえていない。そのことを知った料理長がこうして手の空いた時間においしいご飯を食べさせてくれるのだ。
頼まれて買ったものは使うとめざとい両親や妹にバレてしまうので、こうしておじいさんからもらった野菜を使って調理してもらっている。
たまにメイドたちがもらったお菓子をお裾分けしてくれたりしているので小腹も満たせる。食事だけでなくうわさや家族の情報もそこで仕入れることができていた。
本当に恵まれた環境だった。そもそもお嬢様なんてわたしにできる気がしない。教育を受けていないのもあるけど前世は普通の家庭で働いて一人暮らししていたので自分のことは自分でやっていた。誰かにお茶を頼むのも、お風呂の手伝いをされるのもきっと苦痛だろう。ちょうどよかったと思う。
「できたぞ」
料理長渾身の料理ができたので、休憩時間のメイドと一緒に食べることにした。美味しい料理に舌鼓をうちながら、メイドたちの話を聞いている。
どうやら、近々夜会があるらしい。その夜会というのも王宮で行われるものでいわゆるデビュタント。十五歳になった令嬢たちのお披露目会で、婚約者探しの場でもある。それに今年は妹が参加するらしい。
さらには、王太子殿下も参加されるとあって、大変気合が入っているのだとか。
感覚庶民のわたしからしたら、お金をかけて婚活なんてものすごい。日本ならお金なんてかけなくても出会いはいくらでも作ろうと思えば作れる。
それにドレス1着作るのにも乗用車1台買える額だったはずだ。お金の無駄遣いね。
「あ、そうそう。お嬢様、夜会にセリーヌ様を付き人として連れていくって言ってたわ。気をつけて」
思わず顔が引き攣る。わたしが貴族としての教育は受けていないのをわかってて連れていくのね。マナーもわからないなんてと罵倒する気なのだろう。思わずため息をつき、頭を抱える。そこまでわたしをいじめて何が楽しいのかしら。それより劣悪な性格を矯正した方がいいと思うんだけど。
案の定アリサは「わたしがあなたを夜会へ連れて行ってあげるわ」なんて人を見下したような表情で言ってきた。本当は行きたくないんだけどしょうがない。
ひたすらため息をつきながら仕事をしていた。
今年十七歳になる戸籍上は立派な貴族令嬢である。
ただし……
「あんたねぇ、掃除がなってないじゃない!やり直しなさい」
「申し訳ありませんお嬢様。今すぐやり直します」
この発言からも分かるように、家では虐げられている。使用人のように扱われ、暴言を吐かれまくっているのだ。でもそんなことは全く気にしていない。こんなの前世でも経験してきたもの。
そう、わたしには前世の記憶がある。こことは全く文化の違う日本という国で生きた記憶が。こういう人たちは反抗すればするほどヒートアップしてしまうので、大人しくやり過ごすしかない。
教養があれば外で働くこともできるのだが、両親は妹が生まれてからわたしに見向きもしなくなったので教育を一切受けてこなかった。
代わりに不憫に思った使用人たちが文字や計算、生活に関するいろいろな知識をこっそりと教えてくれていた。こんな扱いが耐えられるのも周りに恵まれているからだ。
それに近いうちにわたしはこの家を追い出されるだろう。結婚もせず、ただずっと家にいる娘がいるなど貴族たちにとっては醜聞だ。その時に備えてコツコツと下準備を始めていた。
今日は買い出しの係を頼まれた。この時間が一番好きで、気分が上がる。目的のものを買い、とあるおじいさんのところによっていった。
「おお、お嬢ちゃん。また来てくれたんだね。今日も野菜がよく育っているよ」
おじいさんとはたまたま出会ってから仲良しだ。野菜を育てていて時々おすそわけをしてくれる。
そのお礼に……
「今日はこいつを頼んでもいいかな」
おじいさんが案内してくれたのはトマトが植えられている畑だ。すっと土に手をかざすとうっすらと手が光り、にょきにょきと成長する苗。やがて花が咲き、赤い身がたくさんできていた。
なぜかわたしには謎の力があるらしい。多分、土をいいものにしている感じなのかな?おじいさん曰く一回手をかけると、しばらく成長が早い状態が続くらしい。
おじいさんに初めて出会った頃、畑に案内してくれて野菜についていろいろ教えてもらってたんだけど、ずっとしゃがんでたので足が痺れてしまった。その拍子に転んでしまい、手をついたら手が淡く光って野菜が一気に成長したのだ。
魔法なんて存在しないこの世界でなぜこんな力があるのかは謎だけど、おじいさんにはいつもお世話になっているからと新鮮な野菜と交換で力を使っていた。
そういえば前世で流行っていた聖女ものの小説で、こんな力を持った人がいたような気がする。けれど、この世界では聖女なんて存在しないので多分気のせいだろう。
おじいさんからもらった野菜も持って、家へ戻った。
そのまま厨房へ行くと「おかえり」とみんなが声をかけてくれた。
さっそく料理長におじいさんからもらった野菜を手渡すと、張り切って調理してくれた。
あんな扱いをされているので食事はほとんどもらえていない。そのことを知った料理長がこうして手の空いた時間においしいご飯を食べさせてくれるのだ。
頼まれて買ったものは使うとめざとい両親や妹にバレてしまうので、こうしておじいさんからもらった野菜を使って調理してもらっている。
たまにメイドたちがもらったお菓子をお裾分けしてくれたりしているので小腹も満たせる。食事だけでなくうわさや家族の情報もそこで仕入れることができていた。
本当に恵まれた環境だった。そもそもお嬢様なんてわたしにできる気がしない。教育を受けていないのもあるけど前世は普通の家庭で働いて一人暮らししていたので自分のことは自分でやっていた。誰かにお茶を頼むのも、お風呂の手伝いをされるのもきっと苦痛だろう。ちょうどよかったと思う。
「できたぞ」
料理長渾身の料理ができたので、休憩時間のメイドと一緒に食べることにした。美味しい料理に舌鼓をうちながら、メイドたちの話を聞いている。
どうやら、近々夜会があるらしい。その夜会というのも王宮で行われるものでいわゆるデビュタント。十五歳になった令嬢たちのお披露目会で、婚約者探しの場でもある。それに今年は妹が参加するらしい。
さらには、王太子殿下も参加されるとあって、大変気合が入っているのだとか。
感覚庶民のわたしからしたら、お金をかけて婚活なんてものすごい。日本ならお金なんてかけなくても出会いはいくらでも作ろうと思えば作れる。
それにドレス1着作るのにも乗用車1台買える額だったはずだ。お金の無駄遣いね。
「あ、そうそう。お嬢様、夜会にセリーヌ様を付き人として連れていくって言ってたわ。気をつけて」
思わず顔が引き攣る。わたしが貴族としての教育は受けていないのをわかってて連れていくのね。マナーもわからないなんてと罵倒する気なのだろう。思わずため息をつき、頭を抱える。そこまでわたしをいじめて何が楽しいのかしら。それより劣悪な性格を矯正した方がいいと思うんだけど。
案の定アリサは「わたしがあなたを夜会へ連れて行ってあげるわ」なんて人を見下したような表情で言ってきた。本当は行きたくないんだけどしょうがない。
ひたすらため息をつきながら仕事をしていた。
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