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28.知らない一面
しおりを挟むアロイス様の使い魔だと言う猫さん──改めナーチさんが、
「リリ! アロイスは馬鹿でアホで、ちょっと頭のネジが飛んでるどうしようもないやつだけど、愛する気持ちだけは本物なんだナ!」
と大声と共に大慌てで研究所に飛び込んできた。
その勢いのままわたしの懐に飛び込んできたので、受け止めようとしたら驚くことにすり抜けてしまった。
「退魔の瞳のこと忘れてたナ!」と苦笑いしたナーチさんは、なんと悪魔だそうだ。
「リリ、許すまでしなくていいからアイツを少しだけ救ってやってほしいナ。意固地になってて、ボクの言葉じゃ届かないのナ。リリの言葉ならきっと届くナ」
救うだとかなんだとか、何を言っているのかよくわからなかったけれど、とにかくアロイス様が森の奥地で行き倒れてしまったということだけは理解できた。
あのアロイス様が? だとか、それ以外にも色々と疑問はあったけれど、気が付いたら傘も忘れて飛び出していた。
関わるなとかなんとか言ったけれど、いざとなるとこんなふうに体が勝手に動いてしまうのは長年の刷り込みだろうか。
先日から彼のらしくないところばかりを見て、怒りを通り越して心配になってしまっているのかもしれない。
森の奥の奥。やはりアロイス様とは思えないようなアロイス様が、膝を畳んで座り込んでいた。
雨雲によって地上は陰り、冬の夕刻のような薄暗さの中、彼の美しい髪が浮かび上がって見える。
勢いでここまできたけれど、どう声を掛けるべきか。
考えあぐねていれば今にも消え入りそうな呟きが聞こえた。そこではじめて理解した。
彼はシオンさんを慕って、ここまできたのだと。
「──なるほど、そういうことだったんですね」
どうやら彼は森の魔力に酔ってしまったようで、いつもわたしを蔑むように見る瞳はとろんと蕩け、頬もどことなく赤みを帯びていて、無垢な子どものようにあどけない表情をしていた。
縋るように手を握られて何とも言えない気持ちになる。
ナーチさんが言っていた。愛する気持ちだけは本物なのだと。
つまり彼は本命の恋愛は苦手で、やっと再会できたシオンさんの側にわたしがいたせいであらぬ誤解を覚え、怒りのあまりショックで倒れたわけだ。
『使えない元使用人がなんでこんなところにいるんだ! でも素直に彼に会いに来たとは言えないから丁度いい、利用してやるこの邪魔者め!』ということらしい。
シオンさんを攻撃しようとしたのも、過激な愛情から癇癪を起こしてしまったに違いない。
ふむふむ、理解したぞ。
酔っ払っているせいで素直すぎるくらいのアロイス様が、わたしの肩口に頭をもたれ掛けて永遠と愛の言葉を溢している。
アロイス様にこんな可愛らしい一面があったなんて、長くそばに居たのに全然知らなかった。
本当に好きな相手がそばに居るとこんな風になってしまうんだ、なんて思うと、これまで怖くて仕方なかった彼の見方が少し変わる。
わたしはこれまで、アロイス様を雲の上の存在だと思いすぎていたみたいだ。
事実身分的にはそうなのだけれど、彼も人並みに、悩んだり迷ったり、感情が揺れ動くこともある、同じ人間なのだと、当たり前のようなことを今はじめて感じられた。
だからといってこれまでの全てを忘れ去ることはできないけれど、少しだけ体の力が抜けたような、彼を前にすると萎縮する体が、少しほどけたような気がした。
「うぅーー……すきだぁー……」
くすりと、笑みを溢さずにはいられなかった。
こんな風にアロイス様を「駄目な人だなぁ」なんて思いながら笑えるようになる日が来るなんて、今の今まで想像だってできなかったから。
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