「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
7 / 7

しおりを挟む



 元々経営が思わしくないところに「追い出した孫が「幸運を呼ぶ子」だったと知った途端に手のひら返して子供を奪おうとしている」と悪評がたってしまい、客が寄りつかなくなった。

 しばらくして、両親が浮かない顔をしていることにキャシーは気づいた。
 どうしたのかと尋ねてもはぐらかされてしまったが、繰り返し問いつめると言いづらそうに教えてくれた。

「……ニックの家の商会が、うちの商会の縁戚だと名乗ってあちこちで取引しているらしくてな」

 それを聞いてキャシーは絶句した。
 それではまるで詐欺のようなものだ。サムの商会だけでなく客の皆にも迷惑がかかる。

「恐らく、あちこちで縁戚だと吹聴することで、無理矢理にでもこちらを巻き込んでそれに乗じて経営を統合するつもりだろうな」

 ヴァンが忌々しそうに分析する。

「やっぱり私が抗議してくるわ」
「いや、マリッサ。君が行くと向こうに捕まって返してもらえなくなるかも知れない」

 キャシーより薄いが、マリッサにも幸運を呼ぶ痣はあるのだ。

 キャシーはこれまで、実の父の実家に対して特に思うところはなかった。
 母があまり語りたがらないことからして、あまりいい思い出がないのだろうと思ったけれど、今のマリッサはサムに愛されて幸せに暮らしているのだから関係ないと思っていた。

 だから、特に悪い感情も抱いていなかったのだ。

 だけど、こうして父と母に迷惑をかけ、自分やヴァンを自分の道具のように扱おうとする父の実家のやり方にキャシーは腹を立てた。

「お母さん。私、あの人達が嫌いになったわ」

 キャシーがきっぱりと言うと、マリッサはハッとした。

 キャシーの脳裏には、幸運を呼ぶ痣のことを教えてくれた伯爵の言葉が蘇っていた。

「幸運を呼ぶ子を大切にすると幸福になれるといいますが、その反面、その子を虐げた者には不幸が訪れると聞いたことがあります。幸運を呼ぶ子に嫌われると幸運の精霊に見放されるとも言われているのですよ」

 もしも伯爵の言う通りなら、今この瞬間からニックの実家の人々は幸運から見放されたのかも知れない。

 あんなことを言って関わってこなければ、キャシーは「嫌いだ」なんて考えなかったのに。なんとも思わないままだったのに。

 その後、大分経ってからキャシーは実父の実家の商会が潰れて、彼らが一家離散になったことを知った。

 なんでも、大きな投資に失敗したらしい。というか、投資と偽った詐欺だったらしく、それを持ちかけたのはニックの母親が昔から懇意にしていた士爵の夫人だったそうだ。長い付き合いで相手は貴族の端くれであることから全面的に信用してしまったらしい。

 身ぐるみ剥がされた彼らはサムの商会に押し掛けてこようとしていたようだが、その前に借金取りやトラブルのあった顧客に囲まれて捕まったり逃げ出して行方がわからなくなったりしたらしい。

 勝手に名前を使われたサムの商会も少しは迷惑を被ったが、それほど大きなトラブルにも発展せずに処理することが出来た。

 そうして、キャシーは十六歳になったのと同時にヴァンと結婚した。

 やがて身ごもったキャシーは女の子を出産したが、その子の額には四つ葉型の痣はなかった。
 次の年に生んだ男の子にも四つ葉型の痣は現れなかった。

 キャシーが「幸運を呼ぶ子」を生んだらその子を自分の家や店に取り込みたいと狙っていた人々はがっかりしたようだが、ヴァンは痣なんかなくていいと笑い飛ばした。

「痣がなくたって、ちゃんと自分の力で幸せになれるように育ててやらなくちゃな」
「うん!」

 キャシーも頷いた。

 幸運の痣がすぐ近くにあっても、それを蔑ろにして追い出してしまう人もいるのだ。
 幸せになれるかどうかは、幸運の痣が決めるのではなく、痣を持つ子の周りにいる人間がどう振る舞うか、その行動で決まるのだろう。幸福になるのも不幸になるのも、結局はその人間が何を選ぶか次第だ。例えば、マリッサがキャシーの心を守るために、身一つで嫁ぎ先を飛び出したように。

 誰かのためを思って行動する勇気を持つ者にこそ、幸運は降ってくるのかも知れない。

 キャシーは額の痣を指でなぞってそう考えた。







しおりを挟む
感想 10

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(10件)

デイジー
2025.01.23 デイジー

マリッサたちがハッピーエンドでよかった!
ただ、離縁する際、キャシーとは縁切りする等の誓約書を書かせたのに、あの用紙の出番なかったなぁ〜。せっかく誓約書書かせたのだから、あのクズ姑たちが乗り込んて来た時に出せばよかったのに…裁判所なりに行って誓約書をたてにもう少しなんとか出来たのでは?

