山に捨てられた元伯爵令嬢、隣国の王弟殿下に拾われる

しおの

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 とある日、大きくなったお腹を抱えてソファに座り込む。そんなわたしの様子を眉を寄せ、心配そうに覗き込む彼。
 どうやら陣痛がきたみたいだ。
 わたしの背中をずっとさすってくれる彼は、一昨日から休みを取っていた。
 本当に痛いものだ。
 それにだんだん間隔が狭まっているのがわかる。ハンカチを取り出し、わたしの額の汗を拭う彼の方が倒れそうな勢いだ。
 ティナは間隔を測ってくれていてついに医者を呼びに行った。医者と産婆とティナ以外部屋から追い出される。
 彼は隣の部屋で待機だ。
「んー!あ、あぁ」
 痛い、いたい。裂ける……
 ティナの声しか聞こえない。
「後少しですよ!頑張って」
 その瞬間ふと痛みが和らぐ。
 そして大きな産声が聞こえる。
 胸に抱かせてもらうと、小さな手ではわたしの指を掴んでくれている。
「可愛らしい女の子ですよ」
 涙を浮かべ、じっと眺めていると彼が部屋に飛び込んでくる。
 汗で張り付いたわたしの頭を撫でながら彼も泣いていた。
「ありがとう、ありがとう」
 何度も言いながら。
 小さい赤子を見るとどうやら顔は彼似らしい。とても整っていて綺麗だ。どうやら髪はわたしに似たみたい。
 とても綺麗な美人さんだった。
 二人で恐る恐る抱っこして喜び合った。




 あれから約1ヶ月が経った。
 娘の名前はメアリーとなった。名前は二人で考えたのだ。
 彼は常に娘の元から離れず、溺愛している。乳母も新しく雇っていて、体調が悪い時や夜には授乳を代わってもらっていた。
 日本では、数時間おきに授乳しなければならず眠れないとよく聞くが、その点、この世界では代わってもらえるのでありがたい。きちんと睡眠が取れるし、世話も使用人達が時折代わってくれていた。何より彼がいるときは娘は独占状態だ。

 そんな中、わたしの体調も落ち着き、医師から今まで通りの生活をしても大丈夫とお墨付きをもらっていた。
 制限されることも多くて焦れていたが、やっとだ。クレバーとも遊んであげたいし、メアリーともたくさん遊んであげられる。
 それに何より、彼と一緒に寝ることができる。
 体調が戻るまでは別々で眠っていて、妙な寂しさもあった。それが解消されるのだから喜ばしいことだ。

 しかし、その後も一緒に眠ることはなく、ふれあいもキスやハグのみで寂しくなってしまっていた。
 一人で部屋に戻ると、無性に泣きたくなってしまう。
 もっと一緒にいたい、触れ合いたいと思うのに、自分からそれを言えないでいた。
 ぽろぽろと急に涙を流すわたしにびっくりしたティナが背中をさすってくれる。それでも心は満たされることはなかった。



 今日も彼はメアリーをあやしている。あーと言葉にならない声を発しているのを聞いて満面の笑みを浮かべながら。
 そんな二人を見て、なんだかわたしがいなくても彼は幸せなのではないかとふと思ってしまった。
 もちろん、娘は可愛い。愛する彼にそっくりの顔でわたしにも笑いかけてくれる。
 けれど、今彼の愛情を一身に受けているのはメアリーだ。
 なんだか悲しくなって思わず自室へ駆け込んだ。

 誰かに相談したい。けれどいつもわたしの話を聞いてくれる王妃様は今臨月でいつ産まれてもおかしくない状態だった。そんな中わたしなんかのつまらない相談を聞かせられない。
 お義兄様はお義兄様でソフィアに夢中で、そろそろ結婚の話も出ていて忙しそうにしている。姪っ子にもめろめろで彼といつも競ってあやしている。そんなお義兄様には相談できない。
 ソフィアも今は幸せ真っ最中で、結婚の準備もあり今は仕事を休んでいる。

 ため息をつきながら、ベッドへ横たわる。
 いつからこうなってしまったのだろう。実の娘に嫉妬して勝手に落ち込んで。いつもだったらこんなこと思わないのに。
 ずるずると沼にひきづられるような感覚に怖くなってしまった。

 その日以降、わたしはあまり起きていられなくなってしまった。夜は頭の中がぐるぐるしてしまい眠れず、昼間はその反動で泥のように眠る。
 もう娘の世話なんてできなくて、乳母や使用人、彼やお義兄様が面倒を見てくれている。
 起きていてもぼーっとしてしまい、あまり何も考えられない。娘の世話をしなきゃとわかっているけれど体が動かない。
 ただただ生かされているだけの人形のようだ。
 そんなわたしにティナが話しかけてくれた。

「セリーヌ様、何か悩み事があるのでしょう。誰にも言いません。私に話してもらえませんか」
 その言葉に涙がぽたぽたと落ちる。
 皆が心配して一日一回は見舞いに来てくれて声をかけてくれる。けれど、大丈夫か?しか言われなくて。
 大丈夫かって聞かれたら人間大丈夫って答えちゃうものでしょう?
 わたし自身の気持ちを聞いてくれる人なんていないって、そう思っていたのに。

「怒らないで聞いてくれる……?」
「はい、もちろんです。男性は女性の機微に鈍感ですからね。王妃様も今は大事な時期ですし、このおいぼれでよければいくらでも」
 その言葉に嗚咽を漏らしながら、今のわたしの素直な気持ちを聞いてもらった。
 醜い心も全て打ち明けたら、心の中のモヤが少し晴れた気がした。
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