とはいえ面白い作品でした。
幸せの痣いいですね🍀

解除
turarin
2024.12.26 turarin

続けて、すみません。

自分の子なのにニックって父としても、夫としても、最低!
離婚して当然。

やっぱり、母は強し!!
母が存在しないと世の中成り立たないんですから!!

どうしても言いたくて、連投しました。しつこくてごめんなさい!

解除
turarin
2024.12.26 turarin

これは痣の話だけど、生まれた子や孫に障害があったり、変わってる子だったりした時に、どう受け止めるかって事と広義では同じかなあって思った。
こんど二人目の孫生まれるしって、少し考えてしまった。
懐の大きいばあばでいたいな、何があっても。

解除

あなたにおすすめの小説

(完結)妹の為に薬草を採りに行ったら、婚約者を奪われていましたーーでも、そんな男で本当にいいの?

青空一夏
恋愛
妹を溺愛する薬師である姉は、病弱な妹の為によく効くという薬草を遠方まで探す旅に出た。だが半年後に戻ってくると、自分の婚約者が妹と・・・・・・ 心優しい姉と、心が醜い妹のお話し。妹が大好きな天然系ポジティブ姉。コメディ。もう一回言います。コメディです。 ※ご注意 これは一切史実に基づいていない異世界のお話しです。現代的言葉遣いや、食べ物や商品、機器など、唐突に現れる可能性もありますのでご了承くださいませ。ファンタジー要素多め。コメディ。 この異世界では薬師は貴族令嬢がなるものではない、という設定です。

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました

サイコちゃん
恋愛
ビルンナ小国には、幸運を運ぶ手芸品を作る<謎の天才手芸家>が存在する。公爵令嬢モニカは自分が天才手芸家だと嘘の申し出をして、ビルンナ国王に認められた。しかし天才手芸家の正体は伯爵ヴィオラだったのだ。 「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」 やがてヴィオラは仕事で大成功する。美貌の王子エヴァンから愛され、自作の手芸品には小国が買えるほどの値段が付いた。それを知ったビルンナ国王とモニカは隣国を訪れ、ヴィオラに雑な謝罪と最低最悪なプレゼントをする。その行為が破滅を呼ぶとも知らずに――

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

聖女追放された私ですが、追放先で開いたパン屋が大繁盛し、気づけば辺境伯様と宰相様と竜王が常連です

さくら
恋愛
 聖女として仕えていた少女セラは、陰謀により「力を失った」と断じられ、王都を追放される。行き着いた辺境の小さな村で、彼女は唯一の特技である「パン作り」を生かして小さな店を始める。祈りと癒しの力がわずかに宿ったパンは、人々の疲れを和らげ、心を温める不思議な力を持っていた。  やがて、村を治める厳格な辺境伯が常連となり、兵士たちの士気をも支える存在となる。続いて王都の切れ者宰相が訪れ、理屈を超える癒しの力に驚愕し、政治的な価値すら見出してしまう。そしてついには、黒曜石の鱗を持つ竜王がセラのパンを食べ、その力を認めて庇護を約束する。  追放されたはずの彼女の小さなパン屋は、辺境伯・宰相・竜王が並んで通う奇跡の店へと変わり、村は国中に名を知られるほどに繁栄していく。しかし同時に、王都の教会や貴族たちはその存在を脅威とみなし、刺客を放って村を襲撃する。だが辺境伯の剣と宰相の知略、竜王の咆哮によって、セラと村は守られるのだった。  人と竜を魅了したパン屋の娘――セラは、三人の大国の要人たちに次々と想いを寄せられながらも、ただ一つの答えを胸に抱く。 「私はただ、パンを焼き続けたい」  追放された聖女の新たな人生は、香ばしい香りとともに世界を変えていく。

治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました

山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。 生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。

聖女は神の力を借りて病を治しますので、神の教えに背いた病でいまさら泣きついてきても、私は知りませんから!

甘い秋空
恋愛
神の教えに背いた病が広まり始めている中、私は聖女から外され、婚約も破棄されました。 唯一の理解者である王妃の指示によって、幽閉生活に入りましたが、そこには……

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さくら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。